ASPHALT☆LADY
SWEET VALENTAINE
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R-18

「あっ、沙彩ちゃん。篠島、知らない?」
「憂さん。篠島主任なら、さっきまでいたんですけど」
「ったく、人がわざわざ来てあげたっていうのに、どこほっつき歩いてるのよ。あの男は」

―――ったく、遼哉ったら、どこ行っちゃったわけ?
ついさっき、そっちに行くからって、電話で話したばかりじゃないの。
わざわざ来てあげたのに、また来なきゃならないなんて面倒なのにぃ。

「そんなに怒らないで下さい。少ししたら、戻ると思いますよ」

憂の言い方がおかしくて、沙彩はつい笑ってしまう。
しかし、せっかく愛しい彼女が来てくれたというのに、彼はどこへ行ってしまったのかしら?

「そうそう、あの男がいない間に沙彩ちゃんに聞こうと思ってたのよ」
「なんでしょうか?」
「あのね」

憂は、沙彩をフロアの外にそっと連れ出した。

「沙彩ちゃん、広野課長にバレンタインのチョコレート渡すんでしょ?」
「はい。でも、買いに行った方がいいのか、手作りがいいのか迷ってるんです」
「そっかぁ、あたしもどうしようかなって。遼哉って、あの通りおしゃれだし。だから、有名なお店のものとかにしないとだめなんじゃないかと」

家もそうだけど、全体的におしゃれな物を好む遼哉には、手作りチョコレートは似合わないような。
ハート型のチョコレートに“I LOVE RYOUYA”なんて書いた日には、その場に倒れるわね。
それはそれで、面白いかも…。
だからといって、憂の作るものに何か言ったりするわけではなく、どんなものでも美味しいと言って食べてはくれるけど…。

「そうなんですか?篠島主任は、そんなことないような気がします」
「そう?あたし、あんまり器用じゃないから、手作りはねぇ」
「じゃあ、それとなく篠島主任に聞いてみますよ。私も参考にしたいので」
「そうしてくれると、助かるぅ」

―――でも、遼哉は何て言うかしら?

「永峰、こんなところにいたのか」

沙彩と話しているところへ、のこのこと遼哉がやって来た。

「ちょっと篠島、どこ行ってたのよ。電話して今から行くって言ったのにもかかわらず、どっか行っちゃって」
「ごめん。飲み物でも飲みながらゆっくり話そうと思って、買いに行ってたんだ」
「えっ」

―――そうだったの?
言われてみれば、彼の両手にはカフェオレとブラックの缶コーヒーが…。

「憂さん。私、戻りますね」
「沙彩ちゃん、ありがと。さっきの―――」
「はい。では」

彼女の後姿を見送りながら、遼哉からカフェオレの缶を渡されて、それをありがたく頂戴する。
―――こういうことされると、調子狂うのよね。
怒ってたあたしが、馬鹿みたい…。

「ところで。山崎さんと何、話てたんだ?随分真剣だったけど」
「さぁ、何でしょう」
「なんだよ。その意味深な言い方は」

「別にぃ」とニコニコ微笑む憂にそれ以上、遼哉は何も言えなくなる。
二人が何の話をしていたのかはわからなかったが、社内でこうやって会う機会があるということはある意味幸せなことなのだと。

「じゃあ、あっちのミーティングルームで話すか」
「うん」

先に席に戻っていた沙彩は、憂と遼哉がミーティングルームに入って行くところを見て、羨ましく思うのだった。



「篠島主任。今、お忙しいでしょうか?」

沙彩は周りに人がいなくなったのを見計らって、遼哉に話し掛ける。
さっき、憂と約束したことを聞くためだった。

「いや、大丈夫だけど。どうかした?」
「お仕事の話では、ないんですけど…」
「あぁ、だったらちょっと休憩でもするか」

二人は自販機の近くにある、休憩スペースに行くことにした。
今日はフロアに人も少なく、いつもならここにも誰かしらいるはずなのに今は誰もいなかった。

「えっと、山崎さんは何がいい?」
「お構いなく」

バレンタインのチョコレートの話をするだけだったのに、ここまでしてもらうのは…。
少々気が引ける。

「遠慮せずに。お金入れるから、好きなボタンを押して」

遼哉はポケットからコインをを出して、それを自販機に入れる。
目でもう一度合図されて、沙彩は申し訳ないと思いつつもミルクティーのボタンを押した。

「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして」

彼は自分の分の缶コーヒーを買うと、側にあった椅子に並んで腰掛けた。

「で、どうしたんだ?まさか、辞めるとか言わないよな」
「ちっ、違います。すみません、全然たいしたことじゃないんです」

益々、本題に入れなくなってしまう沙彩。
―――どうしよう…。

「なら、いいんだ。今、山崎さんに辞められると困るからさ。ってことは、恋の悩みとか?それはないか。だったら、俺じゃなくて憂に話すもんな」

仕事の話ではないと言われて、一体何だろう?と遼哉は思ったが、そうではなくて少しホッとした。
彼女にはやっと仕事も覚えてもらって、戦力になりつつあるというのに今辞められては困るから。
それにしても、恋の悩みでないとなれば何なんだろう?

「あの…こんなところで話す話題ではないと思うのですが…バレンタインのチョコレートをもらうとしたら、篠島主任は手作りがいいですか?それとも、どこかの有名店のものがいいですか?」
「バレンタイン?」

―――な〜んだ、そういう話か。
でも、もうそんな時期なんだな。
遼哉自身、すっかり忘れていた。
ん?俺が忘れていたってことは、憂はどうなんだ?
ちゃんと覚えているんだろうなぁ。
急に不安になってきた遼哉。

「はい。篠島主任の意見を参考にしようと思いまして」
「そっか、広野課長にあげるんだね?」
「はい」
「俺は、どっちでも構わない。もし、憂がくれるんだったらそれだけで嬉しいからな。っていうかさ、その前にあいつ覚えてると思うか?ごめ〜ん、わすれてたぁ、とか言いそうなんだよ」

どっちでも構わないという遼哉の答えは沙彩も大方予想していたことだったが、彼女がバレンタインだということ自体を忘れているんじゃないかという方がなんだかとてもおかしかった。

「それはないと思いますよ。憂さん、ちゃんとくれますよ。篠島主任のために」
「だと、いいんだけど」

さっき、彼女からその話をされたのだから、それは絶対にないと知っている沙彩だったが、そのことは内緒にしておこう。

「しいて手作りと買ったものとどちらかと言われたら、篠島主任はどっちを選びますか?」
「そうだなぁ、やっぱり男は手作りだろ。高価なものよりも、自分のためにっていう彼女の想いが欲しいから」
「篠島主任がそう言うなら、私も手作りに頑張って挑戦してみようと思います」
「広野課長、喜ぶなきっと。これでまた、清水課長が凹むと思うけど」

あははという、二人の笑い声が響く。
憂にアタックするも恋敗れた清水には、未だに彼女はいないらしい。
親友の広野はこんなに可愛い彼女が手作りのチョコレートを渡すとなれば、きっと話が清水のところへ行くに違いない。
また、ひどく落ち込んで、遼哉に愚痴をこぼしに来るのだろう。
その様子が、目に浮かぶようだ。

「あのさ、山崎さんから憂に言っといてよ。俺は何でもいいから、忘れてたってのだけはないようにって」
「わかりました。ちゃんと伝えておきますね」
「頼むね」
「はい。すみません、こんな話でお時間取らせてしまって」
「そんなことないから、これは男にとってある意味仕事より大事なことだからね」

こんなに素敵な人なのに、彼女からチョコレートをもらえるかどうか心配してるなんて…。
―――憂さん、とっても篠島主任に愛されてるんだわ。
社内での憂さんは相変わらずだけど、篠島主任は彼女と話す時の口調がとっても優しくなった。
二人でいる時はラブラブだというのが、なんなくわかるような気がするかも。

憂に報告することと、自分も彼のためにチョコレートを作らないとっと思う沙彩だった。



『やっぱり男は手作りだろ。高価なものよりも、自分のためにっていう彼女の想いが欲しいから』

篠島主任が言ってましたよと沙彩にこういわれた時は、胸の奥がジンッと熱くなった。
でも、その後の『あのさ、山崎さんから憂に言っといてよ。俺は何でもいいから、忘れてたってのだけはないようにって』という言葉が、ちょっと引っかかったりもして。
―――遼哉ったら、いくらあたしでも忘れないわよ…。
まぁ、普段がこうなんだから仕方がないんだけど。
あ〜でも、何を作ったらいいわけ?
あんなふうに思ってくれてるのは嬉しいんだけど、こっちとしてはお店で買ってくる方が楽なのにぃ。
ゴロンと横になりながら、愛香に借りたチョコレートレシピ本をペラペラと捲ってみる。
どれも見ている分にはとっても美味しそうで、なんとなく自分にもできそうな気がしてくるが、いざやってみたら失敗しそう。
―――沙彩ちゃんは、トリュフを作るって言ってたなぁ。
あたしも頑張ってみる?
ヨシっと起き上がると、取り敢えず必要な材料をメモすることにした。


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