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Chapter1-6


それから、2週間ほどした週末の土曜日、瑞希は慎之介の両親に会うために彼の家に来ていた。
いくら、慎之介と瑞希の父親同士が大学時代の親友で瑞希の父は許してくれたにしても、完全には安心し切れていないのだ。
やはり、緊張することに変わりはない。

「大丈夫か?」

慎之介の家は瑞希の家とは違う、都心の閑静な高級住宅街にあった。
洋館という呼び方が相応しい、壁に蔦の生えた年代を感じさせる落ち着いた佇まい。

「うん」

そんな緊張感の中にも、瑞希は慎之介がここで高校生まで暮らしていたのだと思うと感慨深いものがあった。

「行こうか」

慎之介に腰を抱かれるようにして門の前に立ち、ブザーを押すとインターホン越しに上品な女性の声が聞こえ、開いているからと玄関へ。
待ちきれなかったのか、扉が開いたと同時に目の前には声同様、とても上品で綺麗な女性が顔を出した。

「まぁっ、あなたが瑞希さんなの?とっても、可愛らしいわね。いらっしゃい、待ってたのよ」

そう言うが早いか、瑞希はその女性に抱きしめられていた。
瑞希はとっさのことで、何が何だかわからないまま。

「おいおい、母さん。急にそんなことしたら、瑞希がビックリするだろう?」

『あら、ごめんなさいね』って、慎之介の母親は瑞希から離れると『お父さんも、お待ちかねよ』と挨拶も早々に瑞希の手を引くと奥の和室に連れて行く。
広いエントランス、奥には右に大きくカーブした階段が見えたが、そんな素敵な室内を見ている暇もない。

「失礼します」

そう言って中に入ると、そこには慎之介に良く似た紳士が座っていた。

「瑞希ちゃん、綺麗になったなぁ」
「はい?」

瑞希は驚いて、慎之介の方に振り向いた。
慎之介の両親には、瑞希の父親のことはまだ話さないようにと言っていたはずなのに。
しかし、そう目で訴えられても慎之介にも身に覚えがないことなので、やはり驚いた様子で無実の罪を晴らすために必死で首を横に振っている。
じゃあ、どうして慎之介の父親は瑞希のことを知っているのだろうか?
そんな、二人の怪訝そうな顔を見て慎之介の父、竜之介は言葉を続けた。

「いやぁ、実は川瀬君から電話をもらってね」

「まぁ、座ってゆっくり話そう」と慎之介の父は、二人を前に座らせた。

「父にですか?」
「そうなんだ。10日ほど前かな、突然掛けてきて娘をよろしくってね。まったく、唐突っていうかなんというか。でも、そこがあいつらしいところなんだけどね。まさか、うちの慎之介の相手が瑞希ちゃんとはね。聞いた時は、本当に驚いたよ」

父がそんなことをしていたとは、思いもしなかった。
きっと、瑞希のことを心配して慎之介の父親に前もって連絡を入れていたのだと思う。

「何だ。親父、知ってたのか」

慎之介のちょっと残念そうな顔が目に入る。
彼のことだから、内緒で驚かせようとしていたのだろう。

「それより、瑞希ちゃんはいいのかい?こんなのの、お嫁さんになっても」
「ちょっと親父待てっ、こんなのってなんなんだよ。こんなのってのは」

「仮にも息子に対して」と、実の父親の暴言に慎之介も黙ってはいられなかったようで、瑞希の言葉を挟む隙も与えずに言う。

「お前はうるさい。私は瑞希ちゃんに聞いてるんだ」

慎之介の父は、冗談交じりにも真剣な眼差しで瑞希の返事をじっと待っていた。

「はい。私のことを一番わかってくれているのは慎之介さんですし、私も彼の支えになりたいんです。そして、いつまでも一緒に歩んでいきたいんです」

瑞希の言葉に納得したように慎之介の父は何度も頷いてみせた。

「瑞希ちゃん。こんなやつですけど、慎之介をよろしく頼みますよ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

瑞希の力強い返事に安心したのか、慎之介の父は優しく笑みを返した。

「良かったな慎之介、こんなにいいお嫁さんが来てくれて。だが、親友の大事な娘さんなんだ、不幸にするようなことがあったらまずこの私が許さない、それだけは忘れないようにな」

慎之介の父はとても穏やかで優しい雰囲気の紳士だが、時に厳しい一面を見せる。
こんなところは、慎之介も受け継いでいるのかもしれないと瑞希は思った。

「わかってる。瑞希のご両親にも約束した、絶対に幸せにするからって。だから、心配しないでいいよ」
「そうか」

慎之介の父はそれ以上、何も言わなかった。
それからは、慎之介も久しぶりの家族との団らんと、これで何の障害もなく瑞希と結婚できるという安堵感からすっかり酔っ払って眠ってしまい、瑞希が慎之介の母と一緒に脇に布団を敷いていた時だった。

「まったく、この子ったら、しょうがないわね。瑞希ちゃんも大変ね」
「いつもはこんなことないですから、今日は特別だったんだと思います」

いつもの慎之介はお酒に負けるようなことはなく、この人は本当に酔わないんじゃないかと思ったことがあるくらい。
でも、今、目の前で眠っている慎之介を見ているとやはり今日は特別だったのだろう。
肩の荷が下りたという安堵感から、いつも以上にハイペースでお酒が進んでしまったようだ。

「それにしてもこの人ったら、年甲斐もなく息子と張り合うなんてね」

慎之介の隣でやはりつぶれてしまって眠っているのは彼の父だった。
「しょうがないわね」って言いながらも慎之介の母は愛しいものを見る目で夫を見つめながら、肩を揺すって起こすと布団に寝るように言い聞かせた。
二人を見ていると自分たちもこんなふうに夫婦になっていくのだなと瑞希は改めて思うのだった。



瑞希は、慎之介の母に誘われてリビングで軽く飲みなおしていた。

「私ね、すごく娘が欲しかったの。だから、子供たちが早く結婚してお嫁さんをもらってくれないかしらってずっと思ってたのよ。なのに長男の光之介の方はいきなり大学を辞めて会社なんて興しちゃうし、全然お嫁さんをもらう気配もないじゃない?慎之介の方も女の子の気配は感じるんだけど本気じゃないみたいだから、まだまだって思ってたの。それがいきなり結婚したい人がいるから会って欲しいって言われた時にはびっくりしたわ」

「できちゃった結婚?なんて、疑ったくらいなのよ。ごめんなさいね」と、母の本音もポロっと出たりして。
これだけ急だと、そう思われていても仕方ないのかもしれない。

「それが、あの人の親友の娘さんだったなんてね。もう、どんな女性か楽しみに待ってたのよ。そうしたら、瑞希ちゃんみたいに可愛いらしい子が慎之介のお嫁さんになってくれるなんて、嬉しくてつい抱きついちゃったの」

家に入って早々に抱きつかれたのには驚いたが、瑞希の家も二人続けて男の子が生まれた後に女の子が生まれた時にはものすごく喜んだものだから、慎之介の家も同じだったのかもしれない。

「いえ、そう言っていただけるだけで嬉しいです。慎之介さんは大丈夫だって言ってくれていたんですけど、お母様に嫌われたらどうしようって、ずっと心配していたんです」

普通、母親というものは息子の嫁を毛嫌いするものと相場が決まっている。
だから、瑞希も例に洩れず、ずっと心配していたのだった。

「こんな可愛い娘ができたんですもの、嫌うわけないわ。それにお母様なんて、呼ばれてみたかったのよね。瑞希ちゃん、もう一度呼んでくれる?」
「はい、お母様」
「まぁ、なんて可愛いのかしら。慎之介なんて放っておいて、家に来ない?光之介がお嫁さんをもらったらここで一緒に住む予定なんだけど、あの子いつそうなるかわからないから。なんなら、瑞希ちゃんと慎之介が一緒に住んでくれても構わないんだけど」
「はぁ…」

慎之介の母はどこまでが冗談で、どこからが本気なのかわからない。
瑞希は曖昧に返事を返したが、どうやら彼女は真剣に考えているようだ。
―――でも、嫌われないで良かった。
瑞希はそっと胸を撫で下ろすと上機嫌の慎之介の母は、「今夜は女同士、飲み明かしましょう」などと言いながら嬉しそうにワインを開けている姿が目に入る。

慎之介の言った意味がわかったような…。
今夜は、眠れそうにない…かな。


To be continued...


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