やさしさに包まれて
1


月曜日は憂鬱…。

―――あぁ〜学校、行きたくないなぁ。
決して嫌いなわけじゃないけど、何が嫌ってこのラッシュよ!!
どうして、月曜日だけ電車って異常に混むの?みんな月曜日だけ学校に行ったり、お仕事に行ったりするわけじゃないはずなのにぃ。

実際乗っているのは2駅なのに…そう、心の中で毒づきながら、ぎゅうぎゅうの車両の中で何とか必死に自分の駅に到着するのを今か今かと耐えている一人の可愛らしい女子高生。
彼女の名前は霧島 廼依留(きりしま のえる) 16歳、名門 聖坂(ひじりざか)高等学院に通う1年生。
本当は今年2学年に進級するはずだったのだが、生まれながらの肝臓疾患のため、1年留年してしまったのだ。
そして、いつもなら彼女の傍らに寄り添うように引っ付いている同じ日に生まれた同じ顔の持ち主の姿は今朝はない。

―――お姉ちゃんは、生徒会副会長だもん。
忙しいわよね。

一足早く家を出た姉は今頃、校門の前で登校してくる学生達の服装チェックをしているはず。
双子の姉である茉莉亜(まりあ)は成績優秀、運動神経抜群で同級生からの人望も厚く、教師からも絶大の信頼を受け、おまけに美人ときている正に非の打ち所のないスーパー女子高生と言っていい。
何より、病弱な廼依留を守ってくれるスーパーウーマンなのだ。
姉にばかり頼ってはいけないと頭の中ではわかっているのだが、病弱さも重なって自分に自信が持てないでいた。

『次は五反田、五反田〜都営浅草線をご利用の方はお乗換えです。お出口は―――』

ようやっと降りる駅に到着だ。
しかし、ここでまた乗り換えなければならないので、まだまだ道のりは長い。
電車がブレーキを掛けると人の波も一緒に流れてきたが、そこはなんとか堪えてドアが開いた瞬間、勢いよくホームに吐き出された。

「きゃぁ〜」

発車ベルに掻き消され、その後の「痛っぁ〜い」なんて、廼依留の悲痛な叫び声などすぐに掻き消されてしまう。
座り込んでしまった彼女をかろうじて避け、踏みつけて行く者はいなかったが、みんな自分のことでいっぱいいっぱいなのか、誰も手を貸そうともしない。
そんな中、強い力で引っ張りあげられ、ホームの中央の安全な場所へ連れて行かれた。

「大丈夫かい?怪我は」

「あぁ〜膝小僧、擦りむいちゃったね。かわいそうに」としゃがみ込んで廼依留の擦り剥けて血が出ている膝を心配そうに見つめているスーツ姿の男性。

「あっ、すっ、すみません…だっ、大丈夫…ですからっ」

言うや否や、膝の痛さなんてなんのその、一目散にその場を逃げ出した廼依留。
「おいっ、君」という声も虚しく、雑踏に紛れて彼女の姿は消えて見えなくなった。


はぁっはぁっ。
―――走っちゃいけないって、言われてるのに…。
取り敢えず、壁に寄り掛かって大きく深呼吸をすると気を落ち着かせる。
そうは言っても、いきなり男の人に手を引っ張られてびっくりしちゃったんだもん。
年齢は20代半ばか、過ぎの兄と同い年くらいのスーツ姿からしてサラリーマンかな?一瞬だったけど目が釘付けになってしまうほど素敵な男性(ひと)。
優しそうな人だったし。
学校でも男子とあまり話もできないっていうのに…あんなふうに見上げられたら、頭が真っ白になって、どうしていいかわからなくなっちゃった。

だけど、ちゃんとお礼も言わなかったな。



「おはよう」

ちょっぴり痛む足を引きずりながら校門に着くと、姉の茉莉亜が大きな声で登校する生徒達に向かって元気に挨拶していた。

「お姉ちゃん、おはよう」
「廼依留、遅かった―――どうしたのぉーーーーー!!血が出てるじゃないっ」

ただでさえ、はっきり通る声の持ち主だけに何事が起きたのかとみんなが一斉に二人に注目する。
こうなることは予測していたが、『お姉ちゃん、ちょっと大げさ…』と心の中で呟く廼依留。

「駅で転んじゃって。ほんのちょっと擦りむいただけだし」
「もう。だから、あたしと一緒に来れば良かったのよ」

「大丈夫?ほら、保健室行こう?」と茉莉亜は生徒会のメンバーに理由(わけ)を話して、廼依留のカバンを持つと保健室まで連れて行く。
またまた、迷惑掛けて…。
学校すら、まともに通えないなんて…。

「ごめんね」
「あたしのことは別にいいけど。これからは気を付けなきゃ。廼依留の体に何かあったら大変だもん」
「うん、わかった」

もう一度、「ごめんね」と謝る廼依留の頭をヨシヨシと撫でる茉莉亜の手が、とても心地良かった。

+++

午前中、学会に出席していた雪森 千里(ゆきもり せんり)が病院に戻ったのは夕方になってからのことだった。
コーヒーを飲みながら、ひと時を過ごしていると朝のことを思い出す。
…彼女、大丈夫だったかな。
しっかし、何で女子高生ってあんなにスカートが短いんだ?
あんなんだからっ…あぁ〜だけど、可愛かったなぁ。足なんて、こうすらっとしてて。
俺の顔を見るなり、ほっぺた真っ赤にして。今時、珍しいくらいに初心ちゃんだったぞ。
実は怖かった?!とかじゃないよな。
こんなに優しそうな男は、他を捜してもいな―――。

「雪森先生。遅くなったけど、今週末に先生の歓迎会をしようと思って。彼女とデートだったりしたら悪いが」

部屋に入ってくるなり、「看護師達が、早くしろってうるさくてさ」と午後の外来を終えて戻って来たのは同僚の内科医である霧島 紫苑(きりしま しおん)。
彼とは同い年ということもあって、一週間前にこの恐れ多くも帝都大学医学部付属病院に赴任たばかりで新しい勤務先に不安を感じていたのが嘘みたいに吹っ飛んだ。
まるで、ずっと以前から親友だったように意気投合。

「あぁ、霧島先生。俺の歓迎会なんて別にいいのに。それに彼女なんていないし」
「ほぅ、彼女いないのか?嘘でもいるって言っといた方がいいぞ?」

紫苑は1年ほど前にこの大学病院に赴任したのだが、彼女がいないといったばかりに大変な目に遭ったのだ。
若い医師というだけで…想像はつくと思うが…。
初めが肝心ということだろう。

「教訓か。肝に銘じておくよ」
「じゃあ、OKだな。思いっきり飲むぞ」

『看護師達が、早くしろってうるさくてさ』と言いつつも、「よっしゃー」っと紫苑に気合が入っているのは、なかなか飲む機会も少なくて、こんな時でもなけれが思いっきりというわけにもいかないからだろう。
それにしても、千里から見ても紫苑はいい男だと思うし、この年齢の健全な男子なら彼女を作ろうとやっきになってもおかしくないのに本人はあまり興味がないらしい。
そういうところも、気が合うのかもしれない。

…あぁ、でも。
俺は、ロリコンかっ。


お名前提供:霧島 廼依留(Noeru Kirishima)&雪森 千里(Senri Yukimori)/霧島 茉莉亜(Maria Kirishima)&霧島 紫苑(Shion Kirishima)… 迷い猫 さま

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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