「ごめん。待った?」
言葉と共に出された左手。
そっと琴音は右手を重ねると、大きな温かい彼の手に包まれる。
お店で偶然再会し、あれから個人的に会うようになった高校時代の同級生だったやっくんは、こうしていつも私の手を握ってくれる。
人前ではすごく恥ずかしい半面、私は彼にとって特別な存在なのかも?とちょっぴり嬉しく思えたりもして。
「ううん。私も今、来たところだから」
「ほんと?そのわりには手が冷たいんだけど」
「手が冷たいのは、心があったかいからよ」
私が誤魔化すように言うと「それは、当たってると思うよ」彼は妙に納得してる。
夜の世界に入ってもうすぐ1年半になろうとしているが、その間ボーイフレンドや特定の彼氏を作る余裕などなかったし、いくらこの仕事を恥じていないと自負していても周りは違う。
口ではなんとでも言えるが、やはり世の中、色眼鏡で人を見るのは否定できないのだ。
琴音自身も起業という目標のため、敢えて恋を断ち切った生活を送っていたせいか、こんなふうに手を繋いで普通の25歳の女の子として男性と歩く日が来るとは思ってもいなかった。
「どうした?そんなに俺ってイイ男?」
無意識に彼の顔をじっと見つめていた琴音。
慌てて視線を逸らしたけれど、やっくんはワザと意地悪く顔を近付けて来る。
お願いだから、そんなにくっ付かないで。
「べっ、別に。やっくんの顔を見てたわけじゃないもん」
「ふ〜ん。じゃあ、なんで赤くなってるの?」
「もう、いいでしょ!!早くしないと映画始まっちゃう」
彼の手を引っ張って行こうとしたら、腰に腕を回されて抱き寄せられた。
あぁ、やめてっ。
早鐘を打ち始める心臓の音が伝わってしまう。
「わかりやすいな、琴音は。そういうところが可愛いんだけど」
額にそっと触れた唇が熱い。
やっくんって、こういう人だったの!?
ううん、彼のことだから、きっとこういうことは慣れているに違いない。
「ふざけてないで。ほんとにもう行かないと始ま───」
「わかったよ。ポップコーン買ってやるから」
「子供扱いしてるでしょ」
やっくんは私のこと、どう思ってるの?
単なる高校の同級生ってだけなの?
映画の内容なんて全然頭に入らなかった。
隣にやっくんがいると思っただけで、わけもなく胸が苦しくて…。
私服姿の彼もスーツ姿とはまた違う魅力でとても素敵。
女性なら誰もが彼に惹かれずにはいられない、そんな男性が私みたいな女を好きになるはずがないのに。
よく考えてみたら、勝手に都合よく解釈していただけなのかもしれない。
「映画、つまらなかった?俺が見たいって言ったから」
「そんなことないわよ。おもしろかった」
「ならいいけど。何、食べてく?琴音の好きなもの───」
「先輩?あっ、やっぱり。私のこと覚えてますか?大学時代の」前から歩いて来た女性3人組が、やっくんの周りに集まってはしゃいでいる。
たいして年が変わるわけじゃないのに今時のなんて思ってしまうのは、お水の世界で生きているからだろうか?
「ちゃんと覚えてるよ」
実を言うと靖史にははっきり思い出せないのだが、ここは適当に誤魔化すしかない。
「先輩の彼女さんですか?紹介して下さいよ」
「いいだろ。デートの邪魔するなよ」
「え〜。あっ、私たちこれから飲みに行くところなんですが、先輩も一緒にどうですか?」
「ねぇ、彼女さんも」と振られてなんと答えていいのやら。
彼女たちにしてみれば、やっくんの彼女とやらが、どんな人なのかを見極めたいのだろう。
お生憎さま、私はまだ彼女なんかじゃありませんよ〜だ。
「俺たちは」
「いいじゃない。やっくん、せっかくだもの、みなさんと一緒に」
どうしてこんな心にもないことを言ってしまったのか、離れていた大学時代の彼の話を聞きたい?それもあったけど、やっくんが私のことをどう思っているのか、彼にとってどういう存在なのかを知りたかったから。
若い子が好みそうなイケメン店員の多いことで有名なお店。
昼と夜が逆転した生活を送っている琴音には足が遠い場所になっていたが、たまにはいい機会かもしれない。
「先輩は研究所に勤めてるんでしたね。彼女さんは何をなさってるんですか?」
別に気にすることじゃない。
誰だって、優秀な研究員の彼女がどんな仕事をしているのか気になるのは仕方がない。
とはいっても、想定していない状況では咄嗟に答えるのは難しい。
「おいおい、そういう話なら」
「私?何をしてると思う?」
極力、やっくんの手前、化粧も薄くして普通の装いを心がけてきたつもりだったが、女性の目というのは案外鋭いもの。
お水をしていることが、彼女たちには既にバレているかもしれない
だからといって、何も引け目を感じることなどないのだが。
「とても綺麗な方なので、秘書とか?」
「キャビンアテンダント」
「モデル?」
「ぜーんぜん、ハズレ。私、六本木でお水やってるの。やっくんとは高校の時の同級生なんだけど、この前、社長さんと一緒にお店に来てくれて」
案の定、そんなことだと思ったという顔をしている。
私みたいな女が、やっくんの彼女なワケないって。
そうよ、その通り。だったら、どうだっていうの?
「言っとくけど、私はやっくんの彼女なんか───」
「琴音は俺なんかより、ずっとすごいよ。高校時代は常に学年で5番以内には入ってたし。今は起業するために倶楽部 華って店で働いてるけど、その店で君たちじゃ絶対勤まらない。一流と呼ばれる人の相手はね。だから、俺にはもったいないくらいの彼女なんだよ」
倶楽部 華の名は知られていたのだろう、彼女たちの表情が一変したのがわかったが、だからといってお水への偏見が消えたわけではない。
琴音にはそんなことはどうでもよくて、ただ、純粋に心から彼の言葉が嬉しかった。
「ごめんね、やっくん」
「なんで、琴音が謝るんだ?」
大学生の時もやっぱりモテていた話など、それはそれで彼女たちとの会話は楽しかったけど、少なからず彼に気まずい思いをさせてしまったことは確か。
「私のこと、もったいない彼女なんて無理しなくても」
「本当のことだから」
「え?」
「美人で頭が良くて、自分の夢に向かって頑張ってる。俺にはもったいなさ過ぎる彼女だよ」
「彼女って?」
やっくんは私のことを彼女って言うけど、それはどういう意味?
「待った!!今更だけど、琴音は俺の彼女だよな?」
「えっ」
「うそ…まさか、違うとか言わないだろ。いや、言わないよな。なぁ、俺だけがそう思ってたとか?」
「そりゃ、ないよ…」焦ってる彼が、可愛いかもっ。
あんなにモテてて遠い存在だったやっくんが。
「いいの?私みたいのが正式に彼女になっても」
「それは、こっちの台詞。琴音には、もっといい男なんていっぱいいるだろ俺なんかより」
「いないわよ。どこさがしても、やっくん以上の男性なんて」
「ひゅ〜マジ?ヤバいよ。そんなことを言われたら今夜は帰さない」
「っていうか、帰すつもりなんて初めっからないけど」琴音の腰に腕を回してきつく抱きしめる。
自分だけが錯覚していたんじゃなかった。
だから、言って欲しい。
「ねぇ、私のこと」
「ん?」
「やっぱり、いい」
「なんだよ。ちゃんと言ってくれないと。俺たちの間に隠し事はなし。オーケー?」
恥ずかしいから耳元で「好き?」って聞いてみたら。
「好きだよ」
「ずっと前から」って。
どうしよう…夢みたい。
「俺のことは?」
「えっとぉ」
「あのなぁ、俺だけかよ好きなのは」
かわいそうだから小さな声で「好き」って言うと琴音から唇を重ねる。
不意打ちに一瞬固まってしまったやっくん。
こうなったら。
「…ダメ…やっ…くん。ここじゃ」
「琴音が悪い。こんな可愛いことされたら我慢なんてできないよ」
始まった恋。
これから先、二人の間にまだまだ色々なことが起こるかもしれない。
でも、大丈夫。
いつだって、彼が守ってくれるはず。
To be continued...
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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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