あたしと一緒にいる時の遼哉は、いつも眼鏡を掛けていない。
実際それ程目が悪いという訳ではないらしいのだが、仕事上からもその方が都合がいいからだと本人は言っていたし、あたしは掛けていない時の遼哉が好きだった。
薄いレンズ一枚なのに、それだけでもあたしと遼哉の間に遮るものがあることが嫌だったから。
それに、あたしの前でだけというのが特別な感じがしてちょっぴり嬉しかったのだ。
「何、一人でニヤニヤしてんだよ」
そんなことを考えていると、顔が自然に緩んでしまっていたようだ。
遼哉はあたしの顔を覗き込むようにして見つめながら、両頬を指で突く。
「眼鏡を掛けてない遼哉って、いいなぁって思って」
「憂は、俺が眼鏡を掛けていない方がいい?」
「うん。遼哉って、みんなの前では眼鏡取らないじゃない?だから、あたしだけ特別な感じがしてね」
「そっか」
課長になって責任も重くなったし、女性というだけでもずっと大変なはずなのにそれを全く見せることなく遼哉の前では変わらない可愛い彼女。
…特別なのは、俺の方なんだ。
付き合い始めてからより大人の色気が出てきたし、他の男どもの視線が気になって仕方がない。
本人はそういうこと、全然わかってないからなぁ…。
「ねぇ、今年の新人ってイケメン揃いだって。あたしのグループにも一人来ることになってるんだけど、どうなんだろう?」
「あのなぁ…そういうこと、俺の前でマジに言わないでくれよ。彼氏としては、ものすごく凹むんだけど」
「え?遼哉は、自分のグループに可愛〜い子が入って来たら嬉しくないの?ほら去年、沙彩(さや)ちゃんが入って来た時とか」
沙彩(さや)ちゃんというのは遼哉の下に付いた奈々ちゃんの同期だったが、とっても可愛くて横浜支店の広野課長と付き合っている。
そういう子が、自分のところに来たら嬉しくないのだろうか?
「嬉しいとか嬉しくないとか、そういう問題じゃないだろう。たまたま、去年は山崎さんだったから憂はそう思うのかもしれないけど。だいたい、俺には憂っていう彼女がいるのにさ」
「男の人って、そういうもんなの?」
「男とか女とかじゃなくってさ、普通は彼氏に向かって堂々とイケメンの新人がなんて話はしないだろ?」
―――どうせ、来るならイケメンがいいじゃないねぇ。
彼氏とは別だもん。
あたしには遼哉しかいないんだし、どんなにイケメンの新人が入って来たってその気持ちは変わらないんだから。
「ごめんね。遼哉がヤキモチやきなの忘れてた」
「こらっ、忘れるなよ」
―――そうだった。
遼哉は愛香(まなか)と出掛けただけでも、嫉妬しちゃうような人だったんだもんね。
でも、言う通りかもしれないな。
沙彩(さや)ちゃんだったからこんなふうに思うのであって、もし遼哉に迫っちゃうような人が配属されたらいくらあたしだって嫌だもの。
あぁ…何だか、急に心配になってきちゃったかも。
配属まではあと一ヶ月以上あるけど、何とか可愛い子が遼哉のところに配属されませんように。
一生懸命祈る憂だった。
+++
「憂さん。遅くなっちゃいましたけど、課長昇進のお祝いを今週末しようと思うんですが、予定は空いてますか?」
出欠の確認をしに奈々ちゃんがメモを持って憂のところへやって来たのだが、そんな気を使わなくてもいいのに。
「空いてるけど、あたしのお祝いなんていいのに」
「いえ、こういうことはきちんとしないと。それにみなさん、憂さんと一緒に飲みたいんです」
「あたしと?」
―――のんべぇなあたしと飲んだって、つまらないのにねぇ。
また飲み過ぎて、遼哉に怒られちゃうかもしれないし。
「そうですよ。だから、盛大にしますので楽しみにして下さいね」
「憂さんは、オッケーですね」と奈々ちゃんはメモに丸印を付けると、次の人のところへ回って行った。
新グループが発足してからというもの、まだ一度もメンバーが集まって飲み会をしていなかったから、ちょうどいい機会だったかもしれない。
仕事のことは忘れてパーッと飲みながら楽しい時間を過ごすことも、纏める人間としては大事なコミュニケーションの一つだと認識しなければ。
憂も、デスクの上に置いてあったカレンダーに予定を書き込んだ。
その週末、定時になると部内の人達が一斉に机の上を片付け始めてパソコンを落とす。
あっという間にフロアの照明まで落としていたが、まさかそんなにたくさんの人が憂の昇進祝いという名の飲み会に参加するのだろうか?
「ねぇ、奈々ちゃん。今夜は何人参加予定なの?」
「えっと、50人くらいいたような」
「は?50人!?」
―――それって、部内のほとんどの人の数なんじゃないの?
自分のグループだけだと思っていたから、せいぜい10人ほどだろうと。
それが、どうしたら50人になってしまうのか…。
「憂さんは人気者ですから、みなさん出席にしてくれたんですよ」
「そうよ、あたしも今夜は飲みまくるんだから。里穂も来るって」
奈々ちゃんの後ろから愛香(まなか)がやって来たが、まさか里穂までもが今夜の飲み会に参加することになっていたとは…。
メールで案内は来ていたけれど、誰に送ったかまではいちいちチェックしていない。
「えっ、愛香(まなか)だけじゃなくて里穂も?」
そこまで声を掛けていれば、これくらいの人数になってしまうかもしれない。
愛香(まなか)や里穂と飲みに行くのも久し振りだったし、あたしも今夜は飲みまくろうっと。
急いで憂達もデスクの上を片付けると、会場である料理屋に行くことにした。
店の2階を全部貸し切っても50人となるとかなりぎゅうぎゅうだったが、中にはしっかり部長の顔もあったし、課長も仕事で後から遅れて来る人を除いてほぼ全員の顔があった。
そして…。
「どうして…清水課長まで」
「せっかくのお誘いだからね」
「そうそう」
爽やかに答えた清水課長の横には、なぜか遼哉が座ってる。
―――奈々ちゃん?それとも愛香(まなか)かしら?
まぁ、いいんですけどね。
同期で飲む時以外で部の違う遼哉と飲むことはまずないし、清水課長ともあの合コン以来は一度もこんなふうにお酒の席で一緒になることはなかったと思う。
「ほらほら、主役はこっちこっち」
愛香(まなか)に引っ張られてよくわからないけれど、憂は遼哉の隣に座らされた。
それはそれで嬉しいが、何だかものすごく恥ずかしい気がする。
「えーでは、永峰課長も到着したことですし、お祝いの会を始めたいと思います」と幹事の挨拶でそれぞれのグラスにビールを注ぐ。
もちろん、憂のグラスに注いでくれたのは遼哉。
「ありがとう。来てくれて」
「今夜は俺がいるから、飲んでもいいぞ」
「ほんと?」
「あぁ」
周りに聞かれないように話していた憂と遼哉だったが、しっかり清水の耳には入っていたわけで…。
あまりに甘々な二人に溜め息を吐きながらも、隣に座ってくれた奈々ちゃんにビールを注いでもらってニンマリしてしまうあたりはすっかりオジサン化していたかもしれない。
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