ふたりの夏物語W
4


「痛い」

「痛い痛い痛い」背中が火傷したようにヒリヒリと痛む。
それもこれも、せっかく日焼け止めを塗ったのに海で1時間もぷかぷか浮いていたから。
よりによって、ずっとあいつと一緒にね。
恋人同士みたいに顔寄せ合って、だからといって何かあったというわけじゃないんだけど…。

「雨宮さん、大丈夫ですか?」

深耶(みや)ちゃんが、心配そうに私の背中にほてりを鎮めるローションを塗ってくれた。
途中で買い物を済ませて夜はみんなでバーベキューをするつもりだったが、これでは準備もままならない。

「ありがと。こんなことになるとは思いもしなかったわ。あいつがなかなか上がろうとしないから、こんな目に遭うのよ」
「芹澤さんは雨宮さんと一緒にいたかったんですから、そう怒らないで」
「深耶(みや)ちゃんはいいわよ?近藤君と一緒だったんだから。こっちはずっとあいつと一緒で、何話していいかもわからないし」
「恋する二人に言葉なんていらないんですよ」
「あのねぇ」

だ〜れが、恋する二人よ。
深耶(みや)ちゃんはあいつと私の仲を誤解しているようだけど、ほんとに単なる同期っていうだけで全然そんな恋心なんてこれっぽっちも抱いていないんだから。

「そうそう、今夜は男性二人が夕食の準備をしてくれるそうですよ?誘ったのは私なんで、こちらでやりますって言ったんですけど。バーベキューは男がやるもんだって。それに雨宮さんのこと心配してました」
「えっ、そうなの?」

ふううん、なかなか頼りになるじゃない。
これで、少しはゆっくりしていられるわ。
冷たいシャワーを浴びて、深耶(みや)ちゃんにローションを塗ってもらったからか、背中の日焼けも随分楽になったし、貸別荘は南仏リゾートを思わせるとても素敵なところで、庭にハンモックなんかもあって、すっかりくつろがせてもらっていた。

「たまにはこういう、のんびりした時もいいもんだわ」

一泊なんて言わずに一週間くらい過ごせたら、尚いいのに。
あぁ、もう社会復帰なんてできな〜い。

「ひぇっ。なっなに!?」

痛っ〜い。
慌てて飛び起きたせいで、ハンモックがひっくり返って来夏(らいか)は芝生に転げ落ちた。

「何よ、いきなり」
「ごめんごめん。大丈夫か?」

「ほら」右手を差し出す芹澤君の反対側の手にはペットボトルのお茶が2本。
さっき、頬に触れた冷たいものはこれだったのだろう。
私は彼の手を借りて立ち上がるとキャミソールワンピースの裾を払ってハンモックに腰を下ろす。

「これ、持ってけって」
「ありがとう」

冷えたペットボトルのお茶を受け取ってキャップを開ける、ちょうど喉が渇いていたところだったので勢いよく流し込む私の姿を見つめながら芹澤君は窓のサンに腰を下ろした。
さわやかな風が吹き抜ける。

「白雪姫が、ゆでダコか」
「はっ?ちょっと、それってひどくない?あんなに日差しが強いのに海に浮いてれば、ゆでダコにもなるわよ」

「まったく、失礼な」きっと睨みつけたが、彼は無視してペットボトルのキャップを開けて何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。
そういう彼は赤くならないタイプなのか、真っ黒に日焼けして男っぷりが増したような。

「いいの?こんなところでくつろいでいて。今夜は男性陣がバーベキューの準備をしてくれるんじゃなかったわけ?」
「あぁ、蓮(れん)と如月(きさらぎ)さんが、張り切ってやってるよ。俺たちに気を使ってな」

また、余計なことを。
ここに二人にされたところで、どうしようもないじゃない。
なのに何であんたは、言う通りにのこのことやってくるわけ?

「じゃあ、私も手伝ってこようかな」
「気が利かないやつだな。邪魔してどうすんだよ」
「だって」

あの二人がどうなってるのか、わからないけど、二人っきりにして欲しいのなら彼の言う通り、邪魔するわけにはいかないけど。
だからって、この人と一緒にいても楽しいとかそういうこともないわけだし。
それは、私だけじゃなくて芹澤君だって、そう思ってるでしょ?

「あっ、夕日が綺麗」
「そうだな」

雲一つない空、水平線に沈む夕日がなんとも美しい。
こういう時に恋人同士だったら、さぞかしロマンチックなことだろう。

「ちょっと何よ」

いきなり立ち上がった芹澤君が、何を思ったのかあたしの隣に腰を下ろす。
海での時同様に肌と肌が触れ合って、平常心でいられなくなる。
この人は一体、何のつもりでこういうことをしてくるのだろうか?人をからかって面白がってるの?

「離れてよ」
「何でだよ。せっかくの夕日なんだし、二人で見るもんだろ」
「意味わかんない。二人でって、別に恋人同士でもなんでもないのに」

そうよ。
無理してそんなことしてくれなくたって。
そりゃ、彼氏いないけど、やっぱり好きな人と味わいたいじゃない。
優しく肩なんか抱かれて、そっとキスされて。
その相手が、芹澤君ってことは絶対ない───。

「こら、キスする時くらい目を閉じろよ」

いつの間にか腰に腕を回されて、彼の顔がすぐ目の前にある。
吐息や心臓の鼓動までが、間近に感じられて。
いくらなんでもこれはやり過ぎなんじゃないの?

「ここまでしてくれなくて結構よ。彼氏がいないからって同情なんて」
「何、言ってんだ。誰が同情なんかするか。疎い雨宮さんは、こうでもしなきゃ気付かないだろ?」
「疎いって、どういう意味?私は───」

「うるさい。いいから、目を閉じて俺に任せろ」有無も言わせぬ強さで唇が重なる。
こんなキスは今まで味わったことがないかもしれない。
ちょっと顔が良いからって意地悪で傲慢で、こんな男に理不尽にキスされて嫌なはずなのにこのままやめないでと思ってしまう自分に腹が立つ。
そして、体の奥が熱く感じてしまうなんて…。

「そんな顔されるとキスだけじゃ済まなくなって、ベッドに押し倒したくなるな」
「はっ」

私ったら、この男と一体、何を…。
いくら雰囲気に流されたからって。
慌てて体を離そうとしたが、彼がそれを許さなかった。
柔らかな彼女の唇、日焼けして熱く火照った体に触れるだけで芹澤の足の付け根がうずき出し、本気でベッドに運んで行きたいところだが急ぐわけにもいかない。
だが、一気に攻めなければ、この目の前の可愛い女性はなかなか気持ちに気付いてはくれないだろう。

「やめっ」
「やめて欲しいのか?俺がそんなに嫌いか?」

やめて欲しくない。
嫌いかどうかなんて、それより芹澤君は私のことをどう思っているの?


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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