俺の彼女は
アスファルト☆レディ
6


「よっ、おはよう」
「あ?浩介、おはよう」
「あ、じゃないだろ。ずっと隣にいたんだから、気付けよ」

カバンで足を小突かれて、初めて浩介が隣にいたことに気付いた遼哉。
日本IMH本社ビルは、朝の出勤時間ともなるとエレベーターホールがラッシュ並みの混雑となるのだが、考え事をしていたせいか、全く彼の存在に付かなかった。

「何だよ、朝から暗い顔して」
「別に…」

『別に』とか言いながらも、いつもと何かが違う。
「あの件は、お前の努力で何とかなったはずだろう?」と浩介は言葉を続けたが、T社の件は彼の努力の甲斐あって新しい取引先が無事見つかり、在庫の確保や納期も守られることから大きな問題にならずに済んだ。
噂によると部長は異動を免れたものの、給料をカットされたという話だが真相はわからない。
しかし、浩介もさすが遼哉だなと思っていたところなのにこの反応は一体、何なのか。
…まぁ、となると考えられる原因はあれくらいだろうけどっ。

「はは〜ん。また、憂ちゃんと喧嘩でもしたのか?ったく、お前も懲りないな」

ワザとチャかすように言う浩介にムっとした顔で見返す遼哉。

「あのなぁ、勝手に喧嘩とか決め付けるなよ」
「じゃあ、何なんだよ」

「だから、別に…」と、遼哉は大きく溜め息を吐いた。
憂と喧嘩をしたわけじゃない。
彼女は課長職に就いてからというもの休日出勤も当たり前だったし、毎日帰りも遅いが、それでも時間を作っては遼哉に会ってくれようとする姿がなんと健気なことか。
お互い仕事だって、順調にいっている。
だったら、この溜め息は何なのかと聞かれれば、それはそんな彼女に対し、果たして自分は何をしてあげられるのだろう?といった恋につきものの悩みとでも言うべきもの。

“チーン”という音と共に開いた扉の中へ、一斉に人がなだれ込んでいく。

…彼女はきっと、どんどん俺より先に行ってしまうんだろうな。
狭い箱の中で一点の数字が移動していく光をジッと見つめながら遼哉は思う、そしていつか捨てられてしまうかもしれない。
『余計なことを考えるのはよそう』
首をブルブルと振ると再び“チーン”と音を立てて開いた扉の中から吐き出されるようにして、調達部のフロア向かって歩いて行った。



「永峰課長、部長がお呼びです」

午後になって庶務担当の女性が憂のところへやって来たのだが、部長に呼ばれるなんて、あたしったら何かやらかした?
「今行きます」と告げて、不吉な予感を抱きながらも、デスクの上に置いておいた手帳をひっ掴むと急いでフロア内壁際奥のあまり立ち入りたくない部長席へ行く。
―――あれ?清水課長。
先約があったのか、部長席の前には情報技術部の清水課長が憂の顔を見るなり軽く会釈する。

「やぁ、永峰君。忙しいところ悪いね」
「いえ」

憂は空いていた清水課長の隣に座ったが、彼が席を立つ気配はない。
となると、清水課長も絡んだ話なのだろうか?

「今度、うちで新規プロジェクトを立ち上げる話は聞いているかもしれないが、そこで情報技術部にも協力してもらうことになってね。うちは永峰君に情報技術部には清水君に任せようと思うんだ」
「私がですか?」

部長の言う新規プロジェクトの件はもちろん聞いていたが、まさか、まだまだ新米の憂にその役が回ってくるとは考えてもいなかった。

「君は優秀だから、是非にと押してるのに。何だね、頼りない」
「はぁ」

―――優秀だからとか言われても、いきなりそんなこと。
あたしだって困るわよ。
そんな、たいそうなプロジェクトを担当するなんて。

「そういうことだから、清水君と協力して頼むよ。細かい人員なんかは、後で君達の方で案を出してくれ」
「はい」

―――って、言うしかないわよね。
何だか大変なことを引き受けさせられちゃったわねと思いながら、仕方なく自分の席に戻る。

「永峰さんは、新規プロジェクト。あんまり乗り気じゃないみたいだね」
「え?いえ、そういうわけじゃないんですけど。いきなり言われたので、私にできるのかなと。清水課長に迷惑掛けたりしたら大変ですし」
「俺は永峰さんと仕事ができるって、楽しみにしてきたのに」

先に聞いていた清水は、憂と仕事ができることをとても楽しみにしていたのだ。
もちろん、そこには色恋というものは一切ないつもりだったし、純粋にこのプロジェクトと彼女との仕事に期待してのこと。

「私も清水課長とご一緒できるのは、嬉しいんですけど」
「大丈夫、篠島君に誤解を招くようなことは誓ってもしないから」
「え…」

言ってからクスクスと笑ってる、清水課長。
―――遼哉に誤解って…。
プロジェクトを任されたことで頭がいっぱいだったが、清水課長には一度告白されたことがある。
それを遼哉に疑われたこともあったし…。
すっかりそんなことは忘れていたけど、だからといってただ仕事を一緒にするだけで二人の間には他に何もないのだから。

「これから、よろしく」
「こちらこそ、足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします」

「詳しい話は日を改めて」とフロアを出て行く清水課長を見送る憂。
―――こりゃぁ、大変だ!!
暢気に構えている場合じゃない、大事なプロジェクトを任されたのだから気を引き締めて頑張らないとっ。
早速、グループ内で抱えている業務をきちんと整理して、新プロジェクトの人員構成を考えることにした。



ブルブルブル―――
     ブルブルブル―――

定時間際、数回デスクの上の携帯電話が震えて止まる。
どうやら、メールのようだ。
そっと周りに目を向けながら、メールを開くと遼哉から。

『今夜、遅くなりそう?良かったら、外で夕飯でもどうかなって。憂の好きそうな店、見つけたんだけど』

―――あら、デートのお誘い?
仕事も気になるけれど、遼哉との時間も大切にしたい。
清水課長と新規プロジェクトを担当することになったことも報告したかったし、ちょうどいいかも。
即行、OKの返事を出すと時計をチラッと見ながら、憂はキリのいいところまで仕事を片付け始めた。




「今度はニヤニヤして、気持ち悪い奴だな」
「あ?いちいち、人の顔を見るなよ」

浩介に見つからないよう、遼哉は急いで携帯電話を閉じる。

『ううん、大丈夫。いつものところで、18時に待ってるわね。     愛してる、遼哉vv』

こんなメールをもらって、ニヤつかない男がどこにいる。
彼女のいない浩介には、わからないだろうけどな。


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