Actor
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最近のロケ弁というものは工夫が凝らされ、味はもちろん温かいまま届けられたりとそれを好む芸能人も多かったりもする。
それでも、大和(やまと)は飽きてしまったのだろう。
彼は若いからかお肉を好んで食べているようだけど、野菜とか魚が不足気味になっているのかもしれない。
―――『どんなもんでもいいから』って言われても、困ったわねぇ。
お弁当を作ってきてあげても良いけど、一人だけ…。
そっか、景ちゃんや麗ちゃんもいるんだし、みんなと一緒なら変に思われることもないわね。
また、二人を巻き込んじゃうけど。
献立を考えるのと食材も調達しないと。
こんなこことで嬉しくなってしまう自分が、何だかちょっぴり恥ずかしかった。

+++

撮影はスタジオ内と屋外では大体、半々くらいだったが、この日は朝からずっと都内にある新しく建ったばかりだというある企業の本社ビルで行われていた。
日曜日ということもあってオフィス街は閑散としていたのと、ビルの定期メンテナンス作業日に合わせたからか、人影が全くない。

「俺は会社勤めしたことないからさ、こういうところでバリバリ働いてる男ってカッコいいんだろうな」

ファッションデザイナーを夢見てそれを叶えた景には、オフィスで働く男達がカッコ良く映るのだろう。
最新のオフィスにビシッとスーツで決めた男性は傍から見ればカッコいいかもしれないが、実際は好きな仕事ばかりじゃないし、ノルマだなんだって上司からうるさく言われ、残業残業の毎日。
その度に飲んで帰っては、家で奥さんのお小言が待っていたり。

「一部にはそういう人もいるかもしれないけど、サラリーマンは結構大変なのよ」
「まぁな、俺みたいに好き勝手なことできないもんな。朝は満員電車にもみくちゃ―――」

未来(みく)と景がそんな会話をしていると、撮影は依頼人と共に恋する相手が勤める会社に大和ふんする恋愛相談所所長が派遣社員として潜入するという場面。
大和のスーツ姿は初めて見るが、年齢的にいったら社会人2年目にあたるであろう彼はなかなか板についているし、何よりバリバリ働いている姿は例え演技でも景じゃないがものすごくカッコいい。

「未来、聞いてないだろ」
「ん?何か言った」
「いや、別に」

…大和君に見惚れるのはわかるけどさ。
これでも小さい時は未来に憧れていたなんて、彼女はこれっぽっちも気付いていないだろう。
従弟の意味がわからなかったあの頃、本気でお嫁さんにすると言い切ったほどなのに。
それが寂しくもあり、嬉しくもあるが、心境は複雑かもしれない。
しかし今、彼女の視線の先にいるのは…まさか、俳優の吉原 大和(よしはら やまと)とだったなんて。

「大和さん、カッコいいですね。私も会社勤めしたくなっちゃいました」
「あ?そりゃ困る。麗ちゃんに辞められたらさぁ」

「俺は一人でどうなるんだよ」と、本気で困った顔をしている景に麗は笑みを堪えるのが大変だった。
大和のような人がいる会社にだったら麗だって一度くらい勤めてみたいものだが、自分にはもっと素敵な人がいるというにそんなことをするはずがない。

「辞めませんよ。私、好きですもん」

この意味を彼は、ちゃんとわかっているだろうか?

「良かったぁ。実は正式に社員になってもらおうと思ってたんだ。いつまでも、バイトってわけにもいかないから」

ずっと言おうと思いながら遅くなってしまったが、大和の専属スタイリストになってからというもの、K’s-1というブランドは軌道に乗って売り上げは以前とは比較にならないほど伸びた。
いつまでもバイトというわけにはいかないのと、会社として経営していくには彼女の力は絶対だ。
もちろん、それだけじゃない。
公私共に支えてもらえればもっと…。

「いいんですか?」
「もちろん。今までの分も上乗せして給料を払うから」
「ありがとうございます」

くしゃっと微笑む彼女に『ついでに永久就職しないか?』と言いたいのをグッと抑えて、あまり急ぎ過ぎても、これはもう少しだけ待つことにした。

撮影は順調に進んで、ほぼ時間通りにお昼の休憩に入る。
「お疲れ様で〜す」と口々に声が掛けられ、野外ロケの場合、交流を深めるという意味合いもあってスタッフや出演者達と共に昼食を取ることがほとんどだが、一人その場を出て行こうとした大和をちひろが呼び止めた。

「吉原さん、どこかへ行かれるんですか?」
「あぁ、今日はちょっと別で食べる約束なんだ。ロケ弁も飽きたし」
「そうなんですか」

ちょっぴり寂しそうなちひろとは裏腹に「じゃあ、また後で」と、大和は嬉しそうに去って行く。
…あれは、吉原さんのマネージャーさん。
彼の行く先を目で追うと地味な女性とタレントか俳優?かと見間違いそうになるくらいの素敵な男性、その隣にはとても可愛らしい女性が。
二人のことは一緒にいるのを見掛けてもどういう関係なのかよく知らなかったちひろだったが、マネージャーである未来のことは見ていればわかる。

吉原さん、あんな顔もするんだ。

ちひろにも優しく演技指導してくれる大和だったが、あの笑顔は初めてだ。
まるで、愛しい女性(ひと)でも見るような…。



「大和君、お疲れ様」
「未来、腹減った。早く食わせて」

開口一番これ?と思ったが、こんなところも彼らしいというか、心を許した者にしか見せない姿だと知っているから許せてしまう。

「はいはい、すぐ用意するから待って。でも、あんまり期待しないでね」
「すっげぇ、期待してんだけど」

会話を聞いている景と麗は、この場にいてはいけないような…。
早々にも退散した方がいいのではないか、そんな気分だったが、それよりこのまま二人っきりにしたらどうなるんだろう…。
そっちの方が心配だ。
前面ガラス張りのロビーに用意されたテーブルと椅子、外はとてもいいお天気で、ここがオフィスだということも忘れてしまうほどだった。
4人は腰掛けると早速、未来の用意したお弁当にありつくことにするが、視線が一気に集中して蓋を開けるのが怖い。

「うわっ、めちゃめちゃ美味そー」
「味は保障しないけど」
「この前の薬膳中華で保障済だから、大丈夫」
「そうだといいんだけど。景ちゃんも麗ちゃんもいっぱい食べてね」

言ってる傍から彼らは我慢できなかったのか、ペーパータオルで手を拭くと3人は「いっただきま〜す」と箸を片手に料理に食らい付く。
ロケ弁は揚げ物が多いからと極力油を使わない、ヘルシーで和食を中心にしたメニューばかり。
若い人達には少々物足りないかもしれないけれど、未来が一生懸命考えた自信作だったのだが…。
―――どうかしら?
キョロキョロと3人の顔を順番に見回す未来。

「美味い!!この卵焼き、中にうなぎが入ってるんだ」
「この鶏のつくねも、美味しいですぅ」
「おっ、こっちのイカと野菜の煮物も美味いよ」

お母さんになった気分とでも言った方がいいのだろうか?
お世辞でも、褒められれば嬉しいもの。

「ほんと?良かった。温かいものを用意できれば、もっと良かったんだけど」
「ううん、十分過ぎるよ。ありがとう未来」

「どういたしまして」と少しはにかむように微笑む未来のこの手料理を食べた幸せな男は一体、何人いるのだろうか?
沸々と湧き上がる何かについ、こんなことを考えてしまう大和。
そして、その笑顔もこれからは自分だけに向けて欲しい。

ドラマの撮影が終わったら、今度こそ…。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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