「ねぇねぇ、憂のグループに新人の中でもダントツのイケメン、土屋 圭太(つちや けいた)君が配属になるんだって?」
「めちゃめちゃ、楽しみぃ」と愛香(まなか)のいい男チェック炸裂。
『お茶でもしない?美味しい紅茶をもらったの』と愛香に誘われて給湯室で美味しいという紅茶を入れていたのだが、どうやら彼女はこの紅茶よりもイケメン君の話が目的だったようだ。
しかし、どこでそんな情報を入手したのだろう?
以前から憂のグループに新人が一人入ることは聞いていたが、誰ということまでは決まっていなかった。
それが今朝、憂も部長に呼ばれてやっと名前を聞いたばかりで顔もまだわからないのに愛香は既にダントツのイケメンだということと名前まで知っている。
―――それが本当なら、嬉しいかもしれないけど…。
えっと、こんなことを思っているのは遼哉には内緒にしておかないとっ。
それにしても、いつも思うのだが彼女の旦那様がこの事実を知ったら…。
まぁ、自分も同じだから人のことは言えないか。
「どこから、そういう情報を手に入れるわけ?」
「そんなの里穂に決まってるじゃない」
「そうだけど、里穂は経理でしょ?総務ならわかるわよ?どうして、配属先まで知ってるの」
経理部に所属している里穂がイケメン君の名前と顔を知っていてもそんなに疑問を感じないけれど、どうして彼女が配属先まで知っているのだろう?
「裏技があるんでしょ。それより、相当のいい男よ?篠島君と比べて、う〜んビミョー」
しっかり顔もチェックしているあたり、さすが愛香だ。
でも、遼哉と比べてビミョーとは一体…。
「別に比べなくてもいいわよ」
「篠島君もいい男だと思うんだけど、圭太君も甲乙付けがたいくらいいい男なのよ」
「圭太君ねぇ」と呆れ顔の憂を他所に愛香は鼻息荒く尚も続ける。
「成翔大卒だったらおしゃれそうだし、頭でっかちの堅物じゃない。遊ぶにはちょうどいい感じよ」
ここまで知っていても、もう驚かないが、愛香には愛しい旦那様がいるっているのにこの発言は大胆過ぎる。
「遊ぶって…仮にもあなたには、素敵な旦那様が…」
「ちょっと倦怠期気味ってやつ?結婚しちゃうと恋人時代のときめきが薄れちゃうのよ」
「倦怠期ってねぇ、あなた達は結婚してそう月日が経っているわけじゃないでしょうに」
「付き合いが長かったから、結婚したら急に所帯染みちゃって」
―――そういうものなの?
学生時代から付き合っていたと言っていたが、結婚式にも披露宴にも招待された憂にはとても所帯染みたようには感じられなかった。
ラブラブで、こっちが恥ずかしいくらいだったのに…。
いざ、結婚してしまうとそういうものなのだろうか。
だからといって、新人君と遊ぶことを考えているなんて…愛香ったら、冗談なんだか本気なんだかわからないんだもの。
横目で愛香を見つめる憂だったが、内心は彼女と同じ気持ちだったりして…。
もちろん遼哉が一番だし、その気持ちはずっと変わらないけど、なぜか若い男性と聞いただけでワクワクした気分になってしまうのはそれだけ自分達が歳を重ねたということなんだろう。
それよりも、課長になったばかりで新人の面倒をみるという方が憂にとっては荷が重い話。
グループ内には比較的若い人たちが多いし、上手くやっていけるとは思うが、今年の新人は“カーリング型” と呼ばれ、『新入社員は磨けば光るとばかりに育成の方向を定め、そっと背中を押し、ブラシでこすりつつ、周りは働きやすい環境作りに腐心する。しかし、少しでもブラシでこするのをやめると、減速したり、止まってしまったりしかねない。会社への帰属意識は低めで、磨きすぎると目標地点を越えてしまったり、はみだしてしまったりということもある」という意味だそう。
最近の若者は扱いにくいという話も耳にするし、大丈夫だろうか…。
奈々ちゃんの場合は本当にいい子だったし、遼哉のところに配属された沙彩(さや)ちゃんも。
去年は当たり年だったけれど、今年はどうなのか?
上司が女というだけでもハンデっぽいのに若いとくれば、それだけで彼らに受け入れてもらえそうにないかもしれない。
―――あぁ…イケメンなんて、はしゃいでる場合じゃなかったわ。
確かにもらったという紅茶は美味しかったけれど、このことを考えるとゆっくり堪能してもいられなかった。
+++
それから、暫くして新人が職場に配属された。
憂の所属するシステム開発部には2名とも男性という、今年はあまり女性を採用しなかったらしい。
「今日から、このグループの一員になった土屋君です。彼の面倒は、裕紀(ひろき)君にみてもらいます。他のみなさんも、わからないことがあったら助けてあげて下さいね」
「はい」というみんなの返事と共に圭太が、「よろしくお願いします」とはっきりとした口調で挨拶する。
グループ全員を集めて憂が配属されたばかりの彼を紹介していたのだが、愛香の言っていた通りのイケメンであることに間違いない。
遼哉と比べて…う〜んビミョーと言った彼女もわからないでもないが、憂の中では既に判定はついている。
「裕紀君、よろしくね」
「はいっ」
裕紀も圭太に負けないくらいだったが、今年で3年目の彼は随分と仕事をする上でも人間的にも成長したと思う。
『永峰はもっと手を抜いてもいいと思う。そうでなきゃ、下の奴はいつまで経ってもお前に頼りっぱなしでそれじゃあ成長しないぞ?』
これは、同期の上山(かみやま)君が支社から本社に戻って来て久し振りにみんなで飲んだ時、なぜか遼哉と二人っきりにされ、帰り道で言われた言葉だった。
それからは一人で背負わず、任せるようにしたことで各人が成長していったのは彼のこの言葉のおかげ。
思えば、あの日から遼哉のことを意識するようになって…。
「課長、歓迎会はどうしましょう」
「そうねぇ、歓迎会は近いうちに部内でやると思うんだけど」
新人歓迎会に関しては部内取り纏めでやるはずだし、憂の課長昇進祝いは思いの外盛大にしてもらって申し訳ないくらいだったが、グループの親睦も兼ねていたのとそれにこの時期は重なることも多くみんなの懐具合も気になるところ、別途にやるのはどうなんだろう。
「じゃあ。強制ではなく、集まったメンバーだけで軽くっていうのはどうですか?」
「私は構わないけど、みんなそんなに飲んでばかりで大丈夫?」
「大丈夫で〜す」という合唱が聞こえてきて、どっと笑いが溢れた。
お酒の席であまり仕事の話はしたくないけれど、楽しくワイワイ気兼ねなく飲める雰囲気を作ることもグループを纏める上では大切なことなのかもしれない。
この立場になって、気付くこともたくさんあるということだろう。
◇
「で、そっちのイケメン君はどうなんだ?」
週末、彼の家でのんびりくつろいでいると唐突な質問。
「うちの話より、遼哉の方は可愛い子は来なかったの?」
「生憎、今年は野郎ばかりだったよ」
「そうなの?残念ねぇ」と憂が言うと「ちっとも」とケロッと返す遼哉。
今年の女性の採用は極わずかで、総務部にしか配属されなかったらしい。
とっても可愛い子だと噂には聞いていたが、そんなことは今の遼哉にはどうだっていいことで、それよりもイケメンが憂のグループに配属されたことが問題だった。
彼女がいくらイケメンでも年下の新人に現を抜かすことはないと思うが、相手はどうかわからない。
この前の彼女の発言も、気にならなくもないし…。
「はぐらかされたけど、イケメンは憂に手を出したりしてないのか?」
「もうっ、そんなことするわけないでしょ?真面目に仕事をしているわよ」
―――どうして、そういう話になるの?
土屋君は爽やかな外見同様、とても真面目な好青年だった。
彼目当てに合コンの誘いも後を絶たないようだが、やんわりと遠回しに断ってくるそうだ。
『きっと彼女よ?』
これは愛香情報によるものだけど、あんなにいい男なら彼女がいない方がおかしいわよね?
「イケメン君が配属されたらってちょっと楽しみにしていたんだけど」と言ったら、遼哉の表情が少し曇る。
でも、実際はそんなことない。
だって、あたしは…。
「遼哉の方がずっといい男。あたしが好きなのは、遼哉だけだから」
憂からのキスがほんのり甘いのは、さっき食べた苺のせいだろうか?
「そんなこと、言われなくてもわかってる」
―――わぁ、俺様遼哉健在。
それでも、彼が見ているのはあたしだけ。
自惚れてるって言われてもいいの。
「遼哉が好きなのも、あたしだけでしょ?」
「あぁ、憂だけだよ」
口では俺様発言、でも優しくてカッコいい遼哉が好きなの。
―――あぁ、だけど可愛い子が配属されなくて良かった。
気付かれないようにふぅーっと息を吐くと、甘えるようにして憂は彼の胸に顔を埋めた。
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