Symbiosis
Story21


祐樹の真剣な表情にその意味を感じ取った若菜の父は、ただ黙って頷いた。

「僕は、ご両親との約束を守れないかもしれません」
「約束?」

父は、敢えて疑問系の返事を返す。

「はい。若菜ちゃんが高校を卒業するまでの一年間、同居するというお話です」
「理由を聞いてもいいのかな?」
「もちろんです。今回こちらに伺ったのは、それを聞いてもらうためですから」

頼んでいたコーヒーが運ばれて来て父はそれを口にしたが、祐樹は黙って見つめたままだった。
そんな祐樹を見て父は、ふと自分の若い頃を思い出していた。

「祐樹君、せっかくだから冷めないうちに飲んだら?」
「はぁ」

いざ、言おうと思うとなかなか切り出せない。
取り敢えず、父の言葉に甘えてコーヒーをひと口飲むと少しだけ落ち着いたような気がした。
祐樹が話し始めようとしたところ、先に父が話し始める。

「実を言うとここだけの話なんだけど、私がちょうど今の祐樹君と同じくらいの歳にまだ学生だった母さんに手を出しちゃったんだよ」
「はい?!」

唐突な父の言葉にそれまで緊張していた祐樹だったが、そんな気持ちは一気にどこかに飛んでいってしまった。

「あれは、私が会社に入って2年目だったかな。学生時代から住んでいたマンションの隣の部屋に母さんが越してきたんだ」

二人とも京都の出身で、父は東京の大学に進学するとそのまま就職した。
部屋も継続して住んでいたのだが、そこへ母も同じように東京の大学に入学するために両親と一緒に上京し、たまたま父の部屋の隣に住むことになったのだ。
越してきたのが日曜日だったこともあって部屋にいた父のところへ両親と母の3人で挨拶に来たのだが、東京で初めてのひとり暮らしだということと、京都特有の話し方を聞いて同郷だとわかると両親は安心したように父に娘を頼むと自宅へ帰って行ったのだった。
父は名の通った商社に勤めていたし、年齢差もあることから母の両親はまさか二人が恋仲になるとは思わなかったのだろう。
しかし、若い二人が隣同士に住んでいれば、そういうこともあるわけで…。

「いやぁ、あの頃の母さんものすごく可愛かったんだよ。まだ高校を出たばかりだったけどね、今の若菜がそっくりだな」

親馬鹿と言われても仕方がないが、ちょうど母に出会った頃と同じ年齢になる若菜を見ると本当にあの頃の母にそっくりだと父は思う。
そして、別の意味で祐樹も。

「彼女の両親に頼まれた手前、いけないとは思ったんだよ。だけど、こればっかりはどうしようもないことだ
からね。お互いの気持ちが重なった以上、無理に離れることもないだろうし」

父は、そこでコーヒーを飲むと一息吐いた。
どうやらその続きが、まだあるらしい。

「付き合い始めて2年、彼女が二十歳になったばかりの時に私のマレーシア転勤が決まってね。行ってしまえば数年は戻って来られない。もちろん学生の彼女を連れて行くわけにはいかないし、かといって別れることもできなくて1人でずっと悩んでいたんだ。そんな時、彼女の体に異変が起きて」

商社に勤める以上、海外転勤は避けて通れないし、それが父の強い希望でもあったのだ。
彼女に出会う前は…。
本当なら嬉しいはずの辞令も、その時ばかりは素直に喜ぶことができなかった。
もちろん断ることなどできるはずもなく、彼女になんと言えばいいのか1人悩む日々が続いたある日のこと。
いつものように父の部屋にいた彼女の様子が、なんだかおかしかった。
食欲もあまりないし、聞くと数日前から戻したりもしていたらしい。
何もわからない父は、病院に行った方がいいと普通に言ったつもりだったのだが、彼女は自分の身に起きていたことを既にわかっていたのだろう。
その場に泣き崩れてしまったのだ。
慌てて父が訳を聞くと始めは首を様に振るだけで何も話そうとしなかった彼女だったが、段々落ち着いてくるに従って少しずつ話し始めた。

「気をつけていたつもりだったんだが、できる時はできるものなんだな。彼女のお腹の中には、小さな命が宿っていたんだよ。でも、それが予想以上に嬉しいものでね」

若菜を身篭っていると知った時は驚きもあったのだが、それ以上に嬉しさでいっぱいだった。
彼女の体調のことなどお構いなしに抱きしめてしまったなと、あの時のことを思い出して苦笑する。

「転勤くらいのことで悩んでいる自分が馬鹿だと思ったし、そんなことより、彼女1人に辛い思いをさせてしまったことを悔いた。私は何をやってるんだって。彼女はまだ学生だったけど、転勤のことを話して一緒に付いて来て欲しいと言ったんだ。はにかむように『はい』と言ってくれた彼女の顔は今でも忘れない。だから、彼女と小さな命を守らなければと。そこまでは良かったんだけど、急に彼女の両親の顔が浮かんできてね、いやぁまいったよ」
「ご両親に会いに行かれたんですか?」

祐樹も気になったのだろう、今まで黙っていたのにここだけは言葉を挟む。

「そりゃあ、行ったよ。一発二発殴られるのは覚悟で、娘さんを下さいってね」

親には、それくらいされても仕方のないことかもしれない。
大事な娘がそんなことになっていることを両親が知れば…。

「それで…」
「これが、意外にも快く許してくれたんだよ。こっちが拍子抜けするくらいにね」

覚悟を決めて行ったものの、彼女の父親は全く反対はしなかった。
それどころか、二人の結婚を快く許してくれたのだ。

「どうしてご両親は、賛成してくれたのでしょうか?」
「それは私も気になってね、すぐに聞いたんだよ。そうしたら、初めに会った時からそういう予感がしていたって言うんだ。親の勘だってね」

親というものは、そこまでわかってしまうものなのか?
だとすれば、祐樹のことも…。

「最後は、娘を絶対に幸せにすることと念を押された。親としては、それ以外にないからね。それはもう絶対にと約束したんだけど、今となってみればどうだったのかな?」
「僕が言うのもなんですが、間違いなくそう見えますよ」
「だと、いいんだけどね」

ふっと笑ってみせる父だったが、こんなエピソードがあったとは…。
しかし、今なぜこの話を祐樹にしたのだろうか?

「祐樹君も、私と同じなんじゃないのかな?」
「え?」
「若菜のこと、好きになったんだろう?」

父は、祐樹の気持ちを全てわかっていた。
だからこそ自分の若い頃の話を今ここで、口にしたのだった。

「はい」
「そうかぁ、そうなる予感はしてたんだよ。義父の話じゃないけどさ。だけど、いざそういう立場になってみると複雑だねえ」

オープンテラスから流れる人波を見ていると、母と若菜がショッピングバックを両手一杯に持って歩いているのが見える。
こちらに向かって手を振っているが、歩いてくる様子はなく、まだ買い物を続ける気なのだろう。
父と祐樹も二人に向かって手を振るが、まさかこんな話をしているとは気付くはずもない。

「自分の気持ちに気付いてしまった以上、僕はこれ以上若菜ちゃんと同居を続ける自信がないんです」
「だから、約束を守れないって言うのかい?」
「はい」
「君の気持ちを若菜には」
「言っていません」
「どうして?言えば、同居できなくなるから?それとも断られるかもしれないから?」

若菜の父の言うことはどれも確信をついていて、祐樹ははっきり答えることができなかった。
確かに気持ちを若菜に言ってしまえば同居は続けられなくなるし、その前に若菜に断られてしまうかもしれないのだから。

「なぜ、今回君をここに来るように誘ったかわかるかい?」
「いいえ」

その理由は、祐樹にもわからなかった。

「若菜は、初め来ないって言ってたんだ。はっきり理由は言わなかったけど、それは祐樹君を置いて来れなかったから、君の側にいたかったからなんだよ。ということは、若菜も同じ気持ちだってことじゃないのかな?」
「そうかもしれません、でも…」
「私は、君みたいに躊躇わなかった。同居していたわけじゃないんで、立場は違うかもしれないけどね。相手が幼ければ尚更、こっちから攻めなければだめなんだよ」
「はぁ」
「君は、何か勘違いしているようだね。若菜のことを頼むとは言ったけど、好きになったら同居は解消するとかそんな約束を私はした覚えはないんだけどね」
「え?」
「一応念のために言っておくけど、この歳でおじいちゃんと呼ばれるのだけは勘弁して欲しいな。母さんは、若いおばあちゃんになるのが夢らしいから喜ぶだろうけどね」

そう言って笑う父だったが、このまま甘えてしまってもいいのだろうか?
しかし、その後の父の言葉で全てはチャラになった。

「君は少し真面目すぎるところがあるって、慎二さんに聞いていたけど本当だね。だからこそ若菜にはぴったりだと思ったんだよ。あの子はあのまま行くと、いつまで経っても彼氏ができそうにないから」

どうやら、若菜の父親に嵌められていたらしい 。
それがわかったのは、そのすぐ後だった。


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