「こういう曲、大和(やまと)君には初めてじゃないかしら。新しい彼の魅力にまた、みんなが引き込まれるでしょうね」
「これも売れるわ、きっと」と少し興奮気味に話す米澤。
今は大和が主演するドラマの主題歌をレコーディング中だったが、この曲にタイトルが付いたのはつい昨日のこと。
曲自体は既に完成していたのだが、(仮)だったドラマのタイトルが『LOVEヘルパー −あなたの恋、成就させます−』という、とある恋愛相談所を舞台にした人気コミックをドラマ化した、大和にしてみれば初のラブコメだったためにどうしてもインパクトのあるものにしたかったから。
未来(みく)が昨夜、真っ先に彼の家に呼ばれてこの曲を聴いた時、すごく元気をもらえたような気がした。
リリースしたCDは彼に借りて全部聞いていたけど、米澤の言うようにこういうポップな曲は今までになかったと思う。
「そうですね。タイトルの“明日は絶対好きになる”っていうのも、なんかいいですね」
「これも、未来ちゃんのことなのかしらねぇ」
またまた、意味深な笑みを浮かべる米澤に言い返したところで何の効果もないだろう。
それはさて置き、今はそうじゃなくても、明日は絶対好きになっているという歌詞が、別の意味でも応援歌に聴こえてくるのだ。
「前にも言ったけど、ドラマの撮影が始まると暫く大変になると思うから、大和君のことと未来ちゃんも体調には気を付けて頑張ってね」
「はい」
無理するなといっても、それは今の二人には完全にそうすることはできないかもしれない。
しかし、体あってのことだから極力気を付けて欲しいというのが米澤の思いだった。
+++
それから数日後のある日、ドラマの顔合わせが行われた。
総出演者始め、プロデューサーやスタッフ全員が集まる中での顔合わせというのは最も緊張する瞬間。
中でも新人でドラマ初出演の水川 ちひろ(みずかわ ちひろ)が、一番だっただろう。
このドラマは、とあるさびれた恋愛相談所の所長を務める大和と助手のちひろが、依頼人が想いを寄せる相手との恋を必ず成就させるというストーリー。
毎話、多彩なゲストが登場することでも話題のドラマなのだ。
そして、助手役とは言っても、ちひろと大和との掛け合いが重要なポイントともなっていて、そういうところも彼女が緊張している理由だったかもしれない。
全員が挨拶を終えると、早速台本の読み合わせに入る。
大和はさすが芸暦7年の貫禄なのか、元々覚えも早いし、彼は緊張というものをほとんどしないらしい。
羨ましいというか、持って生まれた才能なんだろう。
ラブコメということもあって、そこは明るい雰囲気の中で読み合わせは無事終了した。
「あの、吉原(よしはら)さん」
各自役者は席を立ったが、ちひろが大和を引き止める。
「何?」
「私が足を引っ張ってしまって、すみません」
ちひろは台詞を読み間違えた部分が何箇所かあって、そのことをひどく気にしていたようだ。
「あぁ、あんた初めてなんだろ?仕方ないさ。直に慣れるだろうし、一回くらいであんまり気にすんな」
「じゃあ、また」と軽く手を上げて去って行く大和の後姿をジッと見つめるちひろ。
…吉原さんって、怖いイメージがあったけど、なんか優しい人なのかも。
半年ほど前に大学の帰り道、街でスカウトされたちひろは、ダンスや演技の指導をずっと受けてきてはいたが、実践となると今日が初めてだった。
いきなりのドラマ出演に加えて、あの国民的人気俳優である吉原 大和の相手役となれば否応無しにもプレッシャーが襲い掛かる。
決まった時は嬉しさよりも、この私で果たして務まるのかどうか。
もしも、自分のせいでドラマ全体のイメージを損なうことになったりしたら…。
大人気コミックのドラマ化ということもあって、恐らく高視聴率になるだろうと予測される中でのこの役は彼女にとって荷が重かったのは確かだった。
しかし、彼のひと言でほんの少しだけ軽くなったような気がした。
◇
「大和君、お疲れ様。どうだった?」
「どうだった?って、水川 ちひろのことか?」
「どうして、そこに水川 ちひろさんのことが出てくるのよ」
「私はただ、ドラマ全体のことについてどうだった?って聞いただけじゃない」と言っても、大和は疑いの眼差しを未来に向けるだけ。
「彼女、こう擦れてないっていうか、初々しくって可愛いな」
「どうせ、私は擦れまくってるって言いたいんでしょ?」
―――そりゃ、彼女はまだ二十歳だもの。
ピッチピチの現役女子大生だし、ドラマ初出演となれば初々しくて可愛いでしょうよ。
「もしかして、妬いてるわけ?」
「は?何で私が妬かなきゃいけないの」
「俺より4歳も年上のクセにそういう子供っぽい未来が好きだけどさ」
言い逃げするように先に行ってしまった大和に「ちょっ、大和君!!」と言葉をぶつけたところで、届くはずもなく。
―――妬いてるなんて…。
そうなんだろうか?
マネージャーになって初めて、彼の前に若い女性が現れたからなのか。
CMの時は成り行きで自分が出演することになったけど、今度は違う。
何ヶ月もの長い間、彼は彼女とほとんどの時間を共有することになるのだろう、そんな中で自分の入る余地はない。
だけど、そんなこと。
わかっているし、だからといってどうして自分が…。
「オイ、未来何してんだよ」
「えっ、ごめんなさい。今、行くから」
後を追う未来だったが、何かわからないものが心の隅っこに引っ掛かって離れなかった。
+++
ドラマで使用する大和の衣装は、全てK’s-1の物。
景もそのために新作をデザインしたり、これは店頭でも販売する特別なものではなかったが、チャンスを逃す手はないわけで、いつも以上に張り切っていた。
「俺さ、ドラマの撮影って初めて見るんだけど、すごいスタッフの数なんだな」
「すっげぇ、興奮するわ」と話す景と一緒に来ていた麗ちゃんも、仕事というよりは一見学者に近いだろうか?
「すごいですぅ」と機材やセット、スタッフの数もさることながら、錚々たる出演者に目を奪われていた。
「そうね。ドラマはいつも、こんな感じなんだけど」
「あっ、あの子」
リハーサルで台本を見ながら大和と話している見知らぬ女性に景の視線が動いた。
「新人の水川 ちひろさん。可愛いでしょ?」
「いや、俺はそんなことは言ってないけど」と妙に歯切れの悪い景。
未来は麗ちゃんのいる前でそういう顔はしないようにと思いながらも、やはり彼女は目を引くのだろう。
「大和君とあの子は、恋人同士の役なんだろ?ってことはさ、キスシーンとかあるのかな」
「さぁ、私はそこまで知らないけど」
「もしあったとしてさぁ、未来はどう思う?」
「どう思う?って言われても、台本にそうあったら。するのはあの二人なんだし、私は」
「ふううん、平気なんだ」と景ちゃんったら、何が言いたいのよ…。
演技とはいっても、改まってそういうふうに言われると果たして普通に見ていられるものなのかどうか。
それは、未来にもわからない。
『妬いてるわけ?』
彼に言われた時に誤魔化したけど、本心は…。
―――私って、なんて嫌な人間なのかな。
平然とした態度を取っておきながら、心の中でこんなことを思っているなんて…。
目の前で楽しそうに笑い合っている若い二人、なぜか未来は視線を合わせることができなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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