あれから、ちょうど一週間。
私は、週末の会社帰りに垣内さんと食事の約束をしていた。
これが意外にも毎日のように垣内さんは電話を掛けてきて話をしていたけど、顔を合わせるのはあれ以来だから、妙に緊張する。
―――どんな顔して、会えばいいのよねぇ。
「何、百面相してんだよ」
ぬうっと、顔を近付けて来た垣内さんに両頬を指で軽く突付かれた。
私はすっかり自分の世界に入り込んでいたものだから、垣内さんが側にいたことに全然気付いていなかったんだけど…。
―――そんなに顔を近付けられたら、どうしていいかわからないじゃない。
「ごめんな、遅くなって。出先で、打ち合わせが長引いて」
「いっいえ。私もつい今、来たところなんで」
私は慌てて顔を反らしたけど、きっと真っ赤になってるに違いない。
だって、出会いがあんなだったし、今までこういう付き合い方ってしたことがないんだもの。
「えっ、ちょっと!!垣内さん、手を離して下さい」
「ダメ。今日のあんた、ボーっとしてるし」
いきなり手を握られて、垣内さんに引っ張られるように歩き出す。
―――ダメってねぇ…。
そりゃあ、なんかボーっとしてるけど…それはあなたのせいでっ!!っていうか、何も手を繋がなくったっていいじゃない。
それに垣内さんって、人前でこんなことしちゃう人だったの?!
垣内さんが連れて行ってくれたのは、意外にも和食のお店。
無愛想だけど外見的にはイタリアンとか、そういう感じに見えるから、だけど本人曰く、そういうしゃれた店は似合わないんだそう。
「ビールで良かったよな?」
「はぁ」
垣内さんは、生ビールのジョッキと適当に見繕った料理を頼む。
私がビール好きなのちゃんと知ってたみたい。
合コンでは向かい合って座ってたし、私もつまらなくてビールばっか飲んでたから、わかったみたいだけど。
「「カンパーイ」」
グラスをカチンと合わせて、ビールをぐぃっと飲む。
―――あぁ、この一杯が格別なのよ。
「あんた、ほんと美味そうにビール飲むなぁ」
「だって、美味しいもの」
垣内さんは、そんな私を見て微笑んだ。
―――うわぁ、それ反則。
だって、今までそんな優しい顔しなかったのに。
あぁ…店内が薄暗くてよかったわ。
なんだか、今日はドキドキのしっぱなし、さっきから顔が赤くなってばっかりだもの。
*
立川さんに誘われて店に入ると、なぜか案内された席は8人分、自分達4人以外にもまだいたのかとその時はそれ以上深く考えることはしなかった。
それが合コンだったと知ったのはそのすぐ後のことで、4人の女性が入ってきた時には眩暈がしたほどだった。
俺は、大の合コン嫌い。
―――何が嬉しくて、女性達を目の前に愛想を振りまいて楽しく会話をしろっていうんだ。
そう心の中で毒づいていた頃、最後に入って来た女性を見て、俺のその考えは少し早まっていたことに気付く。
彼女のことは、立川さんや今日、共に来ている戸部と新田も常に話題に上げている女性だったからだ。
俺と同じで合コン嫌い、何度誘っても来てくれないと嘆いていたのを聞いている。
そんな彼女が現れたのだから、それはそれでここに来た価値があるってものだろう。
彼女の名は鮎川 雪奈(あゆかわ ゆきな)、俺より一歳年下で企画部に所属している。
噂通りの可愛い容姿、周りの男どもが騒ぐのも頷ける。
しかし、俺の前に座った彼女はどことなく不機嫌な様子、自己紹介なるものをしていた時に合コンだということは内緒で連れて来られたのだと言っていたので彼女も同様にハメラレタということ。
普通あれだけ可愛かったら、男の前に出ればちやほやされて逆に嬉しいはずだと俺は思うのだが、どうやら彼女はそうではないらしい。
男の俺でもかっこいいと思う立川さんが一生懸命話し掛けていたが、終始愛想のない返事を繰り返すばかり、見れば彼女はビールばかり飲んでいた。
合コンなるものが始まって一時間を過ぎた頃、さすがに居心地が悪かったのか、彼女は隣に座っていた中野さんに一言声掛けると静かに店を出て行ったのだが、俺を除いた他のメンバーは妙に盛り上がっていたから、かなり浮いていた感のある俺も彼女を追うように店を後にしていた。
店を出ると自然に足が向いたのは、俺の大学時代の先輩が経営するショットバー。
吉本さんは元々、家が手広く事業を進めている会社を経営していたので、後を継ぐついでに趣味のバーを開いたらしい。
しかし、経営者のはずなのにバーでマスターをやっている方が性に合っていると親を泣かせているそうだが…。
ドアを開けるといつもの吉本さんの声が聞こえて、ふと前のカウンターに座っている女性に目がいった。
さっきまで一緒にいた、彼女だったからだ。
もしや男と待ち合わせか?さり気なく辺りを見回してみたけれど、その様子は伺えない。
見れば手に本を持っているし、どうやら一人のようならしいと、俺は何の迷いもなく隣にいいかと断ってから椅子に腰を下ろした。
彼女と俺が知り合いだったと聞いた吉本さんは驚いた様子だったけれど、それがついさっきまで行われていた合コンだったと知って尚更のようだった。
―――確かに騙されたとは言っても、この俺が合コンに出るとはな。
吉本さんは興味津々という感じで俺とのことを取り持とうとしていたが、彼女が慌てて否定していたのがなんだか可愛いとさえ思えた。
今まで俺の周りにいた女性はみんな自信家で、自分が相手にされるのは当然という奴ばかりだったが彼女は違う。
立川さんにしても目の前にいる妻持ちの吉本さんでさえも、目の色を変えているというのに全くの他人事。
それにしても、こんなバーに一人でいたら、変な輩に捕まってもおかしくないというのに。
そこで、俺は何となく自分の外見についてどう思っているのか彼女に聞いてみたのだが、返って来た答えに思いっきり噴出した。
『見ての通りですよ。鼻が低いのはお母さん似だし、おでこが広いのはお父さん似、お母さんも妹も巨乳なのに何でか私だけ、ちっちゃくて。これは隔世遺伝で、きっとお祖母ちゃんに似たのだと私は思ってるんですけど―――』
単に可愛いだけの子ではないとは思っていたが、あの天然振りにはさすがの俺もまいったな。
あんなことマジで言う奴、俺は初めて見たぞ。
思わず『鮎川さん。あんた、俺の彼女になんない?』などと口に出していたが、言った後自分で自分に驚いたくらいだった。
自慢じゃないが一度だって俺は、彼女にならないかと言ったことはないのだから。
吉本さんもそんな俺に驚いたのだろうが、すぐにはしゃぎ出してシャンパンまで開ける始末。
当の彼女は何を言われたのか理解できず放心状態だったけれど、俺にはまんざらでもないように思えたのは気のせいだろうか?
それから俺の一方的な押しで付き合うようにはなったが、彼女の方はどうなんだろうな。
勢いに押されて断ろうにも断れなかったっていうのが、当たっているかもしれない。
後で電話を掛けた時にかなり意外な様子だったし、まだ胸のことを気にしてるようだから『俺は自分の彼女の胸が大きかろうが小さかろうが、一向に構わないけど』と言うと『今は垣内さんの彼女の話は聞いてませんから』とつっけんどんに返されたもんな。
実際、ちっとも小さくなんかなくって十分過ぎるっていうか…まだ、実物を見たわけじゃないから何とも言えないが、巨乳だという母親と妹っていうのを逆に拝んでみたいわけで…。
とにかく、見ていて飽きない彼女は俺のハートを掴んで離さない。
早く名前で呼んであげられるようになればもっといいんだろうけど、そこはもう少し先にとっておくよ。
きっと、ただでさえデカイ目をそれ以上に見開いて驚くんだろうな。
*
「どうした?急に大人しくなったと思ったら、ビールも一杯でいいなんて。好きだったんじゃなかったのか?」
「それとも、俺との話がつまらなかった?」と心配そうな表情を見せる垣内さんに慌てて「そっ、そんなことはないです!!」と首を左右に振る雪奈(ゆきな)。
―――そんなこと、全然ないんだけど…。
初めこそいつもの勢いできたものの、彼を前にしていたら段々そうもいかなくなった。
何かわかんないけど、調子狂うんだもん。
合コンとは別人みたい、あの時は好みじゃないとか思ったけど、やっぱりいい男だからモテるのもわかるし、さっきから周りの女性達の視線を痛いほど感じてる。
「困った顔してるな」
「え?」
顔に出やすい私のこと、垣内さんにはわかっちゃったわね。
こんな時こそ、大人の女性みたいにニッコリ笑って返せるワザを身に付けられたらって、思わずにはいられない。
「俺の家に来るか?二人っきりなら毒舌OK、気兼ねなくビールも飲めるぞ」
「は?二人っきりなんて絶対ダメ!!余計、恥ずかしくて話なんてできませんっ。それに…」
―――垣内さんの家になんて行ったら余計に話なんてできないし、もしもその先の…。
私ったら、何考えてっ。
「それだけあれば、十分だろ」
「少なくとも俺はな」と垣内さんの視線の先は、私の二つの丘に…。
―――ダーっ!!どっ、どこっ見てるのよ!!
っていうか、これはっーーーっ。
「この際、全部洗いざらいさらけ出した方がいいんじゃないのか?お互いのためにも」
「どこが、お互いのためなんですか」
―――それって、垣内さんだけでしょ?
私には無理っ、できっこない。
「俺の前では、いつものあんたでいて欲しいんだ」
―――だから、そういうこと言わないで。
ドキドキするから。
どんどん、惹かれちゃうから。
「その前に俺らの熱々ぶりを先輩に見せてからにするか」
「熱々ぶりって…」
「ヨシ、行くぞ」って、またまた私の手を握って店を出る垣内さん。
―――もうっ、強引なんだから。
それにキャラがっ。
でも…。
To be continued...
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