Actor
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ドラマの撮影も順調にスタートしたが、早朝から真夜中までとハードスケジュールをこなさなければならないのは、わかっていてもやはり大変なのは確か。
そして、その短い合間をぬっての製作発表やPRを兼ねた情報番組への出演も、彼らには欠かせない仕事のうちの一つなのだ。
今は幾分落ち着いてはいるものの、CMで共演した彼女は一体、誰なのか?
製作発表の場では恋人報道までされたその真相に間違いなく集中するはずで、そういう質問が出ることは容易に予想できるものだっただけに事務所サイドとしてはドラマ以外の話題には触れないように根回しをしなければならなかった。
そして、本人にも。

「大和(やまと)君、ドラマ以外の質問が出たら、それとなくかわしてね。一応、そういうことはないようにと関係者には事前に通知を出してはいるんだけど」
「それって、未来(みく)のこと?」
「え?まぁ、そうなるんでしょうね」

自分のことと言われるとなんだか複雑な心境だったが、そうなんだろう…。
未来自身も会場に入るわけだし、まさかとは思うけれど、変に緊張したりして。

「いいじゃん。ここでサプライズとかいってさ、公表してみたら?でも、それを言うとドラマよりそっちの方が話題になるとは思うけどな」

「それはそれで、困るんだよなぁ」とか、全く他人事だと思って楽しんでるしっ。
―――そんなこと、できるはずないに決まってるでしょ!!

「ここでならいくらでも冗談言っていいけど、お願いだから本番では面白半分に話したりしないでね。私の心臓は、いくらあっても足りないから」

大和の考えていることが時々、未来にはわからなくなることがある。
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか…。

「わかってる、言うはずないだろ。未来に迷惑が掛かるようなことは絶対にしない、約束する」

真剣な眼差しに別の意味で未来はドキッとしてしまう。
―――私に迷惑なんて…。
それは私じゃなくて、あなたの方。
こんなことで素晴らしい才能をつぶすようなことになったら…そうなっては遅いの。

「私のことはいいの、今は大和君自身のことを一番に考えて」

「吉原(よしはら)さん、そろそろ始まりますので会場までお願いします」という呼び出しで、二人の間に見えない緊張の糸が走る。
「今、行きます」と答えた大和は、ふーっと息を吐いて微笑んだ。

「俺は未来が一番だから」

「じゃあ、行ってくるわ」と彼は控え室を出て行った。


都内でも有数の豪華ホテルを会場に盛大に行われたドラマの製作発表。
この機会を逃してはなるものかといつも以上に報道陣が押し掛けてカメラの数は過去最高と思われるほどだったが、かわいそうだったのは新人女優の水川 ちひろ(みずかわ ちひろ)だろう。
大和を先頭に出演者が壇上に現れた瞬間、眩いばかりのフラッシュがたかれ、そうでなくてもガチガチに緊張しているというのに芸能界で最も注目を浴びているであろう大和との共演。
シンデレラストーリーともいえる異例の抜擢ではあったが、彼女の所属事務所の思惑とは裏腹にそれは影に隠れてしまっていた。

「吉原さんは今回、恋愛相談所の所長という役ですが、どのように演じたいと思われているのでしょう?」
「そうですね。普段はかなり軽い男ではありますが、相談を受けるととにかく一生懸命。ギャップというか、そんなところを上手く演じられたらとは思ってます」
「例えば、吉原さんがプライベートで友人ですとか、恋愛相談を受けるようなことはありますか?」

司会だったテレビ局の女子アナが大和に質問したが、これは事前に打ち合わせをしていたもの。
恋愛を取り上げたドラマだけにこういう話題を外すわけにはいかない。
遠回しにしているが、本当はもっと突っ込んだところを聞きたいのが本音だろうけれど。

「ドラマの中では真面目に相談を受けてますけど、実際はほとんどないんですね。俺に話しても、あんまり役に立たないってわかってるんじゃないですか?」
「そうなんですか。では、もしドラマの中に出てくるような恋愛相談所が存在したとして、吉原さんは相談してみようと思いますか?」
「俺は行かないですね。好きな女性(ひと)ができたら、自分の口からその想いを伝えます。それで木っ端微塵になっても後悔はしません」
「さすが、男らしいですね。まぁ、吉原さんのように素敵な方をフルような女性は、恐らくいないんじゃないでしょうか」

「今回ドラマ初出演の水川さんですが、先程吉原さんから所長は軽い男性だというお話がありましたけど、水川さん演じる助手は反対にとてもしっかりものの役ですが―――」と一人で仕切る女子アナ。
一応、最後に質問も受ける予定にはなっていたが、何が飛び出すかわからないので短めの時間配分で。

―――この調子で進んでくれるといいんだけど…。
傍から見ている方が、ドキドキするもの。
会場内には、有名な芸能レポーターの顔もあるから油断は禁物。

「ドラマの制作発表って、こんなにすごいのか」

大和のスタイリストを担当していた景も、これだけの数の報道陣を見るのは初めてだった。
隣で見ている麗ちゃんも、驚きの表情を隠せない。

「これは特別よ。何かと話題の彼だから」
「なるほどな」

妙に納得しているのは、ずっと側にいて彼を見ているからだろうか。

「しっかし、いい男っていうのは言うこともカッコいいんだな。こんな恋愛相談所があったらさ、俺だったら間違いなく行くぞ?だって、必ず成功するんだろ」

いくら自分が好きで想いを寄せても、相手も同じ気持ちでなければ恋は成立しない。
例え、お互いが同じ気持ちであっても、様々な事情で適わない恋だってたくさんある。
景の言うように確信が欲しいのは恋する者にとって共通の願いかもしれないし、未来も原作のコミックはドラマ化を機に読んでいたから、こんな恋愛相談所があればみんなが幸せになれるのにとは思う。

「なんか、景ちゃんらしいかも」
「未来は違うのかよ」
「私?私はどうかな。ここまで想う男性(ひと)が現れなきゃね」

恋を想いを叶えて欲しい、しかし、好きで好きでたまらないほどの人が現れなければ、この恋愛相談所に足を踏み入れることはないのだから。

「未来の場合は、想いを寄せられる側だな」

確かにそうかもしれない。
想うより想われる、それはある意味傷付かずに済むことだが、大和が言っていたように『木っ端微塵になっても後悔しない』ような恋を一度でいいからしてみたい。


「それでは、質問のある方は手を上げて下さい」

司会の言葉に「おっ、いよいよか」と景も壇上に目を向ける。
「はい、ではそちらの女性どうぞ」と手を指したのは、ベテラン芸能リポーターではなくスポーツ関係の新聞社の腕章を身に着けていた。

「吉原さんに質問ですが、助手役の水川さんとはドラマの中では恋人という設定になっていますね。今、吉原さんにお付き合いしている女性がいらしたとして、恋人役を演じる上で彼女と重ねてみたりということはあるんでしょうか?」

景も「上手い質問だなぁ」と褒めている場合ではないが、どうなんだろう。

「役に成り切ってますから、彼女がいたとしても演じている間は重ねてみることはないですね」

大和も負けてはいない。
ちょっとでも素振りを見せようものなら彼らは一気に食いついてくるはずだが、「では、そろそろお時間になりましたので、これにて終了いたします」とまたまた女子アナが仕切って終了に。
退席時に「吉原さん、恋人とは上手くいってますか」とか「CMの彼女とは、あれから会ってますか」というような質問が投げ掛けられたが、一切答えなかった。


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