「澪さん、大丈夫ですか?今、何か飲み物でも買ってきますから、ここに座って待っていて下さい」
真矢は、澪を近くのベンチに座らせると急いで自販機の元へ走って行った。
澪はあまりの恐怖からずっと目を瞑っていたため、ジェットコースターに酔ってしまったのだ。
戻って来た時には青ざめた顔でぐったりしていて、係員に手伝ってもらってようやく降りる始末。
―――あ〜ぁ、私ったら何やってるのかしらね。
ひとり苦笑するしかなかった。
「澪さん、これ飲んでください」
真矢は、ペットボトルのお茶の蓋を開けると澪に差し出した。
「ありがとう」
澪は、それをひとくち口に入れると『ふーっ』と大きく息を吐いた。
その間中、ずっと真矢は澪の肩を抱き寄せて背中を擦っていてくれた。
「ごめんね。迷惑かけて」
「いいんですよそんなこと。それより大丈夫ですか?」
「うん。大分落ち着いてきた」
「澪さん、ダメならダメって言って下さいね。俺、澪さんが真っ青でほんと心配したんですから」
「ごめん。でっでも、ジェットコースターが怖くて乗れないなんて言うの悔しかったんだもの。しょうがない
じゃない!」
まだ潤んだままの瞳で、真矢を見上げる。
「ほんと、澪さんは意地っ張りなんですから。まぁ、そんなところも好きなんですけどね」
真矢は自分を見上げている澪の鼻にそっと掠めるようにキスを落とした。
「なっ」
文句を言おうと思ったが、ここでうろたえるのもやっぱり澪には悔しくて冷静を装っていた。
5歳も年下の男に振り回されている思うと余計に悔しさが込み上げてくる。
その反面、さっきから真矢の傍にいるとわけもなく心臓がドキドキしている自分がいた。
◇
それからは、無理しないようにと軽めの乗り物をいくつか乗ってお昼にすることにした。
二人は、敷地内にある公園の芝生に腰を下ろすと一息ついた。
「気持ち、いいわね」
澪は、空を見上げるとそう言った。
梅雨に入る前のほんのひと時の爽やかな季節だった。
「ほんとですね」
真矢も澪と同じように空を見上げていた。
澪は、持ってきたバックの中からお弁当を取り出すと真矢との間に広げた。
「はい、まず手を拭いてね」
真矢におしぼりを渡す。
「あっ、すいません。これ、澪さんが全部作ったんですか?」
色とりどりのおかずに真矢は目を見張って驚いている。
「そうよ。2時間も早く起きて作ったんだから。真矢の好きな鶏のから揚げもちゃんと入ってるわよ」
鶏のから揚げの入ったタッパーの蓋を開ける。
「うわっ、うまそう」
「どうぞ」
澪がそれを差し出すと待ってましたとばかりに真矢は鶏のから揚げに箸をつけた。
味に自信はあったけれども真矢の好きなものかどうかはわからなかったので、彼の反応が気になった。
「うまいですっ」
「ほんと?」
「はいっ」
「よかったー」
真矢の満足そうな顔を見て、澪はホッとした。
彼はとてもスリムなわりにすごい食欲なので、今日も3人分は用意してきた。
「澪さん、すごく料理が上手なんですね。こんなおいしいもの毎日食べられる男は幸せですね」
「そんなに褒めても何も出ないわよ」
あんまり真矢が褒めるものだから、澪はなんだか気恥ずかしかった。
「今度、夕飯作ってくださいよ」
「いいわよ。そんなことならお安い御用だし」
「やったっ!絶対約束ですよ」
真矢は大きな子供みたいだと澪は思った。
きっと自分に子供ができたらこんな感覚なのだろうと想像してみるも、もし父親が真矢だったらまるで子供が二人いるみたいなのでは?と考えただけで微笑ましくなってきた。
「澪さん?な〜にニヤついてるんですか?」
「え?何でもないわ」
真矢は腑に落ちない様子だったけど、それ以上は何も言わずに澪の作ったお弁当を全部平らげると芝生に仰向けに寝転がった。
眠ってしまったのか目を瞑っている真矢の顔を見ていると、とても綺麗な顔立ちをしていると思う。
ニキビなんてまったくない、ツルっとした肌に形のいい鼻と口。
額に掛かった瞳の色と同じブラウンの柔らかい髪をそっと指で払うと普段はそんなふうに感じなかったけれど、とても睫毛が長かったことに気付く。
―――女の子みたい。
本人は可愛いと言われることに抵抗があるようだけど、まぁ男なら誰でもそうなのだろうけど、やっぱり可愛いと思ってしまう。
澪は昔から男の子だったらよかったのにとよく親に言われたものだから、可愛いと言われたことなど一度もない。
こんな澪を真矢がなぜ好きになったのか、未だにわからないでいる。
―――私なんかのどこがいいのよ…。
心の中でそう呟いた。
◇
澪がトイレから戻る途中、真矢と話している多分女子高生くらいだろうか?女の子3人が、目に入った。
どうやら様子からして、真矢は写真を撮るように頼まれたようだった。
3人仲良く並んで、思い思いのポーズをとっている。
そんな彼女達はとても可愛らしく、澪はなんとなく自分があの中に入ってはいけないような気がして、暫くの間近付くことができないでいた。
やっと思うような写真が撮れたのか3人のうちの1人が澪の存在に気付き、視線をこちらに向けるとそれに気付いた真矢が澪を見つけて手を振った。
澪は真矢に小さく手を振り返すと彼女達も澪に向かって軽く会釈して、去って行った。
去って行く彼女達の後姿を見つめていると真矢が澪の方に走って来た。
「彼女達、女子高生?」
「ええ、写真撮ってくれって頼まれたんですけど、ああでもないこうでもないって中々ポーズが決まらないから大変でした」
「あら、元気で可愛くていいじゃないの」
「そんなことないですよ」
真矢は口ではそんなふうに言っているが、本心はまんざらでもなさそうだ。
あんな可愛い子達に囲まれて嫌な方がおかしいくらいだと澪は思った。
―――真矢だって、やっぱり若い子の方がいいに決まってるわ。
今日の澪は、こんなことばかり考えている。
真矢に付き合って欲しいと言われた時、曖昧に返事を返したことで友達以上の関係から始めようということになったが、正直澪にはそれ以上の関係になることなど考えてもみないことだった。
それが、今はどうだろうか?
自分に自信がなくて、真矢がすぐにでも澪から離れて行ってしまうのではないかと不安で不安でたまらないのだ。
「澪さん、疲れたんじゃないですか?」
「えっ?そんなことないわよ」
「でも… 」
「大丈夫だって、ほら次は何に乗るの?」
澪は自分の気持ちを悟られないように明るく振舞った。
それを真矢が見逃すはずがなかったことに澪は気付いていない。
「それじゃあ、最後に観覧車に乗りましょう」
二人は、お決まりとも言うべき観覧車に向かい合って座っていた。
見る見るうちに地上から離れていく、澪は押し黙ったままぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。
そんな澪を見て、真矢はさっきから様子がおかしいことに気付いていた。
「澪さん。今、何を考えているんですか?」
「えっ?別に何も。ほらっ見て、すごい富士山が見えるわよ」
澪は、今の気持ちを悟られないように話題を変えようとしたけれど…。
「澪さん。話を逸らさないで、俺の質問に答えて下さい」
真っ直ぐに澪を見つめる真矢の目をまともに見ることができず、澪は視線をどこを見るでもなく宙に移した。
「何でもないって言ってるでしょ。ちょっと疲れただけだから」
そのまま澪は、俯くしかなかった。
そんな澪を見かねた真矢は、立ち上がると澪の隣に座わり直した。
そして、そっと澪の肩を抱く。
「澪さん。何があったんですか?俺が嫌な思いをさせたなら謝りますから」
「ちっ、違うの。真矢は悪くない。私が… 」
真矢の言葉を遮るように澪は言葉を発した。
「澪さん?」
「ねえ、真矢?」
「はい」
「私が、真矢の隣にいてもいいの?」
「どうしてそんなことを言うんですか?いいに決まってるじゃないですか」
「だって、真矢にはもっと若くて可愛い子が似合うのになんで私なのかなって」
「何でそんなふうに思うんですか?俺は若くて可愛い子より、意地っ張りだけどすっごく綺麗な澪さんが好きなのに」
「え?」
「俺の方こそ澪さんの隣に居てもいいのかって、いつも不安なんです。澪さんすごく素敵だから、俺みたいなのが澪さんには釣り合わないんじゃないかって。でも、俺は澪さんが好きだから、昨日より今日、今日より明日ってどんどん好きになっていくから、俺も頑張って澪さんに似合う男になろうってそう思うんです」
真矢がそんなふうに思っていたとは思わなかった。
いつだって彼は冷静で、かっこよくて、澪だけがひとりで不安になっているとばかり思っていたのに。
「真矢… 」
「俺は澪さんが好きです。自惚れかもしれないけど、澪さんも俺のこと意識してくれてるってことですよね?」
「それって、すっごい自惚れよ。でも… 悔しいけどそうみたい」
―――でもまだ『好き』という言葉は言わない。だって悔しいもの。
「澪さん、キスしてもいいですか?」
澪は黙って目を瞑るとそれを肯定と受け取った真矢は、そっと澪の唇に自分の唇を合わせた。
観覧車が地上に着き、降りる時には澪の手はしっかりと真矢の手と繋がっていた。
ちょうど入れ替わるように並んでいたさっきの女子高生と目が合った真矢は、微笑むと通り過ぎ様に親指を立てて見せた。
それを見て、彼女達は二人がうまくいったのだと悟ったのだった。
◇
夕方になって二人は帰路につくと澪は朝早く起きたためか、すぐに眠ってしまった。
そんな澪の無防備な寝顔を見ながら、真矢は必死に理性と戦わなければならなかった。
「澪さんっ、着きましたよ。澪さん」
澪はずっと眠り続けたまま、一度も目を覚ますことなく自分の家まで帰って来てしまった。
「ううっ。あれ?ここは?」
「よく眠ってましたね。もう澪さんの家の前ですよ」
「えぇ?」
澪は、急いで身体を起こすと窓の外を確かめた。
「本当だわ。私、ずっと眠ってたの… 。ごめんねひとりで運転させて」
「いいんですよ。澪さんも疲れていたんでしょう」
真矢は車から降りると、後部座席に置いていた澪のバックを取って助手席側に回った。
「真矢、疲れたでしょ?お茶でもどう」
予期せぬ澪の誘いに戸惑いつつも嬉しさを隠せない真矢は、ふたつ返事で澪の部屋に行った。
初めて入る澪の部屋は、暖色系でコーディネートされたアジアンテイストの部屋だった。
手前にキッチンと奥にリビングにしているのか、木製のローテーブルに大きなクッションが2つ置いてある。
隣にもうひとつ部屋があるのか、そっちは寝室に使っているようだった。
「適当にその辺に座ってて、今コーヒー入れるからね」
真矢が適当に腰を下ろすとすぐにキッチンからコーヒーのいい香りが漂ってくる。
「そうだ真矢、よかったら夕飯も食べてく?今日ね、カレーにしようと思って昨日から作って寝かせてあるんだけど」
キッチンから顔を覗かせて聞いてくる澪が見える。
「いいんですか?」
「いいわよ。せっかくだから食べてって。澪さま特製のカレーは、絶品なんだから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
澪が、カップを2つ持って真矢の斜向かいに腰を下ろす。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
真矢は澪からコーヒーの入ったカップを受け取ると、ひとくち飲んだ。
「真矢ずっと運転してて、疲れたでしょ?」
「そんなこともないですよ。俺、車運転するの好きですし」
「でも遊園地なんて行ったの子供の時以来だったけど、結構楽しいのね」
「俺もそう思いました」
「え?それって… 。今日、真矢は何で遊園地に誘ったわけ?」
真矢は何で遊園地に誘ったのだろうと澪はずっと考えていたけれど、それは何か理由があるのだとばかり思っていたのに。
「なんとなく、澪さんを誘うなら遊園地かなと」
「なにそれ。それって私がお子様だってこと?」
澪は、膨れっ面で抗議する。
「そんな顔しないで下さい。せっかくの美人が台無しですよ?」
真矢は、澪の頬を人差し指で軽く突っついてみせる。
「誤魔化してもダメなんだからね」
「誤魔化してなんかいません」
さっきまでの冗談を言っていた時の真矢とは違う真面目な表情に澪は、次に返す言葉が見つからない。
―――どうしたのかしら、真矢。
「すみません」
「真矢?」
「澪さんとデートするなら、絶対外がいいなって思いました。俺の彼女なんだって、みんなに見せたかった。
手を繋いで堂々と歩きたかったんです」
真矢は、澪の側に行くとぎゅっと抱き締めた。
「真矢」
―――そんなふうに思っていたなんて…。
ものすごく嬉しくて、澪の瞳にうっすらと涙が滲む。
「俺、まだ澪さんに好きって言ってもらってませんよね」
「え?」
澪は、悔しいからとまだ言っていなかったのだ。
しかし、こんな時にも意地を張ってしまう。
「そうかしら?」
「そうですよ。言って下さい、俺が好きって。でないと…」
あまりに切なそうな彼の言葉に、澪もこれ以上意地を張るのはよそうと思う。
そして、彼の目を真っすぐに見つめ。
「真矢が好き、大好き」
「澪さんっ」
『うわっ』
澪は、その場に押し倒されていた。
「ちょっ、真矢!」
「俺、今夜は帰りません」
「はぁ?」
何を言い出すのやら…。
「帰らないって」
「俺がさっきどんな想いでひとり車を運転してたと、もう我慢できませんから」
可愛いと思っていた彼は、実はだいぶ違っていたようで…。
でも、こんな真矢も好き。
意地っ張りの澪は、当分好きという言葉は口にしないと思うけど。
友達以上の関係から、恋人同士に昇格した二人の甘い夜は始まったばかり。
To be continued...
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