「憂さ〜ん」
「聞いてくださいよ〜また、篠島主任に突っ返されちゃいました」と―――今にも泣きそうな顔であたしのところに助けを求めてきたのは、同じ課の真崎 奈々(まさき なな)ちゃんだ。
奈々ちゃんは今年入ったばかりの新人で憂の下に就いたのだが、もう抱きしめてあげたいって思うほど女の子らしくて可愛いのよ。
素直だし頭の回転も早い、なのにそんな子の作った書類を突っ返すとは篠島の奴、いい度胸してんじゃないの!!
「奈々ちゃん、今度は篠島なんだって?」
「それが、よくわからないんです。これは永峰主任にチェックしてもらったのかって聞かれたので、主任は会議で不在でしたので他の方に見てもらいましたって言ったんです。そうしたら、永峰主任に見てもらえばわかるよって、それだけで…」
「その書類、ちょっと見せてくれる?」
奈々ちゃんから書類を受け取って見ると特に間違いはないようだけど…。
うん?
よく見ると納入日が3日後?これ、短すぎない?
あ〜多分、30日と書こうとして間違えたのね。
「奈々ちゃんここなんだけど、この納入日が3日ってこれで合ってる?」
「あっ…」
奈々ちゃんの顔を見れば、それが間違いだとすぐにわかる。
だけど、これくらい篠島もわかってくせにその場でちょこちょこっと直してくれれば済む話なんじゃないの?
ほんと細かいんだからぁ。
「今度からチェックしてね?」
「はい。すみません」
「まぁ、奈々ちゃんが悪いんじゃないからね」
そう、これをチェックしたのは多分あたしの隣の列にいる田中主任だろう。
あの人はもう年だから老眼も入ってるし、こんな細かいところまでチェックしてないものね。
「あっ、奈々ちゃんそれ直したらあたしが篠島のところに持って行くわね」
「え?そんな、わたしが行きますから」
「ううん、そうじゃなくってね。篠島にひとこと言ってくるだけだから、気にしないで」
「そうですか?」と奈々ちゃんは、申し訳なさそうにあたしに訂正した書類を渡す。
あたしは、それを受け取って篠島のいる調達部へ足を運ぶ。
「篠島、ちょっといい?」
「なんですか?永峰主任」
顔を見なくても声であたしだとわかったのだろう、嫌そうに顔を上げると銀縁メガネのフレームに指を当ててあたしを見つめる。
目の前にいる篠島 遼哉は、何を隠そう5年前に日本IMHという外資系のコンピュータ会社に入社したあたしの同期でもある。
同期だって言うのにあたしのことを永峰主任と呼ぶところと敬語を使うところが、まったくもって気に入らない。
新人の時からとっつきにくいというか、愛想がなくて憎たらしい奴なのよ。
でも仕事はできるから、同期では一番出世で主任になった。
もちろん、あたしもなんだけどね。
だからなのか、ことあるごとにあたしやあたしに関わる人達を目の敵にしてくるのよ。
銀縁メガネなんて掛けてるから真面目人間に見えるけど、実際はそんなでもないから周りには受けがいい。
だけど、それはあたし以外の人に対してであってあたしには冷たい態度ばかり、一体あたしが何をしたって言うのよね。
背も高いし顔だって整ってるっていうかいわゆるビジュアル系でキレイ顔だからぱっと見はすごくいい男、社内でも人気が高いと聞くがそれは奴の本性を知らないからそんなことを言ってるとあたしは思ってるんだけどね。
「この書類、処理お願いしたいんだけど」
篠島の前に書類を差し出すと彼は、それを受け取って隅々までチェックする。
「さすが、永峰主任ですね。完璧ですよ」
「あんたねぇ、ここの納入日が間違ってるくらいでいちいち突っ返すのやめなさいよ。奈々ちゃんは新人なんだから間違えることだってあるし、こんなのあんたがちょっと直せばいい話でしょ?」
あたしは、いつもの調子で一気にまくし立てた。
「こちらも真崎さん1人で作ってきた書類であればそうしますけど、これはちゃんと主任クラスのチェックが入っているんですよね?そこで気付かないと言うのが、そもそも間違っていると思いますけどね。まあ、永峰主任がチェックすればそういうことはないとは思いますが」
―――ううっ、嫌味な奴―――。
確かに篠島の言っていることは正論だとは思うけど、だからってわざわざ持ち帰らせることないじゃない。
「そうだけど、誰にだって間違いはあるでしょ?」
「それは、僕もそう思います。でも責任ある職に就いている者が、きちんと間違いを把握しなくてどうするんですか?いつもいつもこちらで訂正してしまっていては、チェックの意味がない。頭のいい永峰主任なら、それくらいのことは理解できるはずですが」
「そういうのを屁理屈って、言うのっ!」
「どう取って頂いても、構いませんけど」
―――くっそ、ムカつく。
これ以上言い返せないところが、余計腹立たしい。
どう言っても、篠島には敵わない。
決済行の箱に入れられた書類を見つめながら、あたしは悔しい気持ちを抑えつつ調達部を後にした。
「相変わらず、お前も懲りないな」
「なんだよ。なんか、用か」
「つれないなぁ」と篠島のところにやって来たのは、同期の矢野 浩介だ。
浩介は同じ調達部で主任をしている篠島にとっては同僚だったが、それ以上に私生活でも公私共に仲のいい友達というか親友と呼べる存在だった。
「なにも永峰さんにあそこまで言わなくっても、いいんじゃないのか?まっ、俺は見てて楽しいけどさ」
「別に普通だろ」
「そうか?俺には、好きな子に意地悪してるガキにしか見えないけどな」
「は?どこが、好きな子なんだよ」
「そう、ムキになるなって。お前が素直じゃないのはわかるけど、このままじゃヤバイんじゃないのか?永峰さんめちゃめちゃ可愛いからなぁ、どこぞのいい男に持ってかれるぞ?あっ、それって俺だったりしてな」
「あはは」とひとりゴチてる浩介に苦笑を浮かべるしかない篠島だったが、内心穏やかではない。
憂はあんなふうに快活な女性だが、浩介の言うようにめちゃめちゃ可愛いから社内で狙っている男が多いのも篠島は知っている。
それでも素直になれないのだから仕方ないが、そろそろ手を打たないと本気でヤバイかもしれない。
だからと言って、どうすることもできない篠島は更にイライラを募らせていた。
+++
「ったく、篠島の奴。ああ言えばこう言う、ほんと素直じゃないんだから」
あたしは、ブツブツ言いながら自分の席に戻った。
「憂さん、また篠島さんとやっちゃったんですか?わたしのせい…ですね」
今のあたしを見れば誰だって、篠島とひと悶着あったと思うだろう。
まぁ、いつものことだからしょうがないけどね。
「あぁ、奈々ちゃん。そんなことないからね。篠島も、もう少し頭の柔らかい奴だと思ってたのに」
奈々ちゃんにまで心配かけて、悪かったかな。
それにしても篠島、なんとかならないかしら。
彼女にもあんな風に細かいこと言ってるわけ?考えただけでもゾッとするわ。
篠島の彼女の話なんて聞いたことないけど、あたしだったら絶対あんな男嫌だもの。
考えているとキリがない。
あたしは頭を切り替えて、残っていた仕事を片付け始めた。
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