気持ちが通じ合ってからというもの、凌駕(りょうが)とは、毎日メールでやり取りするようになっていた。
会社で毎日のように顔を合わせているものの、周りの目もあってあまり会話をすることもできないため、必然的にそういうことになったのだった。
それにしても、凌駕(りょうが)の印象は180度違う。
メールもそうだけど、一緒にいる時はこっちが恥ずかしくなるくらいの甘い言葉を囁くし。
―――今までの彼女に対してもこうだったの?一度、聞いてみようとは思っているんだけど…。
今夜は週末ということもあって、二人は誰にも気兼ねせずに夕食を共にする約束をしていた。
「遅いっ!」
待ち合わせの時間からまだ5分を過ぎたところだったが、あゆりは現れた凌駕(りょうが)にワザと怒ったような素振りを見せる。
「すみません。でも、あゆりさんは、そんなに俺に会いたかったんですか?」
「ねぇ、どうしてそうなるのよ」
―――ったくぅ。こういうところは、口が達者なんだから。
こっちが呆れるのを知っていて、これ以上言えないことをわかっていて、わざと彼はこういう言い方をしてくるのだ。
正に確信犯。
「まぁ、そう怒らないでくださいよ。いつも言っているでしょう?可愛い顔が、台無しだって」
―――はぁ…。
呆れて、返す言葉も出てこないわ。
「それより、俺、お腹空いてるんですよね。早く行きましょう。何、食べましょうね?この前はイタリアンだったから、今度はフレンチにしますか?それとも、和食にしますか?」
自然にあゆりの手に自分の指を絡めると、凌駕(りょうが)はゆっくり歩き出す。
人前で手を繋ぐなどあゆりにとっては恥ずかしい以外の何者でもないのだが、彼はそうするのが当たり前のようにしてくるのだ。
「ねぇ。前から聞こうと思ってたんだけど、凌駕(りょうが)って恥ずかしいくらい甘い言葉を言ったり、こうやって手を繋いだりって普通のことなの?」
あゆりのひと言に凌駕(りょうが)が一瞬だけ、歩みを止めた。
「どうして、ですか?」
「だって、なんかあまりにも自然だし、慣れてるのかなって思って」
凌駕(りょうが)は、その質問に首を傾げて暫く考えるような素振りをしている。
―――そんなに深く考えることかしら?
「それは、ないですね。俺は、今まで付き合った彼女とは手を繋いで歩いたこともないし、自分からは甘い言葉なんて言ったこともないですよ」
―――え…それって、どういうことよ。
意外な答えに、あゆりの方が逆に首を傾げて考え込んでしまう。
あんなに自然だったのに今まで付き合った彼女とは手も繋がない、甘い言葉も言ったことがないなんて…信じられないわ。
「自分でも、わからないんですよ。ただ、あゆりさんの前だとそうしたいというか、もう自分の意思とは無関係に勝手にそうしているんです。要は、あなたが特別だということだと思います」
―――うわぁ、それってすごい殺し文句。
だけど、あゆりには凌駕(りょうが)にそこまで想われる理由が見つからなかった。
こうやって付き合うようになって、彼は自分の想いをぶつけてくれるのにあゆりはそれをすんなり受け入れられないし、思っていても口に出して言うことができないでいる。
「あゆりさん?どうしたんですか?」
自分が言ったことで、何かを考え込んでしまったあゆりの顔を覗き込むようにして、凌駕(りょうが)は言葉を掛けた。
「何でもない。お腹空いてるんでしょ?早く、ご飯食べに行こう」
凌駕(りょうが)に笑顔を向けると、あゆりはなかなか歩き出そうとしない彼を引っ張るようにして歩き出した。
+++
彼女の中にまだ、自分の気持ちを受け入れることに少なからず不安や戸惑いがあることを凌駕(りょうが)は知っている。
それは凌駕(りょうが)に押し切られて仕方なくだとかそういうことではなく、今までの関係を思えば彼女にはそう簡単にいかないということ。
だから、どうやって彼女の心の中からその不安や戸惑いを取り除き、真正面から愛し合うことができるようになるのだろうか。
「さっき、あゆりさん。俺に見惚れてましたね?いい男だっていうのはわかりますが、こんな艶やかな唇。こっちが気になって、仕事にならないじゃないですか」
凌駕(りょうが)の長い指が、あゆりの唇の輪郭をゆっくりとなぞる。
―――えっ、ちょっと!それ、違う?!ん〜半分、当たってるかもしれないけど…。
「ねぇ。凌駕(りょうが)って、全然キャラ違うわよね。何か、騙された気分」
口を尖らせて言う、あゆり。
―――だって、こんな人を呼び出して…仕事中だっていうのに。
「騙すなんて、人聞きの悪い。俺は、元からこんなですよ。でも、どういうふうに違ってたんですか?」
凌駕(りょうが)が、興味津々という顔であゆりの顔を覗き込む。
目が悪いのか、彼はキスできるくらい顔を近付けて話す。
あゆりはこうされるといつも心臓が飛び跳ねそうになるのだが、そういう仕草一つとっても今までと違うのだと言いたかったけれど、取り敢えず声には出さなかった。
「何かもっとクールで冷めてるのかと思ったら、実際は笑い上戸でわりとおしゃべりだし。まぁ、意地悪なところはそのまんまだけどっ」
「何ですか、それ。俺はずっとこうでしたし、周りが勝手にそんなふうに思ってるだけですよ。う〜んただ、誰にでもは自分をさらけ出せないってのはありますけどね」
確かにあゆりが凌駕(りょうが)と話して、初めにそれは思ったことだった。
心を許した人にしか、本当の自分を見せない。
あゆりがその一人なんだと思うと嬉しい限りだけど、これを言うとつけ上がるから絶対言わない…。
「でも俺、前と比べて自分でも少し変わったなって思うんです。忍にも、言われましたけどね。今まではどこか作ってた部分があったのは自分でもわかってました。それが自然に振舞えるようになったみたいで、雰囲気が柔らかくなったって。これって、誰の影響だと思いますか?」
「え?」
凌駕(りょうが)が微笑みながら、あゆりのことを見つめている。
―――私?
「そうです、あなたですよ。俺、あなたといると何の駆け引きもない自然体の素のままでいられるんです。それが、他の人の前でもそうみたいで」
「私は、何もしてないのに…」
―――人の心まで変えてしまうような、そんな大それた存在じゃない。
あゆりは凌駕(りょうが)の言葉を心から喜んでいいのかどうか、わからなかった。
「あなたは、俺の側にいてくれるだけでいいんです。だから今のまま、ずっと変わらないあなたでいて欲しい」
凌駕(りょうが)は、あゆりを抱きしめると啄ばむようなキスを艶やかな唇に落とす。
「…ぁっ…んっ…」
「あっ、ダメだ」
急に声を上げたのでびっくりしてあゆりが見上げると、苦渋な顔をした凌駕(りょうが)の顔がそこにあった。
「凌駕(りょうが)?」
「このまま、あなたをここで押し倒したい」
「ちょっ、まさか本気で言ってないわよね?」
あゆりが慌てるのも無理はない、ここは凌駕(りょうが)に告白された会社の倉庫なのだから。
―――いくらなんでも、ここはマズイっていうかその前に会社はダメでしょ!
思っている側から、凌駕(りょうが)の手がブラウスのボタンを外してブラ越しに胸を撫でている。
「待ってっ…凌駕(りょうが)、こんなところで…。えっと、今晩、家に来ていいからっ。ねっ、だからっ… 」
あゆりの言葉が言い終わるか終わらないうちに、凌駕(りょうが)はピタリと手を止めた。
しまった―――。
自分から墓穴を掘るようなことを言ってしまった。
あれから何度か身体を重ねてはいたけれど、あゆりから誘うようなことは一度もなかったのに…。
「今、言ったこと本当ですね?今更、嘘なんて受け付けませんからね」
ニヤっと含み笑いをする凌駕(りょうが)の顔が恨めしい…。
やっぱり、この男は意地悪だとあゆりは再度確認。
でも、これは私の前だけなのよね?。
段々、彼に引き込まれて、どんどん好きになっていく。
―――好きよ、凌駕(りょうが)。
言葉にすると本当に押し倒されそうだから、キスでお返し。
えっと、夜が怖いけど…。
To be continued...
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