「…ぁっ…っん…っ…」
最低限の部分しか隠していないようなドレスは、呆気なく澤山の手によって剥ぎ取られてしまう。
時折掛かる熱い吐息、その度に反応する体。
膨らみの輪郭に沿って手を添え、ワザとツンと上を向いた蕾を外して舌を這わせた。
スタイルがいいのはわかっていても、いざそれを目の前にするとその均整の取れた美しい肢体に目を奪われる。
まだ、会って数日しか経っていないのに、こんな関係になるとは思ってもいなかった。
惑わされているだけ、危うく彼女の誘惑に負けてしまいそうになったが、澤山の中であの柔らかな唇の感触を忘れることなどできるはずがない。
プールでの無邪気な彼女、初めて会った時のあの地味な彼女と今の悩殺的な彼女のどれもが、澤山の心を掻き乱すのだ。
「…んっ…ダメぇ…そこ…っ…」
「ここが、いいんだ」
「…意地悪…しない…でっ…っ…」
シャワーを浴びたばかりなのか、微かなソープの甘い香りに酔わされる。
…こんな子が、何で俺なんか。
それでも、翔平にだけは彼女を取られたくなかった。
完全な嫉妬というやつだ。
さっきの傷ついた顔、男なら誰にでもという子じゃないことをわかっていながら、あんな言葉が口から吐いたのは、やはりどこか自分に自信がないから。
「すごい、濡れてる」
「もうっ、どうしてそういうこと言うの?澤山さんって、すっごい意地悪」
「好きな子は、虐めたくなるものなんだ」
「子供みたい」
「どうせ、俺はお子様だよ」
クスっと笑う澤山さんは、本当に子供みたい。
―――でも、今好きって言った?
私のこと、本当にそう思ってくれてるの?
「…っあぁ…っ…んっ…」
彼の指が私の中を掻き回して、熱いものが溢れ出す。
海外のリゾートという場所がそうさせるのか、恥ずかしいとかそんなことよりも、ただ身を任せて溶け合いたい。
「ごめん」
「えっ」
―――何が『ごめん』なの?
この期に及んでまた…。
「いや、まさかこういうことになるとは思ってなかったんで、その…。持って来てないんだ。君にもしものことがあると困るし」
ここまでしておきながらどうかとも思ったが、男として欲望だけで満足してはいけないし、かといってこういうことを予想していたわけではないので生憎持ち合わせもない。
澤山にとっては、かなりもったいないシチュエーションではあるけれど…。
「大丈夫。私、生理不順で薬を飲んでるから、といっても完全じゃないですけど。それは他のことでも同じだと思うし、澤山さんがそんなに軽い男ではないと信じてます」
「君はすぐ信じてるっていうけど、俺は既に裏切ってる気がするが…」
『私は、澤山さんを信じてますから』という言葉に甘えて、同じ部屋に泊まってこの有様ではどうなのか…。
先のことなんてわからないまでも、真剣な想い、彼女に身も心も全部惹かれていることは確かだったから、何が起こっても守る覚悟はあるものの。
「それにいいのか?俺で。君には、もっといい男が―――」
「澤山さん!!私は、澤山さんがいいんです。あなたが、あなただから好きなのに…」
言った自分にハっとした。
―――猛獣男だし、女心も全然わかってないし、おまけにちっとも素敵じゃないけど、だけど好きなんだもん。
これが、千夏(ちか)の正直な今の気持ちなんだろう。
「ヤバイな。そんなことを言われたら、もう止められない」
澤山は着ていた服を全て脱ぎ捨てると再び彼女を包み込むように抱きしめて、何度も啄ばむようにくちづける。
すぐにでも彼女の中に入ってしまいたかったが、年齢を重ねた男の見栄というか、さっきは子供みたいなことをしておきながら、変なところでカッコつけたりして。
彼女はそれだけ大切な女性(ひと)だし、まだ長いこの夜を楽しみたかったから。
「…ぁっん…澤山さ…ん…っ…何か…変に…なりそ…う…ぁっ…」
『千夏(ちか)、綺麗だよ』
耳元で囁かれる甘い言葉、名前を呼ばれる度に体の奥が熱くなる。
―――こんなの初めて…。
誘惑の波に酔わされているのは、私の方。
「入れていい?さすがに限界かも」
ほんのり頬を上気させて、はにかみながら静かに頷く彼女の中へゆっくりを自身を沈める。
あまりの心地よさ、そこにはもう大人の余裕など、どこにもなかった。
強く抱きしめて、お互いを深い部分まで感じ合う。
カップル同士で体の相性がという話を聞くが、二人の場合はバッチリとでも言ったらいいのか。
「…ぁっ…んっ…澤…山…さ…っ…ダメぇ…」
「千夏(ちか)、大地って呼んで」
「…だ…いち…っ…ぁ…っ…」
「一緒に」
全身の力が抜けてベッドに体を預けると、微かな波音と共に少しの間、二人の荒い吐息だけが聞こえていた。
澤山は、千夏(ちか)の額に薄っすらと滲んで汗に張り付いた前髪を指で丁寧に梳きながら、チュっと音を立ててくちづける。
翔平なら普通にやりそうなことだが、こんなこっ恥ずかしいことをと思いつつ、自然にやっている自分に驚かされた。
「澤山さん」
「もう、戻っちゃうのか?」
…何だよ、また他人行儀な呼び方に戻っちゃうのかよ。
昔なら名前の呼び方なんかどうでもいいと思ったのに、今ではそれを寂しいとさえ思ってしまう。
そんな澤山さんの不満そうな顔に「えっと、大地って呼んでもいいの?」と千夏(ちか)が言うと「そっちがいい」と嬉しそうな答えが返ってきた。
「大地」
「ん?」
「私のこと、ちゃんと好きって言って?」
「え」
「えって、何よぉ」
膨れっ面の千夏(ちか)。
「あっ、いやっ、そういうわけじゃっ」
…やれやれ、ここまではいい感じにきていたのにまた、怒らせたか。
惚れた弱みというやつか、彼女の喜ぶ顔が見られるなら、素直に言うことをきいておこう。
「千夏(ちか)、好きだよ」
自分からお願いしておきながら、真顔で言われて真っ赤に頬を染めた千夏(ちか)は、シーツの中に潜ってしまう。
―――澤山さんったら、真面目な顔して言わないでよ。
「こらっ、人に言わせておいて何だ」
『だってぇ』とくぐもった声が聞こえたが、澤山はシーツを剥ぐと慌ててそれを奪い取ろうとする千夏(ちか)を抱きしめた。
らしからぬ甘い時間(とき)に苦笑しながら、その瞬間を大切にしたいと思う。
そして、これからもずっと。
+++
薄井さんは言った通り、3日以内に原稿を書き上げてくれたおかげで、千夏(ちか)は上司からも信頼を得て無事に日本に帰国することとなった。
前夜は食べ損なったホテルのディナーを彼と楽しむはずだったが、柚季(ゆき)ちゃんが腕を振るってくれたこともあって、それはまたの機会に持ち越しに…。
「千夏(ちか)ちゃん、日本に帰ったら会おうね」
千夏(ちか)のために空港まで見送りに来てくれた4人。
仕事がきっかけで知り合ったのに、こんなに離れるのが辛いとは…。
柚季(ゆき)ちゃんと真崎さんはもう少しバカンスを楽しむそう、そして薄井さんは二人の邪魔をしないようにと澤山さんのホテルに移って暫く休養するらしい。
澤山さんは、嫌がってたけど…。
「うん。柚季(ゆき)ちゃん、色々ありがとう。それに真崎さんには、ご迷惑をお掛けして」
「いいんだよ。一番迷惑を掛けたのは、薄井さんだからね」
ちらっと真崎さんが薄井さんの方へ視線を向けると、バツが悪そうに苦笑いしている。
確かにそうかもしれないが、そのおかげで彼に会うことができたんだし、少なからず薄井さんの配慮もあったわけで、一概に怒ることもできない。
「いいえ、薄井さんにはご協力いただき、感謝しています。きっと、いいドラマになります。いえ、必ずしてみせますから、楽しみにしていて下さいね」
「ごめんな。あんなこと言って、大地に言われて反省したよ。これからは、みんなに迷惑掛けないようにする」
「薄井さん。その言葉、忘れないで下さいね」
「わかったよ」と髪をガシガシを掻き上げる薄井さんの横に居た澤山さんは無言のまま。
永遠の別れになるわけじゃない。
今朝までずっと愛し合っていたのだから、お互いの想いは揺ぎ無いもののはずなのに…。
「じゃあ、そろそろ行きますね。お世話になりました。日本でまた会いましょう」
千夏(ちか)は手を振って背を向けると出国ゲートに向かう。
―――澤山さん、最後まで何にも言ってくれなかったな。
電話番号とメルアドを聞いたけど…。
ひと夏の…で、終わったりしないわよね。
「千夏(ちか)っ」
呼ぶ声に振り返ると追い掛けて来たのか、少し息が上がっている。
「澤山さ、大地、どうし―――」
「―――たの?」と聞こうとして強く抱きしめられた。
「あと、半月したら日本に戻る。その時は連絡するから、必ず」
「待ってていいの?」
「いいに決まってる。こんなことなら、俺も帰るんだった」
「夏休みだもん、飛行機のチケットが取れないのは仕方ないわよ」
平気で話しているが、涙が出そうになるのを一生懸命堪えるのがやっと。
こうして、みんなが見てるのに追い掛けて抱きしめてくれたことが嬉しかった。
そんな、彼女のことを愛惜しむように澤山はくちづけた。
「もう、行かないと」
「あぁ、仕事頑張れよ」
「大地も」
二人の夏は始まったばかり、千夏(ちか)は笑顔で日本に向けて飛び立つのだった。
END
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