俺の彼女は
アスファルト☆レディ
7


朝から自分の席にいたのは、一体どれくらいだっただろう?
今日はどこぞの家で飼われているニワトリが鳴かなかったのか、はたまた鳴いたのに熟睡するあまり気付かなかっただけか、寝坊して始業ギリギリに出社した憂は、パソコンの電源をONしただけで、メールをチェックする暇なく引っ張り出された。
会議会議とひたすら会議室を渡り歩き、気が付けば午後の3時を回ったところ。
お昼もずっと同じメンバーで食べたから、愛香(まなか)や奈々ちゃんとも話していない。

―――あぁ〜ぁ、疲れたぁ…休憩したぁ〜い。
休憩っ、休憩っ。

とは思っても、憂の立場では迂闊に口には出せない言葉になってしまった。
このままだと当分会議は終わりそうにないし、それから自分の仕事を片付け始めたら、果たして今夜中に家に帰れるのだろうか?

「みんなも朝から会議続きで疲れているようだし、少し休憩にしようか」

そう言った清水課長とバッチリ目が合った憂。
もしかすると口にこそ出さなくても、よっぽど顔に出ていたのかもしれない。
気持ちを察してくれた?!彼には感謝しなければならないけれど、ちょっぴり恥ずかしい…。
憂は俯きながらこそっと席を立つと、トイレに寄ってから飲み物を買おうと自販機コーナーに行ったはいいが、手持ちの小銭がないことに気付く。

「あ゛ぁっ」
「永峰さん、どうしたんだ?随分と大きなリアクションだけど」
「し、清水課長」

憂はいつも首から提げていたIDカードケースの中に100円玉を1枚忍ばせておくのだが、午前中に使ってしまったのをすっかり忘れていた。
喉がものすごく渇いていたけれど、かといって自分の席に戻ってまでお財布を取りに行く気力もない。
いいところへ清水課長が来てくれたが、今のリアクションは大げさだったかも…。

「お金を持ってなくて」
「そんなことなら、お安い御用」

「奢るよ」と清水課長はズボンのポケットをジャラジャラとまさぐってコインを数枚手のひらに並べ、その中から100円玉を選んで自販機に入れる。
「好きなの押して」と言われ、申し訳ないと思いながらも、カフェラテのボタンを押してしまう辺り、図々しいんだけど、いつも奢ってもらってばかりもいられないから「すみません、後で返しますね」と念を押しておく。
ガチャンと出てきた缶を取り出すと、憂は近くの空いていたベンチに腰を下ろした。
喉が乾いていたはずなのにそれより自然に溜め息となぜかあくびまで出てきて、ついでに言うと涙まで流して大口を開けていたところをさっき同様バッチリ清水課長に見られて慌てて口を押さえてももう遅い。

「随分とお疲れモードのようだな」

「会議中に真っ赤に充血した目が訴えてたぞ?」とクスクス笑いながら、自分の分のブラックを手に憂の隣に腰を下ろす清水課長。

「いえ、私だけではないので。でも、助かりました。あのまま会議を続けられたら、倒れてましたよ」
「まぁ、初めだから仕方ないけど。こう会議ばかりだと、うんざりしてくるのは確かだな」

清水は缶のプルタブを引いて一口含むと、椅子の背に凭れかかる様にして天井を見上げる。
プロジェクトも軌道に乗ってしまえばこんなに会議ばかりする必要もないのだが、その中でも紅一点の憂にとって、課長になったばかりでこの大役はかなりきついに違いない。
かといって、あまり清水が肩を持つと変な憶測を立てる者もいないとは限らないから、その辺のバランスが難しいのだ。

「プロジェクトの担当が、清水課長で良かったです。他の人だったら、いくら真っ赤に充血した目で訴えても気付いてもらえませんでしたよ?」

そう苦笑しながら冗談交じりに言うと、憂はやっぱり喉が渇いていたのかグビグビ鳴らしながらカフェオレを飲んでいたが、清水でなくても彼女に目で訴えられたら何でも「はい」と言ってしまいそうだ。

…だけど、俺はいい人か。

別の意味でいい人になりたかったと思ってしまう清水は、すぐ近くに無防備な彼女の体温を感じて落ち着かない。
そそくさと缶コーヒーを一気に飲み干すと、清水は気持ちを悟られないように先に席を立つ。

「どれ、もう一頑張りするか」

そんな彼の後に続き、「私も行きますぅ」と後を追うように慌てて立ち上がる優。

―――もう少し休憩したかったけど、しょうがないわよね。



結局、定時になっても会議はもつれ込み、憂が自分席に戻ったのは18時を過ぎた頃だった。

「憂さん、お帰りなさい。会議、随分長かったですね」

ヘトヘトになりながら戻って来た憂のところへやって来た奈々ちゃんとは今日初めて話したなと思ったけれど、彼女の手には小さなポーチが。
もしかして、憂が戻って来るのを待っていたのだろうか?

―――そう言えば、いつもよりおしゃれしているようだし、デートかしら?

「そうなのよ。もう、グったり。奈々ちゃんは、はは〜ん。これからデート?」
「えっ、いえ。そんな全然!!お友達と食事に行くだけですぅ」

首をブルブルと左右に振って激しく否定するあたり、かなり怪しいが、これ以上は聞かないことにする。
彼女の浮いた話は耳にしないけれど、そろそろ意中のお相手ができたのかもしれない。

「その話は、今度ゆっくりということで」
「すみません。お先に失礼します」

「お疲れ様」と奈々ちゃんを見送って、憂はどっかと椅子に腰を埋める。

―――遼哉は、まだいるわよね。
きっと夜ご飯は社食で食べて帰るんだろうし、ちょこっと誘ってみようかな。

ついでにさっき借りたお金を返しに清水課長のところにも寄ってからと、憂は席に落ち着くまもなく再びフロアを出て行った。

「清水課長、さっきはどうもありがとうございました」

席にいた清水課長に「カフェオレのお金です」とお財布から借りた分のお金を出すと、案の定「いいのに」と受け取ろうとはしなかった彼の手を無理矢理出させて手のひらに載せる。

「じゃあ、遠慮なく」

そう言って、立ち上がった清水課長は受け取ったお金をポケットに入れると、そのままどこかに行くのだろうか?

「清水課長は、どちらへ?」
「俺?食堂。毎晩これじゃあ、体に悪いってわかってるんだけど、生憎作ってくれる女性(ひと)もいないんで。コンビニよりは、いいと思ってさ」
「実は私も…。作るの面倒で」

あまり男性の前で一人暮らしの女性が堂々と食事を作るのが面倒とは言いにくいが、帰ってから食べたのでは不規則で太るもとだし、作って後片付けする時間があるなら今は少しでも寝ていたい。
それを彼も、わかっているのだろう。

「なら、一緒にいいかな」

―――え?遼哉を誘うつもりだったんだけど…まっ、いっか。
行ったら会えるかもしれないし、遼哉は矢野君と一緒のはず。

「えっ…あっ、はい」と憂は答えると、清水課長と共に社員食堂へ行くことにした。


To be continued...


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