俺の彼女は
アスファルト☆レディ
5


『T社がヤバイ』という情報は、遼哉に聞かされた直後に部長経由で憂達課長にも告知され、すぐに対応に入ったが…。

―――ちょっと難しいかしらねぇ。
ただでさえ工程が詰まっている中で予定通りにあれが入ってこないとなると、全てを見直さなければならないだろう。
憂が主任の時から担当はしていたものの、課長として引継ぎ、初めてシステムを取り纏めるだけにここでの躓(つまづ)きは小さなものでは済まされない。
だけど、もっと大変なのは遼哉なのに…。
彼はここ数日、ずっと徹夜で対応に追われていたことを知っているだけに体のことが気掛かりでならなかった。

「篠島」

「ごめんね、忙しいところ」と憂が遼哉のいる調達部へ足を運んだのは、3時少し前のこと。
休憩も取らずに根詰めて仕事をしているだろうことを予測して行ってみたのだが、部内は騒然としていて返って邪魔しに行ったようで何だか肩身が狭い。

「よう」

「忙しいとは言っても、進展はほとんどないんだ」といつになく弱気の遼哉。
それもこれもT社が扱っていたのは特殊な製品だったこともあって、例え代わりの取引先が見つかったとしても、今からでは在庫の確保が難しいからだ。

「大丈夫?顔色があんまりよくないみたいだけど」
「本人は結構、元気なんだよ。でも、永峰にそう言われると急に心配になってくる」

疲れは溜まっているものの、家に帰ってからはすぐに眠るようにしていたし、それほど自分の中では体調の悪さを感じていなかった。
しかし、憂に言われると妙に意識したりして。

「無理しないでって言っても無理しちゃうんでしょうけどね」
「これ以上結論を延ばすわけにもいかないし、2〜3日中には何とかする。永峰のところの必要数は、必ず確保するから」
「あたしも何か、力になれない?」
「気持ちだけありがたく受け取っておくよ。でも、これは俺達の仕事。永峰は、自分の方をきっちりやれよ。課長なんだからな」

憂の気持ちは心底ありがたいと思うが、これは遼哉達の部が担当している業務であり、だからこそ課長になったばかりで大変な彼女を巻き込むわけにはいかなかった。
そこには、男としての意地も多少あっただろう。

「うん、わかった。でも、ほんと無理だけはしないでね」

微笑みに隠れてほんの一瞬だったけれど、憂の寂しげな表情が遼哉の脳裏に焼き付いていつまでも離れなかった。



「永峰さん、どこまで行くんだい?」

「そっちは突き当りだよ」と後ろから声を掛けられて、初めて壁に向かって一直線に歩いていたことに気付く。

「あっ、清水課長」
「どうしたの?ボーっとしていたみたいだけど」
「いえ、ちょっと」

遼哉に言われたひと言が彼なりの気遣いだとわかっていても、距離を感じずにはいられなかった。
―――あたしじゃ何もできないってわかってるけど、もう少し…。
目の前にある、お互いがやるべきことをきちんとやることがベストだとは思う、思うけど、何かできることがあるかもしれないのに。

「もしかして、T社の件?」
「えぇ、まぁ」

以前、遼哉がうっかり、憂の発注依頼を保留にしたままで納期が間に合わない事態に陥ったことがあって、それを回避した影には清水課長の力があったことを(憂は後になって聞かされたのだが)思い出した。
―――今回は、そういうわけにはいかないわよね。

「篠島君のところは、大変なんだろう?永峰さんのところもだろうけど」
「うちは待つ身ですから、それ程でも」
「こればかりはしょうがないとはいっても、上の責任は問われるだろうな。取引先の経営状況は、把握していたはずだから」

憂もそうだが、上に立つ身になって改めて責任の重さを痛感していた。
もう少し早く対応していれば、遼哉だってあんなふうに仕事に追われずに済んだはず。

「見ているだけで何もできないって、もどかしいですね」

あの時は、ただ彼を責めただけだった。
それが、単なる同僚から恋人に変わったからといって、何かをしてあげられるような気になって…。

「そんなこともないと思うけど」
「え?」

考え事をしていたせいか気付かなかったが、清水課長は腰のところに抱えた分厚いファイル。
これから打ち合わせに行く途中だとしたら、こんなところで立ち話をしている場合ではない。

「それより清水課長、これから会議では?」
「俺?」

「あぁ、もう終わったんだ。席に戻る途中で永峰さんを見掛けたから」と抱えていたファイルに視線を落としながら話す清水。
今でこそ彼女への恋心は過去のものとなっていたが、こうやって彼を思いやる言葉を口に出されるとやはり凹むかも…。
だからこそ、いつでも元気な彼女でいて欲しいと願うのだろう。

「永峰さんは、もっと堂々としてなきゃ。ダメだぞ?ボーっと余所見して歩いてたりしたら。篠島君だって、そんな永峰さんを見たらガッカリするよ」
「はぁ」
「大丈夫、心配しなくても篠島君ならきっと乗り切るさ」

「おっと、早く仕事を片付けないと。今夜は合コンなんで」と相変わらず懲りない清水だったが、彼の存在は憂にとっても遼哉にとっても、とても大きなものに違いない。
―――清水課長の言う通り、遼哉なら大丈夫。

+++

「ったく、篠島のやつぅ。何とかします、くらい言えないのかしら」

急な手配が入り無理を承知で頼んでいるのに遼哉ったら、『無理だ』の一点張り。
たとえ無理でも、『何とかする、俺に任せろ』くらい言ってくれても罰は当たらないはずなのに恋人同士になっても、相変わらずの仕事のやり方だ。
恋人というのはこの際関係ないのかもしれないし、周りに言わせればかなり角が取れたと言うが、憂にはちっとも変わっていないように思えた。
当たり前のことなんだけど、もう少し何とかならないものかなと。

「どうしたんですか?憂さん。随分、ご立腹の様子ですが」

後輩の奈々は、そんな憂の心を溶かしてくれるやわらかな陽の光のよう。
彼女がいなかったら、怒りの矛先をどこへ向けていたかわからない。

「篠島がね、義理も人情もないっていうか。これからちょっと、戦いに行って来るわ」
「憂さん、頑張って下さいね」

小さくガッツポーズを取る奈々。
―――あぁ、奈々ちゃん可愛いなぁ。
これは絶対、勝たねば。

「よっしゃあ!!」と憂は立ち上がると、いざ遼哉の元へ。
周りも見慣れた風景だったが、恐らくやり込められるであろう彼の姿をこの目で見たいと思うのだった。


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