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Chapter4
2/E

R-18

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次の日、麻耶は奏のあの言葉を思い出しながらも行くつもりはなかったから、いつものように会社で残業をしていた。
多分、奏のことだから何時間でも待っているだろう。
それが心苦しくないわけではなかったが、じゃあ会って何を話せと言うのか?
楽しかった思い出話をするため?離れていた時間を埋めるため?それともこれからの未来について?
今の麻耶には、そのどれもが必要のないこと…。
時計を見れば、既に21時を過ぎようとしているところだった。
さすがにもう帰っただろう。

―――私もそろそろ切り上げて、帰ろうかな。
そんなことを考えていると電話が鳴った。
こんな時間に掛けてくる人は、珍しいのだが…。

「いいよ、私が出る」

既に帰り支度を済ませていた渡瀬が引き返して来て電話に出ようとしたが、麻耶がそれを止めて電話に出ると手を振って見送った。

「はい。ジャパン・トラベル団体旅行課ですが」
『中央商事の手塚と申します。河村さんは、まだそちらにいらっしゃいますか?』

―――え…奏?
ちょっと待ってよ、どうしよう…。
迂闊ではあったが、奏が会社の電話番号を知っていることをすっかり忘れていたのだ。
こんなことなら、渡瀬君に電話に出てもらうんだったわ…。

『麻耶、麻耶なんだろう?』

受話器を手で押さえて、対応に迷っていると奏が麻耶の名を呼ぶ声が聞こえた。
奏には、すぐに電話の相手が麻耶だとわかったようだ。
昔から母親と麻耶の声が良く似ていて、間違える人が多かったのに奏だけは絶対に間違えなかった。

―――こんな時に感心している場合じゃないんだけど…。

「すみません。今日はまだ仕事が終わらなくて、もうそちらには伺えませんので」
『じゃあ、そっちに行くよ。会社の下で待ってるから』

―――はぁ?ちょっと会社ってねぇ…。
なんで、そこまでするわけ?

「あぁ、もうわかった、わかったから。でも、今からじゃあと30分以上かかっちゃうけどいい?」
『いいよ。麻耶が来てくれるなら、いくらでも待ってる』

―――奏のこういうところ、ちっとも変わってないのよね。
私は電話を切って、急いで待ち合わせの駅に向かうと改札の所にいた奏の姿を見つけた。

奏…。

―――きっと奏は、ごめんねって謝ればそんなこと気にしなくていいよって、笑うはず。
どうして?もっと怒ればいいのに…私が悪いんだからって言い返しても、麻耶が来てくれたからそれでいいんだよって…。
何で、そんなに優しいのよ。
私なんかにそんな優しい言葉を掛ける必要なんてないのに…。

「奏」
「あっ、麻耶」

奏はちょっと疲れも見えたけど、嬉しそうにいつもの笑顔を麻耶に向ける。

「ごめんね、こんなに待たせちゃって。もう私のことなんか放っておいて、帰れば良かったのに」
「いいんだよ。俺が、いつまででも待ってるって言ったんだから」

―――やっぱり思った通り、奏は文句1つ言わずに私を許してくれる。

「そんなことないでしょ!いくら奏がいつまでも待つって言ったって私、来なかったかもしれないのに」
「今、目の前に麻耶はいるじゃないか。それより前みたいに奏って呼んでくれたことの方が俺は、嬉しいよ」
「だから奏は、馬鹿だって言うのよ。こんな私なんかに優しくする必要なんて、ない…の…に」

ずっと堪えていた何かが、音を立てて崩れた。
次から次から、大粒の涙が溢れて頬を伝う。
もうここが人通りの多い駅だなんてことも、すっかり忘れてしまっていた。
いきなり怒ったと思ったら急に泣き出してしまった麻耶に奏は一瞬戸惑った顔をしたが、周りから隠すように自分の腕の中に抱き寄せた。

「相変わらず、麻耶は泣き虫だな」

―――人前では絶対涙を見せない私だったけど、今思えば奏の前ではよく泣いていたかも。
片方の手で子供をあやすように背中をポンポンと叩かれて、もう片方の手は私の髪を優しく撫でている。
昔から変わらないその手が心地よくて、泣き止むどころか余計に涙が溢れ出してきた。
それでも奏は、何も言わずにずっとそのままで待っていてくれた。

「何で、そんなに優しくするの?」

落ち着いた麻耶が顔を上げると髪を撫でていた奏の手がそのまま頬に落ちてくる。
涙の跡をたどるように指がゆっくりと上下する。

「そりゃあ、好きな子に男は優しくするもんだろう」
「え?」

―――好きな子って…。

「言っとくけど俺は、誰にでも優しくなんてないぞ」
「嘘…」
「本当だよ。俺には、麻耶しか見えてないから。あの時も、そして今も」

―――気付かなかったわけじゃない。
それは奏の優しさだと思っていたし、もし私の勘違いだったら…。
だから、勝手に自分の中でそう決め付けていたのかもしれない。
でも、そうじゃなかったんだ…。
奏は、ずっと私のことを想っていてくれた。

「こんな三十路一歩手前の女より、ほら今日一緒にいた矢田さんだったかしら、若くて可愛い子が周りにいっぱいいるでしょう」
「俺にとっては誰よりも麻耶は綺麗だし、好きになるのに歳なんて関係ないだろう。それに矢田さんは若いけど、もう人のモノだからな」
「え、そうなの?」

そう言えば、彼女の左手の薬指にはリングがあったような気がする。

―――彼女結婚してるんだ…なんて、ホッとしてる自分がいたりして…何考えてるのよ私ったら。

「それよりさ。麻耶の隣にいた若いのの方が、俺は気になるんだけど」

―――若いのって、渡瀬君のことかしら?

「はぁ?何言ってるの?渡瀬君が私なんかに手を出すわけないじゃない。大体ね、彼にはゾッコンの彼女がいるのよ」
「彼女がいるくらいじゃ、まだわからないだろう?広中課長だって」
「もうっ、奏ったら考え過ぎ。広中課長はね、素敵な奥様に高校生になる2人の子供もいるのよ?そんなわけないでしょっ」

―――まったく奏ったら、何を言い出すのやら…。
課長や渡瀬君が、私なんかに手を出すわけないのにね。

「良かった…」

奏は、不意に私の肩に顎を乗せるとそう呟くように言う。

「麻耶が、誰のモノにもなっていなくて」

これが、奏の本音だった。
母親から麻耶には特定の彼氏がいないことは聞いていた、と言うよりは聞いていないのに聞かされたと言った方が正しいかもしれない。
だからといって何をするわけでもなく、自分から会いに行くこともできず、ただ悶々とした日々を過ごすだけ…。
何人の女性と付き合っても身体を合わせても、麻耶と重ねてしまう自分が嫌だった。

「それって、行き遅れだって遠まわしに言ってる?奏が早く来てくれないから、こんな歳になっちゃったんじゃない!どうしてくれるのよ」

自分でも何でこんな言葉が口から出てきたのかさっぱり理解不能だったけれど、奏がいつか迎えに来てくれるんじゃないかって心のどこかでずっと待っていたのかもしれない。

―――だけど、そんな私に奏はクスクスと笑ってるし。

「笑ってる場合じゃ、ないでしょっ」
「ごめん、ごめん。なんかその言い方、麻耶っぽくていいなって思ってさ」

まさかこんな返事が返ってくるとは思ってもみなかったが、奏は麻耶らしさを感じて嬉しくてたまらなかった。

「遅くなって、ごめんな。でも大丈夫、俺が麻耶を絶対に幸せにするから。空白の時間も、すぐに埋まるよ」

奏の顔をはっきり見ることはできなかったけれど、10数年という長い年月も彼の言うようにこれからの未来ですぐに埋まるだろう。

「って、ことで今夜は帰すつもりないから」
「ちょっ、ちょっと!待ってよ」
「いや、待たない。もう待つのはごめんだから。それに20代でウェディング・ドレス着たいだろう?」

―――そりゃあそうだけど…。
でも、それとこれとは違うじゃない。

「だけど…」

―――急に言われたって、昨日再会したばかりなのよ?いきなりそういうこと、考えられないじゃない。
などという言葉が届くはずもなく、奏は私の家に来ていた。
お互い夕飯を食べていなかったし、時間も時間だから店も閉まってしまうというのとやはり二人きりになりたかったのがその理由。
ちゃんとしたものはできないけど、夕飯を私が作ってあげることにした。

「すぐ、食事の用意するからね」
「俺は、食事より麻耶を頂きたいんだけどな」

背後から奏は、麻耶を抱きしめると耳元で囁くように言う。

「何、わけわかんないこと言ってるのよ。もう、座ってて」

麻耶は、くるっと身体を反転させるとリビングのソファーに奏を座らせる。
なんだか不満顔の奏だったけど、麻耶は内心ドキドキのしっぱなしだ。
麻耶の記憶の中の奏は未だ中学生のままで、目の前にいる大人な男の奏ではない。
元々背は高かったけれど、さっき抱きしめられた時の奏の体は思いの外がっしりとしていて、まったく別の人のように感じられた。
そしてあどけない少年の顔も、誰もが目を引くようないい男に変身していたし。
そんな彼と男と女の関係どころか、飛び越して夫婦になろうとしているなんて…。
取り敢えずその前に食事を作らないと奏は、きっとお腹を空かせているはずだ。

―――そう言えば、奏って好き嫌いとかあったかしら?
遠い記憶を呼び起こしてみる。
確かあの頃は、ピーマンが嫌いだったような気がする。
あとニンジンも。
なんだ、お子様の嫌いなものばかりじゃないね。

つい顔が緩んでいたようで、背後に奏が立っていたことなど気付かなかった。

「何、ひとりでニヤついてるんだよ」

奏は、後ろから手を回して私の両頬を引っ張った。

「うん、奏って好き嫌いあったかな?って思い返していたら、ピーマンとニンジンが嫌いだったなって思ってね。それって子供が嫌いなものベスト3って感じじゃない」
「お子様だって、言いたいんだろう?」

麻耶が「そう」って即答すると、「どうせ俺はお子様だよ。今も嫌いだし」って拗ねてしまった。
―――奏は今もピーマンとニンジンが嫌いなんだって、わかっただけですごく嬉しくなってくる。

「なんだよ、そこ微笑むところじゃないだろう?」
「だって、奏があの頃と変わってないんだなって。私の知ってる奏なんだって思ったら、嬉しかったんだもん」
「そっか」

奏は、私の腰に腕を回すと密着させるように自分の方に引き寄せた。
彼の顔がすぐ目の前にあって、心臓の鼓動が早まるのがわかる。

「麻耶」

何度名前を呼ばれても、もっともっと呼んで欲しいと思ってしまう。

「奏」
「麻耶」

もう一度名前を呼ばれて、そっと目を瞑ると唇に暖かいものが触れる。
初めは啄ばむようにそして徐々に深いものへと変わっていく。
無意識のうちにお互いの舌を絡め合い、私は激しさのあまり息もできないくらいだった。

「は…ぁ…」

思わず、麻耶の口から甘美の声が洩れる。

「ダメだ。麻耶のそんな顔見せられたら、俺もう我慢できない」
「ちょっ、何が我慢できないのよ」

なんて言葉も空しく、奏は麻耶を軽々と抱き上げるとソファーの奥にあるベットに横たえた。

―――ちょっと、これって…。
目の前には、奏の顔がある。

「奏、ご飯は?お腹空いたでしょ?」

なんとかこの状況を回避すべく、話題を変えてみるが…。

「せっかく作ってくれたのに悪いけど、俺もう限界だから」

そう言うと奏の唇が、再び麻耶のそれと重なった。
何度も何度も角度を変えて行われる行為に心も体も溶けてしまいそう。
心臓のドキドキは変わらないが、心地よさも加わって自ら彼の首に腕を回して引き寄せた。
奏はくちづけたまま、手が麻耶のブラウスのボタンを器用に外していく。
背中に手を当てて体を抱き起こすとブラウスを脱がし、そのままブラのホックも外してしまう。
何だかものすごく手馴れている気がして、寂しいと思ってしまうのはどうしてだろう…。

「奏ったら、何か慣れてる」
「そんなわけないだろう?俺今、心臓バクバクいってるし」

そんな奏のシャツ越しの心臓辺りに手を当てるとものすごく鼓動が早いのが伝わってくる。

「だろう?」
「うん」

麻耶は奏のネクタイに手を掛けるとそれを首元からスルリと抜き取り、ワイシャツのボタンを外すと彼の肌に直に手を当てた。

「奏の心臓、すっごいドキドキしてる」
「当たり前だよ。こんな綺麗な麻耶を目の前にして、平静でなんていられない」
「もうっ、奏ったら」

―――恥ずかしいことばっかり、言ってくるんだから。
でもそれは、私も同じだった。
奏の体は程よく締まっていて、今まで見たどの男性よりも魅力的で、目のやりどころに困ってしまうくらい。

「本当だよ。麻耶、すごく綺麗だ」

奏の大きな手が私の胸の輪郭をなぞるようにして包み込むと、ゆっくりと揉みながら指と指の間に硬くなった突起を挟んで刺激する。

「はぁ…ん」
「麻耶、もっと声聞かせて」

奏が耳元で囁くように言うとフッと息を吹きかけ、耳たぶを甘噛みする。
それだけでもどうにかなってしまいそうなのにさっきよりも強く胸の突起を摘んでは弾くようにして、尚も刺激を与えてくる。

「嫌ぁん」
「麻耶。嫌じゃなくて、気持ちいいだろう」

今度は奏の唇が首元を這って、揉んでいる方とは反対の胸の突起に吸い付いた。
あまりの刺激に麻耶は、体を仰け反らせる。
そこを攻めつつも奏の手はわき腹からウエストを通ってヒップに辿り着き、いとも簡単にスカートを剥ぎ取ってしまう。

―――やっぱり、奏手馴れてる。
そんな不安が頭に過ぎった時、別の波が私の中心部を襲う。

「やぁんっ」

奏の指が、ショーツ越しに秘部を掠めたからだった。
何度も何度も指が行き来して、その度に麻耶の口からは甘美の声が洩れた。
そのまま一気にショーツを脱がすと、今度は両足をM字に曲げてしっかりと奏の手に押さえつけられてしまう。
生暖かいものが花弁からちょこんと顔を覗かせている蕾に触れると麻耶は身を捩ってわずかに抵抗するが、そんなことはお構いなしの奏は、舌で蕾を転がしながら中心には指を数本入れて内面を掻き回す。
二重の快楽の波に麻耶は、どうにかなってしまいそうだった。

「あぁぁん、いやぁ」
「麻耶、こんなに濡れて凄いな」
「そん…なこと…はぁ…言わないで」

恥ずかしいくらい感じているのが自分でもでもわかるくらい、止め処となく蜜が溢れ出ていた。

「俺は、嬉しいよ。感じてくれてる証拠だろ?」
「だ…め、イっちゃう…」
「いいよ。先にイって」

奏の言葉と同時に麻耶は、イってしまった。
ぐったりとした麻耶に奏が優しくくちづけをくれるとベルトを外す音が聞こえ、自身に準備を済ませてゆっくりと入ってくる。

「麻耶の中、すごく熱いよ」
「はぁぁん…奏」

段々と律動が激しくなってきて、奏も限界に達していた。

「はぁ…奏、だめ…イく」
「麻…耶、俺も」

指を絡めるようにして強く握られているお互いの手により一層力が入る。

「麻耶、愛している。もう絶対に離さないから」
「奏…私も…愛してる」

最後に振り絞るようにお互いの気持ちを言葉にすると二人一緒に果てた。
暫く繋がったまま奏は麻耶の上に覆い被さって、動くことができなかった。
荒い息遣いだけが、静かな部屋の中に響いていた。


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