「ちょうどいいところにいたわ。雪奈(ゆきな)、明日飲みに行かない?」
ちょっと休憩をしようと雪奈が自販機の前で腕を組みながら何にしようか悩んでいると、やって来たのは同じように飲み物を買いに来たらしい同じ部の同期で一番仲がいい斉藤
遥(さいとう はるか)。
「メンバーは?」
「うん、千佳ちゃんと麻友(まゆ)ちゃんかな」
「そうなんだぁ、珍しいね。久し振りだし、行こうかな」
千佳ちゃんと麻友ちゃんは遥と共に同期入社だったけど、それぞれ違う部に所属してるから会社の中ではお昼に食堂で見掛けるくらいであまり話すことがない。
数少ない同期の女子の中でも特に仲良しだから、たまに会っては飲みに行ったりはしていたが、でもこの時はまさか遥が裏で企んでいたことなど知る由もなかった。
+++
次の日、遥と雪奈は定時で仕事を終えると、早々に千佳と麻友と待ち合わせをしていた自社ビル1Fロビーに向かう。
既に二人は先に来ていたようで、私達を見つけると小さく手を振って手招きした。
「久し振りだね〜」
4人の声が重なった。
―――こうして集まると、まるで同窓会のノリよね?
千佳ちゃんは長身でスレンダーなボディがすごく羨ましい、いつも冷静でちょっとお姉さんみたいな人かな。
麻友ちゃんはと言うと、千佳ちゃんとは対照的に小柄で可愛い感じ。
「お店は18時半で予約してるから、そろそろ行こう」
いつまでも話が尽きない私達を見て、遥がみんなの背中を押した。
今日はベトナム料理の店を予約してあるらしい、雪奈は食べたことがなかったのですごく楽しみだった。
時刻を少し過ぎて店内に入り、予約の名前を告げると奥の席に案内された。
「え?」
案内された席には、既に4人の男性が座っている。
―――これは、どういうことかしら…。
周りを見ても、誰もこの状況に疑問を持っている様子がない。
―――はぁ。
はめられたってことね。
私はいわゆる合コンまがいのものが、大の苦手だった。
人見知りが激しくて、初めての男の人とは上手く話ができないからだ。
何度か遥にも誘われたけど、一度も出たことはなかったのよね。
だからって、こんなふうに連れて来なくてもいいのに…。
ちらっと遥を睨みつけると、顔の前で小さく手を合わせてる。
ここまで来て帰るのも大人気ないというもので、促されるように私は仕方なく端の席についた。
男性陣は、イケメンが揃ってるっていう営業部の若手らしい。
私には、どうでもいい話なんだけどっ。
あ〜ぁ、せっかく同期の女の子達と美味しい料理を食べながら色んな話ができると思っていたのに。
知らず知らずのうちに、溜め息が漏れていたようだった。
でも意外だったのが、奥手だと思っていた麻友ちゃんが案外積極的だったということ。
千佳ちゃんも、こういうのは嫌いだと思ってたのにまんざらでもなさそうだ。
遥は、相変わらずみんなをリードする形だけど。
こうやってみんなの知らない部分を見出すのも実は楽しかったりして、な〜んて思っていた矢先に自分に話を振られてビックリした。
「鮎川さんも、来てくれたんだね」
私の斜め前に座っている人で確か立川さんと言ってたような気がするけど、歳はこの中で一番上なのかな?
物腰が柔らかくて、すごく爽やかな感じの人だ。
こんな人に営業されたら、みんな受けちゃうんじゃないかしらねぇ。
「まぁ、たまにはこういうのも、いいものかなと…」
『本当は、騙されて連れて来られたんです』と思いつつも、仕方なくこんなふうに言ってみたりして…。
隣にいる遥にわざと視線を向けるが、今度はその前に逸らされた。
―――うっ、悔しい。
「やっぱり、垣内が来てるからかな」
―――垣内?
一番奥がえっと戸部さんで、その隣が立川さんでしょ?で、次が新田さんでというと、垣内さんと言うのは私の目の前にいる人?
「どうも」
―――無愛想な挨拶をした垣内さんという人は、なんか怖いって感じ?
歳は、私より一つか二つくらい上なのかしら?
よく見れば、整った顔立ちをしているようだけど…だけど、あんまり好みじゃぁ、ないかな。
だけど、私がここに来たのと、この人とどういう関係があるのかしらね。
すると、遥が間に入って本当のことを話てくれた。
「違うんですよ。今日は、雪奈に内緒で連れて来たんです。そうでもしないと、絶対来ないって言うから」
「そうだったんだ。こっちも、垣内には黙って連れて来たんでね。こいつが来てくれると綺麗どころが集まるんだけど、こういうの嫌いで絶対出ないからな」
立川さんが言ったことに両隣の戸部さんと新田さんも同時に頷いた。
「それは、こちらも同じですよ」
みんなの視線、いや正確に言えば1人を除いた6人が私を見つめる。
―――何?私のせいとでも言いたいわけ?
私は、ただ俯いているだけだった。
お酒も入ってきてだいぶ場の雰囲気は和んでいたけれど、私と他約1名、どうもこの場からは浮いていた。
これ以上居てもどうなるもんでもないし、私は隣の遥にそっと耳打ちして店を後にする。
さすがに内緒で連れて来てしまった負い目があったのだろう、遥もそれ以上止めることはなかったから。
季節はもう夏だけど、今日は湿度もそれほど高くなくて、カラッとした本当にいいお天気の一日だった。
外に出ると、少し冷やっとした風が気持ちい。
時計を見れば、なんだかんだと20時になろうとしているところ、明日は休みだしもうちょっと飲んでくかな。
私は真っ直ぐアパートには帰らず、行きつけの小さなバーに足を向けた。
こじんまりしていて女性一人でも入りやすい雰囲気だから、ぶらっと立ち寄った日から気に入ってよく行くようになっていた。
「いらっしゃい、雪奈ちゃん」
まだ若い、マスターの声が店内に響く。
「こんばんは。マスター」
「今日は、いつもの?」
「そうねぇ。ボストン・クーラーにしようかな」
「了解」
いつもはジン・トニックなんだけど、今夜はビールをいっぱい飲んじゃったからさっぱり系が飲みたかった。
―――やっぱり、一人が落ち着くかも。
こうやってカクテルを飲みながら、推理小説を読むのが今の私のスタイル。
こんな話を遥にしたら、女としてどうのこうのと色々言われるに決まってるけど…。
『よう、夏樹(なつき)』
『こんちは』
―――今度、入ってきたお客さんは、マスターの知り合いなのかな?
それにしても、“なつき”なんて女の人みたいな名前なのに男性なんだぁ。
視線は小説に向けたままの雪奈は、声が男性だったことがちょっぴり気に掛かった。
「偶然だな」
どこかで聞いた声の主にいきなり話し掛けられて見上げると、隣に立っていたのはさっきまで一緒だった垣内さんだった。
「えっ…垣内さん?!」
「隣いい?」
「あっ、はい。どうぞ」
―――どうして、垣内さんがここに…。
ってうか、この人“なつき”って名前なのね。
「あれ?夏樹と雪奈ちゃんは、もしかして知り合い?」
マスターが、意外って様子で二人を交互に見ている。
「知り合いというか、さっき初めて会ったばかりですけど」
垣内さんの言ったことに、私も同意して頷く。
「さっき?」
いまいち、話がよく見えないマスターは、さっぱりわからないという顔で首を傾げて私達を見ていた。
「さっきまで、合コンしてたんで。こちらのお嬢さんとは、同じ会社に勤めてるらしいですけどね」
「夏樹が、合コン?!」
よっぽど驚いたのか、マスターが素っ頓狂な声を上げて眼をまん丸にている。
垣内さんが合コン嫌いで絶対出ないと言っていたのを、どうやらマスターも知っているらしい。
「そんなに驚くことですか?」
垣内さんは、ちょっと不機嫌そうにマスターを睨んでる。
「そりゃあ、驚くだろう?いやぁ、だって女嫌いの夏樹が合コンなんてなぁ」
「俺だって、好きで行ったわけじゃないですよ。立川さんにまんまと騙されたんですから」
「晴彦に?」
「そうです」
―――え?立川さんって、さっき一緒だったあの立川さんよね。
マスターは、立川さんのことも知ってるの?
垣内さんの女嫌いってのは何となくわかるような気はするけど、しかしどういうことなのかさっぱりわからないわね。
「そっか。まぁ、この話は後でゆっくり聞かせてもらうことにして、夏樹は何にする?」
「俺はいつもので」
「オッケー」
二人をじっと見ていたせいか、マスターはカクテルを作りながら私の思っていた疑問に答えてくれた。
「夏樹は俺の大学時代の2年後輩で、晴彦は俺と同級生なんだ」
「そうなんですか?」
―――3人とも同じ大学だったなんてねぇ。
だけど、それぞれ雰囲気が全然違うのよね。
なんか、意外な組み合わせだわ。
「で、雪奈ちゃん。合コンは、どうだったわけ?」
―――どうだったかと聞かれても、一人でここに来ている私を見れば、結果がどうだったかわかると思うんだけど…。
「え?まぁ、ご想像にお任せします」
「なんだ。いい人、いなかったの?」
「っていうか、私そういうの苦手だから」
「でも、男が雪奈ちゃんを放っておかないだろう?」
「そんなことないですよ」
―――お世辞でも、それは絶対あり得ないわね。
「だったら、夏樹なんかどう?無愛想だけど、結構いいと思うんだけどなぁ」
「ちょっ、ちょっとマスター何言い出すんですかっ。もうっ」
―――マスターったら、いきなり何を言い出すのやら…。
私は慌てて否定したが、隣の垣内さんをチラっと盗み見るも至って冷静。
まぁ、相手私がじゃ嬉しくもなんともないわよね。
だけど、もう少しリアクションがあってもいいんじゃないの?
「そうですよ。吉本さん」
「そうか?こうやって、2人並んでると結構いい感じなんだけどな」
マスターは垣内さんと私を交互に見つめては、ひとりゴチている。
―――どう見ても、垣内さんと私じゃ釣り合い取れないのにねぇ。
「こんばんは、マスター。4人なんだけど、空いてます?」
これ以上、この話を続けられるのは正直辛いと思っていた時に数人のお客さんが入って来た。
―――良かった〜。
私はホッと一息吐くと、垣内さんにボソッと話し掛けられた。
「あんた、ここへはよく来るのか?」
「えっ?あぁ。よくでもないですけど、真っ直ぐ家に帰りたくない時とか嫌なことがあった時なんかにはつい足が向いてます。落ち着くっていうか、それにマスターにも色々話を聞いてもらったりして」
「俺も同じ。でも、吉本さんは気をつけた方がいいぞ?あの人いい人を装ってるけど、奥さんもいるくせにめちゃめちゃ女好きだからな」
垣内さんが、フッと微笑んだ。
―――え?この人こんなふうに柔らかい表情で笑うんだ。
さっきまで難しい顔をしていたから、こんな顔もするのだと正直驚いた。
だけど、マスターが女好きってのは頷ける気がするわ。
妙にそこだけは同感したりしてね。
「心配しなくても大丈夫ですよ。誰も私なんて、相手にしませんから」
「そんなことないだろう?現にさっき立川さんも、あんたのこと狙ってたし」
「はぁ?何、言ってるんですか?」
―――立川さんが、私のこと狙ってたぁ?
そんなことあるはずないのに…。
「あんた、気付いてなかったのか?」
―――気付いてないって、どういうことよ。
「素か…」
―――素か…ってねぇ、私には垣内さんの言っていることがさっぱりわからないんですけど。
「どういう意味ですか?」
「あんた…」
「私は“あんた”って名前じゃありません。ちゃんと鮎川 雪奈(あゆかわ ゆきな)って名前があるんですから」
今はこんな話をしてる場合じゃないんだけど、“あんた”呼ばわりされるのはどうも納得できないじゃない。
「あぁ、悪い。で、鮎川さんは自分のこと、どういうふうに思ってるんだ?」
「どういうふうにって」
「外見とか」
「外見ですか?」
―――外見って、言われてもねぇ。
そりゃあ、私はお世辞にも可愛いとは言いがたい、スタイルだって…胸なんて申し訳程度にしかくっ付いてないし…。
うっっ、何でこんなこと、この人に言わなきゃなんないのよぉ。
「見ての通りですよ。鼻が低いのはお母さん似だし、おでこが広いのはお父さん似、お母さんも妹も巨乳なのに何でか私だけちっちゃくて。でも、これは隔世遺伝で、きっとお祖母ちゃんに似たのだと私は思ってるんですけど―――」
「クっ…」
―――へ?
横から変な声が聞こえてきて隣に顔を向けると、垣内さんが声を押し殺すようにして笑いを堪えていた。
もう、肩なんか思いっきり震わせてるし。
「あんた…」
―――だ・か・ら・“あんた”じゃない!!
と私は心の中で叫んだけど、顔を上げた垣内さんの目には薄っすらと涙が溜まってるし…。
何も、そこまで笑うことないじゃない。
私、そんなに可笑しいこと言ったぁ?
「何ですか?途中で止めないで、最後までちゃんと言って下さいよ」
「クっ」
「その押し殺したような笑い方、やめてくれませんか?私、中途半端は嫌いなんです。笑うならもっとしっかり笑って下さい」
―――もうっ、何なのよ!!
何で、私がここまで笑われなきゃなんないわけ?
「ごっ、ごめん。だって、あんた面白過ぎるから」
―――面白過ぎるから…ってねぇ。
だけど、この人意外にも実は笑い上戸?
「雪奈ちゃん、一体どうしたんだい?」
他のお客さんの相手をしていたマスターが手が空いたのか、再び私達のところに戻って来たが、隣の男があまりにも笑い転げているのを見てものすごく驚いた顔をしている。
「知りません。勝手に一人で笑ってるみたいです」
―――私だって、これ以外に答えようがないんだもん。
「おい、夏樹。お前」
「気に入った」
「は?何がだ」
マスターも垣内さんが言ってる意味がわからなくて、突っ込むと。
「鮎川さん。あんた、俺の彼女になんない?」
「「えええっ?!」」
マスターと私の声が、同時に店内に響きわたった。
―――だって、彼女ってどういうことよ!!
開いた口が塞がらないってこういうことねって、納得してる場合じゃないんだけど…。
突然の垣内さんの爆弾発言に初めは私と一緒に驚いていたマスターも、今は嬉しそうに頼んでもいないのに祝杯だとか言ってシャンパンを開けてるし…。
私にはこの状況がイマイチ飲み込めないまま、なぜかグラスを3人で合わせていた。
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