Symbiosis
Story23


「若菜ちゃん、卒業おめでとう」

今日は、若菜の通う聖愛女学園高等部の卒業式である。
昨夜からずっと降り続いた雨もすっかり止んで、晴れの日を歓迎しているようだった。

「ありがとうございます。でも、祐樹さん会社はいいんですか?」

祐樹は、午前中だけ会社を休んで式に出席することになっていて、わざわざ休まなくてもと若菜は言ったのだが、これは彼の強い希望だった。
もちろん、親友の貴史も幸のために出席すると言っていた。
祐樹と貴史は、会社で同じ部に所属しているため、二人で午前中休むと言ったので上司に不思議がられたけれど…。

「いいんだよ。休むのは午前中だけだからね」
「本当にいいのかい?」
「はい。ご心配なく」

両親は、この日のためにシンガポールから一時帰国していたのだが、そう言って微笑む祐樹に父もそれだけは少し気になっていた。
―――まぁ、仕事よりも優先したい彼の気持ちもわからないでもないが…。

父にはわかっていたが、祐樹には特別の想いがあった。
若菜の高校卒業と同時に、二人の同居は終わるのだから。

+++

「若菜ちゃん。俺、ここを出ようと思うんだ」

こう祐樹が切り出したのは、年が明けて半月ほど経った頃だった。

「どうして?お父さんに何か言われたんですか?」

若菜にはどうして祐樹がこの家を出て行かなければならないのか、わからなかった。
確かに同居は、若菜が高校を卒業するまでの一年間という約束で始まった。
それがこの春終わるのだから、祐樹が家を出て行くのは当然といえば当然なのかもしれないが…。

「そうじゃないんだ。これは、初めの約束だからね」

父には、年が明ける前に既に祐樹からこの話はしてあった。
もちろん父は無理に出て行く必要はないと言ってくれたが、それを断ったのは祐樹の方だったから。

「でも…」
「お互い特別な感情を持っている男女が同じ家に住めば、それは同棲しているということになる。これは、ケジメかな」

シンガポールでお互い想いが通じたけれど、二人の間には特に変わった様子はなく、今までと同じだった。
約半年間、祐樹がここまで我慢していたのは、それまでの同居という関係を貫きたかったから。
別々の家に住んでいれば、堂々と付き合うこともできる。
だからこそ、祐樹はこの家を出る決心をしたのだ。

「俺も男だから。目の前に好きな子がいて、その子も俺のことが好きで―――抱きしめたいし、キスもしたいよ」

それが自分だとわかっているだけに若菜の胸の奥がカーっと熟くなるのがわかる。
あの日以来、祐樹とはキスもしていない。
好きだという言葉も夢だったのでは?と思うことも度々あった。
ただ、それは違っていたのだと…。

「祐樹さん…」
「でも、すぐ近所に住むつもりだから。若菜ちゃんをひとりにするのは、心配だからね」
「朝は大丈夫ですか?ひとりで起きられます?」
「それが、心配なんだよなぁ」

若菜の心配をする前にまず、自分の心配をしなければならないかもしれない。
ひとり暮らしなど、したことがない祐樹。
今までだってずっと若菜に毎日起こしてもらっていたのに、ひとりで起きることができるだろうか?

「じゃあ、毎朝電話しますね。それと夕飯も食べに来てください」
「ほんと?そうしてもらえると助かるかも」

本音を言えば、この家から祐樹が出ていってしまうのは、とても寂しい。
ずっと一緒にいたいと思うのは我侭だとわかってる―――。

+++

若菜は、併設の聖愛女子大学教育学部に入学した。
ずっと夢だった幼稚園の先生になるため、祐樹も若菜らしいと言ってくれた。
そして外部受験をするのではと思っていた幸は、影でものすごく勉強して国立大学の最高峰に見事合格、弁護士になるんだと張り切っているが、彼氏である貴史は複雑な心境だった。
自分の彼女が弁護士というのは、微妙なのだろう。
美咲も茜も若菜と同じ併設大学へ入学したが、なんと茜は早々に休学届を出して、単身ニューヨークへ行ってしまったのだ。
1番のんびりやの茜がアメリカに行ってしまうなんて、みんな一様に驚きを隠せなかったが、知らないところで大人になっていたのかなと嬉しくもあり、少し寂しくもあった。

「祐樹さん、今週末引越しよね?もう、準備はできたの?」

大学での勉強が忙しい幸だったが、二人とも午後1番の講義が空いているというのでランチを一緒にとろうとお互いの学校のちょうど中間にあるお店で待ち合わせた。
ここは、気軽にフレンチが楽しめると若い女性に人気がある。

「うん。元々、荷物は少なかったから、ほとんど終わってるって言ってたけど」

祐樹は3月中に家を出るはずだったが、近所の気に入ったアパートが4月中旬まで空かないというので待っていたのだった。
今からちょうど一年前、祐樹が安西家に来た時に持って来た荷物はとても少なかったが、今もそれは変わっていないし、ひとり暮らしするといっても食事は若菜の家に食ベに来ると言っていたので、自炊道具は必要ない。

「寂しい?」

幸の単刀直入な質問に苦笑する若菜。

「寂しくないって言ったら嘘になるけど、祐樹さんのアパートすぐ近くなんだもの」

祐樹が住むことになったアパートは、若菜の家の前を通り過ぎて500mほど行ったところ。
すぐに行き来できる距離なのである。

「でも、祐樹さん。よく我慢したわね?若菜を目の前にして」

幸には、夏休みに祐樹と両親に会いに行って気持ちが通じ合ったことを帰国するとすぐに話していた。
―――でも、我慢したって…。

「無理に家を出ることないのにって言ったら、『お互い特別な感情を持っている男女が同じ家に住めば、それは同棲しているということになる。』って。だから、気持ちが通じる前と同じ態度でいてくれたんだと思う」
「なんか、祐樹さんらしい」

いくら若菜の両親が許してくれたとしても、彼は男として一線だけは越えなかったのだろう。
しかし、彼にとってそれは気持ちが通じること以上に大変だったのではないかと幸は思う。

「もう、その心配もないんでしょ?若菜もとうとう女の子から、大人の女の仲間入りかぁ」
「ちょっ、幸ったら、変なこと言わないでよ!」
「うふふ、照れちゃって。若菜ったら、可愛い」

なんだか幸にからかわれているような気もしないでもないが、これからはそういうこともあるのだろう。
まだ、男の人と付き合うということがよくわからない若菜には、まったく想像がつかなかった。



週末は、祐樹の引越し。
といっても荷物も少ないし、アパートは目と鼻の先、安西家の車を使っての簡単なものだった。
新しい部屋は、フローリングのワンルーム。
10畳ほどの広さがあるので、テレビとベットくらいしか大きい物がない祐樹には十分の広さだろう。
一緒に選んだ淡いベージュのカーテンとベットカバーは、祐樹の好きなストライプ柄。

「やっぱり、何もないなぁ」
「そうですね」

周りを見回すと本当に何もない部屋だったが、ここから色々な意味で新しい一歩が始まるのだ。

「若菜」

祐樹のいつもと違う呼び方に反射的に顔を上げると、そのまま腕を捕まれて彼の胸に抱き寄せられた。
すぐ近くに顔があって、若菜の心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。

「祐樹さん?」
「祐樹さんは、もう卒業。今からは、祐樹って呼んで」

ずっとこの日が来たら若菜と呼ぽう、そして自分のことも祐樹と呼んでもらう、そう決めていたから。

「祐…樹」
「そう。よくできました」

名前を呼んでもらえて嬉しかった祐樹は、若菜のおでこに軽いキスをする。
不意の行動に顔を赤らめる若菜。
―――祐樹さんって、こんな人だったの?
いつだって真面目で冷静な祐樹が、こんなふうに積極的に自分の気持ちを表すなんて…。

「この日を待ってた。やっと若菜を抱きしめられる」

存在を確かめるように祐樹は、若菜の背中に回していた腕に力を込める。

「俺、我慢しないから。若菜が、もういいっていうくらい抱きしめるし、キスもする」
「えぇ…祐樹さんっ、祐樹?!…っん…っ…」

唇を塞がれて、始めてのそれとは比べ物にならないくらい濃厚で情熱的…。
祐樹は誓う、これでもかというくらいの愛を若菜に贈ることを。
二人の間には、なんの障害もないのだから。


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