Actor
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ドラマも回を重ねる毎に視聴率はジワジワと数字を上げて今では30%を超えるほど、最近ではヒットがなかなか出ないこともあってテレビ局は必死になっていたのだが、大和(やまと)人気は絶大だった。
それに加えて新人のちひろも素人っぽさが残る体当たりの演技が視聴者に好印象を与え、次のドラマ出演も既に決定していた。

「未来(みく)ちゃん、お疲れ様。急に大和君の担当になって大変だったと思うけど、あなたのおかげでうちの会社は創業以来の収益を上げたのよ?だから、ボーナスはうんっと弾んでおいたわよ」

大和が撮影中の短い時間で米澤に呼ばれて未来がオフィスに立ち寄ったのは、今日が待ちに待ったボーナスの日だったから。
CM出演の際のギャラも未来はあくまでも社員ということで特別もらってはいなかったし、これが年2回の密かな楽しみでもある。
とはいってもボーナスが増えることは嬉しいが、未来はただマネージャーとして彼をサポートしただけで、結果は大和自身によるものが大きい。

「私は何も。彼にいい仕事をしてもらえたのであれば、良かったとは思いますけど」
「未来ちゃんじゃなきゃ、こうはならなかったでしょうね」

「これからもよろしくお願いします」と渡された明細を米澤からありがたく受け取る未来。
こんな仕事をしているとおしゃれを楽しむ時間も、ましてや彼氏など作る余裕もなくて、喜んでいいのか貯金だけはどんどん増えている。

「はい。今まで以上に頑張ります」
「私もおかげさまでたくさんもらったから、旦那に内緒でダイヤの一つでも買っちゃおうかなって。本当は息子にお金が掛かるんだけど」

「ところで未来ちゃんは、その若さで貯金とか言わないでしょうねぇ」とあまりに鋭い突っ込みに思わずどもってしまう。

「えっ…」
「ねぇ、未来ちゃんもいいお年頃なんだから、もう少し着飾ってもいいんじゃない?たまにはスカートとか、足綺麗なんだもの」

タレントか女優にさせようと思ったこともあったほどだから、彼女の素材の良さは米澤も知っているだけにこれでは、どうにももったいない。

「私はいいですよ。仕事中にスカートは動きにくいし、誰に見せるわけでもないので」
「あんまり変わっちゃうとCMの彼女だってバレちゃうから難しいかもしれないけど、大和君にだけは見せてあげたら?」
「えっ、彼にですか?」

「喜ぶわよ?」って言われても、未来には米澤の意図がさっぱりわからない。
そりゃあ、CMで景の作ったワンピースを着た時は年甲斐もなくワクワクしたし、やっぱり女である以上は少しでも綺麗でいたいけど…。
―――彼は、米澤さんの言うように本当にそんなふうに思ったりするのかしら?

+++

ドラマの進行と同時に発売された主題歌も、発売日には大物アーティストも名を連ねていたために激戦が予想されたが、それを抑えての前回同様初登場1位は大和の人気を決定付けるものとなった。
撮影もいよいよ架橋に入り、ストーリー展開も依頼主の恋を叶えながら恋愛相談所所長役の大和と助手役のちひろとの恋の行方も気になるところ。
恋人同士の設定ではあっても、まだ一線は越えてはいない。

「ラブホテルって、こんなふうになってるんですね」

依頼人の女性が恋する男性はまだ彼女の想いに気付かず、別の女性とホテルに行ってしまう。
その後を大和とちひろが尾行するというシーンだったが、男性と付き合ったことのないちひろにラブホテルは初めての経験。
もちろん本物ではなくスタジオに作ったセットではあったけれど、忠実に再現されたその部屋は行ったことのある人なら細かい部分もよくできていると感心することだろう。

「しっかり見ておいた方がいいぞ?将来、彼氏とこういうところに来ることがあるかもしれないし」

大和とのこんな会話でも、なんだかドキドキしてしまうちひろ。
『演じている間は、俺達恋人同士だから』の言葉通り、ちひろを見つめる大和の目はまるで本当の恋人のよう、というのも彼女には想像でしかなかったけれど。
そして、今日の撮影にはホテルに入った勢いで大和がちひろを押し倒すというシーンが含まれていた。
キスも、もちろん初体験のちひろは、今までで一番緊張しているだろう。
…どうしよう、上手くできるかな。
ここまで何とか大和のリードでこられたものの、上手くできる自信なんてこれっぽっちもなかった。
細かく演技のチェックをしてからのリハーサルだったが、それでも安心なんてものは到底得られそうにない。

「それでは、リハーサル行きま〜す」

緊張の針は、一瞬にして振り切れそうになった。
リハーサルからこれでは先が思いやられそうだが、ちひろにはいつだっていっぱいいっぱいなのだ。
「スタート!!」という掛け声と共に大和がちひろをベッドに押し倒す。

『きゃっ』
『せっかくホテルに来たんだし、俺たちも―――』
『俺たちもってねぇ。仕事中なのに』

『固いこと言うなって』と大和がちひろにくちづけながら、ブラウスのボタンを一つずつ器用に外していく。
…慣れてる?
演技とはいえ、こういうものはある程度の慣れも必要だろう。
そんなことを考えている余裕があるだけ、ちひろもなかなかと思えば、既に体はガチガチで思うように彼にゆだねることができない。
それにこんな濃厚なキスは。

『ちょっ、待って』
『待たない』
『いや…』

撮影をずっと見ていた景と麗だったが、これがドラマなんだとわかっていても、心の中で未来には見せたくないなと思ってしまう。

「大和君は俳優なんだから仕方ないってわかってるけど、テレビで見るのと生で見るのって。あれ?そう言えば、未来は?」
「さっきまで、ここに居たんですけど」

麗はさっきまで未来と一緒に撮影を見ていたが、気が付けば彼女の姿が見当たらない。
できることならこのシーンが終わるまで、このまま未来にはどこかに行ってて欲しいかも

「未来は、居なくて良かった―――」
「私が居ない方がいいって?」

どこからか現れた未来、その姿は一見して誰かわからない。

「未来、それ…」

いつもの地味な彼女の面影はそこにはなく、それは一度だけ目にしたあの―――。
しかし、視線は一点に注がれて。

『キスシーンとかあるのかな』『もしあったとしてさぁ、未来はどう思う?』と景に聞かれたことを思い出す。
こういうシーンがあることは未来にもわかってはいたけれど、いざ目にすると胸の奥がもやもやしたもので埋め尽くされていく。
ボーナスは予想をはるかに上回る金額で、何度も明細書を見直した。
たまには頑張った自分のためにご褒美とばかりに買った服と米澤のようにダイヤとまではいかないけど、普段身に付けないアクセサリー。
『喜ぶわよ?』の言葉を真に受けて…。

―――何やってんだろう、私。
同じスタジオ内に居ながら、どうしても越えられない見えない壁が立ちはだかっている。
彼は俳優で、私はマネージャーなんだという。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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