テレビ局の配慮もあって無事に製作発表も終わり、残るはオンエア初日の情報番組などへの出演だったが、ドラマ以外の質問は出ないから随分楽にこなせた。
日に何本もの出演では相変わらず、ちひろの緊張は取れていないようだったけれど、そこは新人ということで彼女の新鮮な姿に好感を持った人も多いはず。
その彼女を見ていると思い出すのが、『どうせ、私は擦れまくってるって言いたいんでしょ?』とムキに返してきた未来(みく)のこと。
製作発表で『吉原さんにお付き合いしている女性がいらしたとして、恋人役を演じる上で彼女と重ねてみたりということはあるんでしょうか?』と質問されて、『役に成り切ってますから、彼女がいたとしても演じている間は重ねてみることはないですね』と答えた大和(やまと)だったが、本心は違うかもしれない。
やはり、どこかで重ねてしまう。
「あのさぁ、これでも一応仕事中なんだけど」
「いいでしょ?腕を組むくらい」
「もっとちひろちゃんは大和君の肩にもたれて。甘えるようにね」とリハーサル中にディレクターから声が掛かる。
依頼人男性が勤める会社に向かう途中の撮影だったが、恋人同士であるちひろ役の助手が所長役の大和の腕に自分の腕を組ませて甘えるというシーン。
…未来だったら、こんなふうに甘えたりしないな。
重ねるというより、ここまでくると願望の方が強いかもしれない。
「恋人役って、難しいですね」
「あんた、彼氏はいないのか?」
「私ですか?いませんよ」
「まぁ、ここでいるって正直に宣言するやつもいないだろうけどな」
聞いておきながら、大和もだいたいの想像はつく。
なかなか、恋人がいても大っぴらに言えないのがこの職業の辛いところだし、ましてや、彼女のようにデビューと共に大きな役が回ってくれば尚更だろう。
「本当にいませんよ。いたら、もう少しリアルに甘えたりできるのかもしれないんですけど」
これだけ可愛らしくて男がいないというのは到底信じられないが、彼女が冗談で言っているようにも見えない。
芸能界入りと同時に別れたとか、そういうことなんだろうか?
「じゃあ、今は俺が彼氏だと思って甘えてみれば?」
「彼氏っていうのが、よくわからなくて。演じる上でも経験って必要ですね…」
よくわからないとか、経験が必要って、それじゃあ、まるで付き合ったことがないみたいな言い方…。
そう言えば、お嬢様が通うことで有名な女子大生だったような。
だからといって、男と付き合ったことがないことにはならないだろう。
今時、そんな子がいるとは思えないが…というか、その前に親がよく芸能界入りを許したものだ。
「あのさ、今まで何人の男と付き合ったんだ?」
「えっ、それは…」
黙ってしまった彼女に『やっぱり、そうなのか?』と心の中でもう一度問う大和。
「ごめん、余計なことを聞いたな」
「いいえ、いいんです。ずっと女子ばかりの学校に通ってましたし、付き合って欲しいという告白を何度か受けたことはあったんですけど…自分から好きになった人ではなかったので」
二十歳という年齢で男性と付き合った経験がないのは珍しいかもしれないが、ちひろは自分から好きになった人としか付き合うつもりがなかった。
ずっと女子校に通っていたし、高校の時は告白されても電車の中で見掛けたとか、大学に入ってからはたまに友達に誘われる合コン程度、そんな理由で付き合うというのは嫌だから。
友達から始めましょうと言っても、いつの間にか二人っきりになって相手はちひろのことを彼女だと思い込んでしまう。
一目惚れを信じていなかった彼女には、相手を知るには時間が必要だったのだ。
「想像なら一度や二度、あるだろ?彼氏とこんなふうに歩きたいとかさ」
「あまり、そういうのは」
「あんた、意外に淡白なんだな」
この年頃の女性なら、素敵な彼氏を見つけて手を繋いで街を歩きたいとか、そういことも考えそうなものなのだが、彼女は外見と違って恋愛にはどこか冷めた部分があるのかも。
それはきっと、本気で好きになった男性(ひと)がいないから。
大和にも、少しだけわかるような気もするが…。
「人を好きになるって、どういう感じなんでしょうね」
周りが見えなくなるような、何も手に付かなくなるほど恋焦がれるというのはどういうことなのか。
こればかりは自分が体験してみなければわからないが、ちひろが一番心配なのは果たして演技でできるものなのかどうか。
「人それぞれだと思うけど、いいことばかりじゃないよな。だけど、ふとした瞬間にその人の笑顔が浮かぶと自分まで楽しくなったりしてさ」
「あんまり答えになってないよな。それに俺っぽくないし」と少し照れくさそうに話す大和。
恐らく、この様子では意中の女性がいるのだろう。
週刊誌やテレビのワイドショーでCMの女性と噂にはなっていたが、その真相をちひろも気になっていたところ。
演技とはいっても、まるで本当の恋人のように魅力的だった二人。
恋愛に関して淡白と言われてしまうちひろだって、あのCMには憧れたほど、ということは自分も彼の相手役をやるのだからあんなふうに…。
あの瞳で見つめられたら、別の意味でドキドキしてしまう。
そんなことを話していると「では、本番行きま〜す」という声で、現場に一気に緊張が走る。
「演じている間は、俺達恋人同士だから」
さり気なく手を取る大和に、ちひろは言葉で表せないような不思議な気持ちになった。
もちろん男性に触れられたこともあったかもしれないが、それだけではなかったと思う。
黙ってちひろが頷くと、気を引き締めて本番の撮影に臨んだ。
他のドラマは続々とオンエアされていたが、大和主演の『LOVEヘルパー −あなたの恋、成就させます−』はその中でもラストを飾るテレビ局が総力を注いだ作品。
キャストの豪華さや注目度、おもしろさのどれをとっても高視聴率が予想されていただけに次の日の結果が非常に気になるところ。
『もしもし、未来ちゃん?』
「はい。米澤さん、あの…」
未来の携帯に米澤から電話が入る、視聴率の報告だったが一体、どこまで数字が伸びたのか、それとも伸びなかったのか。
『すごいわよ。初回視聴率は、28.6%とダントツ1位だったわ』
「本当ですか?良かったぁ。他に負けたりしたら、どうしようって思ってました」
『大和君が負けるわけないでしょ。この調子で最後まで頑張ってね』
「はい、っていうか私はどうすることもできないんですけど」
『何、言ってるの。未来ちゃん次第で、大和君の魅力はグングン上がっていくんだから』
「私、次第ですか!?」
―――米澤さん、たまに意味不明なことを言うから。
でも、良かった。
大丈夫だとわかっていても、こればかりは蓋を開けてみなければわからない。
それでもかなりの高視聴率ではあるが、これを最後まで維持しなければ意味がないのだ。
『大和君にも伝えておいてね』
「はい」
電話を切るとちょうど撮影の休憩が入ったのか、大和が未来のところへやって来た。
疲れた表情は見せていたが、今の未来にはただ黙って見守ることしかできない。
「大和君、お疲れ様」
「あぁ、ほんと疲れたわ」
脇に置いてあった椅子にどっかと腰掛ける大和。
「あのね。ドラマの初回視聴率が28.6%だったって。今、米澤さんから連絡が入ったの」
「そっか、俺としては30%超えするかと思ったけど」
さすが、売れっ子俳優は考えることが大きい。
前評判も高かったが、相手役が新人女優ということもあったかもしれない。
それでも、まずまずの好スタートといえるのに。
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「なぁに?お願いって」
「用意された弁当ばっかで飽きてんだよ。何か作ってくれないかな、どんなもんでもいいから」
撮影が続くとお弁当ばかりで偏った食事になりがちなのはわかるが、何か作って欲しいと言われても…。
―――そうしてあげたいのは山山だけど、これってどうなのかしら?
また、景ちゃんや麗ちゃんに頼まなきゃならないし、でもスケジュール的に何時になるかわからない。
「そうしてあげたいけど、私が大和君の家に行くわけにもいかないでしょ?」
「俺が未来ん家に行く?」
おチャらけたように言う大和。
「もうっ、そういうこと言わないの」
「いっそのこと、俺のマンションに越してくれば?空き部屋あったはずだし、そうすれば疑われないんだろ?」
「同じマンションなんて、無理に決まってるでしょ。ちょっと方法を考えてみるから待って」
「ちぇっ、そんなに冷たくあしらわなくたって」と寂しげに呟く大和。
―――俺のマンションに越してくれば?なんて、簡単に言わないで。
さて、どうすればいいかしら?
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