「百合さん、お願いします」マネージャーの松原さんの呼び掛けに「はい」と返事をして、お客様を迎える美沙。
「倶楽部 華へようこそ。本日、お相手をさせて頂きます、百合です。よろしくお願いします」
すっかり、花粉症も落ち着いた美沙は、オフィスで見るのとは違う華やかさと自信のようなものを纏った、正に夜の蝶。
そして、指定の席に案内するのは彼女にとって、たった一人のお客様。
「いつものボトルでいいですか?」
「そうだな。今夜は特別だから、シャンパンを入れてくれないかな」
「こういう時って、ピンドンとかなんだろ?」と山岸さんはテレビの見過ぎとか思いつつ、おしぼりを渡しながら、美沙は心の中で『特別って、何かしら?』と問い掛ける。
大口の契約が取れた?とか、そんなところかもしれないが、彼がシャンパンを頼むのは初めてのこと。
「特別って、何かいいことでもあったんですか?」
美沙はマネージャーの松原さんに言って、ドン・ペリニヨンのロゼを出してもらう。
この店でも、今では月に数本出るか出ないかというくらい、1本15万円という価格もあって最近ではめっきり頼むお客様も少なくなっていた。
「まぁね」
「なぁに?意味深な言い方して」
彼ははぐらかして教えてくれないけれど、バカラのグラスに注がれたサーモンピンクの綺麗な泡がキラキラと輝いている。
「君が、僕だけの百合さんになってくれた記念に乾杯」
そういって、山岸さんはグラスを掲げる。
特別なこととは、百合が彼専属のホステスになったということだった。
素敵な王子様が現れるのをどこかでずっと待っていた美沙。
ホステスをしている自分をこんなふうに想ってくれる人は、きっと世界中を探してもいないだろう。
「ほら、グラスを持って」
「はぃ…」
カチンと重なるグラスの音色にジーンときてしまって、滅多に口にすることのないピンドンの味さえわからなかった。
そして、「山岸様」と松原さんが持ってきたのは、シャンパン色の薔薇をちりばめた可愛らしいブーケ。
前もって、彼女に知られないようにこっそり頼んでいたもの。
「名前にちなんで百合の花にしようと思ったんだけど、ママさんに取られちゃったんでね」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「可愛い」手に取っただけで、ふわっと香る。
お客様にお花をもらうことはあっても、これは特別。
「良かった。でも、大丈夫だった?君が、僕以外の客を相手にしないなんて」
この店でも人気の百合が他のお客様の相手をしないとなれば、彼女のファンはガッカリすることだろう、だいいちそんな我が侭が通用するのかどうか…。
「華さんは、とっても喜んでくれましたよ?素敵な彼氏ができたって」
「ほんと?なら、いいんだけど。いやぁ、須郷には散々言われてさ。お前なんて連れて行かなきゃ良かったとか、俺に無断で百合さんを自分のモノにしたクセに店でも独り占めするのかって」
―――須郷さんなら、言いそう…。
美沙は思ったが、彼が連れてきてくれなかったら、いくら同じ会社に勤めていたとしても、こうして出逢うことすらなかったはず。
「須郷さんには、お礼を言わないと」
「たまには百合さんを指名させてくれ、なんて言ってたけど、あいつだけには絶対ダメだな」
言い切る山岸、彼女に触れていた手に力が入る。
自身も驚いたが、まさか自分がこんなにも独占欲が強い男だったとは。
それも、これも、相手が彼女限定だということには変わりなさそうだ。
「あれ?あの女性は、見慣れない顔だな」
一つ挟んだ隣の席で、一際いい飲みっぷりを見せるニューフェイス。
「つい最近、入ったばかりの新人さんなんです。彼女、更紗(さらさ)さんって言うんですけど、すごいんですよ?お酒もお店一飲めるし、何と言っても唯一の工業大学出身ですから」
更紗さんは先日お店に入ったばかりの新人だったが、お酒もたくさん飲めるし、ホステスの中でも唯一の理系出身。
酔うとビミョーに根っからの文系の美沙には相手の出来ないお客様もいるので、彼女はひっぱりだこなのだ。
「へぇ、理系?って珍しいな。須郷なんか、てんでダメだから、いっそコテンパンにして欲しいな」
「そんな。須郷さん、もうお店に来てくれなくなってしまいますね」
「いや、あいつのことだから、案外ツボかもしれないぞ?」
そう言って、笑う山岸さん。
仕事の顔とは全然違う、だけど優しくてカッコ良くて。
独り占めしているのは私の方、もったいないくらい素敵な彼氏。
「山岸さんも、更紗さんとお話してみたくなったんじゃないですか?」
「おっ、百合さん。もしかして、妬いちゃったりしてくれてるのかな?」
「そっ、そういうわけじゃっ」
つい、聞いてしまったけれど、本当はそう。
他の女性(ひと)に目を向けて欲しくない…。
「嬉しいな」
肩を抱き寄せられて、ほんの一瞬だけど、触れた唇から電流が流れたように熱くなる。
「もうっ、山岸さんったらっ」
「赤くなってる。可愛い」
今の彼には、何を言っても喜ばせるだけ。
悔しいから、こっちだって。
耳元で「大好き」って囁くように言うと、山岸さんは目をパチクリさせて固まった。
恥ずかしかったけど、どうしても言いたかった。
「大好き、山岸さん」
もう一度言うと、「反則だ」って、抱きしめられた。
To be continued...
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