ある日の午後、一通のメールが江上 楓(えがみ かえで)のところへ届いた。
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件名:同期会の件
来週の金曜日、久しぶりに同期会を開催します。
場所は、いつもの『相楽』です。
出欠は、メールにて返信下さい。
同期会幹事 松田
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―――同期会かぁ。
ほんと久し振りだわ。
同期会というのは、裏を返せばただの飲み会のこと。
楓はこの会社に入社してこの春で3年目を迎えたが、わりと仲のいい同期は年に何回かこうやって同期同士で飲み会を開く。
前回は確か忘年会を兼ねてやったから、既に半年近く経っていることになる。
来週の金曜日は特に予定もないので楓は参加予定だが、他のみんなはどうだろうか?
一応、後で聞いてから出欠のメールを返信しよう。
「ねえ、楓は来週の同期会どうする?」
いつものように3時の休憩をしようと給湯室へ行くと先に来ていた真世が、さっそく午後に届いた同期会の出欠について聞いてきた。
「うん。行こうと思ってるけど、真世は?」
「私も行く。美穂も麻衣子もさっき総務に行った時に会ったら行くって言ってたし、それに米田君のノロケ話とか聞きたいじゃない?」
中野 真世(なかの まよ)は、楓の所属する部の隣の部に所属する同期の1人。
真世は、執務場所が近いこともあって特に親しくしていたのだ。
長谷川 美穂(はせがわ みほ)と佐野 麻衣子(さの まいこ)は共に総務部に配属になったので、美穂はそこで二人とこの話をしたのだろう。
そして最後に言っていた米田(よねだ)と言うのは、ついこの間結婚したばかりの同期第一号。
二次会には同期全員で押しかけたが、高校時代から付き合っていたという彼女にメロメロでそれは見ていられなかった。
そんな話を含めて、色々聞こうということなんだろう。
「聞きたい。でも米田君、参加するかな?」
あんなにラブラブだったのだから、もしかして同期会なんて出てられないと急いで家に帰ってしまうかもしれない。
「そうかもね。後で、誰かに聞いてみるわ」
その後、すぐに楓は出席の旨、松田宛てに返信した。
+++
そして、金曜日の夜。
場所は、居酒屋『相楽』の2階座敷。
既にほとんどのメンバーは集まっていたが、その中に米田が居たので、会はまだ始まっていなかったにも関わらず質問攻めにあっていた。
「今日って、何人参加なの?」
「えっと、一応全員参加だって聞いてるけど」
誰ともなしに楓が聞くと、真世がすぐに答えた。
「すごいね。全員来るんだ」
「そうだよ、北沢君も来るって。彼まだ来てないみたいだけど、早く来ないかな」
「ほんと、早く来ないかな」
楓が感心しているところへ、美穂と麻衣子が嬉しそうに会話に加わった。
「北沢?」
「まさか…楓、忘れたとか言わないわよね」
さすがに忘れることはないが、北沢 新吾と言えば同期の中でも、いや会社中でも知らない者はいないくらい有名な人だったのだから。
「そこまでボケてないって」
みんながどっと笑い出した。
そんなことを話していると幹事の松田と噂の主である北沢 新吾が座敷に現れて、会が始まった。
一番の話題は米田の新婚話だったから終始それで終わったが、美穂と麻衣子は新吾を挟むようにして会話に花を咲かせていた。
「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、楓って北沢君のこと嫌いでしょ?」
「え?」
いきなり真世に新吾のことが嫌いなのかと言われて、いくらそう思っていてもハイそうですとは言えないわけで…。
「どうして?」
「だって、見れば誰だってわかるって。楓、すぐ顔に出るもんね。あれだけ彼に対して露骨な態度を取る人って楓位だよ。まあ私はそういうの見てて楽しいけどね」
―――ちょっと待ってよ。
私って、そんなに顔に出てたの?
楓自身はそんなことはないと自分では思っていたのだが、どうもそうではなかったらしい。
「嫌いってことはないけど、苦手って言うのかな」
「苦手?」
そう、楓は新吾が苦手だったのだ。
同期の中でも、いや会社中でも知らない者はいないくらい有名な人と言われているのは、その容姿にあった。
長身で均整のとれた身体に甘いマスクと、とにかく目を引く男なのだ。
おまけに仕事ができて、爽やかで誰に対しても優しいというまったく非の打ち所がない。
もちろん楓が苦手だと言っても、相手は極上の笑顔で接してくる。
真世の言うようにすぐに顔に出る楓だったから、新吾もそれをわかっているはずなのに…それがまた苦手意識を増大させる原因にもなっていたのだ。
「なんか、ああいう完璧人間ってダメなのよね。っていうか、こっちが露骨な態度をとってるのに平然としてるのもなんかムカツク。聖人君子みたいな顔して、絶対女をたぶらかしてるに違いないんだから」
酔いが回ってきたのか、楓の毒舌が始まった。
こうなると止まらないことを真世は知っていただけに苦笑しながらも、つい面白がって飲ませてしまった。
楓はお酒は強いのだが、許容量を超えて飲酒してしまうために酔い方が半端じゃない。
その日も会の途中で意識を手放していた。
◇
胸の奥底から込み上げてくる何とも言えない心地悪さで、楓は目を覚ました。
天井を見上げれば見知らぬ白い壁。
―――ここは?
自分の部屋でないことは確か、では誰かの部屋なのか…。
一度、真世の家に泊まったことがあったが、彼女の部屋はもっと可愛らしく小物等あちこちに置いてあったし、壁にも色々掛けてあった。
それに比べてこの部屋は真っ白で何もない。
それがホテルの一室だと気が付いたのはすぐ後で、ホテルと言ってもラブホテルとかではなく、普通のシティーホテルのようだ。
昨日、自分の家に帰った記憶がないので、もしかしたら誰かがホテルに連れて来てくれたのかもしれない…。
そんな時、何かが近くで動いたような気がした。
―――え?嘘…。
1人で寝ていたものとばかり思っていたが、楓は顔をゆっくりと横に向けるとシーツに包まった人間らしきものが目に入った。
背中越しから覗き込むようにして見たが、顔に髪が掛かっていて相手の顔はよく見えなかったけれど、どうも男のようにも見える。
完全に開ききっていなかった目を何度も擦りながら、相手をもう一度よく見るとなんとそこにいたのは新吾だったのだ。
―――えぇぇぇ?!どうして、北沢がここに居るのよ!
状況が飲み込めなかったが、それより先に大変なことに気付いてしまった。
恐る恐る自分の上に掛けてあったシーツを捲ってみるとなんてことだろう…昨日着ていたであろうはずの服どころか下着さえも身に着けていなかったのだ。
―――あちゃー。
楓はがっくりと肩を落とすとその場から動くことができなかったが、それでも確かめなければいけないような衝動に駆られ、新吾のシーツをそっと捲ってみた。
が…見ない方が良かったのかもしれない。
もちろん、彼も何も身に付けていなかったわけで…。
もう起こってしまった事実はしょうがないだのから、とにかくこれからどうすればいいのかを考えなければ…。
このままここで新吾が起きるのを待って事実を確認したいが、今それを聞く勇気は楓にはない。
いっそ知らない方が身のためかもしれないし、だったらこの場を静かに去ることが最善の策だろう。
楓はそう思うや否や急いでベットから出ると脱ぎ散らされた服を纏って、ホテルを後にした。
幸い朝が早かったせいか、ホテルのフロントには誰も居なかったことがせめてもの救いだったかもしれない。
家に帰る途中もどうしてこんなことになったのか、昨日のことを一生懸命思い出してみたが、何も浮かんではこなかった。
だいたい、飲み会が始まっても新吾とは席も離れていたし、一言も口をきいていなかったはず。
それなのにどういう経緯を踏んだら、こんな結末に辿り着くのか、誰か知っていたら楓の方が教えて欲しいくらいだった。
真世に聞けば何かを知っているのではと思ったが、怖くて聞くことはできなかった。
せっかくの週末もそんな悶々とした思いの中で過ごし、そして月曜日の朝が来た。
休みたい気持ちを抑え、事実を知るために重い足を引きずって会社に向かう。
真世とも同じフロアとは言え部は違うからあまり会う機会はないが、やはり楓のことが気になっていたようで、真世は早々に楓の元へ現れた。
「楓、おはよう。金曜日は大丈夫だった?なんかものすごく酔ってたみたいだったから心配したんだよ」
「おはよう、真世。私、全然覚えてなくて、どうやって家に帰ったのかな」
本当は家になど帰っていないのだが、それをここで言うわけにもいかず、曖昧に聞いてみた。
「あぁ、やっぱり、覚えてないんだ。それがね、店を出る時から楓立てなくてどうしようって思ってたら、北沢君が俺が送って行くからって。でも楓の住所教えなかったから、ちゃんと帰れたのか心配だったんだよ?良かった。北沢君ちゃんと送ってくれたんだね」
―――なんで、北沢が私を送るなんて言い出したのだろうか。
それに住所知らないからって、ホテルに行くことないじゃない。
「うっ、うん。でも何で北沢?」
楓はやはり曖昧に返事を返したが、真世には気付かれなかったようだ。
「それは私にもわからないけど、初めは小野君が送って行くって言ってたのよ。そうしたら急に北沢君が出てきて俺が送るからって」
小野は楓が同期の中で一番仲がいい男で、確かあの時も何かの話題で盛り上がったのを思い出した。
小野は家も近かったし、だから送ると言ってくれたはずなのになぜそこで新吾が送って行くと言い出したのか楓にはさっぱりわからなかった。
しかし、みんなでいた時、特に何かあったわけではなさそうだ。
となるとその後の真意を知っているのは新吾だけ…、しかしそれ以上詮索するつもりは楓には起きなかった。
+++
朝、新吾が目を覚ますといるはずの人が隣に居なかったことにひどくショックを受けた。
あれは、夢だったのか?…と。
酔った勢いでというのはズルイやり方だとはわかっていたが、こうするより仕方がなかった。
楓は酔うといつになく大胆になることをこの2年の間に新吾は気付いていた。
そして素面の時のように新吾のことをあからさまに毛嫌いしないことも。
だから、チャンスだと思った。
というより、小野に楓を持っていかれるのではないかという不安から、こんな大胆な行動を取らせたのかもしれないが…。
楓の家の住所も知らなかったこともあって、新吾はタクシーに乗ると近くのシティーホテルの名を告げた。
楓はすっかり眠ってしまっていたが、新吾が自分の方に抱き寄せると素直に従って新吾の身体に腕を回してきた。
いつもの冷たい態度が嘘のように甘えた楓を見て、熱い想いが込み上げてきた。
今から2年前、楓と新吾は今の会社に同期入社したが、なぜか楓は新吾を毛嫌いして避けた。
新吾にとってみれば事実無根のいい迷惑だったのだが、それが逆に新鮮と言うか…今までこの容姿と性格のせいでチヤホヤされることはあっても嫌われることはなかったからだ。
それから楓のことを見るようになって、実はものすごく可愛いことに今更ながら気付かされた。
一般的に綺麗と言われる女性とは何人も付き合ったことがあったが、正直あまり興味が沸かなかったし、どの女性も同じに見えていた。
それが楓の場合は人を引き付ける魅力のようなものが備わっていて、それに段々と引き込まれていったのだ。
キツイ言葉で返されてもそれが快感になってしまう、SとMの世界だなと苦笑しながらいつの間にか心の中を楓に占領されていた。
今まで告白などというものをしたことがなかった新吾は、自分の気持ちをどう伝えていいのかわからずにいたずらにただ時だけが過ぎて行く。
楓とは部が違うために、同じ本社ビルにいながらほとんど会う機会もない。
話ができるのは同期での飲み会くらいだったが、そこでも思うように話をすることはできなかった。
ただ、会を重ねるごとに楓のことが少しずつわかるようになってきて、今回のことに繋がったのだった。
ホテルに入ってチェックインを済ませ、部屋のベットに寝かせようとしたが、楓は新吾の首に腕を絡ませて離れようとしない。
そんな可愛いことをされて新吾の理性が保てるわけもなく、その小さくてふっくらとした唇に吸い込まれるように自分のそれを押し当てた。
何度も何度も激しいキスを繰り返し、舌を絡ませ合い、静かな部屋の中にはぴちゃぴちゃという音だけが響き渡っていた。
唇を塞いだまま、楓のブラウスのボタンに手を掛けて脱がすとレースの白いブラに包まれた胸が現れたが、思わず手を触れてしまったくらいそれは豊かなものだった。
こんな細い身体のどこに…と驚かずにはいられないほど。
楓の背中に手を回し、ブラのホックを外すと形のいいふたつの膨らみが露になり、既にピンク色の蕾はさっきの深いキスによってしっかりと主張していた。
新吾は楓の唇から離れると首筋を通って鎖骨のところでキツク吸い付き、白い肌にばら色の跡を残した後に膨らみの頂のひとつを口に含んだ。
「はぁぁ…っん…」
思わず楓が声を上げた。
そして、もう片方の頂を指で弾く。
「いやぁんっ、北沢っ」
お酒を飲んでタダでさえ感じやすくなっているところへ強い刺激を加えられ、楓は身を捩って抵抗するが新吾がそれを許さない。
「楓、俺のこと名前で呼んで」
「そんな…はぁ…っ…」
「名前で呼んでくれないと、もっとこうしちゃうよ」
新吾は両方の膨らみを手で揉みしだくと蕾を指で捏ねて弾いたり、吸い付いたりと執拗に攻め続けた。
「いやぁぁん…ぁぁぁぁ…・っ…んっ…」
「新吾だよ。楓、新吾って呼んで」
「っぁん…新吾…」
「そうだよ。楓、もっと俺の名前を呼んで」
「新吾…新吾…」
まるで催眠術にでもかけられているかのように楓は、新吾の名前を繰り返し呼び続けた。
スカートに手を掛けてファスナーを下ろし、ストッキングを脱がせる。
ショーツの中心を指でなぞるともうそこはしっとりと濡れていた。
それにくらべてスーツのジャケットすら脱いでいないことに気付いた新吾は、上半身に身に付けていたものを全て取り去った。
楓のショーツを脱がせ、足を膝立たせてしっかりと両手で押えると肢体に唇を這わせる。
茂みの中に小さく主張している赤い蕾を舌で刺激すると楓がビクンと反応した。
蕾に舌で刺激を加えたまま、しっかりと蜜をたたえた秘部に指を入れて内壁を掻き回す。
「…はっ…あぁぁぁぁ…っん…」
楓は背中を弓のように仰け反らせて両手はシーツを握り締めて首を左右に振っているが、それでも新吾はやめようとしない。
「新吾…早く…」
「早く何?楓、ちゃんと言ってくれないとわからないよ」
新吾は楓がもう限界に達していることをわかっていながら、本人の口からどうしても言わせたかった。
「…そ…んな…」
「楓、言って。どうして欲しいの?」
「………新吾の…早く…入れて…」
躊躇いながらも楓は、その言葉を口にした。
それがあまりに悩殺的で新吾の心を揺さ振ったが、今入れたらすぐにでもイってしまいそうだったので、かろうじて耐えた。
「…やぁぁ…イっ…ちゃ…う…」
「いいよ、イって」
新吾の言葉のすぐ後に楓がイったのか、荒い息を残してぐったりしていた。
新吾は下半身の残りの衣服を全て脱ぎ去ると持っていたゴムを自身に装着して、まだイったばかりの楓の中を一気に貫いた。
「…あぁぁぁん…っ…っ…」
「ほら、楓の中に俺が入ったよ。楓の中、暖かいね」
何度も何度も挿入を繰り返して楓の最奥まで突きながら、お互いの身体を密着させて深い口づけを交わす。
「楓。好きだ、愛してる」
楓が新吾のことを好きではないことはわかっているが、今だけは…新吾を感じてくれている今だけは…自分の物だと思いたかった。
「楓、俺のこと好きって言って。嘘でもいいから…」
「・・・・・・」
いくら酔っているとはいえ意識はあるはず、好きでもない男のことをたとえ嘘でも好きだとは言えないだろう。
それでも…嘘でもいいから、新吾はその言葉を楓の口から聞きたかった。
「楓、お願いだ。俺のこと、好きって言って」
「…新吾が…好き…」
この時、なぜ楓は新吾のことを好きだと言ったのかはわからないが、新吾にとっては一生聞けなかったかもしれないこの言葉を例え嘘でも聞けただけで幸せだった。
「楓、俺も楓が好きだよ。愛してる」
そして、二人は絶頂を迎えた―――。
新吾は自分の隣にいたであろう愛しい人の存在を確かめるようにシーツに触れると微かな温もりを感じ、そして指先に何かが当たったのようか気がして視線を集中させるとそれは昨夜、楓が身に付けていたダイヤモンドのピアスだった。
あまりに激しい行為のために片方だけ取れてしまったのだろう…新吾は、ひとり苦笑した。
それと同時に昨夜のあの出来事が夢でなかったことを、それは証明していたのだった。
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