Symbiosis
Story22


ようするに若菜の父と祐樹の叔父との間で、二人をくっつけてしまおうという話になっていたということだ。
父はシンガポール転勤が決まると社内でも親しくしている祐樹の叔父(慎二)に相談したのだが、彼は初め若菜を預かると言ってくれた。
娘ばかり3人いるから1人増えても問題ないとその言葉に甘えることにしたのだが、父から若菜に彼氏がいないことを聞いた慎二はいっそ祐樹を住まわせたらどうだろうか?と。
父も祐樹のことは今時珍しいくらい真面目な青年だからと慎二から聞いていたし、ちょうど東京に就職も決まったというので慎二の提案を受けることにした。
普通、大事なひとり娘を若い男と一緒に同居などとは考えないと思うのだが、若菜の両親の考えは少し違ったよう。
取り敢えず会ってみてということで、住む前に若菜には内緒で祐樹と話をし、その場で気に入ってしまったのだ。
ただ欲を言えば、祐樹にもう少し押しが強ければという希望はあった。
あのままだとお互い自分の気持ちに気付いても、祐樹のことだから一年間は絶対若菜に手を出さないだろう。
それどころか、気持ちさえ伝えないのでは…。
この予想は当たっていたようで、祐樹の『約束を守れないかもしれません』のひと言に父は彼の人柄を再確認したのだった。


祐樹は、父に言われた言葉を思い出す。

『祐樹君が若菜のことをそういうふうに思っていたとしても、無理に家を出て行くことはないよ。後は二人の問題だから、私は何も言うつもりはないし、これは母さんも同じ考えだから。ただ、若菜はまだ高校生だということと、親としては大学には通わせてあげたいかな。母さんには、私のせいで大学を中退させてしまったからね』
『はい。それは、十分わかっているつもりです』
『そう。なら、いいんだ』

ホッとしたように微笑む父に、祐樹の中で何かが変わる。
あの後、母と若菜が買い物を終えて戻って来たのはだいぶ時間が経ってからだったが、祐樹の表情に気付いたのは母だけだった。

+++

「祐樹さん、他にどこか行きたいところとかありますか?」
「いや、特にはないんだけど」
「じゃあ、ナイトサファリに行きませんか?」
「ナイトサファリ?」

文字通り、夜の動物園である。
最近は日本でも行われている動物園は多くなったが、ここは柵がなく放し飼いになっている動物を見られるのが特徴。
昼間とは違う夜行性の動物を見て回るのだが、これはこれで結構楽しいもの、実のところ若菜はこれを楽しみにして来たのだった。

「夜に動物園に行くんですよ。明るい時には見ることができない動物の生態がわかって、おもしろそうかなって」
「へぇ、そういうのがあるんだ。ちっとも知らなかった。俺でよかったら、喜んで」

祐樹が一緒に行ってくれるというので、喜ぶ若菜。
こんな顔を見せられると嬉しいが、気持ちが抑えられなくなりそうで逆に困ってしまう部分もある。

「若菜、よかったわね。祐樹さんが一緒に行ってくれて」
「うん」
「小母さんは、一緒に行かれないんですか?」

祐樹は二人で行くものとは思っていなかったので、母の言葉に意外という様子。

「あら、私は二人の邪魔をするつもりはないわよ?」

母の意味深な言い方にどう答えていいかわからない祐樹だったが、二人だけにしようという計らいなのだろうが…。

「お母さん、変なこと言わないでよ」
「若菜は、お母さんが一緒に行ってもいいわけ?」
「え?」

もちろん二人だけで行きたいに決まっているが、ここで『そうよ』とは、若菜にも言えるはずがなく…。

「祐樹君と二人で行きたいんでしょ?若菜は、素直じゃないのね。誰に似たのかしら?」
「お母さんっ!」

真っ赤になって怒る若菜だったが、そんな彼女も本当に可愛いと思ってしまう。
―――ここまで来ると重症だな…。
祐樹はひとり苦笑しながら、今夜を楽しみに、そして自分の気持ちにケジメをつける時がきたのだと確信したのだった。



時刻は、午後7時。
それでもここ、シンガポールはまだ明るい時間帯だった。
祐樹と若菜はタクシーで動物園へ向かうことにしたが、今夜の彼女はいつになく大人びた雰囲気の装いに目が釘付けになってしまう。
4人で出掛けた時、母に見立ててもらったという白いコットン素材のふわふわしたワンピース。
短めのパフスリーブが可愛らしさを出してはいるものの、胸元がかなり開いている。
そして何よりスラッとした足は、見慣れてはいても自然と視線がいってしまう。

「祐樹君、どうかしら?」
「はっ、はい。すごく似合ってて、とても可愛いです」

母に聞かれ、若菜に見惚れていた祐樹はつい本当のことを口にしてしまったが、よく考えればとても恥ずかしいことで…。
「はいはい。ごちそうさま」と母はクスクス笑っているし、若菜はつっ込むこともせずに頬を赤らめて俯いている。

「二人とも、ゆっくり楽しんでらっしゃい」

そんな祐樹と若菜の背中を押すようにして家から出すと、『私たちの若い頃そっくりだわ』と若かりし頃の自分達と重ね合わせる母だった。

呼んでいたタクシーに乗り込んだ二人だったが、なぜか黙ったまま会話がない。
なんとなくお互い恥ずかしくて、何を話していいかわからなかったから。
というのも、スーパーなどの買い物には行くことがあっても、こんなふうに二人で出掛けることがなかったというのもあったかもしれない。

「本当に似合ってます?」

先に言葉を発したのは、若菜の方だった。

「え?」
「このワンピース」
「あっ、あぁ。すごく似合ってるよ。どこに目をやっていいか、わからないくらい」

自分で聞いておきながら、「恥ずかしいからそういうこと、言わないでください」と、さっきみたいに俯いてしまう若菜。
車内は暗くて彼女の顔をはっきり見ることはできなかったが、きっとまた頬を赤らめているのだろう。
そう思ったら、無意識に祐樹の手は若菜の手に触れていたが、反動で顔を上げた若菜の顔は思った通りだった。

30分ほどで到着するとツアー客なのか、たくさんの人が既に集まっていた。
園内は東ループと西ループに分かれていて、トラムカーという乗り物に乗ってコースを回るのだが、東ループには歩道がついていて、トラムカーでは見られない部分が見られるらしい。
二人はまずゆっくり歩いて、それからトラムに乗ることにした。

「なんか、お化け屋敷に来てるみたいだね」
「そうですか?」

暗いとはいっても、お化け屋敷ほどではないと思うが、どんな動物がいるのかわからないのだからそう言われてみればそうなのかもしれない。

「祐樹さん、すっご〜い。あのネコ、魚を捕ってますよ」

初めにフィッシング・キャット・トレールというところへ行ったのだが、若菜が一番先に見つけたのは、スナドリネコ(漁り(すなどり)猫)という水に入って魚を捕るネコ科の哺乳類である。
このトレールでは、スター的な存在だ。
少し興奮気味に話す若菜だったが、祐樹にはネコより若菜を見ている方がよっぽど楽しく、「すごいね」などと普通に返すのが精一杯だったが…。

「きゃぁっ」

今度は、若菜が小さく声を上げると祐樹の腕にしがみつく。

「どうしたの?」
「あ…そこに」

若菜の視線の先にいたものは、コウモリだった。
これはオオコウモリといって世界で一番大きなもので、ぶら下がっている時は20cmほどだが、翼を広げると1m近くになる。
普通、女の子はこの手のものに弱いわけで、祐樹にはやっぱりお化け屋敷に来たのと同じだなと思ってしまう。

「コウモリかぁ」
「祐樹さんは、平気なんですか?」
「俺?飛行機はダメだけど、ああいうのは全然平気」

祐樹は飛行機がダメだったのを思い出して、笑いがこみ上げてくる若菜だったが、自分が祐樹の腕にしがみついていたことに気づき、慌てて離れた。

あいくるしいカワウソを見て、すっかり落ち着いた二人が次に行ったのは、レオパード・トレール。
名前の通り、ヒョウなどがいるところ。

「うわっ、すっごいな」

ヒョウを見て、今度は祐樹が驚きの声を上げる。
やはりちょっと怖い若菜は祐樹の後ろに隠れてしまい、繋いでいた手に力が入る。

「大丈夫だよ」
「でも…」

祐樹は不安そうにしている若菜の目線に合わせると、その表情をじっと見つめる。
パッチリ二重の大きな瞳、形のいい鼻、そして艶やかな唇、祐樹は吸い込まれるように近づいていく。
視線に気づいた若菜の唇に不意に柔らかいものが触れた。
頬に添えられた大きな温かい手に、体の奥底が熱くなるのを感じる。
一瞬何が起こったのかわからない若菜だったが、何度も何度も啄ばむように繰り返される行為に自然と瞼が閉じていた。

どれくらいそうしていたのだろうか?
まるで、時間が止まってしまったよう。

「ごめんね。こんなことして」

小さく首を横に振る若菜だったが、この『ごめんね』は一体…。
若菜の胸に不安が過ぎる。

「俺、若菜ちゃんのことが好きなんだ。初めに会った時、『可愛い妹に絶対手は出さないから』って、約束したのに…」

好きだと言われて本当は嬉しいはず、なのに若菜が返した言葉は…。

「私は、妹なんですか?」
「え?」
「私は、祐樹さんの妹じゃありません。祐樹さんから見たら子供かもしれない。でも、ひとりの女なんです」

「私だって、祐樹さんのこと…好きなのに―――」最後は消え入るような声で言う若菜を、祐樹は強く抱きしめていた。
ここがどこかとか、今の自分の立場とか、そんなことはもうどうでもよかった。
ただ、彼女のことが好きで愛しくて、離したくなくて…。

「好きだ。愛してる」

一度口にしてしまえば、恥ずかしいとかそんなことはどこかに飛んでいってしまって、溢れるようにこの言葉が出てくる。
そして再び唇が重なると暫くの間、離れることができなかった。

まさかヒョウの前で告白するとは祐樹も思っていなかったが、これも一生の思い出になるだろう。
後は、トラムに乗ってライオンやゾウといったおなじみの動物たちを見て回ったが、はっきり言ってよく覚えていない。
せっかく楽しみにして来た若菜には、申し訳ないのだが…。
帰りは父が仕事帰りに車で迎えに来てくれたけれど、父の前でもしっかりと繋がれた手が二人の気持ちが通じ合ったことを証明していた。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.