好きになったら
おまけ


「おはよう、里央ちゃん。今日も綺麗だね」
「おはようございます。高橋さん、急がないと遅刻しますよ」
「あっ、いっけね。里央ちゃん、また」

「またはないわよね。だいたい、ちゃん付けで呼ぶなんてセクハラなんだから」原口さんは彼の後姿を目で追いながら呆れ顔だ。
最近、支社から異動してきたという高橋さんは受付で里央を見るなり、あからさまに好意を向けるようになったのだ。

「宮園さんが一歩遅かったらあの二人、決闘になってたかも。ねぇ、二人のうち、どちらかを選ぶとしたら、やっぱり宮園さん?高橋さんもちょっと軽いけど、同じくらい男前よねぇ」

他人事だと思っておもしろがってるが、これはこれで面倒なのに。
だいたい、二人のうちのどちらかを選ぶなんて…。
例えそういうことが起きたとしても、今は宮園さんと付き合っているのだから高橋さんの入る余地はないのだから。

「原口さん、おもしろがってますね」
「ねぇ、彼にちゃんと言った方がいいんじゃない?宮園さんっていう彼氏がいること。そういう宮園さんは、このことを知ってるの?」
「いえ。高橋さんは単なる社交辞令だと思いますし」

高橋さんはあんなふうに声を掛けては来るものの、まだ宮園さんのように食事に誘うというような行動には出ていないからだ。
それに宮園さんに話せば、それはそれで厄介なことにもなりそうだし。

「そんな呑気な事を言ってていいの?宮園さんの耳に入るのも時間の問題なんだから、早めに話しておいた方がいいわよ」

確かにこれ以上エスカレートされても困るし、もしその気だったとしたら傷は浅い方が高橋さんのためにもなる。
今度、それとなく晃助には話してみることにしよう。


「宮園、美人受付嬢とは上手くいってるのか?」

「羨ましいよな。あんな子が彼女なんてさ」同期の川上は、少し前に彼女に振られたらしく元気がない。
そんな男の前でノロけるのは申し訳ないが、宮園は彼女と幸せいっぱいの甘い日々を送っていたのだ。

「おかげさまで順調だよ」
「ならいいけど」
「どうした?」
「いや。最近、営業に異動になった高橋ってやつが、杉野さんにやたらと声を掛けてるって話だからさ」
「営業の高橋?」

彼女からはそういう話は聞いていなかったが、あれだけ素敵な女性が受付にいることを知っていながら声を掛けずにいられる男は少ないということ。
正に自分がそのいい例。

「俺も人のことは言えないからな」
「何、しみじみ思い返してんだよ。高橋って、お前ほどではないにしても、かなりのいい男らしいし、営業のホープだって言うじゃないか。うかうかしてたら、あっさり持ってかれるぞ?」
「あのなぁ、里央がそんな子のわけないだろう?」

俺があれだけ頑張ってやっと彼女になってくれたというのに、まぁ盲腸の助けも大きかったかもしれないが、簡単に男を乗り換えるような子じゃないことくらいわかってる。
そはいっても、どういう男かくらいは気になるな。

『さっき、営業の高橋さんとすれ違ったんだけど、いつ見ても素敵よね』
『私は海外事業部の宮園さんの方がいいな』
『あたしだってどっちかっていうと宮園さんの方がタイプだけど、もう人のモノになっちゃってるもん』
『そうそう、高橋さんも受付の杉野さんのことを狙ってるらしいわよ?』
『えっ、ほんと?何で二人して杉野さん?』
『そりゃぁ、可愛いからでしょ。男はみんな、ああいう子がいいのよ』
『それにしたって』
『略奪愛とか、ちょっと見てみたいかも〜』
『そしたら、あたしが宮園さんの傷ついた心を癒してあげるの』
『さっきは、高橋さんがいいとかなんとか言ってたのに』

女子社員の会話を小耳に挟みつつ「俺はあんたに傷ついた心を癒してもらう気はないね」宮園は心の中でそうつぶやくと独りでに足が受付に向いていた。
勤務時間中だとわかっていても、こんな会話を耳にすれば落ち着いてなんかいられるものか。

「あれ?来客中か」

里央は生憎来客中で、いつも隣にいるはずの原田さんは席を外しているようだ。
とそんな時に「宮園さん」背後から原田さんの呼ぶ声。

「あぁ、原田さん」
「里央ちゃんに用?」
「まぁ」
「あっ、高橋さん」

高橋?高橋って、もしやあの営業の里央を狙っているという不届き者の高橋か。
まさか、こんなところで遭遇するとは思いもしなかったが、顔を知るにはいい機会だろう。

「なぁ、原田さん。あいつ、里央のことを狙ってるって」
「里央ちゃんに聞いたのね。早速、偵察?まぁ、狙ってるっていうのは、以前の宮園さんみたいなものだけど」

原田さんは里央から彼のことを聞いていると思っているようだが、さっきは自分に重ね合わせて見ていたにしても、今はあの男と自分を一緒にしてもらいたくない。

「そりゃないだろう?俺は人のモノに手を出したりはしなかった」
「そうだけど。高橋さんは里央ちゃんに彼氏がいることをまだ知らないんだと思うの。それにああやっていつも話し掛けてるけど、宮園さんみたいにしつこく食事に誘ったりはしないから」
「いつ、俺がしつこく誘ったんだよ」
「あら、あれをしつこくと言わずして何というのかしら」

う゛…。

自分でもしつこいくらいだという自覚はあったが、面と向かって言われると非常に悪いことをしているような気分になるじゃないか。

「なら、あいつはどういうつもりで」
「さぁ、好意を持っていることは確かなんだけど、里央ちゃんの様子を見てるのかしらね。宮園さんと違って紳士なのかも」
「原田さん。俺になんの恨みでも」
「二人を応援してるわよ?なんたって、宮園さんが盲腸で入院した時にお見舞いに行くよう言ったのは私なんですもの。いわば、キューピット役ともいえるわね」
「だったら、もう少し俺の味方をしてくれて───」

人の話を最後まで聞かずにとっとと持ち場に戻ってしまった原田さん。
彼女は本当に俺と里央のことを応援してくれているのか、いないのか。
すると原田さんは、何やら里央にこっそり耳打ちすると二人同時に宮園の方に視線を向けた。
いや、釣られてあの男までも。
こうなったら、あいつの前で俺の存在をアピールしなければ。
真っすぐ前を見据えて受付まで歩いて行く原田。

「里央。今夜は遅くなるけど、部屋で待ってて」
「なっ、あ…うん」

頭にカーっと血が上って、これだけ返すのがやっとの里央。
会社で、それも原田さんや高橋さんがいる前でこんな会話をするなんて。
言いたいことだけを言うと、とっとと踵を返して去って行ってしまった宮園さんの後姿をじっと見つめていたが。

+++

「いやぁ、あいつの顔。鳩が豆鉄砲を食らったみたいだったな」

ベッドの中で里央を背後から抱き締めながら、会社でのことを誇らしげに話す彼。
里央がどれだけ恥ずかしかったかなど、気にもならないのだろう。

「高橋さんのいる前にあんなことを言わなくても。ものすごく恥ずかしかったんだから」

「原田さんにも、散々言われたし」里央は思い出しても顔が熱くなる。

「これで、あいつも里央のことは諦めるだろうな」
「諦めるも何もまだ」
「里央は良かったのか?あのまま、あいつに付きまとわれても」
「付きまとうなんて」

高橋さんの言動が気ならないと言ったら嘘になるが、そこまで思っているわけでもなくて。
それにもっと他の方法があったかもしれないし。

「そうだ。何でもっと早く思いつかなかったんだろう」
「何を?」
「明日、指輪を買いに行こう。ここに俺のモノってね」

そっと里央の左手を握ると華奢な薬指を親指の腹でなぞる。
そうすれば、もう誰も里央に手は出せなくなるはず。

「晃助さんは?もし、他の女性に」

彼だってものすごく人気があるんだから、私よりもっと素敵な女性が現れたら。

「心配しなくても俺には里央だけだよ。やっとこの腕に抱けたんだ。離すもんか。俺としては、いっそ宮園 里央になってくれてもいいんだけど、まだ早いかな」

それって、結婚ってこと?
まだ、付き合い始めたばかりなのに。
でも、そこまで考えていてくれるのはちょっと嬉しいかも。
それにさっき、俺のモノって。

「ねぇ、私が晃助さんのモノってことは、晃助さんは私のモノってことよね?」
「もちろん。俺は一生、君のモノさ」


おしまい


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福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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