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Chapter4-1


昨日再会したばかりだというのに今二人は、ベッドの上で体を密着させるようにしてベッドボードに寄り掛かっていた。

「でも、家に麻耶を連れて行ったら、お袋すっげぇ喜ぶだろうな」
「そうかなぁ…」
「そうだよ。お袋、麻耶のお母さんと仲良いから、しょっちゅう家を行き来してるみたいなんだけど、たまに麻耶が家に帰ってて会ったりするとすごいんだよ。わざわざ俺のところまで電話掛けてきてさ、綺麗になっただとか早くしないとお嫁に行かれちゃうだとかさ」

「焦ってもどうすることもできない俺の気持ちなんて、お構いなしにさ」と笑う奏。
そう言えば、麻耶が家に帰ると決まって奏のお母さんが遊びに来ていて、奏のお嫁さんになってくれればいいのにっていつも言ってたわね。

「そんなこと私、言われてたの?」
「まぁ、ある意味、俺はそれで救われてたところがあるんだけどさ」

中学3年のある時まで、私達は永遠に一緒にいられるって信じてた。
それが崩れたのは、あの出来事があってからだった。

奏と私はいつも一緒に学校に行っていたし、帰りはお互い部活や委員会がない時は一緒に帰るという、とにかくいつも一緒だった。
それが当たり前だったし、周りも認めていたから別段不思議なことでもなかったんだけど。
そんなある日、私はたまたまクラスの女子達の話している会話を聞いてしまって…。

「手塚君と川村さんって、付き合ってるのかな?」
「二人とも仲いいもんね」
「でも、手塚君優しいから。川村さんのこと、嫌って言えないだけなんじゃないの?」
「そうかも」

手塚君優しいから。川村さんのこと、嫌って言えないだけなんじゃないの?―――

この言葉が、何度も何度も私の頭の中でリフレインする。
私は奏の優さに甘えていただけなのかもしれない…。
考え始めると今までの奏に対しての行動全てが、実は奏にとっては迷惑なことだったんじゃないかと思えるようになって、今までのようには接することができなくなっていた。
ちょうど高校受験を控え、それどころではなくなっていたというのを理由にして奏を避けた。
奏は勉強も良くできたから地元で一番の公立高校を狙っていて、私もなんとか彼に追いついて同じ高校に行こうと約束していたけど、黙って大学まである私立の女子校に変更した。
それを知った奏は、同じ学校に通えないことをひどく残念がっていたのを今でも覚えている。
麻耶自身も傷心の思いで通う女子校なんてと思っていたが、これが思いの外楽しい世界で、すっかり奏のことなど頭から薄れていった。
そのまま併設の女子大まで進んだけれど、奏は都内の国立大学にストレートで入ったと母から聞かされた。
自宅からの通学は少し不便だったからと奏は大学入学と共に家を出ていたし、そして私も大学までは自宅通学していたけど、奏と同じ理由で就職と同時に家を出た。

それから何人かの男性とも付き合ったけど、どこかで奏と比べていたのかもしれない。
だから皆、長続きしなかった。
それでもいいって思う自分がいて…いつか、本気で付き合うっていうことを忘れてしまっていたのかもしれない。

「ねぇ、奏」
「うん?」

真剣な表情で、奏の顔を覗き込むように見つめる麻耶。
その瞳の奥には…。

「私、奏の優しさに甘えてばかりで、本当は迷惑だったんじゃ…」
「どうしてそんなこと…。麻耶は、ずっとそう思ってたのか?」

奏にはどうして麻耶がよそよそしくなったのか、その理由が今までわからなかった。
単に嫌われたのだろうとしか思っていなかったのだが、実際はそうではなかったということか…。

「本当は、私と一緒にいるのを我慢してたんじゃないかって…」
「俺はさっきも言ったけど、好きな子にしか優しくできないし、嫌なことを我慢してまで一緒にいたりなんかしないよ」

お互い思い違いをして、こんなにも長い時間を過ごしてきてしまったのだ。
誰よりも好きで、大事で、想い合っていたというのに…。

「本当?」
「あぁ、だから余計なことで悩んだりしないで欲しいんだ。それと絶対に俺の前から離れないって約束して欲しい」
「うん。でも私こんなだから、知らないうちに奏のこと傷つけてるかもしれない。だから、嫌なことはきちんと言って欲しいの。でないと、また奏に甘えちゃうから」
「俺は、もっと甘えて欲しいくらいなんだけどな」

麻耶は、何でも自分で抱え込んでしまう癖がある。
一人で悩んで、自分を責めて…。
どれだけ奏が麻耶のことを愛しているか、いくら言葉にしてもきっと足りないのだろう。

「すぐ、麻耶の両親に挨拶に行こう。でないと俺、心配で夜も眠れない」
「なんだか、早過ぎない?だって、奏に会ったのは昨日なのに」
「時間なんて関係ないよ。俺は麻耶のこと何でも知ってるつもりだし、知らないことはこれからゆっくり知ればいい」

奏は麻耶の肩を抱き寄せて、くちづける。

一刻も早く、奏は麻耶と一緒になりたかった。
でないと、また彼女が目の前からいなくなってしまいそうで怖かったから…。

+++

会社の昼休み、奏は一人静かな場所を選んで携帯の電話帳からある番号を選択し通話ボタンを押す。
数回、呼び出し音が鳴って、懐かしいようなホッとするような声が聞こえた。

『はい、手塚ですが』
「お袋?俺だけど」
『あら、奏なの?ずっと、連絡もしないで。元気なの?』
「まぁ」
『まぁって、もうあんまり親に心配かけないでね』
「わかってる。それでさ、実は急なんだけど会って欲しい人がいるんだ」
『会って欲しい人って…女の人?』

急に母親の声のトーンが下がる。
息子がこういう言い方をすれば、結婚相手を家に連れて行くのだと察したのだろうが、ちょっと複雑な思いもあるに違いない。
ここで相手の名前を出せば、180度反応が変わることはわかっているのだが、当日まで内緒にして驚かせたいから、なんとか心の底に押し留める。

「あぁ」
『奏が決めた人なら、母さんは何も言わないけど』
「大丈夫。絶対母さんも父さんも気に入るよ」
『わかったわ。いつ来るの?お父さんにも、話をしなきゃならないし』
「今度の土曜日に行こうと思ってる」
『そう。じゃあ、準備して待ってるから。来る前にもう一度、連絡してちょうだい』
「わかった。そういうことだから」
『じゃあね』

手塚家は一人息子だっだから、遅かれ早かれこういうことになるとは予測していた母だったが、あまりに素っ気ない言い方に少々物足りなさも感じる。
母としては、息子の嫁には幼馴染の麻耶になって欲しいという願望があったが、こればかりは当人同士の問題であってどうしようもない。
息子が一体どんな子を連れてくるのか、週末まで待ちきれない思いの母だった。

その後、すぐに奏は麻耶に電話を掛けて母に話したことを伝えた。
名前もどういう子かも言わなかったことに麻耶がそれで良かったのかと心配していたが、どうしても当日まで黙っていたいというのが奏の願いだったから。

一方、麻耶は何も言わずに奏の両親に会うことには躊躇いもあった。
いくら、奏に大丈夫だと言われても、実際どうなるかわからない。
大事な一人息子の嫁ともなれば、話は別だろうし…とは言っても、こればかりは行ってみなければどうしようもないわけで…。
麻耶は心を決めて、週末に望むことにした。

+++

「なんだか、緊張する」
「大丈夫だよ。いつもの麻耶でいれば」

早めに家を出て麻耶の家に来ていた奏だったが、麻耶がいつになく緊張している姿が妙に新鮮だった。
仕事での麻耶は、いつだって堂々としていて頼れる存在だったから。

「そうかな」
「そうだよ。でもさ、親父もお袋も驚いて腰を抜かさなければいいけどな」

驚かせるつもりで今まで黙っていたのだが、きっと両親の驚きぶりは半端じゃないだろう。

「反対かもしれないじゃない。息子はやらないって、言われるかもしれないし」
「あはは、それはないだろう。息子にはもったいないとは、言われるだろうけどさ」

そんなことを話しながら、麻耶は鏡で自分の姿をもう一度チェックする。
この日のために買った淡いピンク色のワンピースに身を包み、髪型も朝早く美容室に行って軽くウェーブをつけてもらった。
少しでも奏の両親によく見られたいという女心だったが、その姿に奏の方が完全にノックアウトだった。
親に会うなどということがなければ、二人でどこかに連れ去ってしまいたいくらい、今日の麻耶はとても美しいのだから。

麻耶のアパートから奏の実家までは車で一時間程だったが、その間中麻耶は押し黙ったままだった。
そんな麻耶の手に何も言わず、そっと奏は自分の手を重ねる。

「麻耶、緊張し過ぎだって。俺まで、緊張してくるだろう?」
「だって」
「だってじゃない。俺が付いてるんだから、な?」

奏の言葉に一人じゃないのだと自分に言い聞かせて、麻耶はいつものように微笑み返すと奏は一層手を握る手に力を込めた。

道路が思ったより空いていたこともあって、予定の時間よりも少し早く奏の家に着いた。
麻耶の家はすぐ目の前なのだが、このことはまだ話していない。
今の状況を知ったら、両親はどう思うか…。
そんなことを思いつつも、奏の後に付いて彼の家に入って行った。

「母さん、ただいま」

「あら、もう?」という奏の母親の声が家の奥から聞こえてくる。
予定より早いので、まだ来ないと思っていたのだろう。
麻耶がこの家に入るのは中学生の時以来だから、10年以上経っていることになる。
リフォームしたのか、その時の記憶とはだいぶ違うような気がした。
そんなことを考えていると、すぐにエプロンを外しながら、廊下を小走りに母親が現れた。

「まだ、来ないと思っていたのよ。ごめんなさいね」

奏の後ろに立っていた麻耶を見た母の表情が、一瞬にして固まった。

「小母様、こんにちは。お久し振りです」
「麻耶ちゃん。えっ、奏の会って欲しい人って…もしかして、麻耶ちゃんなの?」
「もしかしなくても、麻耶だよ。母さん」

「あら〜もうっ、奏ったらそういうことは先に言いなさい。お父さん、お父さんっ!!」

母親はパニック寸前だったが、それをクスクス笑いながら見ている奏。
何事かと出てきた父親も、麻耶の姿を見て驚いた様子。
さすがに腰は抜かさなかったが、二人とも相当驚いていたのは確か。
麻耶は母親に引っ張られるようにして奥の座敷へと案内されたが、それからの手塚家の歓迎っぷりと言ったら、それはそれはすごいものだった。

「もうっ。麻耶ちゃんだってわかってたら、もっと小母さん頑張ったのに」
「お袋、それどういう意味だよ」

母の意味深な言葉に、すかさず息子は突っ込みを入れる。

「だって、母さんは麻耶ちゃん以外のお嫁さんなんて、絶対認めるつもりなかったんですもの。どうやって追い払うかずっと考えてたのよ」
「え…」

―――それは、大げさなんじゃないの?
と麻耶は思ったが、母親の真剣な表情にすぐに本気だったのだと悟る。

「でも、良かった。麻耶ちゃんちっとも奏のことを話してくれないから、まさか二人がこういうことになってたなんて」
「ごめんなさい。というか、奏に会ったのはついこの間なんです。だから、私もこうなるとは全然思ってなくて」

奏に再会したのは、ほんのひと月程前のこと。
当人達でさえも、こうなることを予測できなかったのだから。

「麻耶ちゃんのご両親には、もう挨拶に行ったのかい?」

奏の父親は、物腰が柔らかくてとても優しい人だ。
きっと彼は、こういうところが似たんだろうと麻耶は思う。

「いいえ、まだなんです」
「そうなの?奏」

てっきり、そうだとばかり思っていた母が間に入る。

「あぁ、麻耶がうちの方を先にって言うものだから」
「普通は逆だろう。こちらから、出向かなければいけないのに」
「麻耶ちゃん、今日はご両親は家にいらっしゃるかしら?」
「多分、いると思いますけど」

母親は席を立つとどうやら、麻耶の家に電話を掛けに行ったようだった。
なんだか話が大事になってきてしまったが、何とか奏の両親には受け入れてもらえそうだ。

「川村さんご夫婦で家にいらしたから、失礼だけどせっかくだからお誘いしたわ。すぐに来るそうよ」
「え…父と母が、ここに来るんですか?」

『来なくていい!』と麻耶は思ったが、こうなったら面倒なことはいっぺんに済ませてしまった方がいいのかも。

「お寿司か何か、取った方がいいかしらね」
「そうだな」

もう、奏と麻耶の入る余地などないらしい。

15分程して現れた麻耶の両親が合流して、大宴会となった。


「ビールがもうないみたい。私、ちょっと行って買ってくるわね」
「麻耶はいいよ、重いし。こんな時間に女性一人でなんて危ないから、俺が行く」
「じゃあ、一緒に行く?」

ちょっと親達のノリにはついていけない二人は、ビールを買うことを口実に家を出た。

「何だか、すごいことになっちゃったわね」
「だな。でも言ったろ?麻耶なら大丈夫だって。お袋、麻耶以外の子を連れて行ったら本気で追い出したんだろうな」

あの一言を思い出して、奏と麻耶は苦笑する。

「私、気に入ってもらえたのかな」
「当たり前だろう?普段酒なんて滅多に飲まない親父が、あれだぞ。そうに決まってる」

奏の父親は結婚式とかお正月くらいしか、お酒は飲まない。
ようするにめでたい席でしか、お酒は飲まないのだ。
あんなに飲んだのを見たのは奏でさえも初めてだったのだから、尚更だろう。

「俺こそ、麻耶のご両親に気に入ってもらえたのかな」
「それは、あの二人を見ればわかるでしょ?あんなに嬉しそうな両親の顔を見たのは、高校に合格した時以来かしら」

特に麻耶の母は奏の母と親しい間柄なだけに娘を安心して嫁にやれると思ったに違いないし、それは父も同じ。
もし、一つだけ言うことがあるとすれば、『何でもっと早く言わないの』ということだけだろう。
当人同士もそうなのだから仕方がないのだけど、ちょっと突然過ぎたかも。

「だと、いいんだけど…。でもさ、親父の言うように先に麻耶の家には挨拶に行くべきだったな」

…大事な娘さんをいただくっていうのにこれではなぁ。
男として、どうなんだ?
これは、奏の反省点。
なんだか、ついでになってしまったようで申し訳ない気が…。

「気にすることないわよ。後で行くつもりだったし、結果的にこうなっちゃっただけなんだから」

麻耶は奏の手を取ると、自分の指を絡めるようにして握り締める。
何はともあれ、一番高いハードルはクリアできたはず?なのだから。

「ねぇ、奏。早く、ビール買いに行こう?お父さんもお母さんもきっと、首を長くして私達の帰りを待ってるわ」

ニッコリ微笑む麻耶にそうかな、なんて。

「そうだな」

奏は麻耶の手をぎゅっと握り返し、彼女を引っ張るようにして走り出す。
二人の寄り添うシルエットが、月明かりに照らされていた。


To be continued...


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