「元梨さんのことが、好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい」
「誰か付き合ってる人とか、好きな人がいるの?」
「そうじゃないの、でも…今は誰とも付き合う気はなから。本当にごめんなさい」
「わかったごめん、じゃあ」と言って、彼はあっさりと去って行った。
暫くして、5時間目を告げるチャイムの音が聞こえる。
あたしの名前は元梨 怜奈(もとなし れな)、東京近郊に新しくできた名門K大学の付属に通う高校2年生。
中学からこの学校に通っているが、なぜか高校に入学してからというものこうやって呼び出されては告白されている。
『ったく、毎回毎回うざいっつーの。あたしのこと何も知らないくせに、どこが好きだってのよ』
はぁ…と大きく溜め息を吐くとあたしは近くにあったベンチに座り、上着のポケットからタバコを一本取り出して火を点けた。
宙に向かってふぅーっと一回煙を吐いたところで、手に持っていたタバコが不意にあたしの手から離れる。
「今からこんなもんやってたら、将来子供生む時困るだろ?」
そう言ってあたしが吸っていたタバコを手に持って立っていたのは、長身で茶髪、同じクラスの森崎 優哉(もりさき ゆうや)だった。
「別にあなたに関係ないでしょ?だいたい、いつからそこに居たのよ」
あたしは、彼を睨みつける。
「『好きです。付き合ってください』からかな」
「全部じゃない。立ち聞きなんて趣味悪いわね」
「何、言ってんだよ。俺がそこで昼寝してたら、お前らが勝手に愛の告白を始めたんだろ?」
彼は取り上げたタバコをあたしが手に持っていた携帯灰皿に押し付けて、隣に腰を下ろした。
「授業、始まってるわよ」
「そっちこそ、いいのか?優等生で真面目な元梨サンが、授業サボったりして」
「体調悪いから保健室に行くって出てきたし、大丈夫よ」
「さすが、そういうとこ抜け目ないな。でも、元梨って真面目な奴だとばっか思ってたけど、猫かぶってたんだ〜」
彼はあたしを見て、白い歯を見せながらニヤッと笑う。
「何よ。その意味深な言い方」
「こんなところ教師に見つかったら、マズイよな〜。まぁ、黙っててやってもいいぞ。ただし、条件があるけどな」
―――何が言いたいのよ、この男は…。
「条件って何?脅す気?」
「脅すなんて人聞きが悪い。そうだなあ、俺の彼女になったら黙っててやるよ、それと禁煙も」
「はぁ?ちょっと、何言ってんの?何であたしがあんたの彼女になんなきゃいけないのよ!だいたい喫煙しようが、あんたには関係ないじゃない」
あたしはいつもの猫を被っていない時の口調で一気に言うと、彼を睨み返す。
「いいのかな?そんなこと言って」
―――うっ、あたしはずっといい子の優等生で通ってきた、今ここで正体をバラされるのは非常にマズイというか、もし喫煙がバレたら停学、いや退学?だからって、よりによってこんな奴の彼女になるなんて…。
森崎優哉という男は顔はいいが、とにかく女関係の噂が絶えない。
来るもの拒まず去るもの追わずって。
なのに遊びでもいいから付き合いたいっていう女子が後を絶たないってのが、まったくもって信じられないわ。
中学から一緒だったけど同じクラスになったのは高校2年になって初めてだったから、彼のことは噂でしか知らない。
あたし的にはいいイメージはないんだけど、勉強もスポーツも完璧にこなし、なぜか男女共に人気があるのよね。
たまに教室にいないと思う時は、ここでこうやってサボってたのかもしれない。
まぁ、あたしも保健室に行くって言いながらも、ここでこうやってタバコを吸ってたんだけどね。
今まで会わなかったのが不思議なのか、それともこの男はずっとここに居て見ていたのかもしれないわ。
まったく、あたしとしたことがマズイ男に見られてしまったものだ。
―――それよりまず、この状況を回避するにはどうすればいい?
彼女になるといっても、あたしは彼を好きじゃないむしろその逆で、彼もあたしを嫌いとまでは言わなくても好意を持っているとも思えない。
お互い愛情があるわけじゃない、むしろ金銭なんかが絡むより、条件的に受け入れるのは簡単なことなんじゃないだろうか。
これで黙っていてもらえるなら、ここは素直に受け入れておく方がいいかもしれないわ。
「わかった。彼女になればいいんでしょ?タバコもやめるわよ。その代わり今見たことは絶対誰にも言わないって約束してよ」
「わかってる、約束するよ」
あたしの言葉に、彼は満足気に微笑んだ。
取り敢えずこの場はしのげたわけで、そろそろ6時間目も始まる頃だ、あたしは教室に戻ろうと立ち上がるといきなり彼に抱き寄せられた。
「ちょっ、な何?」
「うっ…っん―――」
言葉を発する前にあたしの唇に彼の唇が重なる。
あたしは彼から離れようとしたが、抵抗すればするほど彼の腕の力が強まって離れることができない。
どれくらい続いただろう、ようやくあたしは彼から開放された。
「いきなり、何するのよ!」
「晴れて恋人同士になった記念。やっぱタバコ吸うとキスがおいしくないな」
しれっと言いのけるこの男。
「何が恋人よ。彼女になるとは言ったけど、恋人なんかじゃない。あたしはあんたのこと好きじゃないし、あんただってあたしのことなんて何とも思ってないんでしょ!」
「恋人に向かってあんたってのは、勘弁してほしいな。ちゃんと名前で呼んでくれないと、ねえ怜奈サン」
「なっ!」
勝手に名前で呼ぶな!それに恋人じゃないっつーの!
「なぁ、俺の名前ちゃんと知ってる?優哉だよ、ユーヤ。はい、呼んでみて」
「そっ、そんな呼び方なんて、どうだっていいじゃない!」
あたしは、カーッと顔が赤くなってくるのをなんとか誤魔化しながら言い返す。
「ダメ!呼んでくれないなら、さっき見たこと全部話してもいいのかな?」
―――うっ、そうくるか…。
「わっ、わかったわよ。呼べばいいんでしょ。呼べば!」
って言われても、恥ずかしくていきなり名前でなんて呼べるわけないじゃない。
だからってここでバラされるわけにもいかないんだから…ハイ深呼吸して、落ち着け、あたし、名前を呼ぶくらいなんでもないわよ。
ヨシ!
「…ユーヤ」
「え?聞こえないよ。もう一度」
今ちゃんと言ったじゃない、こいつ絶対わざとだよ。
あ〜んもう。
「ユーヤっ」
「はい、よくできました」
名前を呼んだ途端に満面の笑みをたたえた優哉が、あたしのおでこにチュッとキスをした。
もうっ何なのよっ、この人。
何か、キャラ違わない?
あたしは今まで恋だの愛だのってのは面倒だから、遊びでしか男と付き合ったことはなかった。
もちろん学校でのあたしは優等生のいい子で通ってるんだから、親友の麻実(まみ)以外誰もこのことは知らないんだけどね。
だから普通の恋人達がするように名前で呼び合ったり、いわゆるデートだって、いちゃいちゃするなんてしたことない、つーかこっぱずかしくてできないわよ。
あたしがブツブツ1人で文句を言っていると…。
「あと。言っとくけど、俺は怜奈のこと好きだから」
「ほぇ?」
ちょっと待って『好きって』どういうこと?一瞬何を言われたのかわからなくて、ボーっとその場に立ち尽くしていると、「そういうことだから。それより怜奈、早くしないと授業始まるぞ〜」って先に歩いている彼の声が聞こえる。
あたしは我に帰って急いで彼の後を追い、教室に向かった。
☆
「怜奈、大丈夫?顔色悪いよ」
自分の席に着くと前の席に座っている麻実が、「本当に保健室で休んできたら?」とあたしを見て耳元で囁くように声をかけてきた。
あたしはたった今起きたあまりの展開に身体もついてこれなくて、本当に気分が悪くなってきた気がする。
でも、次は好きな英語の授業だから、どうしてもサボるわけにはいかない。
あと1時間だし、「大丈夫だから」と麻実に言って授業を受けた。
英語の授業は、なんだかとてつもなく長かった気がする。
授業が終わると、とにかく早くここを出たかったから急いで帰り支度をしていると…。
「怜奈、一緒に帰ろう」
―――げっ、聞き覚えのある低い声。
恐る恐る後ろを振り返ると、満面の笑みをたたえた優哉が立っていた。
「何で…」
「何でって、付き合ってるんだから普通だろ?」
あ?―――
あ〜どうして、そういうこと人前で平気で言うかな〜。
あたしは恥ずかしくって、顔から火が出そうだ。
それにみんなびっくりして見てるわ。
そりゃそうよね。
絶対ありえない展開だもんね。
あたしだってついさっきまで、そう思ってたもの。
「わっ、わかったから、ね?行こう優哉!」
あたしは優哉の腕を引っ張って、急いで外に出た。
「ちょっと!何でみんなの前であんなこと言うのよ!」
あたしはゼーゼー肩を震わせながら、一気にまくし立てた。
それでもこの男は全然反省してる様子もなく、どころか「ちゃんと、俺の名前呼んでくれたんだ」なんてニコニコ笑ってるし、―――こりゃダメだわ。
明日学校に行ったら何言われるか、たまったもんじゃないわよ。
きっと後で麻実は電話をかけてくるに違いない、本当のこと言った方がいいかな。
あたしは、これからの対応を考えてるってのに目の前の男は…。
「怜奈、れ〜な。何、この世の終わりみたいな顔してんだよ」
でも、この人たまにはいいこと言うわね。
―――The end of this world.―――
まさしく、この世の終わりだわ。
あたしはガックリうなだれていると「帰るぞ〜」っていきなり手を繋がれて引っ張られた。
うわっ、何すんのよ〜。
手を繋ぐなんて恥ずかしいから、離せっつーの。
あたしの意見など聞き入れるわけもなく、まるで仲むつまじい恋人同士のように家に帰ったのは言うまでもない。
☆
案の定、即行麻実から電話が掛かって来た。
麻実は唯一あたしの本性を知っているから隠してもしょうがない、というかあの子に隠せるはずもなく…。
昼間の優哉との経緯を一通り話し終えると、麻実が言った。
『まったく、あいつもどういうつもりなんだか』
確かに彼の意図がつかめない。
今まで彼が、特定の女の人と付き合ったという話は聞いたことがない。
彼ならわざわざあたしを彼女にしなくたって、いくらでも女の方から寄ってくるだろう。
あたしが魅力的な女ならまだしも、それは絶対にないわけで…。
まじめで優等生なあたしと付き合ってみたかった?でも、彼はあの現場を目撃していたはずで、もしかするとあの時が初めてじゃないかもしれない。
あたしの本性を知っていて、あんなことを言ったのだろうか?
だとしたらどうして…。
考えれば考えるほどわからないことだらけ。
『もしかして、本気なんじゃない?』
本気?
『だって、そうとしか考えられないじゃない。あの、森崎くんがだよ?成行きとは言え彼女になってくれって言うこと自体本気だよ。それに、付き合ってる彼女に自分から一緒に帰ろうなんて言ってるのも初めて見たよ?』
確かにそうだ、付き合っていると言われていた彼女の方が一緒に帰ろうと教室まで押しかけて来たのは何度か見たことはあったが、それもいつもうざったいって感じで軽くあしらっていたっけ。
それなのに自分から帰ろうなどと誘ってきたり、まして付き合ってるんだからなどとおおっぴらにみんなにわかるように言うなんて…。
あの時の『言っとくけど、俺は怜奈のこと好きだから』って言葉…あれは、本心なの?
「仮にそうだとしても、あたしはあいつのことなんてなんとも思ってないし、秘密さえバラされなければどうだっていい話よ」
『まぁ、そうだけどさ〜。でも、怜奈と森崎くんがほんとにくっついたら、おもしろいなって』
「ちょっと麻実、何考えてんのよ!」
『別に〜。でも森崎くんみたいな人が本気になったらどうなるのかなって、ちょっと興味あるかな』
「おもしろがってる場合じゃないわよ。まったく!!人が真剣に困ってるのに」
『はいはい。散々遊ばれて捨てられたら慰めてあげるから』
「もう!麻実、いい加減にしてよ」
『わかったって、なんかあったらすぐ言うんだよ。じゃあね』
そう言って、一方的に電話は切れた。
怜奈が盛大に溜め息を吐きながらボーっと携帯を見つめているとそれから少しして、再び携帯がブルルルルルと震えだした。
見ると、今度はメールだった。
差出人の名は“優哉”。
さっき一緒に帰ってくる時、彼に携帯番号とメアドを強制的に登録されたのだった。
『バスケの朝連がなかったら明日、怜奈と一緒に学校行けたのにな〜残念』
何これ。
あたしは思わず、画面を見ながら噴出してしまった。
『あぁ、よかった。おかげで、一緒に学校行かないで済むわ』
そう返事を返すあたしも、まったく可愛くないわね。
『ははは、そう言うと思ったよ。でも、水曜日は練習ないから覚えとくように。それじゃあ、おやすみ怜奈vv』
うわぁ、何最後の言葉、ハートマークも飛んでるよ。
あいつこういうこと平気で言ってくるけど、まったく恥ずかしくないのかしら。
メールでもかなり恥ずかしいのに、こんなこと耳元で言われたらまいっちゃうわね。
『はいはい、わかりましたよ。明日、寝坊しないように!』
送信ボタンを押して携帯を閉じる。
それにしても、こういう関係になってからまだ半日も経ってないというのに…。
何だかついていけないわ。
☆
色々考えていたらよく眠れなくて、眠い目を擦りながら学校へ行くとやはりみんなの視線が痛い。
そりゃあそうよね昨日の帰りにあんなことがあったんじゃ、仕方ないとは思うけどね。
「おはよう…」
「あっ、怜奈おはよう」
怜奈が先に学校に来ていた麻実に挨拶すると、嬉しそうに何やら怜奈の後ろをちらちらと見回している。
「何?」
「いや、今朝はダーリンは一緒じゃなかったのかなって思って」
何がダーリンよ!あたしは何も言わずに麻実を睨みつける。
「怜奈、朝から怖い…」
「だったら、そういうこと言わないっ」
あたしがバスケの朝連だってと言うと、うんうんと頷いて納得したようだった。
「それよりどうしたの?目赤いね。彼のことを考えて眠れなかった?」
「麻実っ!」
☆
優哉とは席が近いわけでもないから、授業の間の短い休憩では時間もないし、お昼もお互いの友達と食べるから同じクラスでもほんと話す機会なんてないんだわ。
逆にあたしには都合がいいはずなのに、なんだか寂しいと思ってしまう自分がいる。
何なの?この気持ちは。
今日彼は、部活の日だから一緒に帰ることもない。
特に一日話すこともなく今まで通り平凡な日々を過ごしたあたしは、麻実と一緒に帰ろうとすると優哉に呼び止められた。
「ごゆっくり〜」麻実のひやかす声が聞こえる。
「夜、電話するよ」
「は?いいよ、わざわざ」
ってあたしが言うと「今日は全然話ししてないだろ?俺が怜奈の声を聞きたいだけだから」って耳元で囁くように言うと、体育館の方へ行ってしまった。
あたしはしばらくその場で固まったまま動けないでいると、麻実があたしの目の前で手をヒラヒラさせている。
「お〜い、怜奈、怜奈ってば」
「あぁ…麻実」
「あぁ、じゃないでしょ。さっきから呼んでるのにぃ。何、ダーリンに愛の囁きでもされたの?」
「なっ、何言ってんの?んなわけないでしょ」
あたしは、麻実を置いてスタスタと歩き出した。
多分、顔は真っ赤だったと思う。
「わかりやすい子だね〜」って、麻実の言葉もこの時ばかりは耳に入らなかった。
☆
夜、電話するって言われたって何時だかわからないのに…、あたしは今も携帯をじっと見つめている。
何やってんだ、あたし…。
すると、ブルルルルルル―――目の前の携帯が、震えだした。
画面には“優哉”の文字。
来た!
すぐに出るのも待ってましたって感じだし、取り敢えず少ししてから電話に出る。
「…もしもし」
『怜奈?』
「うん」
『今、話しても大丈夫か?』
彼は元々低い声だけど、電話だとそれ以上に低く聞こえて何だか落ち着かない。
「うん」
『何だ、随分おとなしいな』
「だって…、何話していいかわからないから…」
『今日は、俺と話ができなくて寂しかった?』
「はぁ?何言ってるの?そんなわけないでしょ!バッカじゃない」
『お、やっといつもの怜奈に戻ったな』
「からかわないでよ!」
あたしはムッとして。
「用がないなら電話切るわよ」
携帯を耳から離して本気で切るボタンを押そうとすると。
『待った!切るな!ごめん』
遠くで彼の慌てる声が聞こえる。
あたしはもう一度、携帯を耳に当てると。
『怜奈?』
「何よ」
『良かった、マジ切られると思った』
「マジ切ろうと思ったもん」
不覚にも何だか彼がちょっと可愛いかもって、思ってしまった。
『それで、本題。今度の日曜日は、予定ある?』
「え?あっと特にないけど」
あまりに咄嗟のことでつい本当のことを言ってしまったが、言った後で少し後悔することになる。
『じゃあ、どっか行こう。そう、デートしよう』
「でっ、デート?」
突然の言葉に思わず声が上ずってしまった。
『イヤ?』
「イヤって…じゃないけど…」
『けど?』
「デートって、どこに行くのよ」
『う〜ん、どこって怜奈の好きなところでいいけど?』
「ちょっと待ってよ、好きなとこって言われても困る」
そんなこと言われても困るわよ。
自慢じゃないけど、あたしはデートなんて一度もしたことないんだからね。
『俺は怜奈が行きたいところならどこでもいいから、好きなところ決めといて』
「え?…う…ん、わかった」
『じゃあ、また明日学校で。おやすみ、怜奈』
「おっ、おやすみなさい」
これだけ言うのが精一杯だった。
うっ、はっ恥ずかしい…。
あたしは真っ赤であろう顔をしたまま、電話を切った後もそのまましばらく画面を見つめていた。
これが、ほんとに女をとっかえひっかえしてた優哉なのかしら?
付き合う人には、こんないっつも甘い言葉かけてるわけ?
あの人と付き合ってたら身体に悪いってのよ。
よくみんな付き合ってられるわ。
はぁ…。
でも、デートってどこへ行けばいいわけ?
しょうがない明日、麻実にでも聞いてみよう。
※ このお話は、フィクションです。未成年の喫煙は、法律で禁止されています。
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