「憂さん。今度は篠島さんが、風邪をひいちゃったんですね」
「そうなのよ。あたしより、ひどかったでしょ」
「はい、とっても苦しそうでした」と調達部から戻って来た奈々が、憂のところへ書類を持って来るついでに様子を報告してくれた。
―――おかげであたしはバッチリ元気になったんだけど、代わりにうつしちゃったのよねぇ遼哉に。
それも、倍返し?!
だって昨日は、すっごく心細かったんだもん。
側にいて欲しかったからつい…。
だ・か・ら、今夜はあたしがちゃんと面倒みてあげるから許してね。
◇
「お前、近寄るなよ」
「何だよ。それが友達に向かって言う言葉かよ」
ゲホッゲホッ
ゲホッゲホッ
ゲホッゲホッ
悔しいから、遼哉はワザと浩介の前で、それもマスクを外して咳き込んでみせる。
それだけは、さすがに勘弁して欲しい。
「てめぇ、ふざけるな」と半ばマジで怒りながら、浩介は口元を手で押さえ、慌てて立ち上がると喫煙室に避難する。
今の遼哉は煙草を吸える状態ではなかったから、浩介が逃げるには一番いい場所だったはず…。
「何で、付いて来るんだよ」
なのに、遼哉はしっかり浩介の後に付いて来た。
…俺も用心のためにマスクしなきゃ。
憂ちゃん、予備で持ってないかな?
「俺をバイ菌扱いするからだろ」
「だって、バイ菌じゃん」とあっさり浩介に言われてしまった遼哉は、ガックリ肩を落とす。
これだけ咳き込んでいたら、誰だって側に近寄って欲しくない気持ちはわかる。
だけど、友達なんだから少しくらい心配してくれたって…。
何度も携帯にメールを入れてくれている憂だけが救いだったかも…いや、彼女の場合は自分がうつしてしまったという罪悪感の方が強かったからかもしれないけど…。
…あぁ〜俺を本気で心配してくれるやつはいないのか。
「でもさ、愛しの憂ちゃんの風邪が治って良かったじゃん」
「まぁな」
浩介もこんな姿の遼哉を前にして煙草を吸う気にもなれず、二人は喫煙室を出ると飲み物の自販機のある場所へと移動する。
逃げていたわりに浩介はポケットをジャラジャラさせて取り出したコインを自販機に入れると、遼哉にホットココアを奢ってあげた。
その後に自分の分のブラックのボタンを押す。
「サンキュウ」
「俺には、これくらいしかできないからな」
ありがたく浩介からココアを頂戴すると、二人は並んで近くの椅子に腰掛けた。
減らず口をたたいていた浩介だったが、これでも遼哉のことを心配しているのだ。
「まさか、こんなに簡単にうつるとは思わなかった」
「そういうことをしたからだろ」
「そういうことって、どういうことだよ」
…あ?俺は仮にも病人に対して、そんなイケナイことはしていないぞ?
ほんのちょっとキスしただけなのに。
っつうか、あんな色っぽい彼女を前に我慢したんだぞ?
よく頑張ったと褒めて欲しいくらいなんだ。
「わからない気もしないさ。弱ってる彼女に甘えられたりしたら、男なんてイチコロだ」
「だろ?めちゃめちゃ可愛かったんだ」
「そういう話を俺にするな。ノロケを通り越して嫌味にしか聞こえない」
浩介にしてみれば、想像するだけで羨ましい…。
憂の可愛さは誰もが承知だったが、そんな彼女が甘えるのは唯一、悔しいけど今ここにいる遼哉だけ。
ということは、その彼女に甘えられる男は世界中でただ一人、遼哉だけなのだということ。
「今夜は、憂ちゃんにたっぷり甘えとけよ。言っとくけど、その報告はイチイチしなくていいからな。腹が立つだけ損だ」
「いや、きっちり報告させてもらうよ」
「カッーむかつく!」という浩介を他所に、そうとなったら早く家に帰りたいと思う遼哉だった。
+++
「熱はないみたいね」
「良かった」と憂が体温計を見てホッとした表情を見せる。
書類を持って行くついでに遼哉の様子を見たりして症状がすごく気になっていたのだが、今のところ咳だけのようだ。
まだひどい感じはするけど、ピークは過ぎたよう。
「早めに薬を飲んでおいたから」
「ごめんね。あたしがうつしたばっかりに、遼哉に辛い思いさせて」
早く横になった方がいいと言うのにも関わらず、憂の膝枕がいいからと遼哉はソファーに横になっていた。
寒くないように毛布を掛けてあげて、時折咳き込む彼の背中をゆっくり擦る。
「憂が気にすることじゃないさ。すぐに良くなるだろうし」
「でも…」
「こうして憂に膝枕してもらえてさ、風邪をひくのもまんざらでもないかなって」
「んっ、もうっ遼哉ったらぁ」と呆れるしかなかった憂だったが、この場合は仕方がない。
―――自分もその気持ちはわかるから、たまには甘えさせてあげてもいいかな。
「ねぇ。やっぱり、ベッドに入った方がいいんじゃない?ひどくなったらどうするの?」
「うん。でも、気持ちいいから」
ふわふわしていて、今にも心地いい眠りに引き込まれてしまいそう。
せっかく膝枕してもらってるのに寝てしまっては…。
そうはいっても疲れもあったのだろう、遼哉はいつしか深い眠りについた。
◇
…んうぅっ。
ふわふわしているが、憂のそれとは違う。
どれくらいそうしていたのか、遼哉が目を覚ますとソファーで眠っていたことに変わりはないけれど、憂の膝枕がいつの間にか羽枕に変わっていた。
「憂」
まるで目を覚ました子供が側に母親がいなくて今にも泣き出してしまいそう、そんな感じかもしれない。
…帰っちゃったのかよ。
寂しさに胸が詰まりそうだったが、遼哉はゆっくり上半身だけ体を起こすと甘い香りに包まれた。
「大丈夫?気分はどう?」
憂の声に甘い香り、柔らかな胸に顔を埋めるとなんて安心できて幸せなんだろう。
「帰ったのかと思った」
「病人を置いて帰るわけないでしょ?気持ちよさそうに眠ってたから、起きたら食べられるようにおじや作ってたの」
「咳もだいぶ治まったみたいだし、それに熱も出てないみたい」と憂は、胸に顔を埋めている遼哉の額に手を当てる。
―――だけど、ひどくならなくってほんとに良かった。
「…やぁっ…ちょっ…どこ触って…」
「ん?憂の胸」
しれっと言う遼哉の頭を憂はポカポカと叩くが、しっかり遼哉の手が憂のカットソーの中に入っていてブラ越しにそう大きくない膨らみを揉んでいる。
「もうっ、病人は病人らしく寝てなさい」
「咳もだいぶ治まったし熱もないって、さっき憂は言ってたじゃん」
「言ったけど、だからってねぇ」という憂の言葉なんて、ちっとも耳に入っていないようだ。
昨夜は我慢させちゃったし、風邪もうつしちゃったし…。
でもでも、良くなってきたとはいってもやっぱり病人なんだから、ちゃんと安静にしていないとひどくなっても遅いんだから。
「…やぁ…んっ…ちょっ…遼哉っ…たらぁ…だめぇ…」
「そんな声聞かされたら、もう我慢できない」
遼哉は憂をソファーに押し倒すと深くくちづける。
「だめ…りょ…や…」と初めは抵抗していた憂も、仕舞いには彼の想いを受け止めていた。
段々と深くなるくちづけに額を触った感じでは熱はないと思ったが、唇からは熱いものが伝わってくるようだ。
―――やっぱり、少し熱があるんじゃ。
とは思っても、一度唇を合わせてしまうともう止められない。
「遼哉、やっぱり少し熱があるんじゃ」
「一汗かけば、大丈夫」
―――は?
一汗かけばって…。
そういう問題じゃないでしょ?
なんて、憂の言葉が彼に耳に届くはずもなく…。
あっという間に服も脱がされてしまい、お互い生まれたままの姿で抱き合う。
心なしか、遼哉の体からも熱を感じていた。
「遼哉」
「ん?」
「無理しないで」
少しだけ火照った頬に憂の手が触れると、ひんやりして気持ちいい。
しかし、無理するなと言われても、遼哉にとっては抑える方が無理というもの。
「おあずけくらう方が、よっぽど無理」
「もうっ、遼哉ったら…」
クスクスと笑いながら、じゃれ合うようにくちづける。
―――熱が上がったって、知らないんだから。
「…ぁ…んっ…っ…」
憂の全身を遼哉の唇が愛撫する。
感じるところを知り尽くしている彼には、どう抵抗しても敵わない。
「…ん…ぁっ…そ…っ…」
「ん?ここが、いいの?」
「…ちがっ…んっ…ぁ…」
―――意地悪ぅ。
そういう聞き方しないで…。
「ん?違うの?じゃあ、こっちかな」
「…やぁっ…っ…んぁ…っ…」
意地悪してるとわかっていても、本当は余裕がないのは遼哉の方。
憂のこんな甘い声を聞かされて、昨夜の色っぽい顔を思い出すと、あとどれだけもつだろう…。
「…あぁぁっ…りょ…っや…っ…」
胸を突き出すような格好で仰け反る憂。
もう恥ずかしいくらいに蜜が溢れていた。
「ヤベっ、俺も我慢できない。入れるよ」
一気に自身を沈めると、より一層憂の甘い声が漏れた。
遼哉が動く度にソファーの軋む音が響く。
「…あぁぁぁっ…んっ…イ…ちゃ…う…っ…」
「…憂っ…一緒に…」
憂の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめると、遼哉は自身を彼女の上に吐き出した。
+++
「あれ?遼哉のやつ、休みかよ」
『風邪がひどくなったのかな』と思いながら、浩介は行き先明示板の遼哉の欄に書いてあった“休み”という文字をじっと見つめていた。
「矢野くん、おはよう。今日、篠島が休みだから、これお願いしてもいい?」
「あっ、永峰さん、おはよう。遼哉のやつ、風邪がひどくなったのか?」
遼哉が休みだから、代わりに浩介のところへ頼みにやって来た憂。
風邪がひどくなったのは確かだが、その理由はちょっとここでは言えそうになく…。
「うん、まぁ」
「どうせあいつのことだから、無理したんだろ?」
「え…」
―――矢野くん、どうしてわかっちゃったの?
熱が上がってるのに昨晩は一回で済まなくて…。
今朝起きたら、38度2分もあったのよ。
まったくねぇ、風邪ひいてるってのに無理するから。
「どうしたんだ?永峰さん」
急に頬を赤く染めた憂に彼女こそ、また遼哉のかぜがうつってぶり返したのかと思ったくらい。
「えっ?うっ、ううん何でもない。ほんと、無理するからっ」
「永峰さんも顔が赤いみたいだから、気を付けた方がいいぞ?無理するとぶり返すから」
「え…あっ、ありがと。心配してくれて」
あまりに恥ずかしくてそれ以上浩介とは会話が出来ず、「急ぎの仕事があったの忘れてた」と憂は急いで自分の職場に戻って行く。
―――あぁ、恥ずかしい…。
そんな憂を見送りながら。
『変な憂ちゃん』
首を傾げる浩介だった。
To be continued...
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