ふたりの夏物語V
2


「いいのか?いくらベッドルームが3つあっても、俺は男だぞ?君を襲うかもしれないのに」

表情からは判断できないが、本気なのか冗談なのか彼の言うことも一理ある。
例えベッドルームが10個あろうがこの猛獣男のことだから、まかり間違って千夏(ちか)を襲うことがあるかもしれない。
どんな事情があったにせよ、予約が取れていなかったのは千夏(ちか)の方だし、何よりこの猛獣男が自分の知っている澤山 大地だとしたら、こんなチャンスを逃す手はないのだ。

「大丈夫ですよ。私は、澤山さんを信じてますから」
「気安く男の前で、信じてるなんて言葉を使うもんじゃないぞ?」
「なら、どうするんですか?私と泊まるんですか?泊まらないんですか?」

… 特別美人というわけでもなく、どちらかと言うと地味でおまけに気が強そうだ。
なのに引き込まれてしまいそうになるのは、なぜなんだ。

「君は面白い子だな。わかったよ、俺もできればこのホテルで仕事がしたいんでね」

根負けしたように言う澤山だったが、てっきり遊びだとばかり思っていたのに仕事で来ていたとは。

「澤山さんも、仕事ですか?」
「あぁ」
「何だか、怪しい仕事っぽいですね」
「は?まぁ、怪しくないとも言い切れないけどな」

自分の仕事を怪しいと言ってしまうあたり彼らしいのかもしれないが、千夏(ちか)が知っている澤山 大地だとしたら、彼は有名なゲームクリエーターで数々のゲームソフトが大当たりしている。
何を隠そう、千夏(ちか)は彼の大ファンだったのだ。
素性は一切公開していなかったし、本人だとしたらまさかこんな人だとは思いもしなかったけれど。

「澤山さんの怪しい仕事については後でゆっくり聞くことにして、取り敢えず部屋に入りましょう」

スィートというのはチェックインも専用のフロアで行い、部屋には専属のスタッフが24時間待機しているという、至れり尽くせり正に極楽気分。
しかし、浮かれている場合ではなく、千夏(ちか)も仕事で来たということを忘れてはいけなかった。

「私は、こっちのベッドルームを使わせていただきますね。シャワールームも付いてますし、リビングには極力入らないようにしますから」

コテージ内を一通り見て回ると広いリビングが一つにダイニングとキングサイズのベッドが置かれたベッドルームが1つ、ツインのベッドルームが2つ、そして広いバスルームとは別にシャワールームが付いている。
千夏(ちか)は、シャワールームの付いたツインベッドルームの部屋を使わせてもらうことにする。
これでもベッドのサイズはセミダブルと大きいのだから、女性には十分過ぎる。
考えてみれば、こんなに広いスィートにたった一人で泊まることの方が落ち着かなかったに違いない。
外にはプライベートプールとその先はプライベートビーチになっているのだろう、ハネムーンで来れたらどんなに幸せな時を過ごすことが出来ただろう。

「いや、俺がこっちの部屋を使うよ。それに女性は長風呂だろう?」
「いいえ。体の大きい澤山さんは体がはみ出しちゃいますから、こっちのキングサイズをどうぞ」

─── こんなに背が高いんだもの、無理に小さなベッドに寝ることはないわよね。
バスルームはジャグジー付きで捨てがたかったけど、今回は我慢するわ。
だって、総ガラス張りなんだもの…あれじゃあ、部屋から丸見えよ。

「俺のことは気にせずリビングも使って構わないし、風呂は好きに入ったらいい。その間は別の部屋にいるし、覗いたりしないから」

「何なら一緒に入ってもいいけど」なんて言うから、彼の背中を思いっきり叩いちゃったわよ。
だって、あのニヤついた顔はその気満々って感じなんだもの。

─── まぁ、今の私とお風呂に入ってもちっとも楽しくないと思うけどっ。

「ところで君はさっき、ここへは仕事で来たと言ってたけど」
「えぇ。原稿をもらうために来たんですけど、締め切りを過ぎたっていうのにその人はこっちにある知人の別荘に逃げたらしくって」
「原稿?」

千夏(ちか)は大手テレビ局でドラマ制作の担当をしていたのだが、薄井 翔平(うすい しょうへい)という若手人気脚本家に依頼していた原稿が締め切りを過ぎても上がってこないし、とうとう連絡も付かないと大騒ぎになり、やっと見つかったと思えば海外リゾートにある知人の別荘。
彼が手掛けると必ず当たるというジンクスはあるものの、いかんせん今まで締め切りに間に合った例(ためし)がない。
いつもなら千夏(ちか)がこんなふうに彼の原稿を取りに行くようなことはなかったのだが、若い女性が行けば少しは対応も早いのではと、これは上司の談だが…。
要はみんなしてこんな面倒なことは引き受けたくないというだけのことで、その損な役回りが千夏(ちか)のところへ来たというだけのこと。
でなければ、スィートに泊まらせて欲しいなんて要求を簡単に呑むはずがない。

「薄井 翔平(うすい しょうへい)さんって人なんですけど、澤山さん知ってます?」

「結構有名なんですけど」と千夏が言うと彼はクスッと笑う。

─── 何?その笑い。
もしかして、澤山さんは薄井さんのことを知ってるの?

「そいつなら知ってるっていうか、翔平とは高校が同じだったからな」
「えっ、澤山さんが薄井さんと高校の同級生なんですか?」

─── 嘘、二人が高校の同級生?
となれば、話は早いかも。
あぁ、私って何て運がいいのかしら。

「大学は違ったけど、なぜか馬が合うっていうか。お互い一人もんだし、今でも付き合いがあるのはあいつ位かな。しかし、相変わらずだな逃亡グセは」
「知人の別荘にいるらしいんですが、澤山さんから連絡を取っていただけませんか?どうしても、一週間以内に書き上げてもらわないとならなくて、また逃げられると困るし」
「俺が?」
「私、薄井さんとは面識がないんです」

「夏休みに予定がなかったのは私だけで…」と言うと、妙に納得した様子の澤山さん。

─── どうせ、こんなだから予定もありませんよ〜だっ、ふんっ。

だけど、見ず知らずの私が薄井さんのところへ乗り込んでも、原稿を上げてくれるかどうか…。

「俺で力になれるなら何とかするけど、あいつは色仕掛けに弱いから ─────」
「それって、私じゃ無理だって言ってます?」
「いっ、いや。そういう意味じゃないんだ」
「なら、どういう意味ですか」

─── そういうのは、早く言ってよね?

地味にしている方がウケがいいと思ってこんな格好をしてるけど、そうと知ったら私だってやってやろうじゃないの。

「わかったよ。一応、連絡だけしてみるから怒るなって」

「なっ」って宥める澤山さんだったけど、これじゃあどっちが悪いのかわからない。
本当は一人ですごく心細かったから、彼が居てくれて良かった。

早速、澤山さんは薄井さんと連絡を取ってくれて、友人が来ていると知って薄井さんも覚悟を決めてくれたようだ。

「夕飯を一緒にどうかって誘われたけど、行ってみるか?あいつが逃げ込んだ知人の別荘って、俺がここに泊まらなかったら尋ねようと思ってたところなんだ」

別荘の持ち主は二人の共通の知人で、真崎 尚哉(まさき なおや)という売れっ子のコピーライターなのだ。

… アシスタントをしていた女性の高梨 柚季(たかなし ゆき)さんも同伴だとは知らず行かなくて良かったと思ったが、薄井のやつは図々しく邪魔してからにぃ。

「いいんですか?」
「あぁ、俺より君に来て欲しいそうだ」
「わかりました」

─── 薄井さんのやる気を起こさせて、少しでも休暇を取らせてもらわなきゃ。
せっかく、リゾートに来たんですからね。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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