Actor
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「あれ、あの人…」

やっとのことでちひろにとって最大の山場を乗り越えたといってもいいシーンを撮り終えたのだが、スタジオの隅に立っていた一人の女性に目が釘付けになる。
若干雰囲気は異なるものの、彼女は間違いなくあの…。
週刊誌やワイドショーが四方手を尽くしても探し出せなかった彼女が、なぜあんな所に居るのだろうか?

「お疲れさん。なかなかどうして、男と付き合ったことがないわりに堂々と―――どうした?何か―――未来(みく)」

「珍しいものでもあるのか」と続けようとして、大和(やまと)はその場に固まった。
…あいつ、何であんな格好で。
そりゃ、CM撮りの時の彼女は今でも幻かと思うほど輝いていたし、それを隠すのはもったいないとは思っていたが。
それとも、大和の知らないところで話が進み、別の撮影でも入ったのだろうか?
あのCM撮影の後、『次のCMのオファーはあったらしいんだけど』と監督直々に依頼があったことを教えてくれたが、本人は二度としないと言っていたはず。
だとしたら、どうして自分に話してくれなかったのか。

「吉原(よしはら)さん、あの人はCMの女性ですよね?“みく”さんって言うんですか。一体、誰なんですか?教えて下さいよ。私、気になっちゃって…」

好奇心一杯のちひろの「そう言えば確か、マネージャーさんも同じ名前だったような…」と首を傾げながら何気なく出たひと言に大和はフッと我に返る。
つい、名前を呼んでしまったことを後悔しても遅いのかもしれない。

「あ?俺のマネージャーのことは、あんたも知ってるだろ?似ても似つかない。彼女は全くの別人だ。これは内緒にしていて欲しいんだけど、同じ事務所で秘蔵中の秘蔵なんだ」
「そうなんですかぁ」

素直なちひろはすっかり大和の言葉を信じてしまったようだが、女性ならではの勘というものなのか、変なところは鋭いなと感心している場合ではない。
それより、理由を聞かせてもらわないと納得できない。
…オイ、どこに行くんだよ。

挨拶もそこそこに大和は未来の居た場所に駆け寄るが、既に姿はなかった。

「あぁ、大和君。お疲れ様」
「景さん、未来は?」
「あれ?さっきまでここに居たのになぁ」

景と一緒に麗も辺りを見回してみるが、さっきまで居たはずの未来の姿はどこにもない。
今日の彼女は、ヤケに神出鬼没だ。

「どうしたんです?今日に限ってあんな格好で。何かそういう仕事でも入ってたんでしょうか。俺、全然聞いてなくて」
「さぁ、俺も知らないんだけど。いつの間に居なくなったと思ったら、あの姿で立っててさ。だけど、大和君が聞いてないんじゃなぁ」

なぜ、未来が変身したのかという理由は誰にもわからないが、『それは絶対ダメだ。例え、一人でも』と念を押された手前、大和に話せば色々言われるかもしれないし、米澤を断れなかったとか、そういうことなのかもしれない。
だとしたら、尚更気になるだろう。

「大和君、今日の撮影は終わったんだろう?マネージャーが、どこほっつき歩いてるんだろうな」

「まったく」と呆れた様子の景に『おかしいな』と思ったのは、彼の言うように撮影が終わったというのに大和を出迎えないのは変だし、もし仮に彼女にそういう仕事が入ったとしたなら、代わりの者が来るはずだ。

「俺、その辺見て来ます。景さんは、麗ちゃんを連れて帰って下さい」
「あっ、大和君」

「待って」という景の制止も聞かずに大和はとっととスタジオを出て行ってしまった。

とは言っても行くあてなどないのと、大和のような有名人がテレビ局の中をウロウロするわけにはいかない。
…どうしたってんだよ。
控え室に戻ってみても、未来はどこに行ったのか。
取り敢えず慣れた手つきで携帯の通話ボタンを押すと数回コールの後、心なしか躊躇うような彼女の声。

『大和君、ごめんなさい。もしかして、撮影終わっちゃった?』
「終わっちゃったじゃないだろ。どこに居るんだよ」

「ったく」と舌打ちすると、もう一度小さな声で「ごめんなさい」と言う未来。

『今すぐ、そっちに行くから。大和君は控え室にいるの?』
「俺の方が行く。っつうかさ、あんな格好して、俺に内緒で仕事を受けたりしてるんじゃないだろうな」
『えっ、そんなこと…あるはずないでしょ?』
「後でゆっくり聞くから。で、どこなんだよ」

尋問しているようで少々気が引けないこともなかったが、早く彼女の顔が見たいから焦るのも仕方がない。

『車の中』
「車?」

…何でまた、車になんぞ乗っているのだろうか?
理由は行ってから聞くことにして、大和はとにかく車の止めてある駐車場へ向かうことにする。

数台止めてある中の白いセダンは、事故ってヘコんだバンパーも、すっかり元通りに直っている。
コンコン―――と運転席の窓ガラスを叩くと俯いていた彼女が反射的に顔を上げたが、何だかとても悲しそうな表情に不安が過ぎる。

「何があったんだ?」

いつもなら後部座席が定位置の大和も、今回だけは助手席に堂々と腰を下ろす。

「何も」
「何もなくて車の中に閉じこもってさ。マネージャーのクセに俺をほったらかしかよ」
「ごめんね」
「謝らなくてもいいからさ、どうしたのか聞かせて欲しいんだ」

俯いたまま膝の上に乗せた手をジッと見つめている未来。
大人気ないし、それこそ彼の言葉じゃないけれど、仕事を放ってこんなところに逃げるなんて…。
自分でもよくわからないが、モヤモヤした気持ちと、抑止できないほどのどうしようもなく湧き上がる想い。
そんなことを今、ここで言うわけには…。

「本当に何でもないの」

―――彼女に嫉妬しただけ。
いくら頑張ったって、褒めてもらったって、敵いっこない。

「なら、その格好は?」
「え?あっ、うん。これは…」

結局、何を聞いても最後は黙り込んでしまう未来。
別に怒っているわけじゃないが、奥歯に物が挟まったような、お互い全てをさらけ出しているとばかり思っていたのにそうでなかったとしたら…そのことがもどかしい。

「未来ぅ、はっきり言ってくれないとわからないだろ?」
「ねぇ、どう思う?」
「どうって言われても」
「『喜ぶわよ?』って」
「誰が?」
「米澤さんが」

…米澤さんが、喜ぶわよ?
それこそ、???マークが大和の頭上を飛び交っていたのだが、ゆっくり整理してみるとこれ以上嬉しいことなんてないんじゃないだろうか。

「未来は俺を喜ばせるために」
「わっ、ちょっと大和君っ」

彼女の腰に腕を回すと、大和はグィッと自分の方へ抱き寄せる。
相変わらず細いウエストに本当にちゃんと食事を取っているのだろうか?

「あのさぁ、だったらもっときちんと迎えてくれよ。急にいなくなったりしたら、心配するだろ」
「ごめんね」

「ごめんねはもういいから」と啄ばむようにその柔らかで艶やかな唇にくちづける。
彼女の小さな口からくぐもった声が発せられたが、止めることなどできるはずがない。

「…や…まと…くん…」
「綺麗だよ。誰よりも」

耳元で何度も囁かれたその言葉を今だけは信じていたいし、本当だと思いたかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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