Stay Girl Stay Pure
英国訪問
−前編−


「涼さん、来月の初めくらいで一週間ほど休みを取れますか?」
「お休み?」

――― 一週間もお休みを取って、どうするのかしら?
有給は余ってるけど、課長が何て言うかしらねぇ。

「ダメですか?」
「ダメっていうか、休みはあるんだけど、2〜3日ならともかく一週間となるとうちの課長がいい顔をしないと思うのよね」
「なるほど」

イアンも涼の上司のことはよく聞いているから、なんとなく反応は想像できる。

「でも、一週間もお休みを取ってどうするの?」

来月の初めに一体何があるのか?
旅行でも行こうというのかしら?

「紅茶の買い付けにイギリスに行こうと思ってるんです。いつもは私一人で行ってますが、涼さんも一緒にどうかと思いまして。家族も涼さんにとても会いたがっていますので、どうでしょう?」
「えっ、イアンの家族に会いにイギリスに?」

この前、ツアーから帰って来た涼の両親にはイアンも会っていたが、涼はまだイアンの家族に会って挨拶すらしていない。
―――そうよね、一緒に住んでいるのにこのまま挨拶もなしってわけにはいかないわよね。

「涼さんの会社には、私からうまく話をつけます。それなら、いいでしょう?」
「イアンが?」
「私の弟がグローバルホールディングスを継いでいますから、大丈夫ですよ」

―――そうだった。
イアンの弟が、会社を継いでいるのね。
だけど、うまくって…そんな簡単にいくものなのかしら?

「イアンがそう言うなら、あたしには何も問題ないけど。イアンの家って、すごいお金持ちなんでしょ?あたしなんかが行っても、大丈夫なのかしら?会ってガッカリしない?」
「心配要りませんよ。涼さんのことは全部話してありますし、何より私の愛した人ですから、家族はきっと温かく迎えてくれると思います」
「イアン」

涼はイアンの首に腕を回すと、軽く唇にくちづける。
こんなに自分を想ってくれて、優しいイアンの家族なのだから、彼の言う通りきっと温かく迎えてくれるに違いない。

「涼さん、パスポートは持っていますか?」
「うん。卒業旅行でハワイに行った時、パスポートは取ったから」
「では、リックに頼んですぐに航空券の手配をしてもらいます」
「もちろん、リックも行くんでしょ?」
「はい。彼も家族に会いたいでしょうから」

みんなでイギリスに行くなんて、ちょっと楽しみかも。
家族に受け入れてもらえるかどうか心配ではあったが、涼にとっては海外に行けることの方が嬉しくて、そんな心配も今だけはどこかに飛んで行ってしまった。

+++

「涼ちゃん、イギリス出張だって?すごいねぇ」
「え…イギリス出張?」

会社に行くと先輩の由希さんが、例のごとく椅子ごとゴロゴロと近づいて来た。
いつの間に出張扱いに…。
なんだか知らないが、休みを取るのに随分とまぁ大げさなことになってしまったようで…。

「聞いてなかったの?」
「実はね―――」

由希には出張などとは名ばかりで、本当はイアンの家族に会いに行くのだと言うことを話しておくことにする。

「え?そうなの?いいなぁ、涼ちゃん」
「よくないって。イギリスに行けるのはいいけど、イアンの家族に会うのよ?なんか、お城にすんでいるようなすっごいお金持ちなのに」
「大丈夫よ。涼ちゃんだって、お父さんは有名なチェリストなんだから。それにイアンさんが、見初めたんだもん。自信持ってよ」

それでもイアンの家にはつり合わないような、気がするんだけど…。

「うん…」
「ほら、しっかりしなさいって。あっ、ちゃんとお土産買ってきてね。何がいいかなぁ」

由希はすっかりお土産選びに夢中だったが、段々不安になってきた涼だった。

+++

イギリスへ旅立つ日、イアンの両親のお土産にと涼は自分の親に雛人形と鯉のぼりを手渡された。
父親なんて、ちゃかり自分のCDを渡す辺りは抜け目ないというしかない。

「ねぇ、イアン。こんなに荷物が多くなっちゃって、どうしよう」
「大丈夫ですよ、これくらい」

―――とは言っても、すごい量なのよ?
それに出張ってことになってるけど、本当は仕事なんてしないし…。
これって、カラ出張にならないかしら?
でも、出張しないでお金をもらうわけじゃなくて、一応行くわけだから違うかも。
だけど、出張は名目で遊びなんていうのは、許されないわよねぇ。

「今回イギリスに行くのは出張って名目になってるんだけど、実際は遊びっていうか旅行なわけじゃない?これって、マズイと思うんだけど」
「それも大丈夫ですよ。ちゃんと涼さんには、仕事をしてもらいますから」
「えっ、仕事?」

―――そんな話、聞いてないわよ。
っていうか、仕事なんてさっぱりわからないんだけど。

「涼さんに迷惑がかかるようなことはしませんから、安心して下さい」
「うん…」

飛行機に乗り込むと、イアンと涼、そしてリックの3人はイギリスはロンドンに向けて飛び立った。



ヒースロー空港に到着すると、3人を見つけて手を振っている若い男性がいるのが目に入る。

「ハリー」

その彼に向かって、イアンはハリーと叫ぶ。
―――ハリー?!
誰なのかしら?ハリーって。

「イアン、お帰り」
「ただいま、ハリー」

抱き合って再会を喜んでいる二人を涼は不思議そうに眺めていたのだが、それに先に気付いたのはハリーという青年だった。

「イアン、こちらがリョウさんかい?」
「そうだった。大事な人を紹介するのを忘れてたよ」

そう言って、イアンは涼の腰に腕を回して自分の前に立たせる。

「涼さん、私の弟のハリーです」
「えっ、弟?」

―――イアンには3歳下の弟と5歳下の妹がいると聞いていたが、彼が弟のハリーさんかぁ。
道理で似てると思ったのよね。
サラサラな金髪ヘアにブルーの透き通る目は同じだったけど、雰囲気は全く違う。
背はイアンとそう変わらないが、体がガッシリしていて、まるでスポーツ選手のようだ。

「はじめまして、リョウさん。イアンの弟のハリーです」
「えっと、こちらこそはじめまして。リョウ ネガミです」

と、涼は英語で挨拶したものの、ハリーは日本語を話している?!
英語も話せない彼女ではと、密かに姉の凛に猛特訓を受けて、なんとか日常会話程度は話せるようになっていたのだが…。

「僕は日本語オッケーですから、無理に英語で話さなくてもいいですよ。車を用意してますから、僕の家に泊まっていって下さい」

イアンの自宅はロンドン郊外にあるため、仕事の都合からハリーは市内の別邸に住んでいるらしい。
さすが、お金持ちは違うわね。
リックは自宅に帰るというので、途中まで一緒に車に乗せてもらうことにする。

「お父さんもお母さんもリアも早くリョウさんを連れて来るように言ってたけど、僕もリョウさんに手伝ってもらわないと困るからね」
「ハリー、リョウさんを頼むよ。私も色々忙しいから」
「あぁ、わかってるけど。イアンがいきなり会社を辞めて僕に押し付けるから、大変なんだ」
「ごめん」

弟に頭が上がらないイアンが、可愛かったりして。
しかし、突然CEOを辞めて日本に行ってしまった兄を、弟はどう思っているのだろう。
その元を作ったのは涼なのであって、これは他人事ではない。

「ごめんなさい、あたしが―――」
「涼さんが謝る必要なんてないんですよ。これは、私自身で決めたことなんです。遅かれ早かれ、会社をハリーに任せるつもりだったんですから」

涼の言葉を遮るように、そっとイアンは隣に座っていた涼の肩に腕を回して抱き寄せる。
日本に行ったことがきっかけだったかもしれないが、イアンが会社を辞めようと思っていたのはそのずっと前からだった。

「イアンの言う通り、リョウさんは謝ることなんてないから。ごめん、僕が余計なことを言って。みんなわかってたんだ、イアンが会社を辞めようって思ってたことは。そんな素敵な彼女を見つけたイアンがちょっと羨ましかっただけなんだよ」

彼女がいないハリーには、涼のような素敵な彼女を見つけたイアンが羨ましかったのだ。
会社を引き継いだのは大変だったけど、やりがいもあるし、実は困ると電話でイアンに助けを求めていたし。

ちょっとしんみりした会話を交わしながら、先にリックを送るとハリーの家に行く。
高級住宅街の一角にある豪邸だ。

「うわぁ、すっごい」
「そうですか?涼さんの家とそう変わらないと思いますが」
「え…全然違うって」

―――庭があることくらいじゃない、同じのって言ったら。
それに花がいっぱい咲いていて、庭がとってもきれいに整備されてる。
さすが、ガーデニングの本場だわ。

お手伝いさんが迎えに出てくれて、家の中に案内される。
―――だけど、こんな広い家にハリーさん一人で住んでるわけ?
もったいな〜い。

「イアンもリョウさんも、食事はどうする?何か軽いものでも用意するけど」
「じゃあ、ちょっと休んでからにするよ」
「部屋は、2階の奥を使っていいから」
「ありがとう」

イアンと涼は、部屋で少し休むことにする。
それにしても部屋数は一体、どれくらいあるのだろうか?

「ハリーさん、優しい人で良かった」
「ハリーは、涼さんに会うのを楽しみにしていました。若いですが、十分私の跡を引き継いで立派に仕事もしています。ただ、見掛けによらず奥手で、なかなか恋はうまくいかないようですね。今、日本人女性に恋をしてるらしいのですが、想いを口に出せないようで」
「そうなの?」

―――へぇ、ハリーさん日本人の女の人が好きなの。
どんな人なのかしらね?

「年上らしいです。涼さん、良かったら彼の力になってあげて下さい」
「あたしが?」
「はい。涼さんなら、二人のキューピットになれると思いますよ」

ニッコリと笑うイアンだったけど、涼にはとても自分にはそんなことはできないと思う反面。
ハリーの恋が実るならば、なんとか手を貸してあげたいと思うのだった。


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