少し酔いを冷ましたくて寒かったけど、近くの公園のベンチに座った。
昼間はいい天気だったから、今夜は星が綺麗だ。
星空なんて見上げたのは、いつだっただろう?
最後が思い出せないほど、遠い昔の出来事になっていたことに今更気付いた。
「こんなところにいたら、風邪引くぞ。それに変な男にも連れて行かれるぞ?今のあんた、可愛いく見えるし」
こんな言い方をするのは、あの男しかいない。
人が怒って店を飛び出して来たってのにこれだけのことが言えるなんて、まったくいい度胸してるわ。
隼人はアキの隣に腰掛けたが、アキは目を向けようともしなかった。
別にもう怒っていたわけではなかったけれど、何となく目を合わせるのが恥ずかしかったから。
「何よ。喧嘩売りにわざわざ、追い駆けて来たわけ?」
どうにも素直じゃないアキは、どうしてもこんな返事しか返すことができない。
隣に座っている隼人の呆れている顔が目に浮かぶ。
「何でそうなるかな。俺は、あんたが心配だから来たんだろうが」
「別に心配してくれなくても結構です。本当のあたしを見たら、男はみんな逃げて行くだろうし」
―――もう、あたしのことなんか放っておいてよ。
ひとりにさせてよ…。
暫くして『あんたねぇ…』と言う言葉と共に隼人の溜息が聞こえてくる。
「俺は、あんたのことからかったりとか面白がったりなんてしてないし、見掛けによらず突拍子もないこと言ったりするのとかめちゃくちゃ可愛いのを鼻にかけないところとかそういうとこあんたらしいって思う。いいじゃん、言いたいやつには言わせておけばさ」
あんたらしい…なんて言われたのは、初めてだった。
みんな外見ばっかりで人のこと判断して、本当のあたしを見てくれる人なんて誰もいなかったのに…。
「一応言っとくけど、俺、会社ではクールで無口な井出さんで通ってんだよ。だから、あんなに笑ったのって覚えてないくらいだし多分、匡も見たことなかったと思う」
ええ!?嘘でしょう?だって思いっきり笑ってたし、笑い上戸なんじゃないの?
アキにはどうしても隼人の言っていることが信じられない。
「その顔は、信じられないって思ってるだろう?」
「うぅっ…」
まさにその通り、言い当てられて言葉が出ない。
―――だって、さっきの笑い上戸を見てそんなの信じる人いないわよ?
「本当だから今度、匡に聞いてみろよ」
「はぁ…」
「さっき、匡が言っていたように俺今日はあんたに会えるのすっげぇ楽しみにしてたんだよ。実際会ってみて、それ以上にむちゃくちゃ楽しかったけどさ」
「え?」
「あんたはどう?」
『あんたはどう?』って言われても…カッとなって店を飛び出した時に、アキも同じように思ったのは事実だった。
でも…。
「あたしだって…楽しかった…悔しいけど」
こんな言い方しかできないアキを隼人はらしいなと思いつつも、やっぱり同じようにそう思ってくれていたことが嬉しいと思った。
「なぁ、俺と付き合わねぇ?」
「はぁ?」
「俺、あんたのこと気に入っちゃったんだよな。一目惚れってやつだったのかもしれないけど、実際会ってみて嵌っちまった」
『嵌っちまった…』ってねぇ。
笑い上戸には、どうしてそういう発想になるのかしら?
「あんたの相手ができるのって、世界中どこ探しても俺くらいしかいないだろう?それに俺っていい男だし仕事もできるしさ」
「何それ、自惚れるのもいい加減にしたら?それにあたしの相手ができるのがあなたしかいないなんて、勝手に決めないでくれる?」
そりゃあ、こんなあたしの相手をできる人なんてそうそういないと思うけど、だからって何でよりによって笑い上戸なのよ。
「その逆は、あんたしかいないってこと」
つまり…笑い上戸の相手ができるのは、世界中どこを探してもあたししかいないってこと…。
「うふふ、そうかもしれないわね。あなたみたいな笑い上戸の相手なんて、できるのあたしだけかもね」
「だろう?」
そう嬉しそうに微笑む隼人が、なんだか可愛いと思えてしまう。
自然にアキの顔にも笑みが浮かぶ。
「あんたは、やっぱり笑ってる方がいいよ」
さりげなく言われた言葉だったが、アキの心の中にストンと入り込んできた。
さっきから笑い上戸には振り回されっぱなしだけど、それを自然に受け入れている自分がいて…。
こんな人に会ったのは初めてだった。
「あんたじゃなくって。アキ」
「あ?」
「あたしの名前よ」
「そっか、じゃあ俺も。あなたじゃなくて、隼人な」
お互い顔を見合わせて噴出した。
どうしてこんなにこの人と一緒にいると楽しいんだろう?
あたしまで笑い上戸が移っちゃうじゃない。
ブルルルルル・・・・・
そんな時、隼人の携帯が震えだした。
「もしもし」
『隼人か?今どこにいる?』
「あぁ、匡。今って、公園だけど」
『岡本さんは?一緒か?』
「あっ、隣にいるよ」
ちらっと隼人は隣にいるアキに視線を送る。
心配して匡が電話を掛けてきたようだ。
『そうか、良かった。彼女携帯の電源切ってるみたいで、繋がらないって瀬尾さんが心配してるからさ』
「悪い、心配かけて。でも大丈夫だよ。今そこに瀬尾さんはいるのか?だったらアキに代わるけど」
『ちょっと待って』
匡が樹里にそう伝えるとすぐに電話に出た。
『井出さん、瀬尾です。アキに代わる前に少し話してもいいですか?』
「うん?」
『あの、アキがあんなふうに自分の気持ちを表に出したのって初めてなんです。いつもは何を言われても全部飲み込んで…口には出さないですけど、すごく傷ついてたと思います。きっとアキは、井出さんには本当の自分を出せたんだと思うんです。あんな楽しそうなアキを見るのは初めてでした。だから…だから、アキのこと嫌いにならないでください、お願いします』
アキのことをわかってもらおうと一生懸命に話す樹里に隼人ならずも、側にいた匡までも会話を耳にして心打たれていた。
「瀬尾さんの言いたいことは、よくわかったよ。ありがとう」
『いえ、アキのことよろしくお願いします』
「こちらこそ。あっ瀬尾さんこそ、匡のこと頼むな。あいつ友達の俺が言うのもなんだけど、すっごくかっこよくていいやつだから」
『そんな…わたしなんて…』
「大丈夫だよ、瀬尾さんなら。ちょっと待ってくれる?今、アキに代わるから」
「アキ、瀬尾さんだけど。電話出られるか?」
「う…ん」
隼人から携帯を受け取って電話に出る。
「樹里?」
『アキ、大丈夫?』
「うん、ごめんね。心配かけて」
『でも良かった。携帯繋がらないから心配したよ』
「ほんと、ごめんね」
『それで、井出さんとはどう、仲直りできた?』
「…うん」
『そっか、良かったね。あっ、氏家さんがアキと話したいって言うからちょっと待ってて』
『もしもし、岡本さん?氏家だけど』
「はい」
『さっきは、急に飛び出しちゃうからびっくりしたよ』
「ごめんなさい」
『いいんだよ、岡本さんに何もなければ。それで、話っていうのは隼人のことなんだけど。あいついつもはあんなんじゃないんだ。クールって言えば聞こえがいいけど、どこか冷めてるっていうかさ自分をあんまり表に出さない感じかな。それが岡本さんの前ではまるで別人のようで、あんな笑ってる隼人見るのは正直俺も初めてなんだよ』
「え?やっぱり、そうなんですか?」
どうやら、隼人の言っていたことは本当だったようだ。
『やっぱりって…もしかしてあいつ自分で言ってた?』
「ええ、今度氏家さんに聞いてみろって」
『そっか、あいつらしいな。それにあいつから合コンに出たいなんてことも絶対なかったし、それが岡本さんが来るからだって知った時は俺も驚いた。だからできれば岡本さんには、あいつの側にいて欲しいって思う。俺が言うのもなんだけど、あいつ口は悪いけどすごくいいやつだから。俺の勝手なお願いだけどね』
氏家さんと隼人とがあまりに不釣合いな二人だから初めはどうもしっくりこなかったけど、氏家さんは隼人のことを本当にわかってるんだなと思った。
「はい、わかりました」
アキの返事に氏家さんは安心したようだった。
そしてもう一度、隼人に電話を代わる。
「何、話してたんだよ」
氏家さんとアキが話していた内容が気になったのか、隼人は電話を代わるや否やつっけんどんに言った。
『俺と岡本さんが話してたのが、そんなに気になるか?』
「別にそんなんじゃねぇよ」
『まぁ、そう妬くなって』
「何でそうなるかなぁ」
こんなふうに言い返すも、隼人は匡には敵わないと思っている。
隼人は自分の気持ちをうまく表現できなくて、つい内に秘めてしまうのだが、それを当たり前のように匡は気づいて口に出して言ってくれる。
なんだか見透かされているようで、初めはあまり居心地のいいものではなかったが、いつしかそんなことも忘れてしまうくらい隼人の中で匡の存在はなくてはならないものになっていた。
―――あいつは俺のこと、どんなふうに思ってるのか…。
迷惑ばかり掛けている、心の中では反省しているのだが、やっぱり口に出して素直に言えない隼人だった。
『じゃあ、うまくやれよ』
「そっちこそ」
そう言って、匡は電話を切った。
「ごめんなさい。氏家さんにも樹里にも迷惑かけちゃって」
「俺には謝ってくれないのか?」
少し拗ねたように隼人が言う。
わざわざ心配して電話を掛けてくれた匡と樹里には申し訳ないと思ってつい口から出た謝罪の言葉だったけれど、こうやって追い掛けて来てくれた隼人に一番先に謝らなければならなかったはず…。
「隼人、ごめんなさい」
あまりに呆気なくそう言ったアキに隼人の方が面食らってしまった。
「何だよ、やけにしおらしいなあ」
「だって、本当のことだし、迷惑かけてごめんね」
―――ほんと、不意打ちだよな。
思わず隼人は隣にいるアキを自分の胸に抱き寄せていた。
素っ頓狂なことを言ったと思ったら、急に怒り出したり、今みたいにしおらしくなったり…。
隼人は、こんなにコロコロと表情を変える子に会ったのは初めてだった。
だからこそ、目が話せなくて、構いたくて、つい意地悪なことも言ってしまう。
「俺、本気で嫌われたって、思いっきり凹んだんだぞ。アキは悪い子だな」
「だから…ごめんって」
口調は少し怒ってるような隼人だったけれど、抱きしめる腕も髪を撫でる手も、とても優しかった。
「まっ、これについてはこれからゆっくり償ってもらうってことで」
「はぁ?」
―――いきなり、償うって…。
反動で顔を上げたアキの唇に隼人のそれが重なった。
『どういうことよ!』と続けようとして、あっけないくらいに唇で塞がれていた。
『不意打ち過ぎる!』とアキは心の中で思ったけれど、それは段々と甘いものに代わって、そんなことはすぐに溶けてなくなってしまった。
To be continued...
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