プロジェクトのメンバー総勢8名全員が、パリ出発のため成田空港に集合していた。
みんな仕事よりも海外に行けることの方で頭がいっぱいらしく、特に初海外の高橋などはそれどころではなさそうだ。
「高橋君、大丈夫?」
「はっ、はい…なんとか…」
伊万里が、そんな高橋に声を掛けるとなんだか頼りない返事が返ってきた。
―――本当に大丈夫なのかしら?
「しっかりしろよ」と主任の宮田に肩を叩かれている姿を他の女性3人と笑いながら見ている伊万里。
そこへ礼も、いつもなら加わるところだったが、今日はどこか様子が違う。
「社長、どうかされましたか?」
さすが高柳、こういうところは誰よりも鋭い。
「あっ、いや。高橋より俺の方が大丈夫なのか?って、思ってさ」
今回のパリ行きは、製造会社との顔合わせや具体的な製品作りのための視察が目的だったが、それよりもっと重要なものが礼にはあった。
それは、伊万里と結婚式を挙げること。
社長なのに仕事とプライベートを混同するのはどうかと思うが、この機会を逃せばいつになるかわからない。
ただ、本人に黙っての計画のため、もしも万が一と考えると頭が痛かった。
「今から社長がそれでは、どうするんですか?らしくもない」
「だけどさぁ、もしもってこともあるだろう?」
「そんなこと、あるはずがないですよ」
高柳は礼に頼まれて、誰にも気づかれないようにこの日のための準備をしてきた。
本人の希望を何一つ聞いていないので完璧とまではいえないが、満足してもらえるだろうと思っているし、思いたい。
ここで礼が言っている万が一とは、伊万里が礼と結婚しないという意味なのだが、それに限っては絶対ないと断言できる。
「そうだといいんだけど…」
「私は最後まで見届けられないんですから、しっかりしてくださいよ。社長」
さっきの高橋が宮田にされたのと同じように、今度は礼が高柳に肩を叩かれる。
―――俺は、あいつと同じなのか?
そう思ったら、なんだか余計心配になってきた礼だった。
+++
翌日、前回、礼と伊万里が二人で来た時と同じようにまずセルフォン本社に顔を出す。
電話で何度か話はしていたが、礼がジュリアンと顔を合わせるのはあの時以来のことで、彼の伊万里への想いもわかっているだけに意識してしまう。
「ミタニとまた、こうして会えたことを嬉しく思います」
「こちらこそ。製造会社まで紹介していただいて、ありがとうございます」
「いいえ、とんでもない。話をしたら、あちらの会社も乗り気でしてね。そうそう、今回はゆっくりしていかれると聞きましたが」
「ええ、ちょっと」
「でしたら、セルフォンの別荘へ是非みなさんをご招待したいのですが」
「そこまでは…」
「いいんですよ。気にしないでください」
「はぁ」
今回、礼と伊万里は仕事が終われば一週間の休暇を取る予定で、他のメンバーもかなり余裕をもった日程である。
しかし、ここまで甘えてしまってもいいものなのだろうか?とは思ったが、ジュリアンに「もう準備は、させていますので」と言われてしまうと断ることはできなかった。
◇
午後から製造会社を案内してもらい、次の日にもう一度セルフォンの工場を訪ね、あの時も思ったが、外観とは全く違う内部に初めて来たみんなは驚きの声を上げた。
そのまま、その近くにあるというセルフォンの別荘へと案内される。
そこは重要な顧客をもてなすためのもので、広い庭に立つ白亜の宮殿だった。
「本当にいいんでしょうか?私達が行っても」
「いいんじゃない?ジュリアンが、そう言うんだもの」
「ジュリアン?」
鎌田は自分達が別荘にまで行っていいものかを聞いたつもりだったが、伊万里がジュリアンと言ったことの方に質問が飛ぶ。
「あぁ、言っていなかったわね。セルフォン社長のジュリアンとは、幼馴染なのよ」
「そうなんですか?」
「そうなの。この前、来た時に初めて知ったんだけどね」
『セルフォン社長が幼馴染で、三谷貿易の社長が学生時代の友達なんて…』
鎌田は、改めて伊万里が普通の人とは違うのだと知らされた気がした。
今夜は、ガーデンパーティーとでもいうのか庭にテーブルが置いてあって、専属のシェフが腕を振るい、そこにデュボワ氏とクレマン氏も顔を出してみんなを歓迎してくれた。
「すみません。こんなにまで、していただいて」
ずっとみんなの相手をしていたジュリアンが一人になったところへ、礼が声を掛けた。
若い女性陣には、ジュリアンのように素敵な男性は人気の的なのである。
「いいえ。大切な方々をもてなすのは、当然のことですから」
「今度は、是非日本へもいらしてください」
「そうですね、近いうちに必ず。その時は、イマリとの新居を見せていただこうかな」
「え?」
―――どうして、ル・フォール氏が知っているのだろうか?
驚いた顔の礼を見て、ジュリアンはクスクスと笑っている。
「何でも知っているんですよ、私は魔法使いですから。その前にミタニに謝らなければならないことがあります。クレマンさんに後で聞きました。あの時のことで大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
いきなりジュリアンに頭を下げられてどうしていいかわからない礼だったが、まさかこれも知っていたとは…。
とにかく周りの目もあるからと、ジュリアンに頭だけは上げてもらう。
「頭を上げてください。もう、済んだことですから」
「いえ。こういうことは、はっきりしておかなければいけません。特に大事な日を目前にしているのですから」
「あの…どうして、知っているのですか?」
「それは…今は、言えません。約束ですから」
「約束?」
―――誰との約束なのか…伊万里は知らないはずだし、となると高柳さん?
「その話は、後ほど。改めて、二人にご迷惑をおかけしたことを心からお詫びします。伊万里への想いは、子供の頃の淡い恋心だったんですよ。彼女の中には、あなたしか映っていない。それがよくわかりました」
ジュリアンにとって、伊万里は初恋の相手。
子供の頃の想いを長い間、引きずってきたのかもしれないと今になって思う。
それが伊万里の目を見た時に、はっきりとわかった。
「でも、知らなかったら一生後悔するところでした。クレマンさんの様子が変だったので、問いただしてよかった」
クレマン氏はそういうことを自分から話すような人ではなかったが、あのまま礼と伊万里が日本に帰ってしまったので、彼はとても心配していたのだった。
「そうでしたか…私も悪かったんです、伊万里を疑ったりして」
「幸せそうなお二人の様子を見て、本当によかったと思います。式に行けないことを残念に思いますが、仕方ないですね」
そう言ったジュリアンだったが、実際そうではないことをこの時点で知っているのは一人だけだった。
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