安西家を出てすぐ目と鼻の先に部屋を借りて住んでいた祐樹だったが、相変わらずの寝起きの悪さで毎朝若菜に電話を掛けてもらい朝食を取りにやって来る。
「おはよう」
「おはようございます」
こんな日常にもだいぶ慣れつつあった、ある日。
「あの、祐樹さん。今夜なんですけど、お友達と学校帰りに出掛ける約束をしていて、ちょっと遅くなるかもしれないんです」
「あぁ、そんなこと気にしなくてもいいよ。夕飯なら、適当に会社ででも食べて来るし」
「すみません」
申し訳なさそうに言う若菜だったが、朝だけでなくお弁当に夕食まで作ってもらっている祐樹の方こそ、謝らなければならないのに。
「ううん、若菜ちゃんが謝ることなんてないよ。俺の方こそ迷惑掛けてるんだから、ゆっくりしてくるといいよ」
「はい」
すっかり女子大生になった若菜は、薄化粧もするようになって、ついこの間まで制服を着ていた女子高生とは思えないくらい大人びて見える。
若菜は友達と出掛けると言っていたが、女の子だけなのか?と本当は真っ先に確認したかった祐樹。
『ゆっくりしてくるといいよ』なんて口では余裕があるように言っているが、内心心配で仕方がないのだ。
これを貴史に話すと馬鹿にされそうだから、絶対言わないけれど。
「大学は、楽しい?」
「はい、すごく楽しいです。新しいお友達も、いっぱいできたので」
大学では外部からの入学者が内部進学者をかなり上回るので、新しい友達がたくさんできた。
幸は他の大学に行ってしまい、茜はアメリカへ、美咲は同じ大学でも学部が違うので、みんなそれぞれバラバラになってしまったから。
「そう、よかったね」
「祐樹さんは、お仕事忙しいんですか?」
「俺?忙しいといえば忙しいけど、あんまり変わらないかな。貴史もずっと一緒だし」
同期で親友の貴史も相変わらず同じ職場の祐樹には、一年前とほとんど変わらない。
変わったといえばこの家を出たことと、単なる同居人だった若菜と今は恋人同士になったことかもしれない。
支度を終えて、朝一番で講義があると言っていた若菜と一緒に家を出る。
ほんの駅までの短い時間ではあったけれど、お互いとても楽しいひと時に思えた。
「じゃあ、気をつけて」
「祐樹さんも、お仕事頑張ってくださいね」
ニッコリと手を振って先に電車に乗って行く若菜。
もう同じ電車に友達は乗っていないけれど、祐樹は電車が発車するまで見送っていた。
+++
「残業か?」
そう言って祐樹の机の上に缶コーヒーを置いたのは、貴史だった。
壁の時計を見れば既に18時を過ぎたところ、いつの間にか定時を過ぎていた。
「サンキュウ。そういうわけじゃないんだけど、今日は若菜ちゃんが出掛けて遅くなるかもしれないって、だから夕飯がないんだ」
「へぇ、そうなのか。そりゃぁ、寂しいなぁ。だったら、俺が相手をしてやるよ」
「なんだよ、それ」
少し残業でもして夕飯も社食で済ませようと思っていた祐樹だったが、貴史の誘いを断る理由もなく久し振りに飲みに出掛けることにした。
二人が来たのは、会社近くのよく利用する居酒屋。
カウンター席に並んで座ると、取り敢えずビールの生ジョッキを頼む。
「相変わらず食事は、若菜ちゃんの家に食べに行ってるのか?」
「まぁな」
「だったら、わざわざ家を出ることなかったのに」
運ばれて来たビールで乾杯する。
仕事の後の一杯は、格別だ。
「そういうわけにもいかないだろう。これはケジメだから」
「祐樹らしいけど、あんなに近所なら、意味がないような気がするけどな」
確かにそうかもしれないが、あのまま同じ家にいたのでは、もっと甘えてしまいそうだったから。
でも、離れていると心配だし…これは祐樹にとって、苦肉の策だったわけで。
「心配なのもわかるけど、もう女子大生なんだし」
「お前は平気なのか?幸ちゃんは共学の大学で、特に男が多いっていうのに」
「信じてるからな」
「よく言うよ」
―――本当は、心配なくせに。
幸が通う大学は国立の最高峰、男子生徒の割合が8割以上というところにあんな綺麗な子がいたらどうなるか。
なのに『信じているから』などと、よく平気で言えるものだと祐樹は思った。
「本当だぞ?っていうか、信じるしかないだろう。お前みたいにいちいち心配してたらな、心臓がいくつあっても足りないんだよ」
「わかってるんだけど」
貴史も幸だからこそ信じていられるが、それが若菜となればやはり話は別かもしれない。
しっかりしているとは言っても、周りの輩が放っておくはずがないし。
「ところで、出掛けるって女の子同士なんだろう?」
「そこなんだよ。細かい男って思われるのもどうかと思ってさ、聞けなかったんだよな」
「もしかして、男もいるかもしれないぞ?」
「脅かすなよ」
―――もし、男がいたら…。
考えただけでも、不安になってくる。
「心配なら、電話でも掛けてみれば?」
「それができたら、苦労しないって」
―――はぁ…。
そんな祐樹の姿を見てクスクスと笑っている貴史に、今は言い返す言葉も見つからなかった。
◇
散々貴史にからかわれて酔うに酔えずに家路に着いた祐樹だったが、安西家の前を通っても真っ暗なままだった。
―――オイオイ、もうこんな時間なのにまだ帰ってないのか?
腕の時計を見れば、あと少しで日付が変わろうとしている時間。
いくら遅くなるかもしれないからとはいっても、こんな時間までどこで何をしているというのか。
とその時、後ろから足音が聞こえて来て…。
「祐樹さん―――」
どうやら二人は同じ電車に乗っていたようで、一足違いで祐樹の方が先に家に着いたらしい。
「若菜ちゃん。こんな時間まで、一体何をしていたんだい?」
今まで聞いたことがないくらい低い声の祐樹に、一瞬体がビクッと反応した若菜。
「ごめんなさい」と言ったまま、俯いてしまう。
そんな若菜を見て祐樹はハッと我に返る。
「取り敢えず、中で話を聞かせてくれる?」
黙って頷く若菜の背を押すようにして祐樹は中へ入ると真っ暗だった部屋の灯りを点けて、二人並んでソファーに座る。
さっきの言い方が少しきつかったせいか、すっかり俯いてしまった若菜の肩を祐樹は優しく抱き寄せた。
「きつい言い方をして、ごめん。でも、こんなに遅くなるなんて思っていなかったから」
「ごめんなさい。私もこんなに時間がかかるものだと思わなくて、急いで帰って来たんですけど」
「今日は、どこに行っていたんだい?」
「ガラス工房です」
「ガラス工房?」
若菜の口から出た意外な場所に、祐樹は少々拍子抜けしてしまう。
疑うわけではなかったが、てっきり遊んできたのだとばかり思っていたから。
「はい。お友達の知り合いがやっているという、ガラス工房に行って来たんです」
そう言って若菜は、バックとは別に持っていた紙袋の中身を見せてくれた。
本当はきちんとラッピングして祐樹に渡すつもりでいたのだが、仕方がない。
「これは?」
「ペアのグラスなんですが、私が作ったんですよ」
それは、とても綺麗な色をしたグラスだった。
しかし、なぜグラスを?
「明日は何の日か、わかりますか?」
「明日?」
お互いの誕生日は、まだずっと先の話しだし…何の日?
益々わからない祐樹は、首を傾げるばかり。
「祐樹さんに好きって言ってもらってから1年なんです。だから、記念になるものをと思ってお友達に連れて行ってもらったんですけど。こんなに大変な物だって思わなくて」
あの夜、シンガポールの動物園で祐樹に『好きだ。愛してる』と言われた夜から、もうすぐ1年が経とうとしていた。
何か記念になるものをと思っていた若菜に友達が紹介してくれたのが、ガラス工房だったのだ。
初心者でもわりと簡単にできるというので行ってみたはいいが、思ったよりも大変で気付いたらこんな時間になっていた。
「そうだったんだ…。ごめん、俺何も知らないで」
「いいえ。きっと、お父さんとお母さんでも同じだったと思いますから」
「そうじゃないんだ」
「え?」
「俺、少しでも若菜ちゃんを疑った。男と一緒だったんじゃないかって」
いくら心配だからといっても、貴史のように自分の好きな相手を信じられなかった。
「祐樹さん、そんなことを思ってたんですか?」
「ごめん…」
形勢が逆転してしまった祐樹。
しゅんとなってしまった姿は、なんだかお母さんに叱られた子供のよう。
「今回だけは、許してあげます」
「ほんと?」
「はい」
自分よりも、ずっとずっと大人な若菜。
急に愛しさが込み上げてきた祐樹は、若菜をぎゅっと抱きしめるとすかさず唇を奪う。
「祐樹さん、お酒飲んでます?」
「あっ、ごめん臭かった?貴史に誘われて、飲んできたんだ」
結構、お酒を飲んだことをすっかり忘れていた祐樹。
「私も早くこのグラスで、祐樹さんとお酒を飲んでみたいです」
少し大きめなグラスは祐樹のもので、小さめなのは若菜のもの。
テーブルの上にふたつを並べて、早く二十歳にならないかなと思う。
「そうしたら、俺も25歳になるんだ。オヤジになっちゃうな」
「まだ、25歳ですよ?全然、オジサンなんかじゃないです」
「そう言ってもらえると、嬉しいけど」
もう一度、くちづけを交わすとあまりに気持ちよすぎて、祐樹には止めることができなかった。
「…っん…ぁっ…祐…樹…さ…ん…」
「若菜ちゃん、俺もう我慢できそうにない」
若菜に言われるまですっかり忘れていたが、自分の気持ちを伝えて1年になる。
その間、ずっと抑えてきたのだが、さすがにもう限界だった。
「祐…樹…さ…んっ…っ…」
ソファーに押し倒された若菜は、祐樹の舌を絡めたより深いくちづけに付いていくのがやっと。
「…待っ…て…」
「…ごめ…待て…な…い…」
「で…も…っん…ぁ…」
初めてなのにここでは…。
そう気付いた祐樹は、着ていたスーツのジャケットを脱いで若菜を抱き上げると2階の彼女の部屋へ。
「祐樹さん、私…」
「優しくするから」
顔中にキスを降り注ぐと、若菜は少しくすぐったそう。
そんな少しだけほぐれた様子の彼女の唇に自分のそれを重ねる。
何度も交わしてはいたが、今は何よりも特別に感じられた。
「…っあ…っ…ん…」
こんな声が出るなんて…。
今まで聞いたことのないような自分の声に、どうしていいかわからない。
「若菜ちゃん、声我慢しないで」
「…で…も…」
「可愛い声を俺に聞かせて」
耳元に息をかけられて、我慢していた声が思わず漏れてしまう。
祐樹は、ブラウスのボタンに手を掛けると器用に1つずつ外していく。
若菜らしいレースの付いた真っ白なブラに包まれた膨らみが露になって、急に締め付けが軽くなる。
いつの間にか祐樹の手が背中に回って、あっけなく上半身に身に着けていたものがなくなってしまう。
思わず両腕で隠してしまった。
「綺麗だよ、若菜ちゃん。俺に全部、見せて」
「だってぇ、祐樹さん恥ずかしい…」
消え入るような声に祐樹は、ネクタイを緩めて外すとワイシャツをその場に脱ぎ捨てた。
同居している間も、祐樹は若菜の前で裸を見せたことは一度もない。
「これなら、いい?」
初めて見る彼の体はとてもガッシリとしていて、見惚れてしまう。
肌と肌が触れ合うと、若菜の心臓のドキドキが祐樹に伝わってしまいそうだ。
「…はぁ…っ…んっ…あっ…」
ふたつの膨らみをゆっくりと揉まれて、蕾を親指の腹と人差し指で摘まれると今まで感じたことのない衝撃にどうしていいかわからない。
「…ゆ…き…さん…な…ん…か…変…なの…っ…」
「変なんかじゃないんだよ。もっと感じて」
「…あぁ…っ…んっ…」
肢体に手を滑らせて布越しに秘部に触れると、そこは既にしっとりと濡れていた。
スカートに手を掛けて、下着ごと若菜の体から抜き取ってしまう。
「…祐樹…さ…んっ…そ…ん…な…と…こっ…っ…あぁ…っ…」
誰にも触れられたことのない未知の場所を触れられて、より一層甘い声が若菜の口から漏れる。
「指を入れるね」
「…指っ…て…っ…っん…」
「痛い?」
「…っ痛…く…ない…で…す…」
「だいぶ濡れているけど、もうちょっとかな。指の数を増やすよ」
「…えっ…っあ…んっ…っ…やっ…な…に…っ…」
「イっていいよ」
「…イく?…っ…あぁぁっ…っ…んっ…」
イくという言葉の意味がよくわからない若菜は、そのまま意識を飛ばしてしまった。
「若菜ちゃん、大丈夫?」
「私…」
「イったみたい」
「イく?」
「そう。少し楽になったと思うから」
祐樹は自身が身に着けていた衣服を全て取り去って、再び若菜の上に覆いかぶさる。
まさかこういう展開になるとは思っていなかったから、ゴムを持っていなかった。
「ゴムを持っていないから、中で出さないようにするけど。痛かったら言うんだよ。すぐにやめるから」
若菜が黙って頷くと祐樹は、ゆっくりと自身をあてがって沈めていく。
『うっ、狭い…』
「…いっ…た…っ…」
「大丈夫?やめようか」
「…や…め…ない…で…」
痛かったのは事実だけど、それよりも祐樹とひとつになれることの方が若菜には嬉しかった。
「でも…」
「…祐…樹…さん…と…ひとつ…に…なりた…い…ん…で…す…」
「若菜ちゃん…少しだけ、我慢して」
痛さのあまり顔をしかめている若菜に優しくいたわるようにくちづけると、奥まで自身を埋める。
「入ったよ」
「…本…当?」
「あぁ、若菜ちゃんの中。気持ちいいよ」
初めての若菜には悪いが、祐樹にとっては愛しい相手の中にいるだけでものすごく気持ちいい。
「ごめっ…動くよ」
我慢できなかった祐樹は若菜に無理をさせてはいけないと思いつつも、勝手に腰が動いていた。
「…っあぁぁぁぁ…っ…っん…ゆ…き…さ…んっ…っ…」
「若菜、愛してるっ」
「…私…も…愛…して…い…ま…す…」
あまりに気持ちよくて、危うく若菜の中に出してしまいそうだったが、なんとかそれだけは避けることがきた。
「若菜、大丈夫?」
「は…い…」
呼吸が荒い若菜のことを優しく抱きしめる祐樹。
それに答えるように微笑む若菜。
「祐樹さん」
「若菜、祐樹って呼んで」
「祐…樹?」
「そう、俺達恋人同士なんだから」
恋人同士… 一年目の節目を迎えた今日から、また新たな日がスタートする。
「はい」
「敬語もなし。俺、言ったの覚えてる?」
「え?」
「初めて若菜に会った時。あの時から、こうなる予感がしてたんだ。多分…」
『まぁ、追々そう呼んでもらうよ。それに敬語もいいからね』
そう言ったあの日、きっと初めて会った時からこうなる運命だったのだろう。
「若菜、好きだ。愛してる」
一年前の今日、こう言って想いを伝えた。
改めて、想いを伝えるために。
END
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