ふたりの夏物語V
1


─── 全く、夏休みも働かせるなんて、ちょっとひど過ぎない?

窓の外に視線を向けると、どこまでも続く青い海。
満席の機内には、これからバカンスを楽しむカップルや家族連れのはしゃぐ子供達でいっぱいだというのに自分だけ妙に浮いたスーツ姿。
ビジネスクラスで良かったわ。
だいたい、こんなはずじゃなかったのよ。
私だって、今年こそは彼氏を作ってこの中にいるはずだったのに。
恋は予定通りにいかないまでも、夏休みくらい決まった日に取らせてくれてもバチは当たらないわよ。

『いいじゃないか。どうせ君は夏休みの予定もないだろうし、仕事でも海外のリゾートに行けるんだから。おっと、これ以上言うとセクハラになっちゃうな。あはは ─────』

何が、セクハラになっちゃうな。あはは ─────よ。
とっくにセクハラだっつうの!!

グゥオ〜〜〜
     グゥオ〜〜〜
          グゥオ〜〜〜

一人ブツブツ文句を言っていると、ここはジャングルかしら?と錯覚してしまうほど、隣からは猛獣の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
恐る恐る視線を横にスライドさせると、Tシャツにジーンズ姿で大口を開けて寝ている男が約一名。

─── あぁ、呑気でいいわね?こんなところで、いびきをかいて眠れるなんて。

アイマスクで顔は良く見えないが、座席に着く際に軽く会釈した時は髪もボサボサだったし、お世辞にも素敵!!っていう感じの男性ではなかった。
年齢はそうねぇ、30ちょっとくらいで、背が高いのか長い足がスリッパも履かずに素足のまま通路にはみ出している。
とてもまともな職業に就いているとは思えない、きっと親がお金持ちか何かで道楽息子の気ままな一人旅ってとこ。
こんなだらしない男だってお金持ちなら、女性はホイホイ付いて行くに違いないんだから。

だけど、この人を見てると、これから仕事をしなければならない自分がバカバカしく思えてくるわ。

─── 私も寝ようっ。



仕事でも何でも、やっぱり海外のリゾート地に来ると心も豊かになる。
日常のちょっとしたことでクヨクヨしていたのが嘘のよう、もしかしたらこういう時に運命の出逢いってやつもあるのかもしれない。

「迎えの人が来ないのか?」

「飛行機で隣に座ってた人だよな」と声を掛けてきたのは、道楽猛獣男。
まさか、運命の出逢いがこの猛獣男っていうんじゃないでしょうねぇ…。

「え?あっ、猛獣…」
「猛獣?」
「いっ、いえ。タクシー乗り場を探していたんですけど、どこかわからなくて」

─── 危うく、猛獣男って言いそうになっちゃったじゃない。

今回は仕事だったから、誰も迎えには来てくれない。
タクシーに乗ってホテルへ向かおうとしていたのだが、いかんせん初めての場所で勝手がわからない。

「俺もタクシーでホテルまで行くところだから、案内するよ」
「そうしていただけると、ありがたいです」

「なら、こっち」と猛獣男は私のスーツケースも押しながら、とっとと先に行ってしまう。

─── 案外、優しかったりして?

おっと騙されちゃいけないわよ。
ちょっとくらいお金を持ってって優しかったとしても、私は誠実で真面目な人が好きなんだもの。

「ところで、君はどこまで行くんだ?」
「ロイヤル・サンセット・リゾートです」
「偶然だな、俺もそこに泊まるんだ」

「じゃあ、タクシーは一緒でいいよな」と彼はタクシー乗り場に止まっていた車の運転手に声を掛けて、私を先に乗せるとスーツケースをトランクに入れるのを手伝っている。

─── は?この男性(ひと)も同じホテル?

お金持ちの道楽息子だものね、このリゾートで最高級のホテルに泊まるのは当然っちゃあ当然かも。
本来仕事でこんなにいいホテルに泊まることはまずないんだけど、夏休みを返上してまで仕事をするんだからこのくらいしてもらわないと割りに合わないと上司に言ってやったら、妙にあっさり承諾してくれて。
それも、コテージスィートよ?
いきなりこの時期だったからそこしか空いてなかったみたいだけど、ハネムーンだって泊まれっこない最高級ホテルのスィートに一週間なんて、夢のよう。

「それにしても、その格好はリゾートで休暇って感じでもないし。ごめん、余計なことを聞いたかな?」

どう見ても場違いのスーツ姿、彼がそう思っても不思議はない。

「いいえ。これから仕事なんです」
「仕事?そりゃ、こんなところまでご苦労なこった」
「ほんと、そう思いますよね」

─── この人に言われると、余計にそう思えてくるわ。

それにしても、なんて綺麗な景色なんだろう。
車窓から見える海の色は、今まで見たことがないないくらいエメラルドグリーンに輝いている。
空は雲ひとつない青空で、ここが自分の住む場所と同じ地球上に存在するなんて信じられないくらい。

暫くの間、水平線と競争するようにして車はホテルの前に到着した。

「うわぁっ、すっごい」
「おいおい、そんなにはしゃいで転ぶなよ」
「子供じゃないんですから、大丈夫ですぅ」

… やれやれ。まったく、俺には子供にしか見えないんだけど。

タクシーからスーツケースを降ろし、ベルボーイに渡すと彼女の後に続いてフロントへ。

「えっ、そんなはずないわよ。ちゃんと日本の代理店で予約を入れたんだから、連絡して確認して下さい」

─── 嘘でしょ?予約が入ってないなんて…。

英語は会話程度で話せるものの、こういう時にはどうにも分が悪い。
だけど、もしもホテルに予約が入っていないとなると私はどうなるの?

『申し訳ございません。何度お調べしても、予約は入っておりませんが…』
「さもなければ、空いている部屋を」
『申し訳ございませんが、全て満室となっておりまして』
「満室って、それじゃあ私に野宿しろって言うの!!」

…つい、さっきまではしゃいでいたと思ったら、今度は喧嘩か?

「どうしたんだ?大きな声を出して」
「聞いて下さいよ。コテージスィートを予約したはずなのにされてないって言うんです。他に部屋も空いてないって言うし」
「そりゃあ、困ったな」

彼は英語が得意なのか、色々聞いてはくれたものの、状況は変わらず…。
スィートは諦めたとしてもどこかに部屋を探さなければならなかったが、この時期はどこのホテルも満室で空いている部屋など見つからない。

─── これから一週間、マジで野宿?
勘弁してよぉ、とほほ。

「すみません、ご迷惑をお掛けして。私のことは気にしないで、あなたはチェックインして下さい」
「多分、俺のせいだな」
「え?」
「俺も、コテージスィートを予約したんだ。っていうか、友人に頼んだら勝手に取ってくれたんだけど、10日くらい前の話だったし、そこで手違いでもあったんだろう」

この旅行を決めたのは10日ほど前のことで、このホテルの経営者と知り合いの友人に頼んで取ってもらったのだが、考えたくはないが恐らく裏工作したに違いない。

「あなたのせいじゃないですよ」
「いや、そうとも言えないんでね。君はこのホテルに泊まるといい。俺は、知り合いもいるから何とかなるし」
「でも…」

─── 嬉しいけどいくらなんでも、そういうわけにはいかないわよ。

「気にするな、仕事頑張れよ」
「あのっ、あなたのお名前は」
「名乗るほどでもないが、澤山 大地(さわやま だいち)。君は?」

─── えっ?澤山 大地(さわやま だいち)って…。
嘘、まさか、あの澤山 大地?!

「私は片岡、片岡 千夏(かたおか ちか)って言います。澤山さんって、もしかして」

彼はニッコリと微笑むと何も答えず、そのままロビーを出て行こうとしたが…。

「待って下さい。澤山さんっ」
「ん?どうした」
「スィートってベッドルームが3つもあるんです。だから…」
「だから?」
「良かったら、一緒に泊まりませんか」

どうして、彼を引き止めたのかなんてわからない。
でも、このまま離れてしまうのは…。


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