Last Christmas
I gave you my heart
But the very next day you gave it away
This year
To save me from tears
I'll give it to someone special ..... *
この曲は奇しくも、アンディの生まれた年にリリースされて何度も再発売されたクリスマスといえばの名曲ではあるが、歌詞があまりにも今の自分に似通っているものだから、はっきり言って好きじゃない。
―――あの時、理沙は黙って俺の腕の中にいたけど、あれはどういうつもりだったんだろう…。
少しは、俺のことを。
いや、そんなわけはないな。
あの場所に来ていたのだって、単に懐かしかったからで。
でも、ほんのちょっとでも懐かしいと思ってくれたのなら。
どうやっても、いい方にしか考えられないのは、アンディの短所なのか、それとも長所なのか…。
馬鹿な俺、学習するってことはないのか?
「やぁ、絵未」
「あっ、アンディ、いらっしゃい。久し振りね。ずっと顔を見せないから、心配しちゃったじゃない」
「ごめん、俺も忙しい身なんで」と答えると「あれ?一人なの?」と絵未はアンディが誰かと一緒だと思ったのか、しきりに店の扉の方をジっと見つめている。
もう、ここへ連れて来る相手なんかいないのに…。
「どうせ、一人だよ」
ふて腐れるようにして定位置のカウンター席に座ると、お決まりのエールを注文する。
そう言えば、日本にこの店とそっくり同じ店があると聞いたが、理沙はそこに行ってみたりしたのだろうか?
どうしても、彼女のことが頭から離れない。
ここまでくると相当、重症だ。
「そうそう。昨日、理沙が来たのよ。彼女、すっかり大人っぽくなっちゃって。当たり前よね。今は、スーパーモデルの仲間入りだもの。なのに、ちゃんとうちの店を覚えていてくれて」
「嬉しかった」と絵未は綺麗に泡の載った琥珀色のエールをアンディの前に置く。
―――昨日?
だから、絵未は俺が一人じゃないと思ったのか。
撮影の仕事を終えてから彼女を誘おうとタイミングを見計らっていたけれど、絵未の言う通り、スーパーモデルとなった今では個人的に声を掛けることすらままならない。
だけど、俺がここに来ていれば会えたということか?
ロイと飲みになんか、行くんじゃなかった。
エールを半分ほど一気に飲み干すと、アンディは大きく溜め息を吐いた。
しかし、彼女はどうしてここに来たのだろう?
まさか、思い出巡りじゃあるまいし。
またもや、もしかしてという都合のいい解釈が頭を駆け抜けた。
『待てよ』
ということは…。
全く、オメデタイとはこのことだが、一年経った今でも彼女に夢中なのだと認めてさっさと楽になろう。
アンディは残りのエールを飲み干すと、もう一杯同じものを注文した。
+++
去年のクリスマスほど、待ち遠しいと思ったことはなかったし、今年のクリスマスほど、その日が来なければいいと思ったことはない。
いつか、時が解決してくれることを願うしかないのだろうか。
しかし、今日という日は特別で、街は静かにその夜を迎える。
「うっ〜寒」
―――こんな日に出歩くやつは、俺くらいだな。
首に捲いたマフラーに顔を埋めるようにして、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。
アンディは確信のないまま、ある場所へ向かっていた。
一年前、告白するためと同じ場所。
『彼女はもう、ここには居ないのに』
見上げれば、古い石造りのアパートの2階の部屋に明かりが灯っている。
今頃は、別の住人が恋人と友人達と、楽しい時間を過ごしているのだろう。
彼女が来るという保障はなかったが、アンディはどうしても今夜この場所に来たかった。
両手をポケットから出すと口元に当てて、はぁっと白い息を吹き掛ける。
―――あんまり長い時間居たら、怪しいやつと疑われるな。
警察を呼ばれたりしたら、俺の人生踏んだり蹴ったり、いいことなしだ。
だから、来るはずのない彼女を待ち続けるのは、これが最後。
「アンディ?」
一瞬、空耳かと思ったが、もう一度「アンディ」と呼ばれて、確かに彼女はそこに居た。
「理沙」
「どうして、アンディがここに?」と驚きの表情の彼女だったが、それは彼も同じだった。
一縷の望みに賭けて来てみたものの、会える保障は限りなく0%に近かったのだから。
「理沙に会えるような気がして。理沙こそ、どうして?まぁ、自分の住んでいたアパートだから、見に来ても不思議はないかもしれないけど」
「私もアンディに会えるような気がして。ううん、会いたかったの」
理沙自身、こんなことを言うつもりは、ううん、言える立場でもなかったけれど、この一年の間、彼女もアンディのことを忘れた日は一度だってなかったのだ。
去年の今日もこんな空気の透き通った冷たい夜、彼はこうしてここで待っていてくれてたのに…。
「好きだ」という言葉も全部受け止めて、すぐにでも彼の胸の中に飛び込みたかったのを敢えて振り切ったのは、モデルとしての自分を見つけてくれた彼への思いを無駄にしないため。
例え、あのまま、付き合うようなことになっても、多分上手くはいかなかっただろう。
甘えて、我が侭を言って、きっと彼を困らせるから。
「なんか、すごく嬉しいことを言われたような気がするんだけど。ここでもう一度フラれたら、俺は一生立ち直れない」
我ながら、何てヘタレなんだろうと思うが、こんな男にしたのは彼女があまりに自分の中で大きな存在になっていたからだと言ったら、理解してくれるだろうか。
「今夜は、私が告白に来たの。フラれてもいい。アンディが好きって、言いたくて」
―――今の言葉は、本当なんだろうか?
また、夢を見ているんじゃないのか。
そっと近付いて来る彼女の瞳は、真っ直ぐアンディを見据えている。
「やっぱり、夢を見てるのかな」
「何なら、ほっぺた抓ってみる?」
理沙の屈託のない笑顔に夢が覚めても、もう一度フラれても、構わないと思った。
この手で捕まえて、二度と離さないから。
「あぁ、理沙。いくらでも抓ってくれ」
「アンディったら」
クスクス笑いながら、そう言ってアンディの顔の前に本当に手を伸ばそうとしている理沙の小さな手を捕まえるとすっかり冷え切って、両手で包み込むように握り締める。
「そうだ。これ」
「なぁに?」
思い出したようにアンディがポケットから出したのは、まあるいスノードーム。
中には、可愛いサンタクロースと雪だるまを覆うように雪が舞っている。
「綺麗っ」
手に取ると目の辺りでかざすようにして、それを見ている理沙の頬に自分の頬を寄せるとアンディは「好きだよ」と耳元で囁くように言う。
そして、「メリー・クリスマス」。
スノードームと同じ、二人を覆うように粉雪が静かに舞い降りていた。
* Wham!「Last Christmas」より
END
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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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