「おはようございますっ。永峰課長」
いつもはそれほど早い出社ではない憂だったが、今朝はどこぞの家で飼い始めたニワトリの鳴き声で30分以上早く目が覚めた。
ヘタな目覚ましよりも効果大だとは思うけれど、毎日やられてはたまったもんじゃない。
まぁ、天気も良かったし爽やかな初夏のような陽気にたまにはと早く来てみたのだが、新人の圭太はそれ以上に元気で爽やかだった。
「おはよう。土屋君は早いのね」
新人は資格を取ることが第一歩とあって、彼もその問題集を解いていたようだ。
ちなみに憂はというと…。
これが取ろう取ろうと思いつつ、ずるずるときてしまったので、やはり頭の柔らかい今のうちに挑戦するのがいいと一言あとで忠告しておこう。
「僕はギリギリというのがダメなんです。ほんの少し早く出るだけで、電車も随分空いてますし」
確かに彼の言うように電車内もゆとりがあって、もみくちゃにされることもなかったし、イライラもしない。
慌てて出てきて髪はボサボサ、汗臭いよりはよっぽどいいだろう。
彼のようなタイプは、休みの日なんかも昼過ぎまで寝ているようなグーたらした生活ではなくて、きっとどこまでも王子様な雰囲気なんだろうなぁと思ったりして。
そういうところは、遼哉も似ているかもしれない。
「仕事はどう?だいぶ慣れてきたかしら」
「まだまだ、慣れるまでは…。目の前のことをこなすのに精一杯ですよ」
裕紀(ゆうき)も褒めていたが、彼は覚えも早いし、何より受身ではない意欲的な態度に好感が持てる。
デキた新人が入ってくれたおかげで憂はかなり楽できているが、それだけ優秀な人材を自分が引き受けてしまって良かったのだろうか。
こんな新米課長の下なんかではなく、もっと力のある人のところで鍛え上げた方が彼のためだったのではないか。
それを遼哉に話すと『俺の彼女はそんな弱音は吐かないはずだろ?大丈夫、自信持てよ』って励まされるんだけど…。
「優秀な新人が入ってくれて、私は助かってるわ」
「いえ、そんなこと。グループの足を引っ張らないように頑張ります」
こんな会話も、始業前の人も少ないゆったりした時間だからこそできるもの。
―――これからは、彼を見習って少し早めに出て来ようかしら。
ニワトリめ〜夕食のおかずはチキンにとか思ったけど、“早起きは三文の徳”とも言うしね。
そんな、すがすがしい気持ちで席に着こうとすると…。
「永峰ちょっと」
「あっ、りょ。篠島、おはよう。どうしたの?朝早くから」
うっかり、圭太の前で遼哉と言ってしまいそうだったのをかろうじて誤魔化したが、朝早くから憂のところに来るなんて。
彼の顔を見られたのは嬉しいけれど、何かあったのだろうか?
「まぁ、いい話じゃないな」
神妙な面持ちの遼哉と憂は、隣のミーティングルームに入る。
「いい話じゃないって?」
「実は、T社がヤバイんだ」
「ヤバイって…嘘、え?まさか…」
驚きの表情の憂に向かって、「そのまさか」と大きく溜め息を吐いた遼哉。
T社というのはある特殊な製品を扱う企業で日本IMHでもかなりの取引があったし、ヤバイなんて話はこれっぽっちも聞いていなかったので全くの寝耳に水。
「今すぐダメなの?」
「そういうわけじゃないが、時間の問題だろう。うちでも、代わりの取引先を探しているけど、思うように見つからないんだ。憂のところには一番に影響が出ると思って」
「影響どころの騒ぎじゃないわよ。あれがなかったらシステムの構築もできないし、工程にも大きく関わってくるっていうのに」
―――あぁ、なんてことなの。
せっかく、早起きして良かったって思ったのにこんな…。
だけど、こうなる前にどうしてもっと早く手を打てなかったのかしら。
「いきなりなの?それとも、前からそういう情報はあったとか」
「内部では出ていた。でも、ここまで急を要しているとは思ってなかったんだな。上もすぐに動かなかったんだよ」
「何それ」
全く、上は何をやってるの?それだけのお給料をもらっているはずなのに。
最悪は事情を説明して工程を遅らせるしかないだろうし、遼哉を責めても彼の立場ではどうにもできなかったのだろう。
少し前の憂だって、きっと同じに違いない。
「俺の力不足。ごめんな」
「遼哉が謝ることじゃないでしょ?」
「なぁ、あいつか?」
―――あいつって?あぁ…。
土屋君のことね。
話してるところを見ていたのだろう、顔が緩んだりしていなかったか、ついさっきのことなのにこういうときに限ってよく思い出せない。
「どう?イケメンでしょ?」
『遼哉の方がずっといい男』と言っておきながら、ワザとこういう言い方をしてみる。
もちろん、その言葉に嘘はないけど、ちょっとくらい遼哉にも妬かせたりしないとね。
―――あぁ〜既に不機嫌な顔してるかも。
「あたしはたまたま、いつもより早く会社に来ちゃったんだけど、彼は毎日この時間に来てたなんて全然知らなかったの。定時内だと話す機会もないし、早起きも悪くないなってね」
「いいよ、話しなんかしなくても」
「えっ、どうして?あっ、もしかして、あたしと土屋君が話すのが嫌なんだぁ」
憂が首を傾げてみせるしぐさは本当に可愛らしいのだが、口から出てくるのは可愛くない言葉。
…あぁ、そうだよ。
イケメンだか、つけ麺だか知らないが、あいつでなくても憂と楽しそうに話しているやつの姿なんか見たくないし、そんな話も聞きたくない。
こうして二人っきりになれても、仕事の話しかしない自分達は一体、何なんだ。
「悪かったな」
目を反らせながらボソッと言う遼哉だったが、憂にとってみればそういう彼の態度が実はとっても嬉しかったりして。
これから大変になるかもしれないけど、やっぱり朝早く来るといいことがあるのかも。
「何、笑ってんだよ」
遼哉の顔を見つめながら、クスクスと笑っている憂。
「ん?嬉しいなぁって思ったの。遼哉が妬いてくれて」
「そうか?」
思うように動けない立場に自分の彼女がイケメンの新人と話していたからってヤキモチを妬くとは。
これじゃあ、なんだか男として情けない気分になってくるが…。
「俺も、そろそろ戻るわ」
そろそろ、みんなが出社してくる時間になったのだろうか、フロア内がザワザワとしてきたようだ。
「ありがとう」
「じゃあ」と言って遼哉は自分の部署へ戻って行ったが、二人の間にバトルが始まるのかと期待していた圭太がガッカリしていたなんて…。
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