Pretty☆Lady
2/E


+++

「ねぇ、遼哉。沙彩ちゃんになんかしたでしょ?」
「あぁ?何だよ、いきなり」

遼哉の家に来ていた憂が、愛の言葉を囁くでもなくいきなり口にしたのは、沙彩のことだった。

「沙彩ちゃん、ここのところ元気がないんだもの。理由を聞いてもなんでもないって言うから、絶対遼哉がなんかしたに決まってるって」
「おいおい、仮にも愛しい彼氏に向かって、そりゃないだろう?だいたいなぁ、どうして俺が山崎さんになんかしなきゃならないんだ。まぁ、最近の彼女はちょっと元気ないみたいだけどさ」

遼哉もなんとなくだが、最近の沙彩は元気がないなあと思っていたところだった。
だからといって、なぜ自分が疑われなくてはならないのか、少々納得できない。

「どうしたのかしら?この前会って食事をした時には、好きな人ができたってあんなに嬉しそうに話してくれたのに」
「好きな人?」
「うん。遼哉、沙彩ちゃんに横浜支店に書類を持って行ってもらったことがあったでしょ?」
「あぁ。そう言えば、そんなことがあったな」

あの時は、手違いで違う書類を送ってしまい、慌てて沙彩に頼んで持っていってもらったのだ。
しかし、それと好きな人と何が関係あるのだろうか?

「横浜支店に広野課長って言う人がいるんでしょ?その人と沙彩ちゃん知り合いなんですって。なんでも広野課長は、清水課長の同期らしいから」
「そうなのか?清水課長の同期ってのは初耳だけど。そう言えばあの時、山崎さん知り合いが広野課長だったって言ってたな。いやぁ、随分帰りが遅いからさ心配したんだよ、なんかあったんじゃないかって」
「あたしも清水課長と同期だって言うのは、沙彩ちゃんに聞いたんだけどね。その広野課長のことが、沙彩ちゃん好きなんですって」
「へぇ」

これを清水課長が聞いたらどう思うだろうか?
遼哉は、彼が沙彩のことを狙っているのを薄々だが知っていた。
憂を諦めきれない清水課長だったが、日に一回遼哉のいる部に現れては沙彩に話し掛けていたのは、それもあったと思う。
でも実際沙彩は、同期の広野課長のことが好きだったとは…。

「家が近所みたいで、犬の散歩をしていると会うらしいの。沙彩ちゃんの話を聞く限りでは、お互い好意を持っていると思うんだけど、広野課長携帯の番号もメルアドも聞いてこないらしいのよね」
「今時、珍しいな。俺なら、すぐ聞くけどな」
「はぁ?何言ってんのよ。あたしには、一度も聞いてこなかったくせに」
「憂は、聞いても教えてくれないだろう?俺のこと毛嫌いしてたんだから」
「まぁ、そうだけど…」

―――だけど、すぐに聞くっていうのはどうなのよ…。

「そんな顔するなよ。今は、憂だけなんだから」

遼哉は、憂を背後から抱きしめると首筋に唇を這わせながら囁くように言う。

「でね、あたしと愛香で沙彩ちゃんから言っちゃえばって言ったの」
「山崎さんから?」
「うん。広野課長からは聞きにくいのかもしれないじゃない?あの時の沙彩ちゃんは、自分から言うのは絶対無理って感じだったけど、勇気を出してみようかなって。もしかして、うまくいかなかったのかなぁ」

もしかして、自分から言ってみたものの広野課長とうまくいかなかったのだろうか?
あたし達が、あんなことを言ったから…。

「憂は、心配し過ぎ。山崎さんのことも気になるだろうけど、少しは俺のことも考えてくれよな」

遼哉は、憂の肩に顎を載せて少し拗ねたように言う。
可愛がっている沙彩のことを心配する気持ちはわからないでもないが、遼哉としては彼氏である自分のことも少しは考えて欲しかった。

「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど…」
「わかってる、俺の我侭だって。それとなく聞いてみるよ、広野課長のこと」

憂は黙って頷き、彼の方へ向くと自ら唇を合わせた。
気持ちが通じ合ってからというもの、彼は思っていることを素直に口に出してくれるようになった。
もう、あの時のような誤解をしたくないから。
憂も沙彩のことは気になったけれど、今は遼哉だけのモノでいたかった。
くちづけは段々深いものへと変わり、二人だけの甘い世界へと入っていった。

+++

次の日の昼休み、遼哉は清水課長と一緒に外へ食事に出ていた。
たまには社員食堂以外の店に入ってみるのも悪くない。
海鮮ものが美味しいと評判の店だけあって既に外まで行列ができていたが、なんとか最後の二人で席を確保することができた。

「今日は、まいったよ。本部長に業務報告しなきゃなんなくってさ、あの人いちいち細かくて」
「本部長って、栗田さんのことですか?」
「そうそう、俺どうもああいうタイプ苦手なんだ」

本部長の栗田と言うのは、もうすぐ定年間近のおじいちゃんである。
ボケてるんだか、ワザとなんだかわからないが、細かいチェックを入れることで有名だった。
まぁ、清水課長はこんなことを言っているが、本部長に気に入られていることを遼哉も周りもみな知っていたが。

「そう言えば、清水さんは横浜支店の広野課長と同期なんですか?」
「広野?あぁ、同期も同期、なんと大学まで同じだからなぁ。かれこれ10年以上の付き合いだよ」
「そうなんですか?」

同期だとは聞いていたが、大学まで同じとは。

「篠島君は、あいつのこと知ってるのか?」
「ええ。仕事の関係で」
「そっか。それにしても、あいつも災難だったよな」
「災難と言うのは?」
「あいつさ、半月ほど前かな交通事故に遭ったんだよ」
「交通事故?」
「そう。半月ほど前の土曜日の朝、あいつ伯父さんの飼ってる犬の散歩に行く途中だったって言ってた。横断歩道で青信号が点滅状態だったからあいつは止まったらしいんだが、無理に渡ろうとして走って来た子供がちょうど動き出した車にぶつかりそうになったのを助けに入ったけど、間に合わなくて車に接触したんだ」
「それで、二人は?」
「あぁ、子供は無傷。でも広野は足の骨にヒビが入ったらしい。2、3日入院してたんだが、今はまだ自宅で休んでるんじゃないか?」

―――そうだったのか…。
だから、犬の散歩に出られなかったのかも。

事故に遭ったのが半月ほど前と言うと沙彩が、広野課長に急に会わなくなったと言う日付と一致する。
しかし、遼哉が広野課長とかかわったのはあの時だけだったから、休んでいることまでは知らなかった。
食事を終えるとすぐにそのことを憂にメールした。



遼哉からメールをもらった憂は、内容を見て驚いた。
広野課長が、交通事故に遭っていたとは…。
怪我は大したことはなかったようで何よりだし、沙彩に急に会わなくなったのもこれが理由であることは間違いないだろう。
早速、憂は沙彩の元へと足を運ぶ。

「沙彩ちゃん、ちょっといい?」

憂が、ちらっと遼哉を見ると沙彩を連れ出してもいいよとでも言うように彼は黙って領いた。

「はい。憂さん」

憂は、沙彩をフロアの隅に連れて行く。

「あのね広野課長、交通事故に遭ったんですって」
「えっ…」
「でも大丈夫。ただ、足の骨にヒビが入る怪我をしたから、会社は休んでるそうなんだけど」
「そう…だったんですか…」

事故に遭ったと聞いて沙彩の心臓は止まるかと思ったが、怪我だけで済んだことを聞いてホっと安堵する。

「土曜日の朝、犬の散歩の途中だったって言ってたから、沙彩ちゃんに会うためだったのかしら?横断歩道で青信号が点滅状態だったのを無理に渡ろうとして走って来た子供がちょうど動き出した車にぶつかりそうになったらしいの。課長が助けに入ったけれど、間に合わなくて車に接触してしまったそうよ。幸い子供には怪我はなかったって言ってたわ」

あの日、そんなことがあったなんて…。
だから、いくら待っても来なかったんだ…。
それに子供にも怪我がなくてよかった。
でも、金太郎くんは?

「あの金太郎くんは…えっと、連れていた犬は」
「大丈夫、怪我をしたのは広野課長だけらしいわ」
「そうですか…」
「沙彩ちゃんが最近元気がなかったのって、広野課長に会えなかったからなんでしょ?」

あんなに二人に応援してもらっていて心配をかけると思った沙彩は、このことを話していなかった。
でも、憂さんはわかっていたんだ…。

「嫌われたんじゃないかとか、もう会ってくれないんじゃないかとか、色々考えちゃったわよね?」
「…はい」
「あの日、広野課長は沙彩ちゃんに会いに行ったことは間違いないんだからね」

憂さんの言葉を信じたいけれど、怪我が治ったら広野課長はまたあの場所に来てくれるだろうか?
今は、そう願うしかなかった。

+++

いつもは平日の夕方にララの散歩に出ることはないが、今日はお母さんが出掛けて留守だったからと沙彩が代わりを引き受けた。
広野課長が来ないとわかっていてもついつい足は、川原に向いてしまう。

「ララ、金太郎くんに会いたい?」

本当は沙彩が広野課長に会いたいのだが、それを隠すように犬のララに聞い掛ける。
それがわかったかわからないかは沙彩にもわからなかったけれど、ララが寂しそうな顔をしたように思えた。
そんな時、あの日と同じようにいつも吠えないララが吠え出した。

『広野課長』

辺りを見回しても課長の姿はない。
―――私ったら…。
そう思っていると一匹の柴犬が、沙彩のところにやって来た。

「金太郎くん?」

名前を呼ぶと元気よく鳴き声を上げた。

「金太郎くん、どうしたの?広野課長も一緒なの?」
「すみません。うちの犬が…」
「え?」

広野課長とは違う、年配の男性の声。
金太郎くんだと思っていた犬は、この男性の飼犬だったようだ。

「いえ、知っている人が連れている犬の金太郎くんに似ていたもので」
「この犬は、金太郎ですよ。もしかして、洋平君の知り合いの方?」
「洋平君?」

沙彩には、洋平という名前は聞いたことがなかった。
もちろんこれは、広野課長の名前であるが…。

「名前を聞いていなかったですか?広野 洋平君をご存知では」
「広野課長の」
「あぁ、やっぱりそうでしたか。私は、洋平君の伯父でこの犬を飼っているんですが、いやぁ、あんな怪我をしているのに散歩に出るってきかないんですよ。今までは、金太郎の散歩なんて面倒だとか言っていたのにね。そうですか、あなたに会うためだったんですね」

この男性は、広野課長が言っていた金太郎の飼い主である伯父さんなのだろう。

「広野課長のお加減は、どうですか?」
「もう、ピンピンしてますよ。彼には会っていないのですか?」
「はい。連絡先を知らないもので」
「そうだったんですか、では今から行きますか?すぐそこですので、きっと喜びますよ」

広野課長の伯父さんに言われるままに沙彩は、彼のマンションへと連れて行かれた。
いきなり来てしまって、いいのだろうか?

「ここの3階の一番奥ですよ。うちのマンションはペット禁止ですので、そちらのワンちやんを預かっておきます。すぐ隣の家ですから」

「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いいんですよ。では」

伯父さんにララを預けて沙彩は、ひとり広野課長の部屋へ向かう。
メルアドを聞こうと決めた時、あんなに練習したのに今はすっかり役には立たない気がする。
広野課長の家のドアの前で暫く佇んでいたが、思い切ってブザーを押した。

『はい、どちら様ですか?』
「あの…突然すみません、山崎です」
『沙彩ちゃん?待って、すぐに開けるから』

ドアホンに出た彼は、相手が沙彩だと知って驚いたような声を上げたが、すぐにドアを開けてくれた。
出てきた彼は、足首の辺りにギプスを付けていたが、壁伝いに片足で歩いてきたのだろう。

「沙彩ちゃん、どうしてここに」
「ララの散歩をしていて、川原で金太郎くんと伯父さまに会ったんです。そうしたら、会っていったらと言われて」
「そうだったんだ。ここじゃなんだから、取り敢えず中に入って」
「はい」

緊張しつつも沙彩は広野課長の家に入ったが、家族で住んでも平気なくらい室内は広い。
それに思っていたより全然綺麗で、インテリアもお洒落だった。

「ごめんね、汚くて。こんな身体なんで掃除もできないんだ」
「そんなことないです。とても綺麗にしているんですね。それより、足の方は大丈夫なんですか?」
「もう平気、でも場所が場所なんで歩くのに支障があってね。会社もあれからずっと休んでいるんだ。えっとその辺に座ってて、沙彩ちゃん、飲み物は何がいい?」
「いえ、お構いなく。勝手に来てしまいましたし、もう帰ります」
「もう帰っちゃうの?せっかく会えたのに」
「でも…」
「会いたかったんだ、すごく。携帯番号もメルアドも聞いていなかったし、さすがに会社に電話を掛けるわけにもね」

広野課長の本音がぽろりと出た言葉だったが、『会いたかったんだ』というひと言に沙彩の胸が熱くなる。

「軽い男だって思われたくなくて聞かなかったんだけど、後になって何で聞かなかったんだって後悔したよ」

広野は、ずっと沙彩に連絡したかった。
でもそれができなかったのは、どこか自分に自信がなかったのと軽い男だと思われたくないという変な意地があったからかもしれない。

「実は…あの日、広野課長が事故に遭われた日に私、課長の携帯のメルアドを聞こうって思ってたんです」
「え?」
「何度も何度も鏡の前で練習して…でも、課長はあの場所にいらっしゃらなくて…」
「沙彩ちゃん…」
「嫌われたんだって、思いました。もう会えないのかなって…」

広野課長は沙彩の肩に手を当てて、ソファーに腰を降ろすように促した。

「それ、改めて言ってくれない?」
「え?」
「ダメ?」

―――ダメ?と言われても…。
沙彩は、どうしていいかわからなかったが、広野課長にしっかりと見つめられて断ることもできそうにない。
練習したことを思い出して、沙彩は口を開いた。

「広野課長、あの…携帯のメールアドレスを教えていただけませんか?」
「いいけど、メルアドだけ?俺の名前は?それは、さっき伯父さんに聞いたかな?じゃあ、誕生日とか好きな食ぺ物は?」
「えっと…」
「俺は、沙彩ちゃんの全てが知りたいよ」

―――この言葉の意味を彼女は、理解してくれただろうか?
広野は、俯いてしまった沙彩の返事をただ待つしかなかった。
すると小さい声で返ってきた言葉は…。

「私も…課長の全部が知りたいです」

初め聞き間違いではないかと思ったが、薄っすらと頬を染める彼女を見れば、それが本当だったのだと理解できる。

「ほんと?それって…」
「私…広野課長が、好きです」

自分でもどうしてこんな大胆なことが言えたのか…。
憂さんと愛香さんに自分から言っちゃえば?と言われたことが、頭にあったからかもしれないが…。

「どうしよう…」
「え?」
「俺、嬉しすぎてなんて言っていいかわかんない。でも…沙彩ちゃん、本当に俺のことが好き?俺、もうすぐ三十路だし、沙彩ちゃんから見ればオヤジの域に入っちゃうんだよ?」
「年齢は、関係ないです。私、年上の人が好きなんです。それに課長は、とっても素敵―――」

『ですから』と続けようとして、沙彩は広野課長の胸にすっぽりと収まっていた。
彼の胸は、暖かくて、力強くて、そして優しくて…。

「俺も沙彩ちゃんが、好きだよ。だけど、歳の差とか考えたら言えなくて…カッコ悪いよな」

こういうことは男の自分から先に言うものだが、広野はどうにも恋愛には臆病になっているところがあった。
ついおちゃらけて、面白おかしく話し相手にはなるものの、なかなか好きな相手には自分の気持ちを伝えられない。
ましてや、沙彩はまだ若いのと同じ会社に入って間もないというのにそう簡単に手を出すわけにはいかなかった。

「そんなことないです。課長は、カッコいいですよ」

こんな可愛いことを言ってくれるのも彼女だけだろう。

「沙彩ちゃん、キスしてもいい?」
「え?」

いちいち断りを入れるのも広野課長らしいけど…。
―――だけど、こういう時ってどう返事をすればいいの?

言葉を言う代わりに沙彩は、静かに目を瞑る。
大きくて暖かい手が沙彩の頬に触れて、お互いの唇が重なった。
少しだけ臆病で、それでいて彼の想いを表す優しいくちづけに沙彩は全てが酔わされてしまう。
ゆっくりと流れる時間の中で二人は、お互いを確かめるようにくちづけを交わす。

「沙彩ちゃん、ララちゃんは?」
「伯父さまが、預かってくれてるんです」
「そう。じゃあ、まだいいね」

広野課長は、そう言うと再び唇を重ねる。
もう彼の中に迷いはない、そんな力強さを感じさせるものだった。

『沙彩ちゃんが、好きだよ』

もう一度、心の中で囁きながら。


To be continued...


← お話を気に入っていただけましたら、ポちっと押していただけるともしかして…。

続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.