Actor
21


次の日の朝、大和がブザーの音で玄関のドアを開けると、「おはよう、大和(やまと)君」といつもの挨拶と共に変わらぬいつもの笑顔がそこにあった。
もうすっかり、顔色も戻って元気そうだったが…。

「おはようって、もういいのかよ。無理しないで、一週間くらい入院しておけばよかったのに」

「せっかくだから、全部悪いところを診てもらってさ」なんて、嘘ばっか…。
そんなに休まれたら、仕事にならないっつうの。
心の内を悟られないようにワザとこんな言い方をするのは、やっぱり彼女のことが心配だから。

「あら、そんなに休むわけにはいかないでしょ?また、病院に来られたら大変」
「へぇ、未来(みく)は俺が会いに来てくれると思ってんだ」
「えっ、それは…ほっほら、言葉のあやってやつよ」

―――まったく大和君ったら、変なところにツッコミを入れてくるんだから。
本当は米澤さんも、『もう少し休んだら?ちょっとの間なら、私が何とかするから』と言ってくれたんだけど、そういうわけにもいかないわよね。
あぁ、自分の体調管理もロクにできないなんて…。
こんなことじゃ、この先マネージャーなんて務まらないわ。

「それより、約束してくれる?もう勝手に仕事を抜け出したりしないって。私のことはいいけど、周りの人達に迷惑が掛かるから」
「わかってる、反省してるよ。でも、やっぱ未来でなきゃ、俺も調子出ないからさ」

あの時は、ただ彼女の顔が見たくて周りのことも考えずに突っ走ってしまったけれど、景さんにも米澤さんにも、他のたくさんのスタッフにも迷惑を掛けたことには変わりない。
でも、あのまま撮影を続けても恐らくいいものはできなかったと思う、言い訳に聞こえるかもしれないけど。

「大和君」
「ところでいいのかよ、こんなところで暢気に立ち話してて」

慌てて未来は腕時計に目を落とすと、予定より少し時間をオーバーしていた。
彼の言うように暢気に立ち話をしている場合ではない、昨日は撮影を1時間遅らせてしまったというのに今日は遅刻では、大和はもちろん、S企画の信用までも失いかねない。

「あっ、やだっ、もうこんな時間」
「これじゃあ、先が思いやられるな。しっかりしてくれよ?マネージャー」
「あ〜もうっ、いいから早く」

「はいはい」とどっちがマネージャーだかわからなくなってきたが、こんなやり取りが二人にとって一番居心地が良かったのかもしれない。

+++

新しいドラマの配役も決まり、タイトルこそまだ(仮)のままだったが1話目の台本もほぼ完成したと聞いている。
正式に主題歌の依頼も受けた大和はそれまでの間、仕事を減らす方向で調整していた。
シングルで発売された『未来を抱きしめて』はチャートで5週連続1位に輝き、最速でミリオン達成という快挙も成し遂げたこともあって、あの曲を収めたアルバムを出すことも決まり、曲作りに専念したいという彼の希望から。
CMがあんなに話題にならなければ今頃はもう少し仕事も抑えていたはずなのだが、この世界は何が起こるかわからない、スケジュールなどあってないようなものなのだ。
だからといって、休めないのがマネージャーの辛いところなんだけど…。

「大和君、大人しくしてるみたいね」

「未来に会えなくて、また何かやらかすんじゃないかと思ってたけど」と事務所で打ち合わせをしていた米澤が冗談交じりに言う。
未来自身も彼に会わない日が、今日でちょうど一週間になるだろうか?
ほぼ、毎日のように一緒に居て、それが当たり前のようになっていた二人、そのわりに大和があまりにも大人しくしているように感じるのは米澤だけだったのか。

「曲を書いている時は、入り込んで没頭しちゃうらしいですよ?この一週間で、既に何曲かできたと言っていましたし。ドラマの主題歌も、ほぼ完成だそうです」

後はK’s-1に顔を出したり、自由な時間を満喫しているらしい。
初めて会った時に彼は一人で出歩くと言っていたが、注目度が上がっている今、それは自粛するように言ってある。

「なぁんだ」
「え?どうしたんですか」
「そういうことかってね」

一人ゴチている米澤が、未来にはさっぱりわからない。
―――何が、なぁんだで、そういうことなのかしら?

「てっきり、大和君が引き篭もってるんだとばかり思ってたのに、ちゃあんと未来ちゃんとは連絡を取り合ってたのね」

「だから、大人しくしてたのかぁ」と米澤は、ワザと奥歯に物が挟まったような言い方をする。
一応、何かあったら困るし、お互いの携帯電話番号もメルアドも知っているから、そういう話くらいするのは普通ではないだろうか。

「でも、声とかメールだけじゃ、寂しいんじゃないのかしらねぇ。未来の顔を見ないと大和君は」
「そんなわけ」
「あらあら、反対だった?大和君の顔が見られなくて寂しいのは、未来ちゃんの方ね」
「もうっ、米澤さん」

未来は、ムキになって言い返すが…。
―――図星だったかも。
病院まで会いに来てくれたのは、そりゃあ仕事を抜け出したのは悪いと思うけど、あの時、『来てくれて嬉しかった』という言ったのは多分、本当の気持ち。

「ねぇ、あの曲のタイトル。『未来を抱きしめて』って、あれは“みらい”に引っ掛けて“みく”って意味もあったのかなって。ううん、本当は『未来を抱きしめて』なんじゃないか。私はそう思うんだけど。ううん、タイトルだけじゃないくて歌詞全体も」

そう思ったのは未来も同じだったが、『タイトルは…これは、歌い終わってからにする』と言った大和の真意は。
もし、そうだったとしたら…。

「考え過ぎですって」
「きっと、そうよ。そうに決まってる。歌詞に想いを込めるなんて…あぁ〜何て、素敵なんでしょう」
「米澤さん、想像はそこまでにして打ち合わせの続きを」

「そうだったわ」と、さっきとは打って変わって仕事モードに切り替わる米澤。
これ以上、変に冷やかされると何だかものすごく恥ずかしい気がして、未来はホッとしたけれど…。
少し距離を置くとやっぱり気になる存在だったのかな。
隣に彼の顔がないと寂しいと思ってしまう自分。

未来は軽く自分の頬を叩くと、彼女のように仕事モードに切り替えた。



ブルブルっ―――
   ブルブルっ―――

打ち合わせを一旦切り上げて休憩中、未来の携帯が数回震えて止まる。
―――あっ、大和君からのメール。
ディスプレイには彼とわからないようなネームが表示されているが、それが一番嬉しいと思ってしまうのは何でだろう。
それはきっと今まで男性の担当になっていなかったのと、知り合いもそんなにいなかったから。
違う、大和君だったから…。
そんな思いを隠すように未来はメールを開く。

『今、何してる?仕事だってわかってるけど、声が聞きたい』

―――うわぁっ、これってなんか恋人同士のやり取りみたいじゃない?
一緒にいる時はこんな甘えたことは言わないけれど、彼のことを思うとものすごくドキドキしてしまう。
無意識のうちに未来は、大和の携帯に電話を掛けていた。
それはすぐに繋がって、聞きたかった彼の声。

そんな姿を遠くから見つめていた米澤は、『私も、愛する旦那に電話を掛けちゃおうかしら?』なんて思っていたなんて…。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERMANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.