朝、俺が目覚めると隣にいるはずの彼女がいなかった。
まさか…。
俺は、飛び起きるようにしてベットを出るとリビングへ向かう。
すると何やらいい匂いが漂ってきて、俺はキッチンを覗いてみた。
「美冴さん?」
もしや帰ってしまったのではという不安が頭を過っていたが、そうではなかったことに安堵する。
しかし、何をしているのだろうか?
「あぁ、圭吾。おはようって言うか、もうお昼に近いんだけどね。えっと食事すぐできるから、シャワーでも浴びてきて」
「食事?」
見れば魚を焼いているようで、匂いの正体はこれだったのかと思った。
隣には、味噌汁なんかもできているようだし。
冷蔵庫には何もなかったはずだけど、側には近所のスーパーの袋があった。
もう店は開いている時間だったから、俺が寝ている間に買い物にでも行ったのだろう。
いらぬ気遣いをさせてしまったなと思いながら、彼女に言われるままにシャワーを浴びに行った。
バスルームから出てくるとすっかり食事の用意ができていて、テーブルの上には厚焼き玉子やさっき焼いていた魚にほうれん草のおひたしなど、俺の好きな和食がずらりと並んでいた。
「圭吾の好きなものとかわからないから勝手に作っちゃって、ごめんね」
「ううん。俺、和食党だから」
俺がそう言うと彼女がニッコリと笑って、ほっぺたにはえくぼができている。
―――うぅ、可愛い…。
なんて、思ってる場合じゃないんだけど。
こんなふうに誰かと家で食事をするなんて、高校生以来だな。
俺は付き合っている時も、彼女を部屋に入れることは一度もなかった。
何となく、自分のテリトリーに他人に入られるのが嫌で、だから食事なんて作ってもらったこともない。
と言うより、料理なんてまともにできる子とは付き合ったことがなかったのだから。
だから俺自身、料理がある程度できるようになってしまったのかもしれない。
それにしても、彼女がこんなにも家庭的な人だったとは…。
「美味しくなかった?」
俺が考え事をしているのを見て、彼女はそうとってしまったのだろう。
そんなわけないのに。
「そんなことはないですよ。全部美味しいですけど、特にこの玉子焼きは最高かな」
「ほんと?これね、あたしの自慢の一品なの」
さっき以上の微笑みに俺の頬も自然に緩む。
たったこれだけのことなのになんて幸せなんだろう。
彼女が目の前にいてくれるだけで、もう何もいらないって思ってしまう。
まったく、俺ってゲンキンだよな。
◇
食事を終えて、俺は彼女とまったりとした時間を過ごしていた。
こんなふうに二人で部屋で過ごすということをしたことのない俺には、全てが新鮮で少し興奮気味だったかもしれない。
「ねぇ、ここに圭吾一人で住んでるの?」
「どうして?」
「だって部屋だってすっごく広いし、うちの会社のお給料でこんな家に住めるのかなって」
彼女が疑問に思うのは当然だろう。
ここは都心の一等地にある高級マンションで、とても普通のサラリーマンが払えるような金額じゃない。
そんなところに入社2年目の俺が一人で住んでいるっていうのは、普通では考えられないことだろうから。
「一人で住んでるのは間違いないんだけど、親戚がマンション経営してて安く借りてるんだ」
「そうなの?いいな、あたしもこんな家に住んでみたい」
だったら住んじゃえばって喉元まで出かかったけど、昨日の今日でそれはあまりにも唐突過ぎる。
本当は、今すぐにでもそうしたいところだけどな。
そう自分で思っておきながら、やっぱり彼女に嵌ってると思わずにいられない。
「美冴さんの家は、どんな感じなの?」
「あたしの家?普通のワンルームよ。8畳のフローリングに小さいキッチンが付いてるだけ。一応、ロフトなんてのもあるけど、やっぱり狭いし」
「今度、行ってもいい?」
「うん、いいわよ」
美冴さんの部屋って、どんな感じなんだろう?
想像だけど、ものすごく可愛い部屋のような気がする。
くぅ〜楽しみかも。
こんなことで喜んでしまう俺を友達が見たら、どう思うだろうか?
きっと気持ち悪がって、友達をやめるとか言うかもしれないな。
一人で想像してニヤついていた俺だったが、ふと隣にいる彼女の表情が曇る。
「ねぇ、圭吾」
「どうしたの?美冴さん」
どうしたんだろう?
この時の俺は、初めて想いが通じた恋に溺れて有頂天になっていただけなのかもしれない。
彼女の心の奥底にあった傷とか、そういうものを全然受け止めてなんかいなかった。
それだけ、ガキだったんだということすら気付いていなかったなんて…。
「あたし、やっぱり…圭吾と付き合えない」
「えっ、美冴さん。何を冗談言って―――」
「冗談なんかじゃないの。圭吾の気持ちはすごく嬉しいんだけど、でも…」
「でも、何ですかっ?」
つい、きつい言い方になってしまった俺に彼女は悲痛な顔で何かを言い掛けたが、何を言っても言い訳になると思ったのだろう。
それ以上、口を噤(つぐ)んだままひと言も言葉を発してはくれなかった。
どうすれば、俺の本当の気持ちをわかってもらえるのだろうか?
体に刻み込めば、わかってもらえると思っていた自分が情けないし、それで心も繋がったと勘違いしてたんだ。
そうだよな、こんないきなり想いを告げたって受け入れられるわけがない。
相手が年下で同じ会社の同僚となれば、周りの目だって気になるだろうし、何といっても彼女はフラれたばかりなのだから。
急がず焦らず、もっと時間を掛けて想いを伝えなければいけなかったのに…。
包み込むように抱きしめると、美冴さんの口から小さく漏れた俺の名前。
「今の俺には、あなたをこうして抱きしめてあげることしかできません。どんなにカッコいい言葉や愛してると1万回言い続けても、あなたには不安しか残らないでしょうから」
縋るように何度も何度も俺の名前を呼ぶ彼女をただただ、きつく抱きしめるしかできなかった。
これで、美冴さんの心の中にほんの少しでも俺が入ることができるなら。
幼い子供をあやすように彼女の背中をポンポンと叩いてあげると、落ち着いたのかスースーと寝息が聞こえてくる。
オイオイ、寝ちゃったのかよ…。
それでも彼女を起こさないように気を使いながら、俺は小さく溜め息を吐く。
どんなに時間が掛かっても、必ずあなたを…。
目が覚めたら、俺の一番の笑顔であなたをトロけさせてみせますからね。
覚悟してくださいよ。
俺は、そっと彼女の額にくちづけた。
To be continued...
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