LA GRANDE DAME
Story27


仕事の日程を全て終えると日本へ帰るメンバーとは別れて、礼と伊万里にやっと二人だけの甘い時間がやってきた。
まだセルフォンとの仕事は始まったばかりでこれからなのだが、取り敢えず一区切りつけることができたと思う。

「なんだか、私の役目も終わったみたい」
「何を言ってるんだ。まだまだ、スタートラインに立ったばかりでこれからなのに」

伊万里は、ソファーに深く腰を下ろすと小さく息を吐いた。
後はみんなに任せて自分はもういいのではないか…と思ったから。

「それって、私にまだまだ働けって言ってる?まったく、うちの社長は人使いが荒いんだから」
「そうだよ。伊万里には、もっともっと働いてもらわないとね」

ソファーの後ろに立っていた礼は、背後から両肩に手を掛けて覗き込むようにして意地悪く言う。
なんだかいいように使われているような気がしないでもないが、この仕事はとても好きだから、もっともっと深く関わっていきたいとは伊万里も思う。
でもこれじゃあ、益々仕事に生きる女のように見えてしまうじゃない。

「で、その前に俺達も区切りをつけようと思うんだ」

礼は、まだ脱いでいなかったジャケットの胸ポケットから光る物を取り出すと伊万里の左手の薬指にそれをはめる。

「これ…」

それはシンプルなつや消しのプラチナリングにしっかりと留められた大粒のダイヤ。
紛れもなく、それはエンゲージリングというものなのだろう。

「伊万里、結婚しよう」

耳元で囁くように言われて、伊万里の胸は激しく鼓動を打ち始める。
付き合う時にそのことは言われていたが、それでもここでこんなふうにはっきりと言われるとは思ってもいなかった。
きっと、初めからそのつもりで一週間の休暇を取ったのだろう。
礼のやりそうなことである。

「・・・・・」

黙ってしまった伊万里に礼は不安を隠せない。
もしや、断られてしまうのか…空港でのことが、脳裏を駆け巡る。

「伊万里?」
「いいの?私で」

なんだ、そういうことか…。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、伊万里をそっと抱きしめる。

「伊万里でなきゃ、ダメなんだよ」

他の誰でもない礼が愛しているのは世界でたった一人、伊万里だけなのだから。

「礼―――」

抑えていたものが一気に溢れ出してきて、伊万里の頬を涙が流れる。
それは決して悲しいものではないのだが、どうにも止めることができない。

「ほらほら、泣いてないで返事は?」

伊万里の心の中はとうに決まっていたのだが、相手は三谷貿易の社長なのである。
そう簡単に『はい』とは告げられないのだ。
そんな気持ちを察した礼は、伊万里の隣に腰を下ろすとしっかりと肩を抱きしめる。

「両親に伊万里とのことは既に話してある。二人とも伊万里のことはすごく気に入っているし、とても喜んでくれたよ。もっと早く言ってくれれば良かったのにって母親なんか怒ってた。だから何も心配することはない、伊万里は『はい』って言ってくれれば、それでいいんだから」
「礼」
「伊万里、もう一度言うよ。結婚しよう」
「はい」

今度は、躊躇うことなくはっきりと言うことができた。
こんな幸せでいいのだろうか?
何かその反動で、仕返しでもくるんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。

「なんか、幸せ過ぎて怖いかも」
「言ったろ?一生幸せにするって」

自信満々に言う礼が、なんだかすごく大きな人に見える。
こんな幸せが一生続くなんて…。
でもその反面、礼は伊万里と一緒にいて幸せになれるのだろうか。

「私は、礼を幸せにできるのかな」
「俺は伊万里が側にいてくれるだけで、幸せなんだ。他には何もいらない。あっ、もう泣かないでくれよ。俺は、伊万里の笑ってる顔が好きなんだから」

先に言っておかないと伊万里はまた泣き出してしまうだろう。
仕事はバリバリこなすが、意外に涙もろい。
伊万里には、いつだって隣で笑っていて欲しい。
そのためだったら、どんなことでも惜しまない。

ただ、今ここでこの状態だから、明日はどうなることだろう?
きっと最後まで、泣きっぱなしだろうな。
明日が晴れることを祈って、礼はもう一度伊万里を抱きしめた。

+++

次の日の朝、朝食を済ませると部屋に誰かが尋ねて来た。
礼が対応するとなにやら大きな箱を持った数人の女性が入って来る。
どうしたのかと思っていると彼は、『お邪魔だから』と部屋を出て行こうとしていた。

「ちょっと礼。どこに行くの?」
「伊万里の支度が終わるまで、別の部屋にいるから」
「支度って、どういうこと?」

これから何が起ころうとしているのかさっぱりわからない伊万里は、ただおろおろするばかり。

「大丈夫。伊万里は、何もしなくても全部やってくれるから」

そう言って彼は、部屋を出て行ってしまった。
そして1人の女性が持ってきた箱を開けると、そこには入っていたのは純白のドレス。
もしかしなくても、これはウェディングドレスで、女性に促されてそれを手に取るとノースリーブのシンプルなもの。
それは礼の趣味なんだろうと一目でわかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
まさか、昨日の今日で結婚式を挙げるつもりなのか…。
礼のことだからあながち否定はできないが、それにしてもここまでやるっていうのは彼にしか考えられないことだろう。
観念した伊万里は、礼の計画に乗るようにしてそれを身に纏う。
どうやってサイズを測ったのかと思うくらいぴったりのドレスにさすがとしか言いようがないが、落ち着いたら後でしっかり問い詰めてみよう。
シンプルなドレスに合わせたジュエリーは、有名な宝飾店の全て本物だった。
つい庶民派の伊万里は値段のことを気にしてしまうが、多分何百万円もするものなのだろう。
それからメイクアップアーティストがやって来て、ヘアとメイクを整えてくれた。
だから、『エステでもやったら?』なんて言ったのかと今になって思う。
昨日は一日二人で街を散歩したり、カフェでのんびりとお茶をして過ごした。
仕事以外で礼とゆっくり話したり出かけたりしたのは、かなり久しぶりだったと思う。
結婚すればこういうことも今までよりはできるのかと思いはしたが、それがいつの日になるかまでは考えもしなかった。
なのに礼の頭の中には、既にここまでの計画はあったということで…。

一通り支度が整うと、1人の女性が礼を呼びに出て行った。
この姿を見て、彼はなんと言うだろう。
第一声は『綺麗だよ』と言うに決まっているだろうけど、本当に自分は綺麗なんだろうか?

一応律儀にノックをして、礼が入って来る。
彼もきちんと正装した姿だったが、自分よりもそっちに目がいってしまうくらいカッコいいと思ってしまった。

「伊万里、すっごく綺麗だよ」
「ありがとう。でも、その前に私はどうしてこんな格好をしてるのかしら?」

内緒でことを進めた礼に対してのせめてもの抵抗であったけれど、彼はクスクスと笑いながら「それは俺と結婚式を挙げるからだろう?」などとしれっと言ってのける。
こんな、人の寿命を縮ませるようなほどびっくりさせておいて、この平然とした態度はなんなんだろうか。

「本当にすごく綺麗だよ」

礼は、ルージュが取れないように軽くくちづける。
「プロのメイクさんが、やってくれたから」と伊万里は言うが、元が綺麗だということを本人は全然わかっていない。

「礼もカッコいい。思わず、見惚れちゃったじゃない」
「惚れ直した?」
「うん…」

これから式がなかったらこの場に押し倒すところだが、下に車が待っているというので夜まで我慢と部屋を出る。

高柳が選んでくれた教会は、郊外にあるかなり立派なもの。
―――こんなに綺麗な伊万里を独り占めは、やはりもったいなかったか?
などと礼が思いながら車が到着すると、そこには日本に帰ったはずの高柳他、プロジェクト室のメンバーにデュボワ氏とクレマン氏…。
そして、ジュリアンと隣には年配の女性が…恐らく、母親なのだろう。

「え?どうして、みんな…」
「礼が、呼んだんじゃないの?」
「俺は、伊万里と二人っきりで挙げようと思ってたから」

ジュリアンが知っていた時点でおかしいなとは思っていたが、こんなことになっていようとは…。
車から降りると、みんなが二人の周りに集まって来る。

「社長、すみません。実は、私も口が軽いんです」

今回のことは、全て高柳の仕組んだこと。
二人だけでという礼の気持ちもわからないでもなかったが、せっかくだから驚かせようという高柳の案にみんなが乗った形になった。
もちろん、ジュリアンもその一人。

「いいんだ。みんな、わざわざありがとう」

周りからは、「おめでとう」と祝福の言葉が声が上がる。
―――式を挙げることも今朝知ったばかりなのに、こんなふうにみんなが来てくれたなんて…。
伊万里の目に涙が溢れて止まらない。

「うわぁっ、伊万里。泣くなっ」

―――予想していたことだったが、式の前からこんなでどうするんだ。

「だってぇ…」
「ほらほら、花嫁さんが泣いたりしちゃだめよ」

その声は、ジュリアンのママ。
優しく伊万里を包み込むように抱きしめる。

「ママ…」
「おめでとう、イマリ。幸せになってね」
「はい」

伊万里は涙を拭うと、新婦の父の代わりに高柳のエスコートでヴァージンロードをゆっくりと歩く。
そして、その先で待っているのは、これから共に生きていく愛しい相手。
勝手にひとりで決めたり、本当に色々なこともあったけど、唯一つ言えることはこの先どんなことがあっても彼は伊万里を守ってくれるに違いない。

『一生幸せにする』

という、言葉通り。


END


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