☆
「ねえ、デートってどこに行ったらいいの?」
「え?何、森崎くんにデートに誘われたわけ?」
「まぁ、そんなとこ…かな。好きなとこ決めていいって言うんだけど、わからないから」
「デートって言ったら普通、映画観たり遊園地行ったりとか色々あるじゃない。まさか…怜奈、デートしたことないとか言わないわよね?」
「ないわよ、そんなの」
即答かい!?って麻実の心の中での突っ込みが聞こえてきそう。
「嘘でしょ?だって怜奈、色んな人と付き合ってたんでしょ?」
「だって、いつもクラブとかラブホとかしか行かないから」
「・・・・・」
何、麻実、固まってるの?
だってほんとのことなんだから、しょうがないじゃない。
「怜奈って、天使の顔した悪魔だね」
「自分でもそう思う」
「森崎くんは、そこまで知ってるの?」
「さぁ」
「さぁってあんた…」、麻実の呆れた顔が目に入る。
さてどうしよう…デートって、どこに行けばいいのよ。
はぁ―――。
あたしはほとんど授業は上の空で、デートの行き先をどこにしたらいいのか一生懸命考えていた。
☆
麻実に聞いてもおもしろがって全然話にならないから、あたしは無難なところで新しくできたテーマパークに行ってみることにした。
あそこなら、乗り物に乗っていれば場が持たないということもないと思ったから。
その日の夜に早速、かかってきた優哉からの電話でそう言うと二つ返事でOKしてくれた。
―――そして、日曜日。
あたしの心とは裏腹に思いっきり、いいお天気の朝だった。
ママには同じクラスの男の子とテーマパークに行くと言った、もちろん彼氏だなんてことは口が裂けても言わないんだけどね。
なのにママったら張り切っちゃってもう大変、『怜奈ちゃんにもやっと彼氏ができたのね、どんな男の子なの?今度家に連れてらっしゃい』
―――だから、彼氏じゃないってのに!
あたしの話なんて聞かないで、『じゃあ、お弁当作って行ったら?なんて、またとんでもないことを言い出して今に至っているのだけど…』
自慢じゃないけど、あたしは料理が得意なのよ。
お弁当も毎朝自分で作ってるし、だからこんなことはあたしにとっては容易いことなんだけど、なんか腑に落ちないのよね。
どうして、あたしがあの男のためにせっせとお弁当を作らなきゃなんないのよ。
それにママはあたしが猫被ってることも知らないから、きっと男の子と出掛けるなんて初めてだって思ってる。
―――ごめんね、ママ。あなたの娘はしっかりバージンも失ってるのよ。
と心の中で手を合わせて謝った。
いつもは肩より少し長い髪を二つに結んでるんだけど、(男の子と遊ぶ時は、下ろしているけどね)それが今日はもうママのお人形と化してしまい、ホットカーラーでくるんくるん。
もう、どこのお嬢様って感じなのよ。
服装は一応動きやすい方がいいと思ったから、ジーンズにやけに可愛らしいカットソーを合わせた。
もちろん、これも普段は絶対着ないような代物。
はぁ…。
あたしは出掛ける前からどっと疲れてしまい、もうデートなんてはっきり言ってどうでもいいって感じ。
それでも自分のことのように嬉しそうにあたしの世話を焼いているママを見ているとそんなことを言えるはずもなく…。
重い心を引きずりながらあたしは待ち合わせの駅へと向かった。
出掛けにバタバタしていたから時計を見れば時間ギリギリ、遅刻したらあの男怒りそうだわ。
などと考えながら走って行くとどんなに遠く離れていても一目であいつとわかる、それくらい目を引くやつなのだ。
それに今日は私服とくれば、その魅力は普段の倍以上にもなるわけで。
なぜかあたしはなかなか彼の前に行くことができないで、その場でずっと立ち止まったままだった。
―――あ〜ぁ、仮病でも使って帰っちゃおうかしら。
などと考えているとバッチリ彼と目が合って、あたしに気付いた優哉がこっちに向かって歩いて来るのが見える。
―――うわぁマズイ、どうしよう…。
それでも地面に瞬間接着剤でくっつけられてしまったかのようにぺったりと貼り付いていたあたしは、あっけなく彼の手によって捕まえられていた。
「怜奈、おはよう。どうしたんだ?」
ずっとつっ立ったままのあたしを、不思議そうに優哉が見つめている。
「おっ、おはよう。何でもないよ。ごめんね、遅くなって」
誤魔化すように薄い笑みを浮かべながら言ったけれど、果たしてうまく笑えただろうか?
「俺も今来たところだから、それより―――」
優哉の言葉が途中で止まってしまい、どうしたのかと問いかけようとした矢先に不意に腰に手を回されて抱き寄せられた。
「ちょっ、優哉。何するのよ!」
あたしの言葉なんて全然耳に入っていないのか、その力は余計に強まったような気がした。
「お前、俺のために可愛くしてくれるのは嬉しいけどさ、それ逆効果。周りの男がどんな目で見てるかわかってる?」
はぁ?
この男は、一体何を言い出すのやら。
確かにあたしは歩いているだけで声を掛けられる、学校でも告白が絶えないけれど、あたしなんかより可愛い子はいくらでも周りにいるじゃない。
「別に優哉のために可愛くなんてしてないっ」
「そういう、素直じゃないところがまた可愛いんだけどさ。今日は俺が一緒だからいいけど、1人で歩く時はもう少し抑えてくれないと心配でしょうがない」
優哉はぴったりとあたしを抱き寄せたまま電車に乗って、目的地のテーマパークへ向かった。
あたしはこんなふうに男の子とくっついて歩いたことがなかったから、恥ずかしいったらありゃしない。
それにしても、優哉がこんな甘々男とは知らなかった。
今までの噂での彼は、来るもの拒まず去るもの追わずで誰とでも付き合うが長続きしないというもの。
もちろん自分から付き合って欲しいなどと言った話は聞いたことがない。
それがどうだろう、成行きとは言え彼女になってくれなどと言い出して、毎日電話かメールは必ずと言っていいほどあるし…。
そして、こっちが恥ずかしくなるような甘い言葉を囁くのだ。
―――何かが違う。
こいつは、こんなやつじゃないはずだ。
「怜奈、着いたよ」
そんなことを考えていると、目的地のテーマパークの入口に着いていた。
ちっとも可愛くないあたしは、絶叫マシーンとか高いところが大好きだ。
なにせ趣味は、K-1観戦ってなくらいだからね。
まぁ、優哉もそんなことは言わなくてもわかっていたみたいだから、どうってことないけどね。
片っ端から乗り物を制覇していくと、あっという間にお昼になっていた。
「もう、お昼だな。怜奈、何食べる?」
優哉に言われて、今になって自分がお弁当を持って来たことを思い出した。
「あたし、お弁当作ってきたんだけど」
「えっ?マジで?」
ものすごく、優哉が驚いている。
「何、食べられるの?とか思ってるでしょ」
図星だったみたいで、目をパチクリさせている。
普通はそうよね、女子高生が料理なんてしない方が当たり前だもんね。
「そういうわけじゃないけど、怜奈が作ったのか?」
「うん、初めはそんなつもりじゃなかったから、たいしたものは作れなかったけど」
優哉とあたしは、フラワーガーデンにある芝生に腰を下ろすと、作ってきたお弁当を広げた。
今日のメニューは、アスパラの豚肉巻きとウインナーが入った卵焼き、ベーコンとポテトにチーズを乗せて焼いたのに鮭のおにぎりと彩りにプチトマトとブロッコリーを添えたもの。
そしてデザートにはキィウイフルーツ。
ウェットティッシューを優哉に差し出してお弁当の蓋を開ける。
「うわぁ、すっげぇうまそうっ」
優哉が嬉しそうに言った側から、「うまそうなんじゃなくて本当に美味しいんだからね」とひと言付け加える。
まぁ、お腹が空いてるから人の話なんて聞いちゃいないけど。
どうぞって差し出すと「いっただきまーす」という声の後に優哉はまず、おにぎりをパクリと頬張った。
「俺、鮭好きなんだよ。やっぱ、おにぎりは鮭だよな」
あたしもそう思う。
梅干は酸っぱいから苦手、たらこも嫌いじゃないけど、おにぎりの具は昔から鮭って決まってるんだもの。
優哉も好きって言ってくれたのが、なんだか少し嬉しかった。
聞くと優哉は特に嫌いなものはないらしい。
それに身体も大きいから良く食べる、いっぱい作ってきてよかったわ。
「そう言えば裕(ひろむ)が言ってたな、怜奈のお弁当がすっげぇうまそうだって。もしかしてあれも自分で作ってたのか?」
そうだよって言ったらやっぱり驚いてた。
おしとやかに見えて実は猫被ってるけど、これだけは正真正銘嘘じゃないんだからね。
思っていても敢えて口に出しては言わないけれど。
「あぁ、美味かった。もうお腹いっぱいだ」
優哉はそのまま芝に大の字になって、ゴロンと仰向けに寝っ転がった。
あたしも真似をして寝てみる。
―――こんなふうに空を眺めるのは、いつ以来だろう?
小さい時にやった記憶はあったけれど、なんだかすごく懐かしい気がした。
「何かいいな、こういうの」
優哉が空を見上げながらぽつりと言った。
「俺さ、あんまりデートってしたことなかったんだよ。人込みとか苦手だし、何かうざいっていうかさ。でも、怜奈とはどこでもいいからしてみたいって思ったんだ」
そう言う優哉をちらっと見ると、ずっと空を見上げたままだった。
「あたしだって、そうだよ。いきなり優哉にデートしようって言われて、ほんと困ったんだからね」
あたしは少し膨れっ面でそう言い返す。
だって、本当にそうだったんだもん。
これでも、一生懸命考えたんだからね。
そんなあたしの気持ちを宥めるように優哉はぎゅっとあたしの手を握った。
それがとても心地よくて、知らぬ間に自分からもそれに答えるように握り返していた。
「俺がさあ、なんでお前に彼女になってくれって言ったかわかってるか?」
「それは、あの場面を優哉に見られたのをあたしが黙っててって言った見返りでしょう?」
「怜奈は、本当にそう思ってる?」
「え?」
あたしがふっと優哉の方へ顔を向けると、優哉も同じようにあたしの方に顔を向けた。
その顔は、なんだか少し寂しそうにも見える。
―――あたし、なんか変なこと言った?
「やっぱ、そうだったかぁ」
ものすごく残念そうに優哉はまた空を見上げた。
「俺は別にお前が煙草を吸おうが、それを学校にチクッたりするつもりは初めからなかったよ」
それってどういうことよ。
じゃあ、なんであの時、彼女になれなんて言ったわけ?
「ここまで言っても、まだわからないか?」
わからないか?って言われても…。
「えぇ!?」
あたしは勢い良く上半身を起こすと優哉の顔を覗き込むように見た。
「それって…まさか…」
『もしかして本気なんじゃない?』
あたしは契約的に優哉と付き合うことになった時に、麻実に言われた言葉を瞬間的に思い出していた。
「そう、そのまさか」
優哉も同じように上半身を起こすと、あたしの顔をじっと見つめたまま言葉を続けた。
「俺は、怜奈のことが好きだ―――」
「へ?」
あまりに突拍子もないことを言うものだから、思わず変な声を出しちゃったじゃないの。
「正確に言えば、ずっと前から好きだったかな」
優哉があたしを好き?それもずっと前から?
「俺さ、あそこにはかなり前から昼休みには行ってたんだよな。それで、怜奈が何度も告白されてるのを見てた」
やっぱり…。
そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱり見られてたのね。
ってことは煙草を吸ってるのも、もちろん見られていたわけよね。
優哉はあたしが真面目な優等生で通っているのを知っていながら、あたしの本性を見ても好きだったって言うの?
「だからまともに告っても絶対断られると思った。どうしたら俺のこと受け入れてくれるかなって考えて、それであんなこと言ったんだ」
「自分から告ったことがないから、どうしていいかわからなかったんだ」って、少し照れながら言う優哉がなんだかすごく可愛く見えた。
いつも自信たっぷりで女の子にモテモテの男が、あたしなんかのことでこんなふうに悩んでいたなんて…。
「どうしても、怜奈の気持ちを俺に向かせたかったんだ」
優哉は、あたしの手を握っている手に力を込める。
「あたしが学校では真面目な優等生を演じているけど、実は色んな男と遊んでるのも知ってて言ってるの?」
優哉は、ただ黙って頷いた。
「もちろん知ってたよ。でもそれは俺と同じだろう?俺だって、色んな女の子と遊んでたからな」
まぁ、あそうだけど…。
「俺見たんだ。学校帰りに小学生の数人の男の子が同級生くらいの女の子にちょっかい出してたんだけど、それを止めようとした男の子と喧嘩になってたのを怜奈が仲直りさせてたのをさ」
え?あれも見られてたの?
優哉が見たと言うのは今から3ヶ月ほど前のこと、あたしが学校から帰る途中、小学生の数人の男の子が1人の女の子にちょっかいを出して泣き出してしまったところを通りかかった同級生の男の子が止めに入って喧嘩になってしまったのだ。
あたしには歳の離れた、今小学校5年生になる圭太という弟がいる。
ちょうど同じくらいの子たちで、どうしても見過ごすわけにはいかなかった。
だからお節介だと思ったんだけど、つい口を挟んでしまったのだ。
理由は簡単、好きな女の子ほど苛めたくなるってね。
あたしは、女の子には何があっても男の子は優しくなきゃダメなんだよって言い聞かせた。
『お姉さんも優しい男が好きなの?』
『そうよ。女の子はね、優しくて自分のことを一生懸命守ろうとしてくれる男の子に弱いのよ』
『そっか、じゃあ俺も優しい男になってお姉さんが苛められてたら守ってあげるよ』
1人の男の子がそんなことを言い出して、あたしはお願いねって言ったら、その男の子はまかしとけって胸をポンと叩いたのだった。
それが本当に可愛くって、あと5年早く生まれてくれてたらって思ったのよ。
「その時の怜奈は、すごくいい笑顔をしていて釘付けになった。あの時の怜奈が本当の怜奈なんじゃないか、俺の前でもあんなふうに笑ってて欲しいって思ったんだ。だから、学校での怜奈はなんか作ってたって気がしてた。真面目で優等生だって周りが勝手に決め付けてたのかなって」
そう、あたしはいつだっていい子を演じてたのかもしれない。
物分りもよくて、勉強もよくできたから、両親もあたしに期待をかけた。
いつの間にかいい子にしてるのが当たり前になっていた、でもそれが作り物だってわかってたから、隠れて法に触れない程度の悪いこともやっていた。
それでもどこか満たされない自分が居たのも確か、いい子を演じる自分も悪いことをしている自分もどっちも本当のあたしじゃなかったから。
「もう一度言うよ。怜奈が好きだ、俺の彼女になってくれないか?」
あたしの心の奥底まで射抜くような真剣な眼差し、それでいてすごく優しくて…、そんな目で見つめられたらどうしていいかわからない。
まるで金縛りにあったかのように、あたしは優哉から目を逸らすことができなかった。
そして今までに見せたことがないような笑顔で、迷わず答えていた。
「あたしを優哉の彼女にしてください」
一瞬、呆気にとられた優哉の顔がみるみるうちに笑顔に変わり、握っていたあたしの手を自分の方に引っ張った。
そして急に引っ張られてバランスを崩したあたしは、優哉の大きな身体にすっぽりと収まっていた。
「優哉?」
あたしを抱きしめたまま何も言おうとしない優哉に、少し不安になったあたしは彼の名前を呼んだ。
「お前、ずるいぞ。反則だ」
何?いきなりずるいとか反則だとか。
優哉の大きな胸の中に埋めていた顔をゆっくり起こすと彼の手があたしの頬を撫でる。
それがすごく心地よくて開いていた瞼を閉じると唇に羽が触れるようなキスをひとつおとす。
「あー、もうっ。お前、可愛すぎ」
優哉は、またぎゅーってあたしを抱きしめた。
To be continued...
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※ このお話は、フィクションです。未成年の喫煙は、法律で禁止されています。
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