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Chapter13-2


「楓、どうしたの?何かあった?」

3時の休憩時間、いつものように待ち合わせていた麻世に声を掛けられた。
何かあったかと聞かれればそれはそうなのだが、新吾と付き合うことになったとは喜んで言うことはできなかった。
それはあまりに突然のことで、楓にはその事実がまだよくわからなかったから。

「どうして?」

わざと曖昧に返事を返す。
多分、誤魔化してみても麻世には何かあったのだとわかってしまうだろうけど…。

「何となくね、楓って顔に出やすいからさ。悩んでるとかって感じじゃないんだけど、どうしていいかわからないってところかな」
「麻世には、敵わないわ」

まったくもって、この子はどうしてこう人の心が読めてしまうのだろうか?
楓は新吾に告白されて付き合うことになったことを、かいつまんで麻世に話した。

「そっか…」

まるで、そうなることがわかっていたかのような麻世の反応に楓は拍子抜けしてしまった。

「何となく、そうなのかなって思った。同期会の時に北沢君が送って行ったでしょ?あの時の北沢君、小野君に嫉妬してるようにも見えたし、もしかして楓のこと好きなのかなって」

人の気持ちを誰よりも敏感に読み取ってしまう麻世のことだ、この前の新吾の行動でそれはすぐにわかったのだろう。

「でもね、私まだよくわからないのよね。今まで避けてた私をずっと好きでいてくれた新吾の気持ちを思うと、それに応えてあげたいって思うんだけど」

楓の新吾への気持ちはかなり変わりつつあったが、やはり戸惑いも隠せないでいた。

「そうよね。まぁ、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?ゆっくり、北沢君のことを受け入れれば」

麻世の言葉に力がすっと抜けたような気がした。

「ありがとう、麻世」
「どういたしまして、あんまりお役に立ててないけど。しっかし、まさかあの北沢君と楓が付き合うなんてねぇ」

麻世の言うことは、最もだと思う。
当人の楓でさえも、まだ信じられないでいるのだから。

「私もそう思う」

笑いながら楓が答えると麻世は真顔になってこう言った。

「きっと、北沢君は楓のこと大事にしてくれると思う」
「え?」
「北沢君が自分から告白したって話聞いたことないし、あんなにあからさまに毛嫌いしてた楓を好きだってことは彼の楓への想いは本当なんだと思う。だから、楓もちゃんと北沢君の気持ちを受け止めてあげなきゃダメよ」

楓は、黙って頷いた。

「それと楓も北沢君が彼氏になったからって、急に態度を変えたりしちゃダメだからね」

麻世は、知っていたのだ。
楓が今まで付き合ってきた彼には本当の自分を見せていないことを、と言うよりも相手が楓のことを勝手に作り上げて、それが違うとわかると別れを告げる。
そんなことを繰り返しているうちに楓は自分を押し殺すようになっていたのだ。
女の麻世から見ても嫉妬してしまうくらい楓の容姿は可愛らしい、それに反して性格はと言うと竹を割ったようなさっぱりとしたそれこそ女にしておくにはもったいないくらい男らしい。
だからこそ、その容姿だけで近づいて来る男は後を絶たず、本当の彼女を知ると去って行く。
彼女はああいう性格だから表にこそ出さないが、心の中はものすごく傷ついていることを麻世は痛いほど感じていた。
いつか楓のことを心から理解してくれる人が現れると信じていたが、それが新吾なのだと麻世は直感していた。
自分のことをまったく可愛いと思っていない楓、自分のことはそっちのけで人の世話ばかり焼いている楓が麻世は大好きだったから、今度は自分のために幸せになって欲しいと願わずにはいられない。

「わかった、って言うかもう遅いって。新吾には、私の性格バレちゃってるもん」

楓の言葉に麻世は、思わず噴出した。
それに釣られて、楓も笑い出す。
楓にはいつまでも笑顔でいて欲しい、麻世はそんなことを思いながら二人がうまくいくことを願った。

+++

楓が家でくつろいでいると、テーブルの上に置いてあった携帯が鳴り出した。
ディスプレイには、「新吾」の文字。

「新吾?」
『あぁ、楓?今話しても大丈夫?』
「うん、平気」

あれから、新吾は毎晩のようにこうやって楓の携帯に電話を掛けてくる。
今まで楓が付き合った相手はこんなふうに毎晩電話を掛けてくるようなことはなかったし、新吾がそういう人だとも思っていなかったせいか、それが何だかむずがゆい。

『何してたんだ?』
「何もしてないわよ、ただくつろいでただけ。新吾は?もしかしてまだ会社?」
『たった今、帰ったところ』

新吾はここのところ仕事が忙しいらしく、毎晩帰りが遅い。
度々会社から電話を掛けてくることもあったが、今日は家に帰っていたようだ。

「まだ、スーツ姿とか?」
『え?』

図星だったのか、一瞬新吾の言葉が詰まったのがわかる。

「そんな、私のことなんて気にしないでいいのに。どうせ、ご飯もまだなんでしょう?」
『スーツを着替えるより、食事を取るよりも先に楓の声が聞きたかったんだ』

―――うわぁ、どうしてそういうことストレートに言っちゃうわけ?
楓は、一気に顔を赤らめた。
新吾は付き合い始めてからというもの、こんな甘い言葉を平気で言ってくる。
まだ面と向かってじゃないだけいいが、これが顔を合わせてだったらたまったもんじゃない。

「もうっ、そういうこと平然と言わないでよ!」
『だって、本当のことだから』

楓の動揺を他所に新吾は恥ずかしげもなく、さらっと言いのける。
新吾だって今まで付き合って来た相手にこんな言葉を言ったことはなかったのだが、楓に対しては自然に出てしまうのだから仕方がない。
その度に楓はこうやって怒るけれど、それがある意味快感になってしまっているところもある。
きっと、電話の向こうで真っ赤になっているに違いない。
そんな可愛い楓のことを想いながら、新吾は疲れも忘れて笑みを浮かべた。

『ところで、週末は予定入ってる?』
「週末?」

楓は多分何もなかったはずだと思いながら、念のため壁に掛けてあったカレンダーを見てみる。

「うん、特には何もないけど」
『そっか、じゃあどこか行こうか』
「え?でも、新吾ずっと休日出勤だったんでしょう?疲れてない?私のことだったら気にしなくても」
『声ばっかりで、ずっと楓の顔見てなかっただろう?逢いたいってのもあるけど、どこにも出掛けてなかったからさ』

逢いたいなどと言われて、ようやく静まったのにまた顔が火照ってくる。

『いいわよ、無理しないで』
「無理なんかじゃない。楓に逢えない方が、よっぽど辛い」
『新吾…』
『こら、そんな暗い声出さない。いつもの元気な楓は、どうしたんだ?』
「だってぇ…」

楓だって、新吾に逢いたい気持ちは同じだった。
けれど、残業に加えて休日出勤もしていた新吾の身体のことを思うと休ませてあげたい気持ちが先に出てしまう。

『だってじゃなくて。どこか行きたいところはない?俺、そういうのよくわからないから』
「う〜ん、特には思いつかないけど」
『じゃあ考えておいて、楓の行きたいところどこでもいいから』
「わかった。でも、無理しないでね」
『大丈夫、俺意外に頑丈にできてるからさ』

新吾の笑い声に楓も元気なのがわかったのか、それ以上は何も言わなかった。

「それじゃあ、考えておくけど、どこに決めても文句なしね」
『あぁ、楽しみにしてるよ。楓がどこに連れて行ってくれるのか』

―――それにしても、一体どこへ行ったらいいわけ?
新吾の身体に負担をかけずに、それでいて二人で楽しめるような場所ってないかしら?
楓は立ち上げていたパソコンの画面を見つめながら、ネットで探し始めた。

+++

「ここ?」
「そう、ここ」

「新吾、早く早くぅ」と楓は彼の腕を引っ張るようにして、建物の中へと入って行く。
デートというからには映画を観たり、ショッピングだったりなんてありきたりなものを想像していた新吾だったが、そこは何をする場所なのか…首を傾げながらも、彼女が選んだのだからと言われた通りに中へ。
しかし、何とも乙女チックというか、新吾は到底足を踏み入れないような…。

「今日は、二人で至福の時間を過ごすの」

どうやら、ここはアロママッサージサロンというところらしいが、普通女性がやるもので、となれば新吾はどこかで待っているわけじゃあるまいし。
…まさか、俺がこれをやるのか?
今は男性専用のエステやネイルサロンだってある時代だが、これはどうなのか。
それにせっかく彼女と来たのに一緒にいられないような。

「俺も?」
「そうよ。ここは、カップルOKなの。心も体もリラックスして、また明日から頑張ろうかな、なぁんてね」

…なるほど。
彼女は日頃忙しい新吾のことを考えて、デートの場所に選んでくれたのだろう。
その優しさを噛み締めながら、ちょっと恥ずかしいけど、何だかおもしろそうだなと思ったりして。

照明を落とした室内で初めにハーブの足浴をしながら、ワイングラスを傾ける。
二人っきりの静かな時間、それだけで楓は酔ってしまいそうだった。

「色々考えてここにしたんだけど、新吾はこういうの嫌だった?」
「ううん、全然。でも、カップルでできるなんて全然知らなかったから、俺どうするんだ?とか思ったけどな」
「今は、こういうのもデートコースになってるみたいよ?」

内緒で来たから、新吾がそう思うのも無理はない。
男性にはあまり縁のない場所だし、本当は温泉とかも考えたのだが、人の多いところよりも静かな方がいいと思ったから。
ハーブの香りと足元からじんわりと伝わってくる熱に、体の芯までポカポカとしてきて気持ちいい。
楓と新吾はどちらからともなく手を繋いで見詰め合っていたが、ほんのり頬を染めた楓に新吾も我慢できなくなってくる。

「…っ…ちょっ…まっ…新吾…」
「ちょっとだけ」

人が入って来るかもしれないのに…。
そんなスリルを味わいながら、新吾は楓の顎に指を添えて唇をほんの少しの間だけ堪能する。
気持ちを想いを込めて。
彼女がまだ戸惑っていることも、十分わかっているから。

「好きだよ、楓」
「あたしも」

いっそ、誰もこの部屋に入って来なかったら…。


そうは思っても甘い時間はそう長く続くはずもなく、次は全身マッサージへ。
並んだベッドに二人が並んでうつ伏せになると美しい女性が二人入って来て全身をマッサージしてくれるのだが、今まで感じたことのない手の感触に妙に体がくすぐったいと思ってしまうのは新吾だけだろうか。
ふと、顔を横に向けると楓がこっちを見ながら微笑んでいる。
つい、手を伸ばしてしまいそうになったけれど、ここには自分達以外の人もいる。
なのにうつ伏せているとはいえ、上半身裸の楓を前にして何もできないなんて…。
至福の時間のはずだったが、男にとってはある意味きつい場なのではないかと新吾は心の中を悟られないよう同じように彼女に微笑みかけた。
とは言いつつも、最後はあまりの心地良さにウトウトとしてしまったのだが…。

「あぁ〜気持ち良かったぁ」

うっとりした顔で、ハーブティーを飲んでいる楓。
またまた、照明を落とし、クリーム色で統一された雰囲気のある部屋で二人っきりでハーブティーなんかを飲みながらゆったりした時間を過ごしていた。

「案外、気持ちのいいものなんだな」
「疲れも取れた感じ?」
「あぁ、おかげさまで」
「良かった」

―――あたし一人だけ楽しんじゃったら、意味ないもんね。
腕を回して抱き寄せる新吾の肩にもたれて、そう思う。

「ありがとう」
「え?」
「俺の体のこと、心配してくれて」
「ううん、そんなこと」

自分も十分楽しんでいたし、返って変な気を使わせたのでは…。
そんな楓の表情を読み取った新吾は、彼女の頬に手を添えると額に触れるだけのキスを落とす。

「いやぁ、せっかくだから美味いもんでも食べて帰ろうと思ったけど真っ直ぐ帰りたくなるよな」
「どうして?」
「こんな色っぽい楓を見せられて、ゆっくり食事も喉を通りそうにないから」

ワザとおちゃらけたように言う新吾。
ふと、『彼の楓への想いは本当なんだと思う』と言った麻世の言葉を思い出す。

「んもうっ、新吾ったら」

だからこそ、あたしも新吾の気持ちを受け止めてあげなきゃいけないの。
でも、お腹空いてるから美味しいものは食べて帰ろうね。


To be continued...


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