「お兄ちゃん、まだ寝てるの?もう、お昼過ぎてるんだから起きてよ」
休みの日ではあったが、お昼をとおに過ぎているというのにグーダラ寝ている兄の布団をベリっと剥がす、妹の茉莉亜(まりあ)。
相変わらず、元気がいい。
「う〜ん、茉莉亜。十分聞こえてるから、もう少し声のトーンを抑えてくれないか」
しかし、久し振りに飲んだせいか二日酔いでズッキンズッキン、頭が脈を打っている状態の紫苑(しおん)には茉莉亜の元気さが返って酷だ。
こういう時は、もう一人の妹である廼依留(のえる)の方が、もう少し優しく起こしてくれるというものなのだが…。
「お兄ちゃんがいつまでも寝てるからでしょ。お母さんが、お布団干したいって。パジャマも早く脱いでよ?まったく、洗濯物いっぱい溜めてるんだから」
「はいはい」
…全く、小姑は厳しいからなぁ。
10歳以上も歳の離れた妹だというのに、兄は到底頭が上がらない。
彼氏は大変だよな?と思っても、絶対、口に出してなんか言えないのである。
はぁ〜っと大きく息を吐いて上半身を起こすとおもむろにパジャマを脱ぎ始めたが、そこでも妹は「きゃ〜、こんなところで脱がないでっ」とかなんとか叫んでいたけれど、気にしない。
小うるさい妹を置いて階段を下りるとシャワーを浴びることにした。
「お兄ちゃん、おはよう。もう、お昼だけど、ご飯食べられる?お味噌汁だったら、二日酔いにもいいと思うけど」
「おはよ。あぁ、頼むわ」
同じ妹でも、廼依留のこういう気遣いが男心をくすぐるんだよな。
ドッコイショとダイニングテーブルについたが、あまりの頭の痛さに突っ伏してしまう。
昨晩は、どうやって帰って来たのかもよく覚えていなかったが、雪森先生が送ってくれたのだろうか?
「はい、お味噌汁」
「おぉー、サンキュ」
シジミの味噌汁に口を付けると「あぁ〜美味い。廼依留は、いい奥さんになれるぞ」と兄、お母さんがきっと二日酔いになるだろうからと用意した味噌汁なのにねと廼依留は思ったが、送って来た彼はどういう人なのか、それがずっと気になって。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「昨夜、お兄ちゃんのことを送って来てくれた人って」
「やっぱ、誰か送ってくれたんだな。覚えてないんだけど、どんな人だった?名前とか言ってなかったか」
―――どんな人って…。
昨夜は、初めて会った時とは違ってスーツ姿ではなかったが、やっぱり素敵なことには変わりない。
名前を聞くどころか、兄を送ってくれたお礼すら言わずにドアを閉めてしまったなど、今思えばかなり失礼な態度だったし…。
「名前は聞かなかったけど、お兄ちゃんと同じくらいの年齢の男の人」
「いい男だっただろ」
「え…」
「ナニヨォ、いい男って」とシーツを抱えて降りてきた茉莉亜がすかさずツッコミを入れた。
兄が帰宅した頃はすっかり深い眠りに入っていた彼女は、送って来た男性(ひと)のことは知らない。
「まぁ」
「俺と同じ年齢ってことは、雪森先生だな」
「「雪森先生って?」」
さすが、双子。
息がぴったり合っている。
「半月ほど前にうちの病院に来た優秀な内科医さ」
「まぁ、俺ほどじゃないけど。でも、顔は彼の方がちょっとだけいいかな?」とそんなことは聞いちゃあいない妹達だったが…。
「昨夜は、彼の歓迎会だったんだよ」
―――あの人、お医者さんだったんだ。
それも、お兄ちゃんと同じ大学病院に勤務する内科医なんて。
世間は狭いなぁ。
「あの人、お医者さんだったの?」
「あの人って、廼依留」
「えっ?なっ、何でも」
姉の鋭いツッコミに慌てて答える廼依留だったが、「ほら、洗濯するんでしょ?」と話題を変えたところで茉莉亜がそう簡単に引き下がるわけがない。
本人にお礼すら言っていないけれど、駅で転んで助けてくれた人だということくらいはここで話してもいいだろう。
「この前、五反田駅で転んじゃった時、助けてくれた人だったの」
「この前って、あたしが生徒会で先に学校に行った時?後から廼依留が膝小僧から血出して来た」
『うんうん』と頷く廼依留。
「なんだ、そうか。雪森先生と廼依留は、知り合いだったのか」
「知り合いなんて…」
―――お互い、顔を知ってるというだけだもん。
「わかった!!だから、廼依留。五反田駅に着くとキョロキョロしてたんだぁ。また、その男性(ひと)に会えるかもしれないって」
「へっ、そっ、そっ―――」
『そんなわけない』と、一生懸命言おうとしながら頬を真っ赤に染めていた廼依留。
茉莉亜と紫苑は昔からそうだったが、我が妹ながら、からかうと本当に可愛いと思ってしまう。
「か弱き女子高生を助けたのはお兄ちゃんの知り合いで、これから恋が芽生えて」
「雪森先生は、彼女なしだって言ってたからな」
―――彼女いないんだ。
って、そこを納得している場合じゃなくって…。
お姉ちゃん、何はしゃいでるのっ。
+++
今日は月一回、定期診察を受ける日だった廼依留は午前中、学校を休んで兄の勤務先でもある帝都大学医学部付属病院へ向かう。
すっかり見慣れた風景ではあったが、何だかいつになく緊張しているのは、もしかしたらあの男性(ひと)に会えるかもしれないという希望がどこかにあったから。
通り掛かった顔見知りの看護師さんが「廼依留ちゃん、顔色はいいみたいね。また、背が伸びたんじゃない?」と声を掛けてくれる。
長い間、通院しているせいか、若かった看護師さん達も、すっかりお母さん目線になってしまっているみたい。
「そうですか?」
「美人だから、彼氏も一人や二人いるんじゃないの?」
「かっ、彼氏?そっ、そんなっ」
―――あの…一人や二人って…。
「あれ?君」
見覚えのある制服に足を止めた千里。
「雪森先生。ちょうどいいところへ。紹介しますよ。霧島先生の双子の下の妹さんの廼依留ちゃん。可愛いでしょ?」
―――えっ?雪森先生…。
後ろから声が聞こえて振り向くと、そこに居たのはあの時の男性(ひと)。
まさか、こんなに早く出会えるなんて…。
「あっ、あの…この間は、助けていただいて…あっ、ありがとうございましたっ」
「どういたしまして。傷跡は残らなかったかい?」
「だっ、大丈夫です。ほら」
思いっきり、膝小僧を前に出して見せる廼依留にはそれが精一杯。
制服姿の短いスカートからスラっと伸びる足に自然と目がいく千里だったが、ちょうどその時、「霧島さん、霧島 廼依留さん、診察室へどうぞ」という声が聞こえて、廼依留は一瞬、ホッとした表情を見せて診察室へ入ってしまう。
パタンと閉まる扉の音。
「あら、先生。もう?女子高生に手を出しちゃダメですよ?」
「え…」
一人取り残された千里は妙にバツが悪かったが、兄の紫苑からは何も聞いていなかったけれど、彼女がここへ来ているということは…。
『俺が医者として、もっともっと精進しなきゃダメなんだ』という言葉を思い出し、彼女が入って行った診察室の扉をじっと見つめていた。
To be continued...
お名前提供:霧島 廼依留(Noeru Kirishima)&雪森 千里(Senri Yukimori)/霧島 茉莉亜(Maria Kirishima)&霧島
紫苑(Shion Kirishima)… 迷い猫 さま
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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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