Stay Girl Stay Pure
英国訪問
−中編−
少々時差ボケに悩まされながらもベッドがいいからなのか、疲れもすっかり取れて涼とイアンは街へ出ることにする。
とは言っても、由希さんのお土産探しが主だったけど。
「ねぇ、イアンもここに住んでいたの?」
「そうですね。平日はこの家で過ごして、週末は郊外の自宅へ帰るというスタイルでした。父もそうでしたから」
「そっかぁ、お仕事大変なのね。でも、懐かしいんじゃない?こうしてここにいると、やっぱりロンドンの方がいいって思わない?」
イアンにとって、ここは懐かしい思い出がたくさん詰まってる場所。
まだ、昨日来たばかりの涼だったが、既に日本が恋しくなっているのだから、それに比べてイアンはかなり長い間祖国を離れてきっと寂しかったはず。
「懐かしい気持ちはありますが、私は涼さんがいる日本が好きですから。日本語を覚えたのも、将来日本に行きたいと思っていたからなんですよ」
「すごいな、イアンは。あたしなんて、外国に行こうなんて思いもしなかったのに」
―――お父さんだって、凛ちゃんだって、海外を股に掛けてるにのあたしだけ…。
「さぁ、今日は涼さんの行きたいところへ案内しますから。どこがいいでしょうか?本場のアフタヌーンティーも、是非味わっていただきたいし」
「えっ、アフタヌーンティー?」
食べ物に弱いのはわかってるんだけど、やっぱり本場のアフタヌーンティーは外せないわよね。
後は、何があるのかしら?
やっぱり、バッキンガム宮殿には行かないと、それとハロッズでお買い物も、あの2階建ての赤いバスにも乗りたいなぁ。
そうだ、パブにも行かないとっ。
一生懸命考えている涼をイアンは側で、微笑ましく見つめているのだった。
◇
ハリーを誘って3人で出掛けることにしたが、涼の希望で車ではなく徒歩と地下鉄に乗ってみることにする。
CEOを辞めてからはイアンも普通に電車を使うようになったが、ハリーには逆に新鮮だったようで、自国にいながら旅行に来ている気分だった。
「僕が地下鉄に乗るのは、5年ぶりくらいかな?」
「えっ、5年?」
それは、すごいかも。
いっつも、お抱え運転手付きの車で送り迎えなのね。
はぁ…。
「ハリーも、たまには地下鉄やバスを使わないと」
「そういうイアンは、日本で地下鉄に乗ってるの?」
「もちろん」
「ふ〜ん。じゃあ、リックの役目がなくなっちゃうじゃないか」
「リックには別の仕事をしてもらってるから、大丈夫さ」
「リックも大変だよな。イアンにくっ付いて、日本まで行っちゃってさ」
忘れるところだったが、イアンを慕ってリックは日本まで付いて来たのだった。
CEOという地位も何もかもを捨てたイアンに付いて来た彼は影に隠れているようだが、もっとすごいかもしれない。
そんな会話をしながら観光スポットを案内してもらって、そして楽しみにしていたアフタヌーンティーも。
足を運んだのはイアンとハリーの行き着けという一流ホテル、彼らが一歩中に入っただけですぐに案内されるあたりはそれくらい二人は有名なのだろう。
「なんだか、夢のような時間ね」
周りが映画のワンシーンのように見える。
ゆったりと優雅な時間に溶けてしまいそう。
「日本のみなさんにも、優雅にアフタヌーンティーを味わってもらえるようにしたいと思いますね」
「イアンは、ティーショップも経営してるんだったね。うまくいってるの?」
「おかげさまで、毎日たくさんのお客さんが来てくれるよ。今度、2号店もOPENさせようと思ってるのとデパートにも紅茶の専門店を出店予定なんだ」
「へぇ、すごいな」
「そうなの?全然知らなかった。イアン何も言ってくれないから」
―――2号店の話やデパートに紅茶の専門店を出すなんて話、聞いてないわよ。
まぁ、あたしが口を出すことじゃないけど…。
「黙っているつもりではなかったんです。きちんと決まったら話そうと思っていました。怒らないでくださいね」
「別に怒ってるわけじゃないけど」
「ダメだよ、二人とも喧嘩は。イアンもリョウさんに隠し事はダメ、全部話さないと」
「以後、気をつけます」
あはは…と、3人の笑い声が響き渡る。
男兄弟のいない涼には、とても新鮮だったかもしれない。
―――もし…イアンと結婚したら、ハリーさんは本当に弟になっちゃうのね?
あっ、でもあたしより年上なのに。
短い時間だったけど、楽しいひと時を過ごした3人は夕暮れの街をブラブラと歩いていると、どこかで見たというか、見慣れた風景が涼の目に飛び込んで来た。
「あっ、ジューンにそっくり」
涼の言葉に、イアンも同じように驚きの声を上げた。
それもそのはず、目の前にあったパブは、ジューンにそっくりだったのだから。
「ジューン?」
ハリーには、さっぱりわからない。
「あぁ、ハリーにはわからなかったね。ジューンっていうのは、涼さんと初めて出会ったパブの名前なんだよ」
「そっか、リョウさんと出会った」
このパブへはハリーも最近通い始めたのだが、店主はじゅんと同じ日本人女性。
実は、ハリーが密かに恋心を抱いているその人なのである。
「ねぇ、イアンとハリーさん。ここに入ってもいい?」
「え…」
「いいだろう?ハリー」
「あっ、あぁ…」
何も知らない涼とイアンは、ジューンにそっくりな店内に入って行く。
ハリーは少し恥ずかしかったが、彼女に会える口実ができたわけだから、ここは喜ぶべきだろう。
中に入ると益々、ジューンにそっくりだった。
ここまでそっくりというのは、何か関係があるのだろうか?
「わぁっ、中もジューンそっくり」
全て英語の会話の中で、日本語を話す涼の声が女性店主に届いたようだ。
年齢は30に届くか届かないかくらいで、とても綺麗な人である。
「いらっしゃいませ。珍しい、日本の方ね。でも、さっきジューンって」
「こんにちは。日本にジューンっていうパブがあるんですが、このお店にそっくりなんです」
「ジューンって、じゅんがやってる?」
「え?じゅんさんを知ってるんですか?!」
―――じゅんさんの知り合いなの?!
意外な名前が飛び出してきて、涼とイアンは目を丸くして驚きを隠せない。
「えぇ。二人ともイギリスに憧れて、私もここに住んで店を開くようになるまでは一人旅でよく来ていたんだけど、その時バッタリ会って。意気投合したっていうか、その時からのお友達なの」
「そうなんですか?うわぁ、ここに来て、こんな出会いがあるなんて」
「私も嬉しいわ。じゅんのお知り合いの方に会えて」
こんな偶然の出会いというものがあるとは…。
感動しているところへハリーが何食わぬ顔で無愛想に彼女に挨拶すると、カウンターに腰掛ける。
「あら、この方たちはハリーのお知り合いだったの?」
「僕のことなんて、目に入らなかったようだね」
「ごめんなさい。日本語が懐かしくて、つい。それにじゅんの知り合いだって、言うものだから」
なぜか、急にご機嫌斜めになってしまったハリー。
―――もしかして…。
こういう時だけは妙に女の勘が働いてしまう涼だったが、イアンには全くわかっていないようだ。
「ハリー、ここへは来たことがあるのかい?」
「あぁ。最近、よく来るんだ」
「なんだ、だったらそう言ってくれればいいのに」
「わざわざ、言う必要もないかなって」
―――あらあら、拗ねちゃった?
ハリーは彼女に一番に気付いてもらえなかったのが、寂しかったのね。
可愛いっ。
「えっと、あたしが説明しますね。こちらは、ハリーさんのお兄さんのイアン、そしてあたしはイアンの彼女の涼って言います」
「まぁ、ハリーのお兄さんにその彼女さんだったの。挨拶が遅れまして、私は絵未(えみ)って言います」
「絵未さん、もしかしてお店の名前も?」
「そうなの。名前から取って『Emmy』って言うの。じゅんのお店と変わらないでしょ?」
日本に行ってもイギリスに行っても、変わらないお店にしたいと、二人で同じデザインにしたと言っていた。
―――あぁ、でも絵未さんはハリーさんのことをどう思っているのかしらね?
「ハリーさんも日本に来た時には、じゅんさんのお店に来てくださいね。すっごく、素敵なお店なんですから」
「あぁ、もちろん」
涼が間に入ってなんとか丸く収まった感じだったが、最後までハリーは膨れっ面のままだった。
◇
「まさか、じゅんさんのお友達に会うとは思わなかった」
「そうですね。私も驚きました。でも、ハリーはどうして急に機嫌が悪くなったのでしょう」
イアンには、まだわかっていない様子。
こういうところが、ちょっと鈍感なのね。
「あのね。ハリーさんは、絵未さんのことが好きなんだと思うの」
「えっ、ハリーが絵未さんを?」
「うん。イアン言ってたでしょ?ハリーさんは日本人の女性に恋してるって」
「はい、言いましたけど…。それが、絵未さんだと」
「間違いないわよ。女の勘は鋭いんだから」
言われてみればそうかもしれないと、イアンは思う。
それにしても、兄弟そろって日本女性を好きになるとは…。
妹のリアが日本の男性を好きになったら、どうなんだろう?
「なんとかならないかしらね」
「そうですね。涼さんの力で、なんとか」
「あたしにそんなの無理」
「そう言わずに」
う〜ん…。
腕を組んで、う〜んとうなったところでいい案は浮かばなかったけれど、にっこりイアンに見つめられて嫌と言えない涼だった。
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