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Chapter11
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「アキ、一生のお願い!明日の合コンに出て!!」
「はぁ?」

神妙な面持ちでいきなり何を言い出すのかと思ったら、合コンかいっ!
とアキはひとり突っ込みを入れたが、呆れ果てて返す言葉も見つからない。
隣で手を合わせてお願いポーズをとっているのは、つい半年前にこの会社に同期入社したばかりの瀬尾 樹里(せのお じゅり)。
クリスマスまでに何とか彼氏を作るのだと張り切っているのはわかるのだが、連日連夜合コンばかりしている。
彼氏もクリスマスもまったく興味のない岡本 アキ(おかもと あき)は、そんな樹里を尻目にお昼の生姜焼き定食を大口で頬張っていた。

「お願い…あき〜。アキが合コンに来てくれれば、氏家さんも出てくれるって言うんだもん」
「氏家さん?」

『何だか大層な名前ねぇ』などと思っている場合ではなく、何であたしが行けばその氏家さんとやらも来ることになるのだろうか?

「そう、氏家 匡(うじいえ ただし)さん。あたしの憧れの王子様。営業部のホープでめちゃめちゃかっこいい人じゃない。アキったら知らないの?」

首を傾げて考え込んでいるアキに興奮気味の樹里がまくし立てる。
知らないの?って言われてもシステム開発部のアキには、営業部なんて関係ない部署の人のことなど、知るわけがない。

「それで、その氏家さんが何であたし?」
「そこなのよ。氏家さんと同じ営業部に井出さんって言うこれまたかなりのいい男がいるんだけど、その井出さんがアキが来るなら合コンに出てもいいって言ってるらしいのよ」

井出さんという人は、なぜあたしが合コンに出るなら自分も出てもいいなどと言ったのだろうか?
―――だいたい、井出さんって誰よ!?

「ちょっと待って、氏家さんって人はわかったけど、井出さんって人は何なの?」
「だから〜、いい?氏家さんは、井出さんが合コンに出るなら行ってもいいよって言ったの」
「はいはい、なるほどね。それで?」

興奮気味に話す樹里にあまり乗り気でないアキは、適当に返事を返す。

「それで井出さんは、アキが来るのなら出てもいいって言ったのよ。つまり、アキさえ来てくれれば、井出さんも氏家さんも来てくれるってことなの。わかった?」
「わかったような、わからないような…」
「もうっ!とにかくアキが来ればいいってことなの!わかってよ」

―――あぁ、もう!ややっこしくて、わかんないわよっ。
最後は樹里が逆ギレの状態で、アキは渋々参加することになってしまった。

+++

次の日、場所は会社近くのこじゃれた洋風居酒屋。
メンバーは営業部の面々が4名とシステム開発部の女性4名だった。
アキはこういうのが大の苦手で、今まで一度も参加したことがない。
でもこの店には一度来てみたいと思っていたところだったので、それだけがアキにとっては救いだったかもしれない。
男性陣から1人ずつ順番に挨拶をしていったが、名前は聞いていても上の空で、アキはまったく相手の顔を見ていなかった。

「アキ、次はアキの番だよ」
「へ?」

見ると向かいに座っている4名の男達が、アキをじっと見つめていた。
まるで動物園の珍獣でも見ているかのようで、なんだか居心地が悪い。

「えっと、岡本 アキです…」
「・・・・・・」
「アキ、もしかして…それで終わり?」

隣で樹里が苦笑しているのが視界の端に見えるが、他に何を言えばいいと言うのだろう?

「岡本さんって、面白いね。趣味とかは?休みの日は何をしているの?」

アキの斜め前に座っていた髪を短く刈り上げて、如何にも営業マンって感じの爽やかさんが質問してきた。

「趣味ですか?そりゃあもう、格闘技観戦に決まってるじゃないですかっ。あと休みの日は一日中家に引き篭もってネット三昧&漫画読みまくりって感じですね」

一瞬みんなが引いたのが、肌で感じられた。
―――だってしょうがないじゃない、これが本当のことなんだもの。
隠したって、いずれはバレるだろうしね。

「くっくっく…あんた、それ最高」

―――あんたって…。
まぁ、あたしもあなたの名前は聞いてませんでしたけど。
それにそこまで笑う?ってくらい、目の前の男は涙なんて目に溜めながら笑ってるし。

「ちょっと!何もそこまで笑わなくてもっ」
「だって…」

―――だってって…大の男が…あなたねぇ。
さっきから何なのよ、もうっ。

「まぁ、そう怒らないでやって。こいついっつもこんなだから。本当は今日、岡本さんに会えるの楽しみにしてたくせにさ」

まったく素直じゃないんだよとあたし達の間に入ってやんわりと制してくれたのは、さっきの爽やかさんだった。
しっかし、あたしに会えるのが楽しみなんてねえ。
この笑い上戸、どうかしてるんじゃないの?

「すみません、氏家さんも井出さんも。アキはあんまりこういう場が慣れてないんです」

いつになくおしとやかで、猫なで声を出している樹里だったが、どうもあの爽やかさんが例の氏家さんだったようだ。
で、この目の前の笑い上戸が…井出さん!?
爽やかな氏家さんとは対照的な目の前の笑い上戸は、何と言うか悪ガキって感じだろうか?
確かに樹里の言っていたようにいい男ではあるが…。
あの笑い上戸さえなんとかすればね。

それからと言うものあの笑い上戸は、何かというとあたしに話し掛けてきては、あたしの言うことに例のごとく涙を流して笑いまくっていた。
あたしも乗せられてるってわかってたんだけど、笑い上戸ったらナイスタイミングでお酒や料理を勧めるものだから、つい調子こいて答えてしまう。
優しいのか面白がってるのかわからないが…営業なんてやってるくらいだから気配りは仕事柄身に付いているのかもしれない。
けれど、アキがこんなふうに初対面の人とここまで盛り上がったのは正直初めてだった。
外見とは裏腹なこの性格のせいで、さっきのみんなのように引いてしまうからだということも自分ではわかってる。
わかってるけど、今更親譲りのこの性格が直るはずもなく…。

目の前の笑い上戸の名は、井出 隼人。
アキより一年先輩の24歳で、氏家 匡とは人気を二分してるが、同様に仕事もできるらしい。
そう言えば去年の新人はレベルが高いって評判だったっけ…。
などと考えていると笑い上戸の渇が入る。

「こら、あんた。何ボーっとしてる」

あたしは、あんたって名前じゃないっ!



それから一次会はお開きになって、二次会へと場所を移す。
知らぬ間に樹里は氏家さんと他の2人の子もそれぞれいい感じでカップルになっていた。
あたしはと言うと、相変わらず笑い上戸は隣でお腹を抱えて笑っているし。

「あの…そんなにあたしの言うことって、面白いんですか?」

いくらなんでも大げさ過ぎじゃないの?
ここは笑うところなのかと疑いたくなるところで、笑っているのだから。

「あぁ、もう最高。俺さ、ちょっと前に別の店で飲んでた時にあんたを見たんだよ」
「あたしを?」
「そう、そしたらささっきみたいに顔に似合わない素っ頓狂なこと言ってみんな引いてただろう?」

そんなことは日常茶飯事だから、いちいち覚えていない。
けど、それは多分同期で集まった飲み会の時だろう。
同期だからだいたいの気心は知れているはずなのに、どうしてかアキが何か言うとみんな引いてしまう。
別に顔に似合ってないとか素っ頓狂だとかも関係ないし、それは勝手に周りがあたしのことを固定概念で決め付けているだけなのだから。

「別に本当のことを言ってるだけですから」
「まぁ、そう落ち込むなって」

落ち込んでない!!

「あんたって大人しくしてれば、ほんと可愛いよな。俺も初めはそう思って見てたんだよ。まぁ、あの爆弾発言にはさすがに俺も驚いたけどな。でも逆にそれが俺の気を引いたっていうのかな。同じ会社に勤めてるってのを知ったのはそのすぐ後でさ、探したんだよあんたのこと。やっと見つけたと思った時にシステム開発の子と合コンやるって言うからさ、即乗ったってわけ」

大人しくしてれば可愛いのに…アキがいつも言われる言葉だった。
自分では全然わからない、どうしてそう見えるのか…。

「どうせあなたもあたしのこと、からかって面白がってるだけなんでしょっ。みんなであたしのこと大人しくしてれば可愛いって…こんな性格なんだからしょうがないじゃない!」

男なんてみんなそうだ、勝手に人のこと決め付けて…。
あたしが何をしたっていうのよ、もういい加減にしてよっ!

「何キレてんだよ。誰も、そんなこと言ってないだろう?」
「言ってるじゃないっ」

「帰るっ!」あたしは立ち上がるとバックを掴み、大股で出口に向かって歩き出した。
―――今日は、久しぶりに楽しく飲める気がしてたのに…なんだかんだ言って、本当はすごく楽しかった。
笑い上戸はムカツクけど…でも…なのにやっぱりみんな同じなんだ。
あたしのこと馬鹿にして…。
だから、合コンなんて嫌だったのよ。
こうなることがわかってたから…。

店を出るとすぐに携帯が鳴った。
樹里からだったが、とても出る気にはなれなくて電源ごと切った。
―――ごめんね…。
心の中で謝った。


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