暫くして、深耶(みや)ちゃんがバーベキューの準備ができたからと二人を呼びに来たが、彼がハンモックから立ち上がっていて良かった。
何が起きたのかすらすぐに頭が理解できず、放心状態が続く私に「背中、大丈夫ですか?まだ痛みますか?」とねぎらいの言葉の後、「すいか割りと花火もやりますからね」と話す深耶(みや)ちゃんに気付かれないかと心配だったが、彼女はまだまだ続く楽しい夕餉(ゆうげ)のことで頭が一杯なのだろう。
来夏と魁との間に起きていた、ほのかに甘い恋の始まりにを幸いにも気付いていなかった。
無意識のうちに指が熱を帯びた唇に触れる。
彼は一体…。
どういう、つもりなんだろうか?人をからかって、おもしろがっているのだろうか?
キスの一つや二つ、夏の海辺の別荘でなら、お決まりのシチュエーションくらいにしか思っていないのかもしれない。
「雨宮さん、行きましょ」
深耶(みや)ちゃんの声にハっと我に返る。
真っ赤に燃える夕日が水平線に消えるところだった。
「うん、すいか割りね。私、そういうの得意だから」
私は深耶(みや)ちゃんに手を貸してもらってハンモックから立ち上がると芹澤君にチラっと目を向ける。
「芹澤さんもです」
彼女に言われて領く芹澤君は、何事もなかったように爽やかな笑顛を見せた。
ビール片手にお肉と野菜を焼く男性陣を前に女性二人はテーブルで優雅にシャンパンを開けていた。
貸し別荘の粋な計らいだったのだが、恋人同士で来たらさぞロマンチックなことだろう。
ふと、さっきのキスを思い出し、慌てて振り払った。
「あっ、ズルい。自分ばっかり先に食べて」
焼きながらお肉をツマミ食いしている芹澤君に向かってブーイングを投げると深耶(みや)ちゃんも同じように「ズルいですよ。芹澤さん」と立ち上がった。
変に意識し過ぎても相手の思う壺。
「あ?味見だよ、味見。いい感じに焼けてるから、お嬢さん方もどうぞ」
二人がグリルの傍に行くと「まずは乾杯から」と近藤君がビールの缶を手渡す。
シャンパンですっかりほろ酔い気分だったが、それを受け取って勢いよくプルタブを引いた。
「かんぱ〜い」
「ぶはぁ〜、美味しい」夏はやっぱり、ビールに限る。
そんな私の姿を見てクスっと笑う芹澤君。
どーせ、酒豪でオヤジ化してますよ〜だ。
「ほら」
芹澤君がお皿に焼きあがったお肉と野菜を載せると私の前に差し出した。
それを「ありがとう」とありがたく受け取る。
せっかく忘れかけていた記憶が再び蘇ってくるような気がした。
「あっ、美味しい」
「当たり前だ。誰が焼いたと思ってるんだ」
「知ってるわよ。近藤君でしょ?」
「は?」
「ねぇ、近藤君。とっても美味しいわ」近藤君に向かって言うと「何で、蓮。俺だろ」という芹澤君の文句は聞こえないことにする。
「それは良かった。雨宮さん、たくさん食べてね」
「ありがとう。近藤君」
蓮と仲良くしている来夏がおもしろくないというのがあからさまに魁の表情に出ていたが、隠すつもりもないのだろう。
だからこそ、蓮としてはワザと魁の気持ちを逆なでするような行動に出たくもなってくるというもの。
大学に入ってすぐに意気投合した二人だったが、女性にモテるということに関しても二分していたのは言うまでもない。
誰にでも優しく王子様的な蓮に対し、言い寄ってくる女性をことごとく退け、自分から惚れた女性としか付き合わないお堅い性格の魁。
外見に似合わず一途な男だが、いかんせん誰が見てもそう見えないのと本気の彼女に対して素直になれないこと。
親友としては全部お見通しなだけに二人を見ているのが面白くて仕方がないのだ。
たらふく食べて飲んで、続いてデザートに用意したすいか割り。
「よっしゃ、一発目は私から」
「深耶(みや)ちゃん、タオルで目隠しとサポーターお願いね」すいか割りなんて子供の頃以来だ。
「雨宮さんは、芹澤さんとチームですよ」
目隠ししながら深耶(みや)ちゃんが言う。
何で、私が芹澤君と一緒なの?
「えっ?どうして」
「どうしてもこうしても、ないですよ。決まりなんですから」
「決まりってねぇ」
いつ決まったのよ。
「わっ、ちょっと!!なに」
木の棒を持たされ、いきなり両肩を掴まれて右方向に体が回転していく。
あぁ〜やめてぇ、目が回る。
「このまま、真っすぐ。俺がストップって言うまで真っすぐだぞ」
「えっ、わ、わかったわよ」
行けばいいんでしょ?
真っすぐって言われても、ふらふらしてわかんないじゃない。
取り敢えず、足を一歩ずつ前に出して行く「そうだ。いいぞ」とか「違う、右だ。どっちいってんだ」芹澤君の声が聞こえる。
「ストップ!!そこで思いっきり、棒を振り下ろすんだ」
「雨宮さん、頑張って」深耶(みや)ちゃんの応援も加わった。
私が一発で割ってみせるわよ。
ボっ。
鈍い音と共に確かにあたった感触はあるものの、果たして結果は如何に。
「どうだった?」
タオルを取って見るとすいかに半分くらいヒビが入っているが、割れてはいない。
「あぁ、惜しい。割れなかったぁ」
「でも雨宮さん、すごいですぅ。完璧に命中してましたもん」
「力が足りなかったわ」
「深耶(みや)ちゃん。次、頑張って」
今度は私がタオルで深耶(みや)ちゃんに目隠しをして、棒を手に持たせる。
サポーターは近藤君、さぁ割れるかな?
「如月(きさらぎ)さん、俺の言う通りにすれば大丈夫だから」
体を右に5回転、ふらふらしているが、近藤君に方向を定められてゆっくり前に。
「深耶(みや)ちゃん、そうそう良い感じ。そのまま真っすぐよ」
近藤君のストップという合図で棒を振り下ろしたが。
「残念」
惜しくもすいかの左側をかすめただけで命中はしなかった。
「だめでした」
「もうちょっと右だったら絶対、割れてたわよ」
「芹澤さん、次頑張って下さい」
深耶(みや)ちゃんがタオルで芹澤君に目隠ししたが、それじゃあ緩いとその後を私がぐいぐいと引っ張った。
「いってぇなぁ、そんなにきつく縛るなよ」
「うすさいわね。つべこべ言わずにちゃんと割りなさいよね」
棒を持たせて、思いっきり彼の体を右方向へ5回転。
「いい、私の言うことちゃんと聞くのよ」
「はいはい」
「真っすぐよ」背中をバチンと思いっきり叩くと芹澤君は背中をよじらせながら、のろのろと歩いて行く。
いいわ、その調子よ。
「真っすぐ、真っすぐよ。ストップ!!」
一呼吸おくと彼は思いっきり棒を振り下ろした。
ボカっ。
「やった!!割れたぁ。すごい、芹澤君」
はしゃぐ私に彼がタオルを外して確かめる。
ヒビの入っていたところにバッチリ命中したことで、みごとに半分に割れていた。
「おっ、すげぇ」
「俺の出番がなくなった」
近藤君は少し残念そうだったが、童心に頃に帰ったようですがすがしい表情をしていたのが印象的だった。
最後にすいかを食べながらの花火。
1泊2日の旅行も、もう終わりを告げようとしていた。
「もうお終いなんて寂しいな」
パチパチと音を立てて色とりどりの火花が滝のように流れ落ちる。
予期せぬ誘いに予期せぬメンバーだったけれど、楽しかった。
「なに、一人でぶつぶつ言ってんだよ」
「芹澤君」
彼は私の隣に腰を下ろすと線香花火に火を点けた。
なんだか、似合わないような気がするのは私だけ?
「いいでしょ。独り言くらい言ったって」
「あぁ、ロンリー生活が長いと独り言も多くなるからな」
「あんたに言われたくないわよ」
火が消えた花火を見つめて思う。
どうして、隣になんて来るの?勘違いしそうになるじゃない。
ぽとん落ちた炎、彼は新しい線香花火を2本手に取ると1本を私に渡す。
「さっきのことなら全然、気にしてないから」
そんなの嘘。
夏の思い出なんて割りきれるほど、彼の言う通り、私はロンリー生活が長いのよ。
線香花火に火を点けるとパチパチパチと音とともに火花が大きくなっていく。
「ちょっとは、気にしろよ」
「え?」
「そんなふうに言われたら、凹むだろ」
『やめて欲しいのか?俺がそんなに嫌いか?』深耶(みや)ちゃんが入って来たから聞けなかった答え。
「だって」
「だって、なんだよ」
まあるい炎がぽとんと地面に落ちる。
「わからないんだもん。芹澤君がどうしてあんなことをしたのか」
そう、わからない。
キスした意味も、気にして欲しい意味も。
「ちゃんと言葉で言ってくれなきゃ、わからないわよ」
既に消えてしまった線香花火をじっと見つめる私の手から彼がそれを取ると、代わりに新しいのを渡す。
「ごめん」
「その、ごめんは何?」
「突然、キスしたことのごめん。でも、したことは否定しないよ。ずっと、その唇にしたいと思ってたから」
入社した時から彼女以外、目に入らなかったと言っても信じてもらえないのはわかっている。
可愛い顔して毒舌なところも、決して男に媚びないところも、男顔負けの酒豪なところも、全部俺のツボだと気付いていないだろう。
ここへ親友の蓮を連れて来るのは抵抗があったが、それは俺が彼女に惚れていることをお見通しだから。
ひょんなことから、如月(きさらぎ)さんの誘いで彼女が自分のところへ来たのは運命だとしか思えなかった。
だから、どうしてもこのチャンスをものにしなければ。
焦ったのは重々承知しているが、こうでもしないと彼女が俺の気持ちを理解してくれないだろうし。
「好きなんだ。雨宮さんのこと」
「え?」
「好きじゃなきゃ、キスなんてしないさ」
今、好きって言った?
嘘。
芹澤君が、私を?
そんなの誰が信じられるのよ…。
「どうして、そんなこと言うの?こんなところで」
深耶(みや)ちゃんと近藤君は?
今の話を聞かれていたのではと急いで周りを見回してみたが、二人の姿はどこにもない。
どこに行っちゃったの?
「ずっと言おうと思ってた。でも、チャンスがなくて」
海辺で『俺?俺はそんな男とは違うさ。一人の女性を一途に愛する真面目な男だって知らなかった?』彼の言っていたことをは本当だったの?
「本当に私のことが好きなの?」
「どうしたら、信じてもらえる?」
「そんなの、わかんないわよ」
言葉で言われても、信じられるわけないじゃない。
どうしたって、芹澤君のような男性(ひと)が私を選ぶとは思えないんだもの。
「だって、芹澤君みたいな人が私なんかを好きになるはずないから」
「俺みたいな人って?」
「だから、顔が良くて」
「意地悪な人?」
おちゃらけたように言う彼。
「俺が選んだ女性(ひと)に間違いはないさ。言ったろ、一人の女性を一途に愛する真面目な男だって」
彼は私の肩にそっと腕を回して抱き寄せる。
心臓の鼓動がみるみるうちに早くなっていく。
「まだ、答えを聞いてなかったけど、雨宮さんは俺のこと嫌い?」
「キスしてもいい?」頬に唇が触れる。
「してもいい?」って人の答えを聞く前にしてるじゃない!!
「意地悪な人は嫌い」
「昔から、男の子は好きな女の子には意地悪するって決まってるんだけど」
「もう、意地悪なことは言わないから。俺のこと嫌いにならないで」耳元で囁かれたら、誰だって嫌いになんてならない。
いいえ、なれないわよ。
「ほんと?」
「神に誓って」
唇と唇が触れる。
綺麗に見えていた月に誓って。
To be continued...
ひとまず、完結です。
次回、おまけUP予定です。
続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。
NEXT
BACK
INDEX
EVENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.